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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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ツバキ


 普段立ち寄らないであろう街の一角。

 やけにお洒落な建物が立ち並び、これでもかと『女性限定』みたいな看板を目にするその住宅地。

 正直あまりこういう場所は好きではない。

 そもそもそんな事を謳っていても、入ってくる奴は入ってくるし。

 そうでなくても犯罪は起こる、決まりを破る人間だって出てくる。

 抑止力のように見えて、逆に男性を煽っている様にしか見えないのは……私の性格が歪んでいるからなんだろうか?

 そんな事を考えながら、私と夏美は椿先生のアパートに招待された。

 車から下りた瞬間から漂うメルヘンな雰囲気に、若干顔をしかめながらも何とか玄関をくぐる。

 外装が白なのはいい、だが所々ピンクのラインが入っていたり、これ見よがしに『男性立ち入り禁止』みたいな札を立てている住宅地はどうかと思う。

 なにこれプリクラ? 男性一人での撮影はお断りします的な? じゃあ二人ならいいのか?

 バカか、撮りたければ撮らせてやればいいじゃないか。

 男は不潔だとかいう様なら、そこらの女子トイレを見せてやればいい。

 夢見がちな先生なら膝をついて絶望するレベルだろう。

 女性だから安全、清潔とは限らないのだ。


 という雰囲気だけで愚痴を浮かべながら、私たちは椿先生の部屋へと足を踏み込んだ。

 確かに先生の家より綺麗だ、そして広い。

 しかしながら急ごしらえの雰囲気が捨てきれなかった。

 おい、クローゼットから色々はみ出しているがアレはいいのか?


 「えっと黒家さん、そんなに見ないでくれると助かるかなぁなんて……退去時の立会人みたいな目してるよ?」


 「それは失礼しました。 クローゼットから何やらはみ出しているのと、ソファーの下に隠れたものは片づけなくていいのかと思いましてね」


 「シッー! マジでシーッ! 聞こえるから! 地獄耳だから!」


 やけに慌てた様子で唇に人差し指を当てる椿先生。

 残念ながら貴女の声が一番大きい。


 「聞こえてるよ! この馬鹿孫娘が! さっさと連れておいで!」


 力強く聞こえるが、そこまで大きな声という訳じゃない。

 やけに威圧的に感じるが、周りに響いている様子があまり無い。

 なんだ? こんな声の出し方をする人は初めてかもしれない、ちょっと楽しみ。

 なんて期待を膨らませる私とは対象に、椿先生は可哀想なくらいプルプルと震えている。

 よほど怖いんだろう。

 まぁ確かに、普段からこの調子だったら気も滅入ってしまうかもしれない。

 私たちはこの場限りだからまだ……って、なんで夏美は私の腕に引っ付いているんだろう。

 謎だ。


 「い、今いくから……」


 相も変わらずプルプルしながら動く椿先生。

 早くしてくれないだろうか、私たちは大事な話がある上に、これから普段の”活動”をしなければいけないのだ。

 なんて思っている内にイライラしてきて、椿先生を押しのけスパーンッ! と襖を開いた。

 あわわわわ……と震える二人? を無視して、目の前に広がった和室に視線を向ける。

 そこには”お婆ちゃん”なんて表現がとてもじゃないが似つかわしくない女性が畳に座っていた。

 多分白髪なのだろうが、パッと見銀髪にしか見えないし、なにより表情に威厳がある。

 力強い眼差しは現役の者に負けるとは思えず、皺は刻まれているが綺麗な肌をしていた。

 この人が、椿先生のいうお婆ちゃん?


 「美希! 何やってるんだい! お客様自ら戸を開けさせるんじゃないよ!」


 「ご、ごめんお婆ちゃん!」


 何やら私のせいで怒られてしまったらしい、これは申し訳ない事をした。

 一歩踏み出し畳の上で正座する。

 正しい作法とかはわからないが、とりあえず頭を下げておいた。


 「初めまして。 私は黒家巡と申します、こちらが早瀬です」


 「あ、あのっ。 はじめまして!」


 慌ててすぐ隣に正座した夏美が頭を下げる。

 その後ろではどうした物かと慌てふためく椿先生が見えるが、まぁこれは放置でいいだろう。


 「本日は招かれてもいない筈の私が、こうしてお邪魔させて頂いた事。 まずは謝罪——」


 「——止めな。 心にも思ってない事を言われても癪に触るだけだよ。 それに喋り方だって普通でいいよ、お嬢ちゃん」


 そういってニヤッと笑う彼女。

 多分、この人も私と同じタイプの人間だ。


 「ではまずはそちらの要件から。 何やら”箱”を開けた人間に興味があったとか」


 「あぁ、そりゃもういい。 大体分かったからね」


 「ほう?」


 なんてやり取りをしている内に、後ろでビクビクしていた椿先生が声を掛けてきた。

 さっきからそんな所で何をしているのか、さっさと座ればいいのに。


 「あ、あの……私お茶とかお菓子とか、買ってくるね? なんか長くなりそうだし……」


 「そういうのは普段から用意しておくもんだよ。 言った覚えなら数えきれないほどあるんだがね、いつになったら覚えるんだい」


 「ご、ごめんなさい。 行ってきますぅ!」


 あ、逃げた。

 なんて感想が普通に出る位にリラックスしている。

 言い方はキツイが、この人別に怖いとかそういう感情は湧かないんだけど……


 「お嬢ちゃん、若いのに随分肝が据わってるね? こんだけ”圧”を出して平然としていられた子は久しぶりだよ」


 「”圧”とは?」


 「隣を見てみな」


 言葉通り隣を見てみると、真っ青な顔の夏美が震えていた。

 今にも倒れそうというか、漏らしそうな勢いだけど大丈夫かこの子。


 「すまなかったね。 ホラ、解いたから少しは楽になっただろう?」


 「ぶっはっ! ……な、なにこれ! 苦しかった……耳出るかと思った!」


 「それは出さないでください……」


 はっはっはと軽快に笑いながら、老女は楽しそうに膝を叩いた。

 一体、何をしたというのか。


 「分からないって顔してるね、だとしたらアンタは私以上の”地獄”を見たって訳だ。 どうだい、面白い手品だろう?」


 「何を言っているのかわからないので、説明をお願いしたいのですが」


 言葉の節々に感じる不審な言葉と、夏美が苦しめられた事実に思わず目じりが吊り上がる。

 何をされたのか分からない。

 例えそれが自分には効かなかったとしても、途方もない不信感と嫌悪感を抱かせたのは確かだった。

 さっきまでの気持ちが嘘の様に、心の中に影がさしていく。


 「そう怖い顔しなさんな。 今のは”神術”なんて呼ばれていてね、自分の一番辛かった過去と同じだけ心の負荷を相手に掛けるっていう一種の”異能”さね。 だがお前さんみたいな、私の見せたモノよりずっと重い過去を持つ奴には効かないって制限付きだがね。 他にもあるよ? 見せてやろうか?」


 神術……そして異能。

 間違いなく、ここに来た意味はあったのだろう。

 その言葉を聞いただけで、それは理解できる。

 だが……


 「私は構いませんが、友人を試す様な真似は止めて頂けませんか? それが危険かもしれない手段である以上、私もいつまでも穏やかでは居られません」


 「おぉ怖い怖い、まさに忌み子という訳か」


 嘲るその言葉に、思わず敵意を露わにしてしまう。

 私が何をしたって、何も変わらない。

 私の異能は『感覚』、だからこそ目の前の彼女をどうこうする事なんて出来ない。

 こんな風に睨みつけても、どんなに怒りを覚えても、現状は変わらない。

 だというのに……


 「巡! ストップ!」


 狐耳を生やした夏美に、抱き着かれるようにして取り押さえられてしまった。


 「ちょっと! 何してるんですか、こんな人前で! 軽い気持ちで使うなとアレほど——」


 「——軽い気持ちじゃないよ! 巡こそ何してるの!? 今何したの! なんかヤバそうだったよ!? なんか出てた!」


 わーわーと騒ぐ私たちに対して、椿の御老体はやれやれと肩を竦めた。


 「どっかの回しもんかと思ったけど、そういう訳でも無さそうだね。 失礼しました、わたくしは椿 奏<つばき かなで>と申します。 以後お見知りおきを」


 「「……は?」」


 私達の現状の体制を無視したまま、彼女は静かに頭を下げた。

 あまりにも急変した態度に理解が追い付かず、二人して間抜けな顔を向けてしまった。

 それこそさっきまでの御老体なら、眉の一つでも歪めそうな態度だったが、彼女は静かな表情で私たちを見据えていた。

 一体、なにが起きた。


 「まず最初に、あの狐の仮面の話をしましょうか」


 そう言って語り出した彼女は、どこか遠い目をしながら、”夏美”に向かって微笑んだ。


 「随分と懐いているご様子ですね、貴方は良い主人だ。 その様子なら、体を蝕む事はないでしょう、存分にお使いなさい。 使えば使う程、体に馴染む筈です。 その狐も、貴方に力を貸したくて持て余しているようですし。 不要になれば、自然と離れるでしょう」


 「ちょ、ちょっと待ってください! 意味が分かりません! 確かに私たちはこの狐を話を聞きに来ましたが、貴女は何を言っているんですか!? 訳が分かりません、順を追って説明して頂けませんか!?」


 思わず反論した私に対して、彼女は「おやまぁ、分かっているモノだとばかり」なんて言葉を吐きながら、口に手を当てた。

 その行為に思わず青筋を立てるのは、私が短気だからなのだろうか。

 こいつ、絶対分かってて言ってそうな気がする。

 未だ夏美に抑えられたまま、ジタバタと暴れる私を目にして、ふふふと上品に笑う辺り癪に障る。

 なんだこいつ、最初のあった時と違って妙に頭に来る。


 「これだから忌み子は、全く品が無いねぇ」


 ぶちっと何かが切れた音がした。


 「こんっの、ババ——」


 「——駄目だってば! ちょっと落ち着いてよ!」


 情け容赦なしの、ケモミミチョップが頭の上から叩き下ろされた。

 痛い、どころじゃなく……割れる。

 彼女の体は”狐憑き”によって強化されている。

 それは以前の『迷界』でも分かり切っていた結果だ。

 だというのに、彼女は容赦なく手刀を頭にぶち込んできたのだ。

 結果どうなるかと言えば、私は痛みに耐えかねて蹲った。

 めっちゃ痛い。


 「え、あ、ごめんね? 大丈夫巡?」


 「それくらいで死ぬ事はありませんでしょうに、大袈裟な。 ”私達”と貴女の様な”忌み子”、本能的に対立するのは目に見えてましたから予想はしてましたけど。 まさかこれ程とは」


 そう言って彼女は立ち上がった。

 冷たい眼差しを向けながら、蹲った私を見ている。

 まるで地べたを這いずる虫を見るような瞳で。


 「貴女、呪われてますね? しかも大層な大物から」


 彼女の声が、部屋の中に響き渡った。

 他人に知られたくない事情、そんなもの誰にだってあるだろう。

 だというのにコイツは、一目見ただけでそれを見抜き、知られたくない相手の前で平然と暴露してくれやがりますか。


 「仮面から狐が居なくなっていた事から、最初は貴女の様な忌み子が何か良くない事でもしたのかと疑いましたが……勘違いだったみたいですね? その様子じゃ呪いを扱う人間という訳でもなさそうですし。 何より未熟、呪われただけの存在。 その程度では憑り殺されるだけの運命でしょう」


 「えっ……どういう事? それって巡が死んじゃうって、事?」


 容赦無く人の秘密をベラベラ喋り、それを聞いた夏美まで混乱し始めている。

 これは不味い、向うのペースだ。


 「それだけじゃありません。 この街の惨状、この原因も貴女にあるんじゃないですか? 普通ならこんなにも亡霊達が残ったりしませんからね。 貴女の呪いに引かれ、カレらは集まってくる。 違いますか?」


 本当に好き勝手言ってくれる。

 これが全て私のせいだとでも言いたいのか。

 私は巻き込まれただけだ、被害者であって元凶じゃない。


 「元々椿の家の者は『巫女』と呼ばれ、”神術”を使える唯一の家系でしてね。 貴方のような方々を多く相手してきました。 忌み子、呪詛吐き、忌まわしき呪具。 今では随分血も薄れて、孫娘なんて何の力もないですが……私の目に入ったのが運の尽きでしたね」


 随分と物騒な事を言いながら、御老体はゆらりと近づいてくる。

 ただそれだけ、見下ろされただけだというのに、周辺の空気が変わり始める。

 巫女とは? 神術とは?

 聞きたい事は山ほどあるのに、体が這いつくばったまま動いてくれない。

 なんだこれ、まるで『上位種』でも相手にしている気分だ。

 味わった事のない”威圧感”に、体が震え始めた。


 「ご安心なさい、死ぬわけではありません。 少々無理矢理祓いますから、もしかしたら廃人になるかもしれませんが。 まぁ、そんなものを体の内に収めておくよりマシでしょう?」


 「だ、だから……こそ……」


 「ほぅ、まだ喋りますか」


 体に圧し掛かる重圧を押しのけて、目の前の彼女を睨んだ。

 この訳の分からない力が”神術”。

 本家本元、”祓う”為だけの力。

 そう理解できるぐらいには、力量の差がはっきりしていた。

 だとしても、だ。

 コイツに負ける訳にはいかないと、全神経が訴えていた。

 確かに彼女なら私の問題を解決できるかもしれない。

 周りに被害も無く、誰を危険に晒す訳でもなく。

 それでも、私はここでくたばるつもり何てさらさらないんだ。


 「だ……だからこそ、抗うんです! ”こんな体”にしたクソ野郎を一発ぶん殴るまで、私は……”私という人格”は死ぬわけにはいかないんです! 姉さんを奪ったアイツを殺さないと、私の呪いも想いも、無駄になるんです!」


 「囀る囀る、これだから忌み子は……」


 そう言って振り上げた銀色の扇子が、嫌に瞳に残る。

 なんか妙にデカいし重圧感がある、鉄扇というやつだろうか。

 ダメだ、ここで終わる。

 殴り殺される訳ではないだろうが、アレに触れたら”私”が終る。

 直感的にそう思えた。


 「そろそろ、悪足掻きもいい加減にしなさいな。 貴女は生きているだけで周りを不幸にする、”忌み子”なんですから」


 その言葉と共に、扇子が振り下ろされた。

 最後だというのに、ろくに言葉が浮かばなかった。

 叫び声でも上げようか、いやそんな惨めな真似はしたくないな。

 ならば命乞いでもしようか、結局は同じか。

 逃れられない現実を前に、私は諦めて目を閉じた。

 だというのに……


 「なんのつもりでしょうか? 貴方の事は評価しているのですよ、新しい”巫女”になれるかもしれないと……」


 ガッ! と鈍い音が響いたと思うと、そんな言葉が聞こえてきた。

 どこか焦っている様にも聞こえるが。

 彼女の言葉に対し、耳馴染みの良いいつもの声が部屋の中に木霊したのだ。


 「よくわかんないですけど、どうでもいいです。 初対面の人にこんな事するのもどうかと思って遠慮してたんですけど、もういいですよね? 貴女今、巡を傷つけようとしましたよね? だったら、貴方は私の敵です」


 見たことも無い険しい表情の夏美が、扇子を腕に受けながら彼女の事を睨みつけていた。

 その腕には血が滲み、砕けんばかりに噛み締めた歯をギラリと輝かせ、そして彼女から生える狐の尾は5本に増えていた。

 何が起きた? あの姿はなんだ? 尻尾の間に手を突っ込んだらモフッてしそう……なんてどうでもいい感想を思い浮かべながら、彼女達の睨みあいを見上げていた。

 今にも殴り合いが始まってしまいそうな、そんな時だった。


 「うーっす、お邪魔しまーす。 ウチの部員を回収しに来ましたー」


 「ちょ、ちょっと草加君! もう少し丁寧にって言ったじゃん!」


 そんな呑気な声が、私達の耳に響いた。


 やっと、やっと1千ブクマ超えました!

 やったぜ! 感謝だぜ!

 これからもよろしくお願いいたします。

 ネタに反応するだけの感想とか、えちえちカモンみたいな欲求満載の感想も増えてきました。

 すぅばらしい!ってどっかの社長張りに言いながら欲望満載に書きますので、どうぞご遠慮なくこれからもお書きください。


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