崇拝者
ベッドの上で体を投げたしたまま、どれくらい時間が経っただろう。
ここ最近はいつもこうだ。
前までならこんなにダラダラしてる様な時間は無かった気がする。
普段通りの今頃なら現場に到着して、先生達と他愛ない会話をしながらいつもの活動を始めていた時刻だろう。
だというのに、ここ最近はいつもこうしてベッドに転がっている。
明かりもつけず、何をする訳でもなくただジッと天井を見上げている。
眠ってしまえば何も考えなくて済むかもしれないのに、ここの所深夜になっても眠気が訪れてくれない。
原因なんて、分かり切っているが。
「呪具……草加家……調べれば調べるほど、出てきちゃうもんですね。 全く、嫌になります」
あれから呪具に詳しそう、というか厄除け厄払いなどを専門にしている神社の人間に連絡を取ってみた。
ある時は電話で、ある時はその場に赴いた事もあった。
そしてほとんどの場所で、”草加”の名前を出した途端に顔をしかめるのだ。
あの家とは関わるな、あの家の人間は頭がおかしい。
何度そんな言葉を聞いただろうか?
場所によっては関係者と思われたのか、急に電話を切られたり追い出された事だってあった。
”草加”の家紋が入った呪具というのは、それほどまでに有名であり、そして脅威とされていたのだ。
「今まで、何してたんでしょうね……私は」
腕で目を塞ぎながら、彼を思い浮かべてみる。
いつだって面倒くさそうにしながらも、いざという時には絶対に助けてくれる。
おとぎ話の登場人物みたいだ。
多分彼みたいな人をヒーローとか、主人公っていうんだろう。
そんな彼が、一度だけ助けに来てくれなかった事がある。
忘れもしない、中学の時の出来事だ。
まぁ彼と再会する前だから、当たり前と言えば当たり前の話だが。
その時の私は必死に助けを求めた、泣き叫んだ。
誰も助けになんて来てくれなかった、聞えるのは嘲笑うかの様に鳴り響く低い声。
その日、私は大切な人を失い、そしてこの”異能”を得た。
「もしも……この件に、先生が関わっていたとするなら……」
許せるのか? まずあり得ないだろう。
では草加家の呪具というだけで、先生は関わっていなければ?
そんな状況だって、いい気分にはならない。
なら私はどうすればいい?
真相を探るべきだ。
そんな事はわかっている、分かっているが心が付いてこない。
もしも、もしも最悪の結果になってしまったら?
私は彼を恨むことが出来るのだろうか。
それ以前に、仇とも言える相手を前に、私はどうなってしまうのか。
それが、たまらなく怖いんだ……
もう何日目になるだろう。
最近の私は、こうやって一人ベッドの上で思考に耽る。
このままでは答えが出ない事なんて分かり切っているのに、行動に移せないでいる。
何故貴方なんですか、よりによって貴方が……
そんな答えの出ない疑問が、ずっと私を縛り付けていた。
——コンコンッ。
小さく響くノックの音、あぁもうそんな時間かと瞳を開けて小さな返事を返した。
「姉さん、ご飯出来たよ」
扉から顔を出したのは、誰よりも長い時間を共に過ごした声。
ずっと一緒だった、今や怪異の話だってこの子なら話せる。
それくらいに仲のいい、弟の姿が視線に映る。
「うん、ありがと。 いつもごめんね」
黒家 俊<くろや しゅん>、私の弟。
中学2年とは思えない身長と、やけに鍛え抜かれた体。
普通ならまだ幼さが残る年頃だろうに、この子はそんな影すらない。
今では私と同年代と言われても、周りから疑問を持たれないだろう顔立ちをしている。
しかも家事万能な上、反抗期らしい反抗期もなく、この歳でも私の事を慕ってくれる完璧超人だ。
多分家族の色眼鏡というのもあるんだろうが、最近部活に入った何とか君よりずっと顔がいい気がする。
なんて、弟の顔見た瞬間心に余裕が持てるんだから、私も単純な人間なんだろう。
「どうしたの姉さん、やけに最近暗いけど。 先生と何かあった?」
ここ最近は心配そうに私の事を見てくる、気を使わせてしまって申し訳ない気分にはなるのだが……
すぐこれだ、二言目にはこれなのである。
「んと、すぐ先生と関連付けるの止めようか、俊。 私だって色々あるお年頃だしさ、たまには違う方向で考えてみてもいいんじゃないかな……」
「例えば?」
「えーっと、そうだな……ほら、女子高生と言えば色恋沙汰とかさ」
「姉さんやっと先生と付き合うの!? やった! じゃあ僕は先生の義理の弟になれるんだね!?」
「オイ待て、なんでそうなる」
いつもこうなのだ。
いやまぁ気持ちは分からなくもない……かな?
過去に俊は、私と共に公園で『上位種』に襲われた。
この子にとっても、それは辛い記憶として脳裏に焼き付いているだろう。
だがしかし、それ以上の衝撃的な出来事がすぐ後に起こっているのである。
先生のとび蹴りだ。
あの境地を救ってくれたヒーロー、そして命の恩人。
その姿は当時小学生だった弟の脳裏に、”現実に存在するヒーロー”として焼き付いたのだろう。
そして私が高校に入学したその日に、彼にあったと伝えたのだが……
そこからは酷いもんだった。
とにかく体を鍛え、彼の様になるんだと毎日筋トレを欠かさず、”ヒーローの見た目”を意識するばかりに体が無駄に分厚くならないように気を付ける毎日。
白筋よりも赤筋に重点を置き、服を来ていればパッと見スラッとしたムキムキマッチョが爆誕したのである。
それもこれも”あの人”に近づく為だと言い続け、食事メニューまで考え始めた結果、大体の料理が造れる家事万能男子に進化してしまったのだ。
健康的なのは姉として嬉しいが、世にいうヒーロー系にハマり、事あるごとに先生とどっちが強いかな? 多分先生の方が強いよね! なんて言ってくるのはそろそろ卒業して頂きたい。
最近ではドデカい蛇を難なく相手した彼だからこそ、否定するのも苦しくなってくるというものだ。
ちなみに過去一度だけ先生をウチに招いた事があったが、そりゃもう酷いモノだった。
ウチには執事が居たのかと程、先生にべったりくっ付いて世話を焼いていたのだから。
「まぁそれはともかく、ご飯食べよ? 姉さんだって、ちゃんと食べなきゃ縮んじゃうよ? 背とか胸とか」
「最後の方に色々と余計な発言が混じってるけど、学校の女子にそういう事言わないでね?」
「そりゃもちろん、同世代の女子って苦手だから話す事も全然無いよ」
あはは、なんて笑っているが、色々と問題な気がする。
見た目はいい……と思うんだが、未だ浮いた話を聞かない。
中学生くらいなら当たり前かと思う反面、特殊な思考回路と行動原理が根底にある分、姉としては心配なのだ。
「まぁ、いいけど……俊はちゃんと学生楽しむんだよ?」
「それはお互い様でしょ?」
「うっさい、私はいいの。 やる事があるんだから」
いつも通りの、そんなやり取りをしている時だった。
——コンコンッ。
あり得ない音が響いた。
今私と俊はこの部屋に居て、それ以外の家族は家には居ない。
だというのに、ノックの音が聞えたのだ。
しかも、扉とは反対方向の窓から。
「姉さん、今のって……」
「下がって、俊」
二人の間に静かな緊張が訪れる。
私だけならまだしも、俊は”見える人”ですらない。
余りにも唐突で、緊急とも言える事態。
今すぐ先生に連絡を取れば来てくれるだろうか?
もし無理なら小道具を使いつつ、先生のアパートまで逃げるか……
なんていう臨戦状態の私達を嘲笑うかのように、その声は響いた。
「巡ー? いるー? ねぇねぇ居ないのー? あぁもう、連絡入れてから来れば良かったかなぁ……」
なんとも間抜けな声が、私の部屋に響き渡った。
私の半歩後ろに居る俊だって、混乱した顔を浮かべている。
あぁもうホントに、私の関係者と言ったら何故こんな奴ばかりなのだろう。
ため息を溢しながら、思いっきりカーテンを開く。
「なにしてるんですか」
ベランダとも呼べない至極狭いスペースに、金色の耳を生やした少女が突っ立っていた。
マジで、ホントに、何やってんのコイツ。
「えへへ、来ちゃいました」
困った様に頭を掻きながら、揺れる狐耳と尻尾を揺らし、月夜に照らされた夏美が微笑んだ。
こんな状況、弟にどう説明したらいいのか……
「すげぇ……」
「えっ?」
感無量とばかりに震えた声が背後から響き、思わず振り返ってしまった。
そこには両手の拳を握りながら、ふるふると震える俊の姿がある。
「狐……狐憑き。 っていうか狐巫女? あれ、意味同じかな? まぁいいや!」
独り言のように、というか完全一人の世界に入っていたのだろう弟が、気を取り直したかのように夏美に向き直る。
そしてなんと、90度近いお辞儀を繰り出したのだ。
どうしたおい何があった。
「僕、黒家巡の弟の俊っていいます! えっと、草加先生の部活に所属している方ですよね!? 年齢的に部活の皆さんと御一緒出来ないって思ってたんですけど、こうして会えて光栄です! 以後お見知りおきをお願いできれば光栄です!」
確かに普段から異能やら怪異やらの話なんかはしていたが、どうしてこうなった?
何故そこまで順応できる?
普通違うよね? もっと違う反応あるよね、だってケモミミ生えてるよこの子。
「話には聞いてたけど、巡の弟君!? おぉ、凄い! 似てない!」
うっさいわケモミミ。
「えっと、私早瀬夏美っていいます。 訳あってこんな事になってますけど、普通の高校生なんで、よろしくね! 巡とは一番の友達だから、これから仲良くしてね!」
「おい誰が一番の友達——」
「夏美さんって『眼』の人ですよね!? 姉からいっぱい話は聞いてます! どうぞ上がってください、今お茶用意しますんで! 甘い物とか好きですか? 今日焼いたクッキーくらいしかありませんけど」
「いや、だから俊はもう少しさ——」
「うん、好き! っていうか弟君お菓子作りとかするんだ? 凄いね! 俊君って呼んでいい?」
「光栄です!」
「あの、だから……」
全く話を聞いてくれない。
どうしよう、俊なんて大急ぎでお茶の支度に走り始めたし。
夏美は夏美で、当然の様に上がり込んでるし。
なんだこれ、ホントになんでこんな状況になった。
「あの……そんな気軽に狐憑きの状態になって平気なんですか? ぶっ倒れても知りませんよ?」
結局、悪足掻きとも取れる台詞が口から零れ落ちた。
対して当の本人は満面の笑顔でピースすると、自然な動作で耳を引っ込めるのであった。
「最近慣れてきたのか、無理しなければ1時間くらい持つ様になってきたんだよね。 今はまだ15分くらいしか使ってないから、余裕余裕ー」
もはや飽きれればいいのか、褒めればいいのかわからない。
考え無しに使うなとは言ったが、当の本人が自分の体調べているのだから強要は出来ない。
しかも『雑魚』の位置まで確認しながらやって来たのか、引き寄せられる筈のカレらが今ではずっと遠くに居るのが『感覚』でわかる。
多分、随分大回りして引きつけた挙句、持ち前のスピードで引き離してやってきたのだろう。
なんともまぁ、器用な事だ。
「えっと、まぁ色々言いたい事はありますけど——」
「お待たせしました! 夏美さんはハーブティーとか大丈夫ですか? 色々持ってきたんで、お好みに合わせて作りますね!」
「うっわ、すっごいね……お店でもこんなに見た事ないよ。 あ、じゃあアレとかある? カモミール、アレ良く飲んでてさぁ。 睡眠効果とかあるって聞いて飲んでる内に、クセになっちゃったんだよねぇ」
「もちろんあります! 姉にも昔よく作ってたんで、ちょっと自信あります! 是非飲んでみてください!」
「いや、ですから。 二人とも、少しは私の話を……」
結果から言おう、全く聞いてくれなかった。
手際よくお茶の準備をする弟と、その動作やお茶の香りに高ぶる夏美。
もはや何故私の部屋でこんな事を繰り広げているのかと疑問になる程、ナチュラルに会話は進んでいく。
おかしい、夏美は私に会いに来たはずでは?
決して弟の淹れるお茶を飲みながら、弟と雑談する為に訪れた訳ではない筈だ。
だというのに、なんだこれは。
「すごいねぇ、お店とかで飲むより全然美味しいよ。 巡の弟君って言ったら、なんか気難しそうな人を想像してたけど、全然親しみやすいし。 むしろ草加先生に近いかも、自然と警戒心なくなっちゃう所とか特に」
「えっと、夏美。 貴方本当に何しに……」
「恐縮です。 それに草加先生に似ているなんて、僕にとってはこの上ない誉め言葉ですよ。 というか夏美さんも、狐憑き……って言っていいんですかね? その時は神秘的な感じでしたけど、今はとても馴染みやすい雰囲気で素敵です。 聞いていた通り、優しそうな方で安心しました。 これからも姉をお願いします」
「ちょっと! 何言っちゃってるかな俊! 別に私夏美の話なんて——」
「あはは、何ていうか照れちゃうね。 俊君も凄いモテるんじゃない? こんなに気を使えるし、格好良いしさ」
「いえ、僕なんて全然ですよ。 夏美さんは姉さんの友達だからっていうのと、凄く馴染みやすいので。 それに先生の関係者ですし! 同級生の女子とかなら口もきけませんよ、何ていうか……その、恥ずかしくって」
「いやぁ……なんだろう、巡いいなぁ。 こんな弟が居ていいなぁ……」
あぁもう、好きにしてくれ筋肉崇拝者ども。
私が口を挟める状況ではないのは理解した。
もうリビングとかでやってくれないかな……なんて、諦めたため息を溢した時だった。
——ピコンッ
間抜けな音と共に、私のスマホが音を立てた。
メッセージの受信音。
普段鳴らないその音に、一瞬何の音か分からなかった。
「ちょ、ちょっと失礼します」
一応断りを入れてから、スマホのモニターに電源を入れる。
夏美は目の前に居るし、鶴弥さんなら直接通話を掛けてくる筈だ。
だとしたら誰が……
なんて思いながら、モニターに視線を向けた所で固まった。
ありえない、こんな事あるはずない。
心が否定するも、モニターに映る文字は変わってくれない。
そこには……
『草加 浬』 メッセージ一件。
今まではこんな事など無かった。
大体はこちらから通話を掛けたり、迷ったとかの緊急連絡で向こうから掛けて来たりしたくらいで、彼がメッセージを送ってくる事なんて、一度も無かった。
震える指で画面を触り、内容を確認する。
何が書かれているのか、どういう意図なのか。
そんな逸る気持ちを抑え、内容を確認した……所で、思わず盛大なため息が漏れた。
何考えてるんだコイツ。
「どうしたの?」
「姉さん?」
今まで愉快な会話を繰り広げていた二人も違和感に気づいたのか、今はこちらに視線を向けている。
なんとも今の心境と場の空気を無視しまくったその内容に腹が立って、思わず「んっ!」なんて不貞腐れながらスマホを突き出した。
そして数秒間内容を確認した夏美が、思わず笑みを溢した。
ちょっと納得いかないが、弟まで穏やかな微笑みを作っているこの状況では、私が何か言った所で逆効果だろう。
「ちょっと、出かけてきます」
その一言と共に立ち上がり、カーディガンを羽織った。
いくら夏とは言え、夜は冷えるのだ。
「姉さん! お洒落するならそれだけじゃなくて、他も整えるべきだよ! 今ヘアアイロン用意するから!」
「うっさい! いいの!」
「……プッ、あはは! 巡が敬語じゃないってだけで、なんか面白い」
「うるさいですよ!」
そんな二人を置いて、私は自室の外へと足を向ける。
出来れば残った二人にも場所を移してもらいたいが、今言っても多分無理だろう。
改めてため息を一つ溢しながら、正面を向く。
ちょっと和やかな空気になってしまったが、状況は変わってないない。
その状態で先生と対面するんだ、気を引き締めよう。
何があって、彼が何なのか。
ソレを聞き出すチャンスなのだ。
私としても今後に関わる重大なイベント、それを逃す気はない。
「……っよし!」
両頬を叩いて、玄関を開いた。
彼が指定した場所に向かう為、私は足を踏み出したのである。
——
「これはこれは、私が来る必要もなかったかなぁ?」
ニヤニヤ顔を殺し切れず、口元を釣り上げたままぼやく。
そんな私に対して、俊君は深く頭を下げてきた。
「ありがとうございます。 姉に夏美さんみたいな人が付いてくれているなら、僕も安心です」
「あはは、それは買い被り過ぎだよ俊君」
「と、言いますと?」
「確かに草加先生なら巡を救えるかもしれない、でもね……こういう、気持ち的な問題な時でも助けてくれる人って、なかなか居ないんだよ。 でも今回巡は手を差し伸べられた……だから、ちょっと嫉妬しちゃうなって、そう思って」
しばらく弟君は考える様に顎に手を当て、うーんと唸っていた。
なんとなく、こういう時の動作って彼女に似てるなって、そんな事を考えていたんだ。
しかし顔を上げた彼は、真顔おかしなことを言い始めた。
「確かに、先生は女性から見たらとんでもなく格好良い上に理想的な男性でしょう。 でもそれって、姉さんだけに向いた行為じゃないからこそ、周りから好かれるんじゃないですか? 多分先生なら、夏美さんが困っている時でも手を差し伸べてくれるんじゃないかなって、そう思うんです。 だからこそ夏美さんは笑っていた方が、先生の目にも素敵に映るんじゃないでしょうか?」
どれくらい年下なのかは知らないが、とにかく年下の男の子にそんな事を言われてしまった。
多分、相当間抜けな顔をしていただろう。
でも、彼の言う通りだ。
草加先生はいつだって、私達のヒーロー。
ならば私は、せめてヒロインだと思えるポジションに居られる為に、笑顔を振り撒こうじゃないか。
「弟君……っていうか俊君。 やっぱ君格好良いよ。 そんな事を真顔で言える男の子は、私の同年代でも絶対いないよ」
「いえいえ、先生に比べたら僕なんて塵みたいなもんです。 だからこそ、もっと努力しないと」
「なんとなく君とは、すんごく仲良くなれそうな気がする」
「是非ともお願いします。 お願いついでに、もう一つお願いがあるんですけど……」
「何々? お姉さんに相談してみなさいな」
私達の夜は、始まったばかりである。
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ちょっと更新が遅くなるかもしれません(意味深





