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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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秘密

2019.07.12 文章を少し修正しました、ストーリー等に変更はありません。


 先生が蟲毒を撃退してから数日が経った。

 体力を消耗しきっていた夏美をホテルで休ませたり、大物を逃してしまったと号泣する先生を居酒屋で皆して慰めたのも、いまでは懐かしいく感じる。

 それくらいにあっけなく、そして慌ただしく時間は過ぎていった。

 一体誰だ、先生と『蟲毒』をぶつけるのに不安があると言った奴は。

 出てこい、楽勝だったじゃないかと文句を言ってやる。

 とはいえ数日前の出来事だ、おいそれと忘れられる程お気楽ではないのだが……


 「浬先生、そこの柱の裏にマグナムの弾が」


 「は? マジで? うっそだろ、なんでこんな序盤で出てくるんだよ!」


 部員達プラスアルファは、そうでもないのかもしれない。

 いや、うん。 それはないだろうと思いつつも、今のお気楽な状況を見ていると何とも言えなくなる。


 「はいはーい、ご飯できましたよー。 ホラホラ机空けて、今日は鯖の味噌煮だよー」


 「ほんと早瀬さんって料理上手なのね。 話には聞いてたけど」


 能天気とも言えるそれぞれの会話を耳にしながら、思わずため息が零れる。

 あんなことがあったと言うのに、お気楽なもんだ。


 『黒家さん? 続けてよろしいですか?』


 「あ、はいお願いします。 申し訳ありません、騒がしくて」


 耳に当てたスマホから鶴弥のお爺さんの笑い声が漏れる。

 これでは緊張感も何もあったものでは無い、全く……困ったものだ。

 再びため息を溢しながら、部屋の中に視線を送る。


 あれから数日……オカ研の活動はいつも通り行なわれていた。

 とはいえ廃墟探索などに行くことも無く、とにかく平和な日常を過ごしていたのだ。

 そして今日は、先生の家に集まりミーティング……の筈だったのだが。

 何故か完全にお気楽お遊びムードになっている。

 どうしてこうなった。


 最初こそ夏美の回復を待ってから、なんて話もあったが、見ての通り今の彼女は元気いっぱいなのだ。

 というか翌日にはピンピンしていた。

 彼女が狐憑きの状態になった際の副作用は一時的なもので、一度回復してしまえばその後心身共に影響は出ないとの事。

 あそこまで酷い脱力感に襲われていたのだから、もう少し様子を見た方がいいのではと心配したのだが。


 「大丈夫大丈夫! 慣れてるから!」


 なんて意味の分からない発言をした瞬間に、思わずハリセンで引っ叩いてしまった。

 あの仮面の事を心配していたり、調べていた私の時間は一体何だったのだろう。

 そして今の今まで忘れられていた仮面だが、本日無事持ち主の手に返った。

 最初こそ仏頂面というか、むしろ捨ててくれという顔をしていた椿先生だったが、手紙を呼んだ瞬間に顔が真っ青になり、慌ててバッグに仮面を突っ込んでいたのはなかなか面白い光景だったといえよう。

 私達としては、彼女の祖母が真意に気づかない事を祈るばかりである。


 まぁここまではいいとしよう、割といつも通りだ。

 だが鶴弥さんや、おいそこのちびっこ。

 貴女は何故先生とそんなにぴったりくっ付いて、面白おかしくゲームなんぞやってやがりますか。

 しかも私や早瀬さんが匙を投げたグロゲーばかりやっているじゃありませんか。


 「ここくらいしか火炎放射器は使いませんから、遠慮なく使っちゃってください。 むしろ他の弾を使うと勿体ないです」


 「いいの? 本当に良いの? 使い切っちゃうよ? やっちゃうよ!? 汚物は消毒——」


 「——そういうのいいですから、ホラはよ」


 「いいからご飯食べますよー?」


 ちくしょう、なんとも楽しそうだ。

 和風ホラーとか映画ならまだしも、グロゲーは苦手なのである。

 主にでっかい虫とか出てくるのが本当に無理、何故あんなゲームを喜々としてプレイできるのか……


 『えっと、本当に大丈夫ですかね? また後にしますか?』


 「あっいえ、大丈夫です」


 ある程度は事情を察しているらしい鶴弥祖父が、気を使いながら声を掛けてくる。

 こちらから連絡を取ったというのに、これでは申し訳ない。


 「と、とにかく、送っていただいた資料読ませていただきました。 先ずはお礼を」


 『お気になさらず、それこそお約束した”報酬”なのですから』


 あの日力尽きたまま”現実世界”に戻ってきた夏美の事もあり、報酬も受け取れないまま慌ただしく過ごした。

 結局次の日は椿先生の独断による、ホテルから家までの直送が行なわれたくらいだ。

 それこそ里帰りとも言える鶴弥さんだって、ろくに実家に顔を出せぬまま今回の合宿は終了となったのである。


 「しかし驚きました。 私が求めていた情報と、そちらが提示してくれた資料。  まさかここまで合致するとは……あの”狐の仮面”の資料だとは、流石に思いませんでした」


 『お役に立てなら何よりです、何せ貴方達は私の命の恩人とも言える方々なのですから』


 私達が帰った後、その翌日にはこの資料が鶴弥さんの元へ届いたらしい。

 律儀というか何というか。

 そんな感想を持ちながらも、手にした資料を見た瞬間息を飲んだ。

 そこに書かれていたのは、紛れもなく私達が預かった”狐の仮面”に関しての資料だったのだから。

 比喩的表現も多い資料だったが、仮面が造られた経緯や伝承。

 どんな力……というか、こういう幸運を齎した、三日三晩続いた厄災を祓ったなどの事柄が記載されていた。

 まあこれだけだったのなら余り実の無い報酬になってしまったのかもしれないが、送れられてきた資料は二つ。

 もう一つは、歴代の所持者を示す冊子だった。

 名前と共に使用目的……というか仮面を欲しがった理由とでも言うべきだろうか? そういった言葉がつらつらと続く。

 最初の方こそ劣化していて読めないが、後半に至っては問題なく読めるレベル。

そして最後のページには”椿”の書名があった。

 当然椿先生の家が所持していた事は分かっていたが、それでも目を引いたのが他と同じように書かれていた文章。

 そこには『金色の狐が見えた』と短く記されていた。

 狐グッズ収集癖でもあったのなら話は別だが、言葉通りなら”そういう事”なのだろう。

 これはもう、話を聞いてみるしかあるまい。

 少なくとも私達より、ずっとあの仮面について詳しい筈だ。

 思わず口元が吊り上がってしまうのも、無理が無いと言える事柄だった。


 まあ、とはいえそれも後でいいだろう。

 調べるにしろ話を聞きに行くにしろ、椿先生に話を通さなければならないから、今すぐどうこう出来るものではない。


 「命の恩人とはまた随分と大袈裟ですね? 私達は貴方の家の蔵を、勉強の為に見せて頂いただけ、”ただの”高校生ですよ?」


 『ははは、冗談が御上手で。 ただの高校生なら”あんな恐ろしいモノ”の相手は出来ないでしょう』


 「…………」


 その返答に、ある種の確信をが生まれた。

 今までの経験上神社の守り手である彼ら、”神主”というものは商売上……と言ったら聞えは良くないが、ある一定の制限……もしくは決まり事があると思われる。

 それは”霊的なモノを人前で恐れない事”だ。

 どんなに危なそうだ、ヤバそうなモノだと思っても、決して本心でそれを”お客”に対して伝えたりしない。

 これは危険な霊が憑いています! なんてうたい文句ならあるだろう。

 しかし祓い終わったモノ、または終わった事例に対して、決して”恐ろしい”なんて口にしたりしないのが彼らだ。

 例え御払いが済んでいない物やよく分からない物だって、彼等にとっては自身の専門分野であり、彼等が恐れていては話にならない。

 だからこそ”本心から”恐ろしいなどという事は、決して言わないだろう。

 自分では絶対的に敵わない”強者”を目の当たりにしたり、体験していない限りは。


 「ここからお話しするのは私の予想であり推測、妄想とも言える物です。 独り言と思って聞き流して頂いても結構です」


 『は、はぁ……?』


 「貴方、あの蛇を見ましたね?」


 『なっ!?』


 もはやその反応は、答えを言っているようなものである。

 だからこそ”独り言”と最初に言っておいたのに。

 私は気にせず一人で喋り続けた。


 「それだけじゃない。 貴方はあの場所へ、私達の言う『迷界』に踏みこんだはず。  でなければ井戸の周りに、”貴方が書いた”お札が撒いてあった説明がつかない」


 そう、あの井戸の周りに落ちていたお札。

 どこかで見覚えがある気がしていた、そう思ってポケットに忍ばせていた代物。

 『迷界』から帰ってきてようやく確信が持てたのだ。

 コレは鶴弥の神社で描かれた物だ。

 神主と話している間、彼の背後に飾られていた札と同じ文字。

 内容は違うかもしれないが、どう見たって神棚に飾られた”ソレ”と、同じ人が書いた物だったのだ。


 「教えてください、どうやって貴方が”帰ってこられた”のか。 あの蟲毒はどこから来たのか……そして、あの壺を開けた理由も」


 『…………』


 後半なんてそれこそ予想、というかもはや本当に妄想でしかない。

 札の件だって同じような文字の書き方だった、と言われればそれまでだし。

 ここまでの行動で、呪いの品の”経路”について必要以上に調べている節があると思えた彼だからそこ、何か知っているのではないかとブラフをかけた。

 最後のなんて行き過ぎた妄想どころか言いがかりに近い、でもそうとしか思えないのだ。

 「手に負えない」と言って彼の元へ預けられた呪具。

 ソレを預かってから彼は体調を崩し、危険な物だと分かっていながら私達の提案をすんなりと受け入れてくれた。

 鶴弥さんが異能の話など、聞いた限りを彼に伝えたらしいが、言ってしまえば見ず知らずの子供どころか、当人の孫娘にさえ危険が及ぶ可能性のある行動だ。

 いくら孫から『腕』の異能の話を聞いた所で、すんなりと信用するだろうか?

 もしも何かあった場合対処できる自信、というか安全策を考えていたとしか思えなかった。


 そしてもう一つ、蟲毒の壺を元々持っていた方の神主。

 数日の間に調べた結果によると、その人はコレと言って悪影響を受けた訳ではなかったらしい。

 どこからか音が聞こえる、といった怪奇現象くらいはあったらしいが、直接身体に影響を受けるほどではなかった。

 では元々預かっていた人物と彼の違いは何だったのか?

 何故鶴弥の神社に預けられてから蟲毒は猛威を振るったのか?

 私に考えられる原因は一つだった。

 彼の元へに預けられて、何かしらの”変化”……というかアクションがあったからこそ姿を現したのではないだろうか。

 そもそも”あんなもの”が封じられていたのだ、行く先々で猛威を振るっていたのなら、前任者など居る筈がない。

 その手に持った全ての人が、あの蛇によって”死んで”いなければおかしいのだ。

 しかし以前の持ち主は無事であり、今回に限ってのみ害をなした。

 つまり”アレ”を呼び覚ました原因は、環境ではなく預かっていた本人が手を加えたとしか思えないのだ。

 とはいえ、蛇を見たか? という質問に反応が無ければ、この考えにも自信が持てなかったのだが。


 「これが全て私の妄想なら、笑って頂いて結構です。 ですが、もしも何か思う所があるなら——」


 『——妻の声が、聞えた気がしたんです。 ずっと昔に亡くなった、懐かしい声が』


 「え?」


 私の言葉を遮るように語ったその声は、今にも泣きそうなほど弱々しく、それでもはっきりと耳に残る程清らかなものだった。


 『あの壺を預かった晩、妻の声が聞えたんです。 私は箱庭の中に捉えられている、と』


 「だから、壺を?」


 『えぇ、最初は半信半疑でした。 ですが壺を開けた瞬間、私は井戸の前に立っていました。 気が触れたのかと自分でも疑いましが、いくら経っても目は覚めてくれませんでした』


 間違いない、私達が目にした井戸。

 『上位種』の蛇が顔を出したソレだろう。

 こんな会話、一般人に聞かせれば狂人か夢物語と笑われてもおかしくない。

 でも、”私達”のような人間には分かる。

 ましてや『感覚』の異能を持った私からすれば、その話を聞くだけで彼の痛みや苦しみまでもが伝わってくる。

 焦燥感、好奇心、そして恐怖。


 『その井戸から大きな蛇が顔を出したんです。 あぁ、これが壺の中身かと、すぐわかりました。 だからこそ私は札をまき散らしながら、慌てて祝詞を唱えました。 でもしばらく経って、蛇がこう言ったんですよ「お前は違う」って』


 「お前は違う?」


 『えぇ、何のことかは分かりませんがそう言っておりました。 そしてそのまま、蛇は建物の中に去っていきました』


 この時点で、私達が経験したものとは明らかに違う。

 そもそも蛇が襲って来てないし、聞いた台詞も違う物だ。

 私が聞いたのは”忌み子”という言葉だけ。

 つまりアレか?

 蛇の言う”忌み子”というのは私達の様な異能を持った人間、もしくは”見える人”の事であって、そういった人物用に造られた蟲毒だった、とか?

 だとしたらとてつもなく迷惑な話である。

 今回はスネークイーターさん(笑)が居たからいいが、もしそうでなければどうなっていた事か。

 文字通り時代を超えた時限爆弾であったわけだ。

 ほんと、なんの恨みがあるのか。


 『そして蛇が去った後、黒い霧の様な物が近寄ってきました。 ソレは妻と同じ声で言ったのです。 こんな所に呼んでしまって申し訳ない、今でも愛している……と。 その後声に従い井戸に飛び込んだ末、気づいたら集まっていただいた近所の皆様に囲まれて布団に寝ていた、という訳です。 お医者様の話だと、私は蔵で倒れている所を発見され、数日間眠っていたそうです』


 つまる話、私達だけで解決できるのなら良し。

 更にあの蛇も、彼の中では襲っては来ないモノと認識していた。

 もしも帰って来ない場合は、井戸の場所を教えて脱出すればいいと、そう考えたのだろうか?

 なんとも危なっかしいというか、賭けにも近い行いに思える。

 まあ私自身余り人の事が言えないので、恨み言なんぞ言ったりはしないが。

 とはいえ褒められる行いではないのは確かだろう。

 本人もそれは分かっているらしく、電話の向こうで謝罪の声が聞えてくる。


 そしてもう一点、彼を引き込んだ”妻の声”って奴は一体何なんだろう。

 というかこういう場合、どう反応したらいいのだろう。

 奥さんに会えてよかったですね、とか?

 しかし彼は、夏美の様な『眼』を持っているけではない。

 その姿まで確認する事は出来なかっただろう。

 鶴弥さんの様な『耳』だってもっていない。

 きっと私や夏美と同じように、ノイズ交じりの様な擦れた声に聞えただろう。

 そして『迷界』に入った私達は、”それらしい”黒い霧には出くわしていない。

 もしかしたら彼の勘違い、または『雑魚』が引き起こした幻影、幻聴の可能性だってあるのではないだろうか。


 とはいえ私だって確信を持って結論付けられる訳ではない。

 であれば下手に肯定、又は否定する事は失礼に思えて、私は口を塞いだ。

 彼の中でそれが”自分の奥さんの声”だと思えたなら、それでいいじゃないか。

 こちらとしても収穫はあったんだ、これ以上は私達が踏み込むべきじゃない。

 そう思って会話を終らせようとしたその時だった。


 『実は……後二点、お伝えしなければならない事があります。 言おうかどうか迷ったのですが』


 「はい、なんでしょうか?」


 歯切れの悪い言葉で、いかにも伝えづらそうな雰囲気をもらす。

 何か分かった事があるなら是非とも教えて頂きたいところだが、何故か鶴弥祖父は口籠っている。

 あの、ええと……なんてやりとりを少し繰り返した後、覚悟が決まったのか神主の声がスピーカーから響いた。


 『まず最初に、壺を割りました……これ以上呪具をこの世に残さない為にも。 中からはいくつもの風化した動物の骨と、人の指の骨と思われる物が見つかりました』


 「あぁ、なるほど……」


 蟲毒の方法については付け焼刃な知識しかなかったが、それでもその意味は理解出来た。

 おそらく、”呪い”に自分を混ぜたのであろう。

 そしてそれが『迷界』で会ったあの姿。

 人間の姿をした『上位種』その人が、今回の呪いを造った張本人なのかもしれない。

 まさか呪具に自らの一部を入れるとは、とんだ執念だ。

 物によっては呪いたい相手の髪の毛を入れる……とか聞いたことがあった気がしないでもないが、指なんぞ放り込むのは聞いたことがない。

 もしかしたら被害者側の指だったのか、それとも当人が”忌み子”であり、全ての似た存在を呪ったのか。

 そこまでは分からないが『迷界』の中で見たカレは、どうみても被害者という雰囲気ではなかったのは確かだ。

 ちょっとばかり、というか全く理解出来ないがそこまで恨んでいた相手、もしくは存在に対して造った”蟲毒”だったのだろう。


 『そしてもう一件』


 「はい、なんでしょう」


 むしろこっちの方が気になる。

 呪具なんて作る奴の気持ちを理解しようとは思わないし、ましてや自分の指を切断して突っ込むヤバい奴の感情なんて理解したくもない。

 普通なら人間の骨が出てきたという辺りで、特番あるあるの悲鳴でも上げるべきだったのかもしれないが、生憎とそいつらに喰われかけている御身分なのだ。

 恨み言なら出てきても、一般的な恐怖体験のような感想は出てこない。

 むしろ怖いというなら物理的に迫ってきた蛇や、呪いの為に指ちょんぱして突っ込む発想のほうが怖いくらいだ。

 だからこそ平然と聞いていられた、この時までは。


 『壺の中に制作者の家紋が彫られていました。 そしてその家紋を調べた結果行きついたのが……”草加”という名前です』


 「……は?」


 彼が何を言っているのか分からなかった。

 クサカ? あぁうん、日本中探せばいっぱい居るよね。

 珍しい名前ではないし、何を慌てる必要があるのだろうか。

 だというのに私の心臓は馬鹿みたいに速くなり、息苦しさを覚えた。

 その背中には脂汗を浮かべ、クラクラした頭で次の言葉を待った。


 『申し上げにくいのですが、皆様方と共にいらっしゃった先生。 彼の先祖にあたる誰かが(こしら)えた物だと、私はそう判断しました。 そしてこの家紋は、かなり多くの呪具から発見された物と……酷似しております』


 何を言っているんだろう。

 私達の知る先生は、怪異から私達を守ってくれる存在。

 最初だって、今だってそうだ。

 だというのに、呪いの元凶が彼の家にある?

 何を馬鹿な。

 そういってやりたかった、全面的に否定してやりたかった。

 だというのに、私も心の底では疑問に思っていたのだ。

 『眼』や『耳』と違い、彼の『腕』は随分とカレらに対して直接的過ぎると。

 今や触れただけでもカレらを消し飛ばしてしまう彼の力は、他と比べて明らかに凌駕していた。

 そしてあの身体能力。

 あんなにも人は強くなれるモノなのだろうか? もしも普通では考えられない”秘密”があるのだとしたら?

 それこそ、夏美に憑いている狐の様に。


 疑問の答えの欠片。

 ひとつのピースに過ぎないソレが見つかっただけで、私の心の平常が乱れた。

 その場で膝をつき、パクパクと金魚の様に口を動かすしかできなかったのだ。


 彼とは関係ないじゃないか、先祖のやった事だ。

 必死で頭が否定しても、心が付いて来てくれない。

 だって、もしも。

 もしもその呪いの技術が生きていて、何かしら先生が関わっているのだとしたら?

 もしも今まで苦しめられていた怪異に、数多く”草加”の家の呪いが関係しているとしたら?

 それこそとんでもないマッチポンプだ。

 この先何かしら草加家の事情で、先生が私達の手助けを止める事があるかもしれない。

 もしかしたら敵と呼べる存在になってしまうかもしれない。


 ——そしてなにより、”私に掛けられた呪い”にさえ、先生が関わっていたとしたら?


 その時、私は彼を許すことが出来るんだろうか。


 『彼を、とはいいません。 ですが今後”草加の家の呪具”には、気を付けた方がいいかもしれませんね。 私も数多くこの家紋を見てきました......とはいえ今の草加家では——』


 その言葉が終わる前に、スマホの通話終了のアイコンをタップした。

 何がどうなっている?

 狭い廊下で、私は一人蹲るように膝を抱えた。


 未だ誰にも話していない、黒家巡の目的。

 その要となる草加浬の存在が、彼女の中で揺らいだ瞬間であった。


 これにて2章は完結となります。

 お付き合い頂いた皆様、ありがとうございました。


 3章の予定ですが、少し忙しくなってきている為これまでの様に更新できるか分かりません。

 可能な限り早めに更新いたしますので、どうぞ今後共お付き合いくださいませ。

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