救える命とは体重に比例するモノである
先輩達を残して部室を後にした私達は、一度家に帰り準備を済ませてから再集合という事になった。
準備とは言っても正直用意する物なんてお互い無い訳だが、流石に制服姿で夜まで街をウロウロしている訳にはいかない。
今更ながら天童先輩と二人で歩き回っている所を、知り合いにでも見られたらと考えると、後々面倒臭い状況になりそう。
そこまで私の事を記憶している人はいないだろうとは思うが、念のため今日もフード被って行こう……
初っ端から気が重くなるが、まぁこれも仕事だからと割り切るしかない。
結局薄手のパーカーに短パン、今日は市街地なのでスニーカーという、結構ラフな格好になった。
とはいえまぁ、いつもこんなもんか。
外出を好む性格でもないので、あんまり服を持っていない。
今度先輩達を買い物に誘ってみようか。
二人とも何だかんだ言っても可愛い恰好してくるし、並んでもおかしくない位の恰好は私もしたいものだ。
なんて考えながら歩いている内に、指定された待ち合わせ場所についた。
といっても思いっきり駅のロータリーなんだけど、人めっちゃいるんですけど。
分かりやすいという理由だけでココを指定されたが、何でここ?
人多いの苦手なんだけどなぁ……ていうか天童先輩居ないじゃん、女子より準備に時間が掛かるのかあの昆虫は。
まぁ私は着替えて出てきただけだから、一般的な女子の”時間のかかる準備”ってやつを省略してるので、あまりデカい事言えた立場じゃないが。
とにかく一度連絡を……なんて思ってスマホを取り出した所で、一台のバイクが目の前でとまった。
黒いフルカウルのバイク。
あまり詳しくはないが、中途半端に大きい所から見るに中型二輪って奴だろうか?
「お待たせ、待った?」
バイクに跨っていた人物がフルフェイスを外して、爽やかな笑みを浮かべてきた。
髪の毛をかき上げ、微笑みを造った口元からは白い歯がキラリと光る。
普通なら何かしら心境の変化があったり、すぐさま満面の笑みでも返してあげる場面なんだろうが……私には歯ブラシのCMか何かにしか見えなかった。
「……うわぁ。 何か無駄に恰好つけられたみたいで腹立たしいです。 あとそれなりに待ちました」
げんなりと顔を歪める私に対し、天童先輩は眉毛をピクピクさせながら困った様に笑う。
「のっけから酷いね本当に。 鶴弥ちゃんがフードなんか被ってるから見つけるのに苦労したよ」
どうやら先に到着はしていたらしいが、近くをブイブイしながら探し回っていたらしい。
大人しく連絡してくればいいのに。
「カブト虫さんと一緒に居るところを誰かに見られたら嫌だったので仕方ないですね、緊急措置です」
「それはつまり噂されちゃうと恥ずかしい! みたいな? それとも嫉妬されちゃう系?」
「わー先輩、バイク”は”とってもカッコいいですねー。 コレ壊したら修理費どのくらいになるんですかー?」
「お願いだから今まで見た中でも一番の笑顔で不穏な事言わないで! 歩き回るより早いと思って折角持ってきたのに!」
やれやれと肩を竦めながら、もう一つのヘルメットを差し出してくる。
うーむ、男性の後ろに乗るというのは些か抵抗があるが、まあいいか。
バイクには興味あるし、前から乗ってみたかったし。
もしも免許取っても、私じゃ身長的な問題で乗れてもスクーターだろう。
ならばこういったバイクに跨るのは、これが最後になるかもしれないしな。
「では、お邪魔します」
断りを入れてから、後ろに跨ろうと……したのだが。
け、結構高い……タンデム用のステップってコレだよね?
え、マジかコレ足届くの?
「あーえっと、鶴弥ちゃん大丈夫?」
プルプルしながら必死で跨ろうとしている私に対して、これ以上は見ていられないと判断したのか、天童先輩が困り顔で声を上げた。
「ま、跨っちゃえば平気だと思うんですけど……あ、足が……」
やれやれとため息をついた先輩が一度バイクから降り、手を差し伸べてくる。
「ほら、手掴んで。 登ろうとするから足が上がらないんだよ、上半身を前に倒して足を回しながら跨るの。 あっ、ホラ。 ダ〇ルの主人公がカッコつけてバイクに乗るときのイメージで、ブンッて足を振る感じでやってみて」
「はぁ」
ちょっと一般的ではないアドバイスを貰いながら、ぶんっと足を振り回す様にして跨った。
って、すんなり乗れましたわ。
「はい上手上手ー」
「くっ……なんか負けた気分です」
周りから変に注目を集めてしまってる上、「兄妹かな?」とか「かわいいー」とか「お兄さんのほうカッコよくない?」みたいな会話が聞こえてくる。
く、屈辱……! 誰が兄妹か! 私は一人っ子じゃ!
「んじゃとりあえず行きますかね、どこからいく?」
軽い口調で会話を続けながら、彼もシートに跨る。
私が後ろに座っている為、バイクの前方に足を振るようにして難なく跨った。
な、なんか納得いかねぇ……
偉そうに椅子に座るおじさんとかが足を振り上げて足を組む時にやりそうな動作だったが、ビジュアルの影響だろうか? 周りから小さいが黄色い声が聞えた気がする。
うっわぁ、なんか不条理を感じる。
「近い順に回っていきましょう、ナビは私がしますから可能な限り早くここを離れましょうそうしましょう? ほら早く、早くだせぇい!」
もはや周りの視線が痛い。
微笑ましいモノを見つめる瞳や、それ以外の感情がふんだんに含まれていそうなソレは、私の様な引き籠り体質にはキツい。
思わず目の前に座る彼の肩をガクガクと揺らしながら、とっとと離脱の指示を出す。
「ちょ、わかった。 わかったから! 危ないって!」
叫ぶように言い合ってはいたが、やがてバイクは走り出した。
あぁ、これは悪くないかも。
私も免許取ろうかな、乗れるのは精々原付くらいな物だろうが。
そんな事を考えながら、最初の目的地へと向かっていくのであった。
————
「ここで止まってください」
「あいよ」
短いやり取りをして、バイクが路肩に停止する。
乗るのも降りるのも一苦労ではあるが、だんだんと慣れてきた。
今では手を借りなくても乗り降りくらいは出来る。
如何せんニヤニヤ笑いながら見守る同乗者に殺意が湧くが、今ヤッてしまっては帰りの足が無くなる。
それは困る。
「しっかし、バイクに乗ってるってのに良く聞こえるね? 二人で乗ってても会話しずらいくらいなのに」
天童先輩が不思議そうな顔を浮かべているが、私にとっても新発見なのだ。
説明せよと言われても困ってしまう。
バイクなんて物に乗っている以上、風の音やエンジンの音で普通は人の声なんてろくに聞えない。
それでも、”カレら”の声だけはしっかりと聞えて来るのだ。
先程からそのお陰で迷ったりはしなくて済んでいるが、なんとも言い難い気持ちである。
普通なら聞えなくていいモノが、しきりに耳に響いてくる。
とてもじゃないがいい気持にはならない。
「多分”カレら”の声は特殊って事なんでしょうね、私も良く分かりませんが」
言いながらヘルメットを脱いで、シートの上に固定する。
バイクもそうだが、この遊撃とも言える行為にも慣れてきた。
今訪れた場所で4件目。
サラリーマン、OL、ちょっと歳のいったおじさんという順に”祓ってきた”。
共通点を上げるなら、皆疲れている様に見えた、というくらいだろうか。
社会に疲れ、人間関係に疲れ、人生に疲れた。
そんな絶望と隣り合わせに居る人たちが、多くのカレらを引き付けている様にも見えた。
やはりそういう人の方が波長が合うと言うか、憑きやすいんだろうか。
憑かれているからこそ、そうなっていると言えるのかもしれないが。
「さて、んじゃ今回もさくっと行きますか」
どこか警戒心が緩んだ様子を見せる天童先輩。
ここまで順調だったのだから仕方ないと言えるのかもしれないが、そこはかとなく心配になる。
とはいえ何をどう警戒しろとも言えないので、やんわりとした注意しか出来ないのが現状な訳だが。
「とにかく行きましょう。 事が起きてから現場に駆け付けたのでは厄介です、事前に阻止しないと」
一番の問題は、やはりこれだろう。
今私達が追っている『雑魚』、それは人に憑りつき負の感情とやらを膨れ上がらせるらしい。
結果どうなるかというと、至極簡単に言えば自殺する傾向が高まる。
今を生きる者なら誰だって抱えている心の隙間に付け込んで、その傷を広げていくのだ。
そのまま命を落とした人物を、幸いこの眼で目の当たりにしていないからこそ、こうして事案に飛び込むことが出来る。
逆に、だからこそ事態を甘く見ている節があるのだ。
天童先輩はもちろんの事、私だって。
当然そんなもの見たくはない。
だが見ていないからこそ、楽観的に考えすぎている。
もしも今目の前で自殺者でも出てみろ、誰かが目の前で死んだら?
その光景を間近で目にして、明日から私は普通に生活することができるのか?
警察にはなんと説明したらいい? たまたま通りかかったとでも言うのか、こんな人気のない裏路地に。
はっきり言って不安要素だらけだ、だからこそ私達は急ぐべきだった。
黒家先輩から大体の場所は教えてもらっていたし、カレらに近づいた事で『耳』だってその異変を捉えていた。
だというのに、私は隣を歩く彼に「少し急ぎましょう」なんて一言を添えただけで、呑気に歩きながら上を見上げたんだ。
その視線の先に、その子は居た。
大して高いとも思えない建物屋上の端で、ランドセルを背負った小さな女の子がゆらゆらと揺れていたのだ。
今にも落ちそう、というか”落ちようとしている”ようにしか見えなかった。
私は思わず叫び声を上げた。
「天童先輩!! ”声”!! あの子を止めてください!!」
悲鳴のようなその声を上げた瞬間、私は走り出した。
何が出来るかも分からない、どうしたら救えるのかも定かではない状況で。
それでも彼女の元へ走るしかなかった。
「え? なに、つる……あれか! ”止まれ! 下がれ! それ以上踏み出すな!”」
今までなら彼の声を聞くだけで言う通り動いてくれた”カレら”だったが、屋上の居る少女に変化は見られない。
ふらふらと揺れていたが、やがて目を瞑り、力を失ったように全身から力が抜けた。
「聞えてない!? 距離が遠すぎるの!? お願い、待って!」
叫んだところで現実は変わらない。
緩やかに体の力を抜いていく女の子は、膝を折り腰が砕け、目を瞑ったまま頭から落下してきた。
とてもじゃないが間に合う距離じゃない。
全力で走ったって、彼女が落ちてくるだろう場所に半分も近づけないという予想が頭に浮かぶ。
止めて止めて止めて! 心の中で叫び続ける。
こんな事になるなんて、こんな事態に陥るなんて思ってもみなかった。
今日の活動を無事に終わらせて、明日には先輩達に「よくやった」って、そう褒められるものだと思っていた。
明日には街の『雑魚』も落ち着いて、皆で一緒に和気あいあいと活動するのだと思い込んでいた。
だというのに、なんだこれは。
先輩達はこんな恐怖と普段から向き合ってきたのか?
いつでも忙しそうに動く黒家先輩は、こういう事態を見越して先手を打っていたのか?
考えが甘かった、覚悟が甘かった。
今更言っても仕方ないが、それでも両目から涙が零れた。
少女はもはや落下を続ける。
今では”耳”も”声”も役に立たない。
彼女を救える術を、私達は持っていない……
「誰か! 誰でもいいから! 助けて!」
その叫びと同時に、通路の奥から衝撃音が響いた。
彼女が地面に叩きつけられた音じゃない、だとしたら何が……
なんて思ったのも束の間、狭い路地に置かれたゴミ収集用のコンテナが宙を舞い、少し高い位置にある換気扇のカバーが盛大にぶっ潰れた。
まるで誰かが、足場にでも使ったかのように。
「——ふんっ!」
短い叫び声が上空から聞こえ、気づいた時には目の前にドスンッと盛大な音立てて誰かが着地してきた。
その腕には小さな女の子を抱え、包み込むように体を丸めながら。
あの少女が助かった。
その現実を理解するまでに、数秒の時間を要した。
え? うそ、どうやって?
こんな常軌を逸した行為を取るのなんて、浬先生くらいしか——
「先生なら、もっと上手くやるんでしょうけど……僕にはこれが精一杯ですね。 衝撃が殺し切れませんでした。 まだまだです」
そんな事を呟きながら、彼は立ち上がった。
目の前には、全く知らない人物が居た。
同級生くらい? もしくは少し年上くらいに見える男子が、少女を抱えたまま私を見下ろしていた。
正確には顔ごと向けているので、見下ろしたというより視線を合わせたと言ったほうが良いのかもしれないが。
「ありがとうございます。 貴方の声のお陰で、事態に気づけました」
爽やかな笑顔、というか純粋なと言ったほうがいいんだろうか。
そんな真っすぐな視線で微笑む彼を見た瞬間、胸が高まった。
何を馬鹿やっているんだと自分に言いたいが、こればかりはどうしようもない。
初めての経験に戸惑うばかりで、脳みそが付いてこない。
「あ、えっと、その。 あ、ありがとう……ございます」
なんとか絞り出した声は随分と震えていたが、彼は再びニコリと笑顔を返しながら口を開いた。
「いえいえ、これも先生の教えがあってこそです。 やはり、鍛えた体は嘘をつきません。 物理は正義です」
「は?」
思わず間抜けな声が漏れてしまった。
彼が言う先生と、私が思い浮かべる”物理”な先生。
何となく、同一人物に思えて仕方がないのだがどうしてだろうか。
最近になってブクマが減ったり伸びたりする。
くっ、ここに来て焦らしプレイとはやってくれるじゃないか……
レビュー&感想などなど感謝です。
とっても元気になりました。
いっぱい書きます。
というか、早くも小説を上げ始めて二ヶ月になったみたいです。
正直ここまでがっつり更新するとは思っていませんでしたが、これも皆さまの応援あってこそ頑張れたというもの。
感謝です、とても感謝です。
今後共お付き合いの程、よろしくお願い致します。





