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独りかくれんぼ 3


 「どこだ!? どこが漏れてやがる!? 水道代が……つうか下の階に浸水してねぇよな!?」


 慌てふためいて走り出そうとするが、如何せん部屋が暗い。

 慣れ親しんだ我が家とはいえ、足元に転がっている物を踏み砕きながらいく訳にもいかず、よたよたと少しずつ進んでいくような体制になってしまった。


 『先生! ちょっと先生! 塩水、塩水持ってください! 一応いま降霊術の真っ最中ですからね!?』


 「あぁーもう、そうだった! めんどくせぇなおい!」


 黒家の叫ぶような警告を聞いて、慌ててクローゼットの中に用意しておいた2リットルのペットボトルをつかみ取る。

 別に何か起こる思っている訳ではないが、何か起こったら怖いので一応指示に従うおっさん。

 その後も相変わらずよたよたと歩きながら、照明のスイッチを入れた……はずだった。


 「おい……」


 『もしかして、そっちもダメですか?』


 壁に設置されたスイッチを、何度となく押す、ひたすら押す。

 しかしいつまで経っても部屋の中に明かりが灯ることはなく、ただひたすらに虚しい音だけが響いていた。


 カチカチカチカチ……ザー……ピチョン、ピチョン……


 一部は自分が鳴らしている訳だが、ここまで来るともうどうでも良くなってくる。


 『あのー、先生? 大丈夫ですか? そろそろ……ソレ、止めません?』


 カチカチカチカチ……


 『ホラ、例の水音を何か近づいて来てる気がしますし? それに、ね? 霊が出ると電子機器は不調をきたすーみたいな? 良くいうじゃないですか。 だから、ホラ』


 スマホからは相変わらず励ますような、心配するような声が聞こえてくる。

 その声に答えた訳ではないが、スイッチを連打する指を止め、頭を壁に押し付けて項垂れていく。


 「もう……やだ。 照明まで壊れた……この前変えたばっかなのに……」


 それこそまだ一ヶ月経ったかどうか。しかもちょっと無理して購入し、我が家もついにLEDだ! なんてテンションが上がっていたのは、記憶に新しい。

 そんな我が家を明るく照らしてくれていたLEDさんが、今やこの有様である。

 完全沈黙である、ぴくりとも動かぬ力なきLEDさんである。

 ちょっと本気で泣きそうになってきたおっさんは、黒家の言う幽霊がどうとかなどと言う話はまるで耳に入っていない状態だった。


 『あのー……先生? そうしていても仕方ないので、とりあえず移動しません? ショックだとは思うんですけど、その~……あっ、ホラ! ベルトの電源入れればちょっとは明るくなりますよ?』


 もはや何と声を掛けたらいいのか、黒家から憐れむような気遣いが見え隠れして、言葉を選びながら何とか場を繋ごうとしているが伝わってくる。

 確かに彼女の言う通り、部屋の中はもはや真っ暗。

 さっきまでモニターの明かりがあったはずなのだが、今ではその明かりすら無くなっていた。

 ついにそっちも息を引き取ってしまったのかと考えると、もはや振り返って確認する気も起きない。

 もうどうにでもなれという投げやりな心境のまま、言われた通り腰に巻き付いている黒家弟のベルトの電源を入れる。


 キュイイィィン……と、何とも子供向け玩具らしい電子音が部屋の中に響き渡る。

 真っ暗な部屋の中、やたらと発光するラ〇ダーベルトを腰に巻き、壁に頭を押し付けたおっさんが今この瞬間に爆誕した。


 もはや訳が分からない。

 しかしこちらも不具合があるのか、無駄に電源を入れた時の効果音が何度も鳴り響き、腰回りだけをやけにビカビカと明るく照らし出していた。


 『えっと……ちょっとは明るくなりましたけど……なんていうか、ごめんなさい』


 「もういい、何も言うな……」


 今はもう、何を言われても心が削られるだけだろう。

 というか、感想など聞きたくもない。

 最初はちょっと冗談のつもりで持ち込んだであろう黒家も、こればかりは流石にドン引きしているのがスマホ越しからでも伝わってくる。


 「とりあえず、水漏れ確認してくるわ……」


 『はい……行きましょうか』


 もはや何も言うまいと心に決めたのか、黒家も特に必要以上の言葉を上げる事もなく、二人して言葉を失ったまま部屋を出る。

 兎にも角にも、さっきから聞こえている水音を確認しなければ。

 心を殺して、部屋を出てすぐのところにあるキッチンの照明スイッチを押した。

 ……はずなのだが。


 「おい……」


 またか、と言いたくなった。

 というより叫びたくなった。

 部屋の中が明るくなる気配は無く、再びカチカチと虚しいスイッチ音だけが響き渡る。

 これでは水漏れがどうとか、LEDがどうとか言っていられない。

 もしかしたら地域的な停電か、ブレーカーが……なんて事も考えたが、窓から見える向かいのアパートには煌々とした明かりが輝いていた。

 そしてブレーカーが落ちたという可能性も低い、何せ今の今までパソコンのモニターが稼働していたのだから……今はご臨終しているご様子だが。


 「ふ、ふふふ……」


 つまり結果は目に見えていた。


 『せ、先生? 大丈夫ですか?』


 試しにエアコンのスイッチを入れてみた。

 ピッと稼動音がしたにも関わらず、送風口が開いた所で完全沈黙。

 それでも諦めきれず、今度は電子レンジを稼働する。

 扉を開けば電子ボイスで色々と喋ってくれる我が家の電子レンジのはずだったが、「電源が入りました。加熱モードを——」と喋った所で、何も言わぬ金属の箱と化した。


 「ふははは、ぬははははは」


 『先生、本当にどうしました? 取り憑かれたりとかしちゃいました?』


 やけに心配そうな声を上げる黒家を無視して、俺は走った。

 脱衣所にあるブレーカーへと。

 ガツンと大きな音を立てて、ぶち破る勢いで侵入した脱衣所。

 その壁に設置されたブレーカーを見上げるが、悲しくも全て正常にONの状態に収まっているスイッチ達。

 それでも諦められず、脱衣所に置かれた洗濯機の電源を押す。


 ピピッ——ウィーン……ガッ!


 何かが急停止した音と共に、長年付き添った彼も息を引き取った。

 その後はいくらボタンを押しても、反応一つ返さない。

 ……まぁこいつに関しては寿命か、なんて感想が沸く気もするが、ハッキリ言ってタイミングは悪すぎる。

 流石にここまで来ると、ふつふつと怒りが湧き上がってくるというのもだ。

 誰に対して、という訳ではないのだ。

 ただ単純に、不幸が重なりすぎて頭に来る。

 そして更に、その怒りの矛先を向ける相手がいないという事態にも、多少なりストレスを感じてしまう理不尽な気持ちが積み重なっていく。


 「あ、あはははは。 なぁ、まさか……まさかとは思うけどさ」


 もはや誰に喋りかける訳でもなく、諦め半分、せめてこれだけはという縋るような気持ち半分で、浴室のドアを殴るような勢いで開放する。

 もはや当然と言える程、当たり前の様に明かりはつかない。

 そして……


 『先生! ヌイグルミが無くなってます! これは……って先生? もしもーし、聞こえてますかー?』


 何か聞こえた気がするが、もはやそれどころではない。

 腰から放たれる、やけに攻撃的にピカピカする光を頼りに、給湯の操作パネルを弄り回す。

 そしてそれも当然のように動かず、先ほど溜めたはずのお湯も、冷たかった……


 「…………」


 『先生? あの、大丈夫……ですか?』


 もはや何も言うまい。

 というか、言葉が出ない。

 この瞬間、最悪の未来が現実のモノとなったのだから。


 「ははは……黒家、明日はモニターだけじゃ済まなそうだ……」


 『え、あっ、はい』


 「全部だ……今の所は電化製品全部壊れてやがる。 信じられるか? さっきまで……あんなに動いてたのに、全部だぜ? こんなの、こんなのって無いだろ……」


 腰回りがやたら光り輝いているおっさんが、浴室の中で膝をついた。

 その瞳に、薄ら涙を浮かべながら。


 「俺は……明日から……給料日までどうやって生きていけばいい? 教えてくれ……黒家」


 そんな悲痛な声は浴室という事もあって、無駄に反響しながら黒家の耳に届いていた。

 本人の意思とは別に、無駄に盛大な感じの空間が広がっているように感じられるのは、多分偶然である。


 『あの、凄く言いにくいんですが……ちょっと腰回りが光りすぎて、ギャグにしか聞こえないのはどうにかならないでしょうか?』


 「お前が用意したんだろうがぁぁぁぁ!!」


 自分でも気づいていた、この絶望的な状況の中を無駄に明るく照らし出す存在があった事に。

 どういった不具合なのかしらんが、さっきから変な効果音が腰回りからずっと鳴り響いている事に。

 しかし本人はとてつもない絶望感に苛まれていたのだ、はっきり言えば困っていたのだ。

 だと言うのにこのベルトは、さっきからビカビカキュインキュインとうるさくて仕方がない。

 もういっそ投げ捨ててやろうかと思う程に、狭い浴室を無駄に明るく照らしてくれているわけだ。

 とてもとても迷惑極まりない。


 『とりあえず、水音はキッチンでもお風呂でもない……ではどこから聞こえるんですかね?』


 その言葉を聞いた瞬間、体が跳ねるように動いた。

 別に忘れていた訳じゃない、そう忘れていた訳じゃないんだ。

 そもそもこの水音の原因を探るために部屋を飛び出した事を。

 室内で水を使う場所なんてそう多くはない、もはや言うまでもなくトイレな訳だが。

 そこに向かって軽やかに両足が地面蹴る。

 もはやこれ以上の損害は、本当に死活問題となる。

 管理会社に問い合わせたとしても、これだけ多くの問題を一辺に持ち込めば、疑われる上に対応も遅れる、下手すれば実費で直せと言われる可能性だって大いにあり得る。

 それだけはあってはならない。

 もしもそんな状況になったら、間違いなく俺は生きていけないだろう。

 主に金銭的な意味で。

 そんな思いを胸に、ただひたすらに走った。


 「これ以上何かあってたまるかあぁぁ!!」


 大声を上げながらキッチンまで転がり出る。

 玄関すぐ脇のトイレへと向かうべく、そのまま突き進むところだが……その足が、ふと止まった。

 キッチンから玄関に続く扉。さっきまで閉まっていたはずの扉が、今はその先が見渡せるくらいに開いている。

 というか、全開である。

 そして玄関まで伸びるその廊下に、私生活を送る過程では考えられないほどの水がぶちまけられていた。

 まるでバケツをひっくり返したかのような有様、もはや何が起きているのか考えるのも嫌だとばかりに、天井を見上げ額を抑える。


 「トイレ……盛大に水漏れしたのかな……どうすんのコレ……」


 どうするも何も一刻の猶予もない、今すぐにでも業者を呼ぶべき事態なのだが、それこそ精神的な意味で色々と限界まで来ていたおっさんは、その場に膝をついてしまう。


 『先生、それどころじゃないです! 玄関! 玄関の方を見てください』


 「あぁ?」


 ここまで来ると全てがどうでも良くなりかけているおっさんに、黒家がやたら緊迫した雰囲気で声を荒げた。

 これ以上何も起こらないでくれと願いたいところだが、現実とはそう上手く行かないもである。

 というか不幸な出来事があると、まるで芋づる式に次々と何かが起こる、というのが今までの人生においての経験論だったおっさんは、黒家の言う何かに目を向ける事さえ億劫だった。

 しかしまた何か起きたのなら対処すのは自分なのだろうと諦め、重い溜息を吐きながら玄関の方へと視線を向けた。

 その先には……


 「は?」


 なんて間抜けな声が出てしまう程、あり得ない光景が広がっていた。

 そう広くもない我が家、当然玄関まで続く廊下もそこまでの距離がある訳でもない。

 だというのにも関わず、視線の先にある玄関の扉はとてつもなく暗く映る。

 まるで黒い霧でも掛かっているのではないかという程暗い、それこそ一度視線を外せばその扉さえも見失ってしまいそうなほどに。

 そして更に信じられない事に、その扉の前に誰かが佇んでいた。


 彼、または彼女だろうか? やけに傷んだ長めの髪の毛に遮られ、暗い闇に包まれたその顔はどちらとも判断がつかない。

 薄汚れた黒っぽい雨がっぱに身を包み、そこから延びる両足は随分と細い。

 濡れた裸足のまま、床にドス黒い水たまりを作って突っ立っていた。


 『先生……あの、これはちょっと……マズイかもしれません』


 そんな声が胸ポケットから聞こえてくる。

 そりゃ不味い事態に決まっている。

 訳の分からない出来事が立て続けに起きて、終いにゃ訳の分からないヤツが我が家の玄関に突っ立っているのだ。

 そしてソイツが両手に持っている物に目を向けて、再び背中に嫌な汗が伝う。

 左手に、先ほど風呂場で見つからなかったヌイグルミ……別名俺の白髪米を。

 右手には、暗闇の中に佇んでいるにもやたら輝いて見える包丁をしっかりと握りしめていた。


 『先生! 逃げて下さい! どこでもいいです、とにかくアレから離れて!』


 悲痛な叫び声が広くもない部屋の中に反響する。

 わかってる、わかってるさ。これがとんでもない異常事態ということも、アレがその手に持っている物をどう使おうとしているのかも。

 そりゃ普通の状態ならすぐにでも逃げ出す事態だろうな、なんて考えながらおっさんはフラリと立ち上がった。

 そんな会話をしている間にも、ソレはおぼつか無い足取りで徐々に近づいてくる。

 何が楽しいのか、その口を三日月のように釣り上げて。

 クフ、クフフッ……と息が漏れているような笑い声をそこらじゅうに響かせながら、少しづつ……少しづつ歩み寄ってくる。

 そして今俺の居る部屋の手前くらいまで近づいて、足を止めたかと思うと大きな口を開いてこう言い放った。


 「ネェ……見エテルノ? 見エテルヨネ?」


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