合宿 4
先日修正前の物を誤って一回上げちゃったので、上げ直しました。
一瞬真っ暗になった蔵の中。
停電かと焦ったが、そもそも電気を必要とする明かりが設置していない模様。
だとすればアレは一体……なんて考えている内に、赤黒い光が俺たちを包み込んだ。
雰囲気そのものは不気味だが、光は二階の窓から漏れる太陽光。
恐らく日食でも起きたのだろう(?)
なんて下らない理論で納得してみせたおっさんとは裏腹に、目の前には絶望に頭を抱える少女が蹲っていた。
その姿はいつか道路で見た姿に重なるが、一体どうしたというのだろうか。
「おい鶴弥、どうしたんだよ? 大丈夫だって、日食か何かが起きただけだろう? お前アレか? 雷とか自然現象怖がるタイプか?」
ガタガタと肩を震わせていた少女が、おっさんの言葉を耳にした瞬間ピタリと止まる。
そのままゆるりと立ち上がり、フフフと笑いながらこっちに近寄ってきた。
いや怖いよ、前髪とかばっさーってなって目も隠れてるし。
口元に不敵な笑みを浮かべながらフラフラ近寄ってくるとか、お前は貞〇ちゃんか?
「ふふふ、ははは……何してくれてるんですか浬先生」
「こわいこわいこわい。 前髪整えて? お目めを見せて? 今の髪型だとそのままホラー映画出られそうだぞ?」
どうに落ち着かせようと話を振ったが、どうやら逆効果だったらしい。
彼女は急にこちらに向かって急加速して、俺のシャツの襟元を掴んだ。
はっきり言おう、めっちゃビビった。
「馬 鹿 な ん で す か! この状況で日食とか髪型がどうとか! 何考えてるんですか!? 馬鹿なんですか!? 異常事態ですよ!? 日食っていうのは昼間でも暗くなるのであって、赤い光なんて放ちませんよ! どうでもいいから抱えてる壺降ろしてください! ホラ早く! もうそれ触っちゃダメ!」
どうやら彼女のお気に入り? の壺で遊んだことがお気に召さなかったらしい。
もしくは超高級な物だったのだろうか? それは確かに悪い事をした。
おっさんは反省の表情と共に、静かに壺を床に置いた。
まるで怒られた小動物のような表情だが、残念な事にビジュアルはデカい中年男性である。
可愛くもなんともない。
「とにかく! ここを出ますよ!? 先輩たちと合流して事態を確認しないと!」
そう言ってすぐ後ろにある石造りの扉に手を掛けるが、どうやら彼女の力では開かないらしい。
おいおいお前の実家だろうに、貧弱にも程があるぞ?
などと考えているおっさんの思考を、その顔見て悟ったのか彼女は顔を真っ赤にして扉をこじ開けようとしていた。
しかし無情にも扉はびくともしない。
息を切らしながら、諦めたような恨みの籠ったような眼差しでおっさんを睨んだ後口を開いた。
「浬先生、お願いします」
くっそ……なんて小さい呟きが聞えた気がするが、まぁいいだろう。
さっきからの悪態に比べたら可愛いもんだ。
仕方ねぇなぁ~なんて笑いながら、おっさんは蔵の扉に手を掛けた。
しかし……
「………アカン、開かん」
「そういうのいいですから、ホラ早く」
「すまん、マジで開かん」
ピクリとも動かないのである。
何かが引っかかったというより、電子ロックで頑丈に閉ざされた扉の如く、目のまえの扉はいくら力を入れようと、少しも動かなかった。
その光景と不条理感は、ゲームの背景オブジェクトに近い。
明らかに扉あるじゃねぇか! ホラ入れよ! こじ開けろよ! とか、この岩の間人通れるよね!? なんでわざわざ遠回りさせるかな!?
みたいな非常に納得できない”見えない壁”のような存在を感じる。
むしろホラゲーなどでよくある、意味も無く扉がズラリ続くが全部背景とか、ちょっとした小物が倒れているだけでその先へ進めない不条理感のほうが感覚的には近いかもしれない。
だがおっさんは知っていた。
それらを無理に通ろうとすると、”バグ”という地球上最も怖い現象の元、不思議空間に放り出され、通常の方法ではゲームを終了出来ないどころか、下手すればハードまでぶっ壊れる事に。
「あの、今全く関係ない事考えてますよね?」
隣から冷たい視線が突き刺さった。
何故分かったのだろう。
こいつはアレか? エスパーか何かか?
「あ、いや。 そんな事ないぞ? ちゃんと考えてるぞ?」
「目が泳いでるどころか、眼球が反復横跳びしてるみたいに動いてますよ? 流石にキモイです」
お前は何だ、黒家か?
そういう的確で冷たい上に、心を抉る突っ込みをしてくるのはアイツみたいだぞ?
今後は黒家2号とでも名付けてやろうか。
何か似てるんだよ、特に半分閉じた呆れた眼差しとか特に。
なんて下らない事を心の中で訴えながら、おっさんは足を振り上げた。
隣では「え? は? 何してるんですか?」なんて困惑の声も聞えてくるが、それは後でいいだろう。
「——ふんっ!」
短い掛け声と共に、ドォォン! という鈍い振動が蔵の中に響く。
別に大したことではない、おっさんが扉に向かって踵落としを叩き込んだ弊害で、とんでもない音が響いただけだった。
「いや、ちょと! なにしてるんですか!?」
「やはり背景オブジェクトか……」
「だったらバグ技でも何でもいいですから、プログラミングの隙間でも探してくださいよ!」
おっと、どうやら鶴弥は話が通じる奴らしい。
おっさんの中で、ちょっとだけ好感度が上昇した。
まあ実際これで扉が破れたとしても、弁償とかその他もろもろでえらい事になっていたのだろうが。
改めてそう思うと、ぶっ壊れなくて良かったと安堵の息を溢した。
「はぁぁ……とにかく、出られそうな場所を探しましょう。 ちょっと二階を見てきますね、窓から出られるかもしれませんし」
随分と疲れた顔を浮かべながら、鶴弥は二階へと向かう階段を登っていく。
当然蔵の中に設置されていた物なので、結構な角度である。
手足を使って上るようにしながら、ずんずんと手慣れた様子で進んで行く彼女はやはりこのリッチな家のお嬢様なのであろう。
むしろもう少し育った体をしていたら、思わず階段下に頭からスライディングしたくなるような光景だ。
そんな事を考えながら鶴弥のスカートを眺めている、その時だった。
「相変わらず……と言っていいんでしょうか? 欲望に忠実ですね、先生」
ふと、鶴弥以外居ない筈の蔵の中から声がした。
余りにも唐突で、すぐ後ろから聞こえたその声に、思わずロンダートをかましながら距離を取ってしまったくらいだ。
「おぉ、流石は草加先生。 凄い動きですね」
パチパチと乾いた拍手を送りながら笑う、いつか見た黒いセーラー服の少女が入り口前に立っていた。
「お久しぶりです先生、今回もちょっとアレだったので様子を見に来ちゃいました」
なんて笑いながら、目の前の彼女は敬礼のようなポーズを向けてくる。
その姿はまさに、以前廃墟で見たソレ。
周辺地域では珍しい黒いセーラー服に、黒髪ストレートの綺麗な髪を揺らした少女。
そして何処か黒家に似た顔立ちの……
「忍者先輩じゃないですか! お久しぶりです!」
おっさんは風圧が伴う程の速度で頭を下げた。
腰を90度に曲げ、とても綺麗なお辞儀を見せる。
ただちょっと、速度が尋常ではなかったが。
「に、にんじゃ? えーっと、はい。 忍にん? ……っとかすればいいですか?」
ちょっと古めかしいポーズを恥ずかしそうにキメてくれる忍者先輩は、どうにも可愛らしい。
もしもこの先同じ職場に転職できるのであれば、是非とも彼女の下に就きたいものだ。
「えっと、よくわからないけど。 話進めて大丈夫ですかね? それとももう少し続けてた方がいいですか?」
困った様に笑う彼女を正直いつまでも見ていたいが、未来の上司を困らせるべきではないだろう。
どうぞと声を掛け、低姿勢のまま彼女の話を促す。
もしも叶うなら、電話番号と企業名まで聞き出したい所だが。
当然彼女も社会の裏を生きる者だ、簡単には口を割らないだろう。
「あーうん。 では話を続けますね? とは言え今回は状況が差し迫っていますので、命令みたいになっちゃいますけど、そこは許してくださいね?」
どうぞどうぞ。
私なんかでお役に立てるなら、何でも仰ってくださいな。
ついでに面接の予定とか都合して頂けると幸いです。
「えーでは、ゴホン。 まずそこにある物を持って行ってください。 この蔵にあるものではまだ使える……というか先生には使いやすい代物だと思うので」
彼女が指さした先、その先には……なんかいっぱいある。
どれのことだろう、さっき俺が振り回していた人形もあるが、コレでいいんだろうか。
思わず手に取り、彼女の前に掲げて見せた。
「このイギリス人形ですかね」
「あっいや、それ見たらまずフランス人形って言葉が出てきません? そのドレス来た子がフィッシュアンドチップスとかモリモリ食べる姿想像できます? 違うでしょう? むしろその子は『今貴方のアパートの前にいるの』とか言いそうな感じでしょう? 最近では非通知拒否設定でどうにもならないって聞いたことがありますよ?」
よく分からないが違ったらしい。
そのままポイッと投げ捨てた人形に対し「あぁっ、ちょっと!?」なんて忍者先輩の声が聞えたが、まぁ良いだろう。
それ以外だと……良く分からん本やら箱やら、どれが正解なのだろうか?
イン〇ィージョーンズだったら、最初の一手でミイラ化していた所だが、今の所俺は五体満足だ。
このまま間違い探しをしながら、彼女の反応を見るのもいいかもしれない。
「あぁちょっと! 漁らない散らかさない! それです、その杭! 2本立て掛けてあるでしょ!? それですってば!」
どうやらこれ以上時間をかけるのは本位ではなかったらしい彼女の助言により、俺が使いやすいと言われたブツを発見する事が出来た。
全長1メートルほどの細長い杭。
なんか文字の様な物が掘ってあるが、古文の苦手なおっさんにはとてもじゃないが読めるものでは無かった。
その杭に対して、もはや目標と数ミリの所まで指さし確認までしてくれた彼女、ならいっそ手渡してくれれば良かったのに。
そんな不満を抱えるおっさんを他所に、改めて黒セーラーの少女がゴホンッと咳払いを洩らした。
「えっと使い方は一目瞭然だと思いますが、詳細が知りたければあの女の子に訪ねてください。 次にここです、この床です……けど、あの……聞いてます?」
全く、勿体つけてくれる。
ゲームで言うお助けキャラみたいに少しだけ情報を与え、後は自分で調べろとか言う辺りまさにそのものだ。
どうせプレイヤーが結果に辿り着けなければ、ほとんど答えみたいな助言をしてくれるんでしょう? ねぇねぇそうなんでしょう?
多分、ニヤニヤしたい気持ちが顔に出ていたのだろう。
彼女はげんなりした表情で盛大なため息をもらした。
「先生は本当に顔に出ますね。 とにかくソレちゃんと持って行ってくださいね? 巡と合流するまで色々調べるつもりだったんでしょう? なら、それだけ持っていけば十分ですから、それからココ、調べてみてくださいね。 それでは」
疲れたような言葉を紡ぎ、一見何も無い床を指さして、おっさんが視線を向けた時には彼女は再び霧の様に姿を消していた。
指さした先に視線を向けたその一瞬の隙に姿をくらまし、視線を戻した時には影も形も無い……なんと素晴らしい御手前だろうか、まさに前回同様転移したのかとも思える程の早業の退却術。
どれだけの訓練を熟せば、こんな事が出来る様になるのであろうか。
未だ未知数に包まれた彼女を見送った後、一人感動しながらウンウンと頷いていたおっさんの背後から、呆れた声が降ってきた。
「一人で何やってるんですか? ちょっと怖いですよ? それより、2階もダメでした。 正面扉と同じように、ビクともしません。 ほんっと背景オブジェクトですね……それで、どうしますか? 大声で助けでも呼びますか……って、何もってるんですか浬先生」
2階から降りて来たらしい鶴弥。
ほんと、まるでRPGの脱出イベントのような台詞だ。
そしてお助けキャラであるセーラー服の彼女は、他者が居る間声を掛けてこない。
まさに素晴らしいテンプレート、ありがとう忍者先輩、今俺リアルRPGやってる気分。
俺は絶対に貴方の下に就きます。
「満面の笑みで一人納得しないでください、何かありました? とりあえず脱出経路を——」
「——あぁ、それなら多分ここだろ」
鶴弥の言葉遮るように声を掛けて、さっき調べろと言われていた床を踏みつけてみる。
他とは違う、少しだけ軽い音がした。
間違いなく、ここに出口あるぞい! っと教えてくれた訳だ、感謝感謝。
そんな俺に、はぁ? アンタ馬鹿なの? みたいな目をちびっ子が向けているが、そもそもお前の家だろうに、隠し通路があるなら把握しておきなさいよ。
とにかくあの忍者先輩がここ掘れワンワンと言ったのだ、ならばやる事は決まっている。
ワンワンとは言ってなかったかもしれないけど。
それはそうと、もしかしたらまだ彼女は近くで見ているのかもしれない。
であればそれっぽい事をしながら、今後に役立つ自分をアピールしておこうではないか。
「秘儀! 畳返しぃぃ!!」
叫んだ台詞と共に、おっさんの踵が一部の床をブチ抜いた。
畳返しとはなんだったのか、もはやおっさんの脚は床を突き抜けている。
間違いなく返してなどいない、更に言えば畳ですらない。
どう見ても無理矢理片足が突破しているだけの、物理的荒業でしかなかった。
「ふっ、またつまらぬものを返してしまった」
だから返してなどいないのだが、おっさんは今後の転職を有利に進める為、ここぞとばかりにアピールしたい気持ちでいっぱいだったのである。
単純に言えば脳みそが筋肉で出来ていると、自ら汚点を晒しているのだが当人は気づいていない。
ただの阿保が、そこには居た。
しかしそれでも、隠された通路の口は開いたらしい。
未だおっさんの足に床の一部が纏わり付いているが、その下には狭い下穴が伸び、梯子まで設置されている。
まさに計画通り、この上ない程に順調な駆け出しであった。
「あの、人の家で何してくれちゃってるんですか? さっきの扉といい今度は床ですか、さっきから脚癖わるいですよ。 すぐぶっ壊そうとするの止めてもらっていいですかね? ていうか何ですかコレ」
呆れた眼差しを向けながらもそんな突っ込みを返す辺り、やはり鶴弥はどこか黒家と同じ部類なのであろう。
今後も要注意である。
とりあえず下へと伸びる下穴を二人して覗き込んでみるが。
……なぁんも見えない、真っ暗だ。
「とにかく、降りてみようぜ」
「お、お先にどうぞ……」
わくわくした様子のおっさんとは真逆の表情の鶴弥が、引きつった笑顔で先手を譲ってくれる。
やったぜ、冒険の始まりだ。
託されたよく分からん二本の杭を上着で包み、背負う形で体に巻き付けてから、おっさんは我先にとその縦穴を降りて行った。
もはや隠し通路というだけでテンションが上がる、いささか暗すぎる気もするが、それはそれでわくわくが増すというものだろう。
なんかダンジョンっぽいし。
そんなお気楽な中年とは違い、鶴弥は恐る恐る梯子に足を掛ける。
全く、自分の実家だろうに何がそんなに怖いのか。
もしかして暗いのとか狭いのとか苦手なんだろうか、何だかんだ言ってやはりコイツも歳相応に可愛い所があるではないか。
生暖かい眼差しで、一言励ましの言葉でも掛けてやろうと降りてくる鶴弥に視線を向けた。
「そんなビビんなくても大丈夫だって、もし落っこちても俺が——」
おっさんの呟きは、途中で途切れてしまった。
だって見上げたその先には、純白が広がっていたのだから。
「え? 何か言いました?」
「あ、いえなんでもないです」
慌てて視線を下に降ろし、何事も無かったように再び梯子を下っていく。
そういえば、今日はスカートだったか……
本人も気づいていない様子なので、このまま何も無かった事にしよう。
口に出したらろくでもない事になるに違いない。
おっさんはしっかりお口にチャックし、黙々と縦穴を降りて行ったのであった。





