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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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廃病院 3


 正直に言えば、私は先輩の話を全て信じた訳じゃなかった。

 余りに常軌を逸している内容に、こちらを試す様なうすら笑い。

 私の”聞こえる”現象だって人の事を言えた義理ではないが、それでも自信満々に語る姿は如何せん癪に障った。

 説明を受けている間、夏美先輩は終始困ったように笑っていたし、時折視線を外すような動作を繰り返していた。

 本当に説明の通りなら、何か見えたり見つけただけかもしれないが、今の状況では反応に困って顔を反らしている様にしか思えない。

 それに黒家先輩だってそうだ。

 色々と武勇伝の様に語ってくれたはいいが、肝心な対処法やこれまでの経緯はボカシて話している雰囲気があった。

 もしも話が本当なら二人とも、私と同じような存在なのかもしれない。

 説明にあった黒い霧や、そのほかにも私が見たモノ感じたモノと特徴は酷似していた。

 だとしても、だ。

 この二人の先輩には、ソレを証明する手段が無い。

 当然私自身だって同じ様に証明する手段など持ち合わせていないが、それでも今日初めて会ったその人の言葉を全て信用しろというのは無理があった。

 しかも幽霊が見える、感じられると言った、他者から共感することが出来ない話なのであれば尚更。

 言ってしまえば、今まで神社に霊能力とやらを見せに来た人たちと変わらない様に思える。

 そして傍から見れば、私も同じような言葉を紡いでいたのだろう。

 だから改めて私がこういう話をした時には、周りはこんな風に感じていたのかと理解できた。


 ……それを踏まえた上で、黒家先輩の挑発に乗ったのだ。


 そこまで言うならやって見せてくれ、貴女たちの条件は問題が解決する前提での話だ。

 彼女は「約束はできない」と言っていたが、その瞳は自信に満ちていた。

 何となくそれが悔しかったのだ。

 どうしても私が解決できない問題を、自分達なら出来ると嘲笑われているようで。

 もしくは普段の霊能力者(笑)と同じく、事態を甘く見ているような気がして。

 どちらにしろ、この話に乗れば彼女達の実力がはっきりする。

 蔵で見たアレは、到底人が触れていいモノとは思えなかった。

 もしも見えているフリや、感じているフリをして近づけば、どうなるか分かったものでは無い。

 それでも近づけるなら、是非ともやってみて欲しい。

 そんな八つ当たりとも言える思考の元、私は黒家先輩の提案を飲んだのだった。


 「さて、この辺りでいいですかね」


 黒家先輩が呟きながら、廊下の突き当りの扉を開いた。

 既に風化している、というか荒らされている為何の部屋なのかは分からないが。


 「夏美、電波の確認を」


 「りょうかーい」


 何をしようというのか。

 二人が異能と呼んだソレを持っている人間は、既に全員ココに集まっているはず。

 だとしたら、今更スマホを確認したとこで何の意味があるというのか。

 まさかジョークソフトの除霊アプリ、みたいな物を使いだしたらお笑い種だが。


 「ん、今の所平気。 もう繋ぐ?」


 尋ねる早瀬先輩に対して、彼女は首を横に振った。

 まだ何かやろうというのだろうか? 正直これ以上は時間の無駄とさえ思える。

 彼女達の言う事が本当だったとしても、この三人では何の対処にもならないのは事実だ。

 『感覚』『眼』『耳』この三つ。

 少し考えれば分かる事だ、カレらに接触したり除霊するような手段がないのである。

 神社のお札やお守りだって効かなかったカレらだ。

 もしもパチ物のお札とか取り出そうものなら、一人でだって逃げ出してやるんだから。

 すぐにでも走り出せる体勢を整えながら、二人の様子を観察していた時だった。


 「鶴弥さんは未だ私達の事を信用していないみたいですし、さっき気になった事があったので、少し試してみようかと思います」


 涼し気な表情で、黒家先輩が言い放った。

 心を読まれたのではないかというほど当然のように言い放たれたその言葉に、思わず体がビクッと震える。

 それに試すって何だ? 彼女も所謂”見える人”なら、今の状況が分からない筈はないだろうに。


 ——いタい……体が動かない……


 ——薬が効かない……こコの医者は何をしているんダ。


 ——301号室のおじちゃんいはコッチ……304の人はコの点滴を……


 そこら中から”声”が聞こえてくる。

 さっき通り過ぎた部屋の中から、今まで通ってきた通路から。

 今の所カレらも気にしていない様子だが、その注意を引くようなことをすれば一斉に寄ってくるだろう。

 まさに包囲網の中に飛び込んだ状態なのだ。

 だというのに、二人は私より随分と落ち着いた様子だ。

 やはり口だけで、見えてなどいないのでは——


 「夏美、耳を出してください。 証明するという意味ではそれが一番手っ取り早いです。 それに貴方の事も色々試してみないと、どういったものなのか分かりませんからね」


 「え、いいの? 鶴弥さんもいるよ?」


 「構いません。 目に見えて分かる異質な物を目の前にすれば、鶴弥さんの考えも変わるでしょう」


 「異質って、巡は本当に失礼だね……」


 何を言っているのだろう?

 耳? さっきもそんな事を言っていた気がするが、どういう事だ?

 間違いなく私の『耳』の話ではないのは分かる。

 しかも目に見えて分かる異質……とは、一体。


 「んじゃま、ほいっと!」


 早瀬先輩が気の抜けた掛け声を上げた途端、周囲のカレらが騒がしくなった。

 あるものは罵声を上げながら、あるものは助けを求めながら近づいてくる。

 はっきりとそう分かるくらい、その声は近づいてきた。


 「な、なにしたんですか早瀬先輩! アイツらが一気に……いっき、に……はえ?」


 振り返ったその先に、狐が居た。

 正確には狐の耳を生やした女性が立っていた。

 物語や昔話に出てくる、狐憑きや狐巫女。

 そうとしか思えない姿の金色の女性が、私のすぐ近くに立っていたのだ。


 「んと、驚かせてごめんね?」


 そういって笑うのは、姿は変わろうとどう見たって早瀬先輩。


 「どうやら勘違いじゃないみたいですね。 その姿の時、夏美は『雑魚』を引き寄せてます。 前回逃げていったのは……狐そのものがカレらを攻撃したから、とかですかね?」


 何でもない風に、今まで通りに話している黒家先輩。

 なんだこの人たち、おかしいんじゃないのか?

 ぼんやりとした頭で、そんな失礼な感想を思い浮かべながら、私は彼女達を眺める事しかできなかった。

 しかしその時間も長くは続かなかったが。


 ——オ腹空イタ……オ腹、減ッタ。 食ベサセテ、食ベテ良イ?


 擦れるような、今までに聞いたことの無い声がすぐ後ろから聞こえたのだ。

 ゾッと背筋が冷たい寒気に襲われ、思わず振り返った先には大きく広がった黒い霧が広がっていた。

 その大きさは、普段見ているカレらの倍くらい横幅があるように見える。

 何だ、これは?


 「巡、まずい。 なんかヤバそうなのが入り口から来てる。 めっちゃデカい、横に! しかも見た目人間っぽくない! デロデロだし、口めっちゃデカいおデブさん! これ『上位種』!?」


 「多分”なり掛け”でしょうね。 『上位種』ではありませんが、ここで潰しておかないと後々厄介です」


 まるでいつもの事、と言わんばかりに二人は淡々と役割をこなしている様に見える。

 早瀬先輩が見て、黒家先輩が判断を下す。

 何故こんなものを目の前にして冷静で居られるのか。

 この後はどうするつもりなんだろう? 出来れば今すぐにでも逃げ出したい気分なんだが。

 その問いに答える様に、黒家先輩がスマホを耳に当てながら言葉を紡いだ。


 「出番です。 3階に上って右の突き当りの部屋。 出来れば3分以内にお願いします」


 『なめんな、1分で行く』


 スマホのスピーカーから聞えてきたのは、聞き覚えのある人の声だったと思う。

 まるでその声に反応したように、一瞬だけ周りのカレらの動きが止まった。

 なんだこれ? 何が起きた?

 この異変を前もって知っていたかのように、さっきから二人の先輩は逃げるような素振りを見せない。

 先輩達が何をしようとしているのか、これから何が起ころうとしているのか、まるで理解が及ばない。

 そんな中、どこかでカレらの叫び声が聞えた。

 混乱している私より、周りに集まってきたカレらの方が危険に対してずっと敏感だったのだろう。

 一つの声が呼び水となったように、カレらは急に騒がしく動き始める。


 ——逃げろ! アレがクる!


 ——助けテ! まダ消えたくない!


 ——お迎えが来タ……儂を連れテ行っておくれ。


 まさに三者三様とはこの事だ。

 逃げ惑う声、助けを求める声、何者かの到着を望む声。

 そんな言葉を聞いて、目の前に立つ大きな影を揺れ動いた。


 ——アンナノ、知ラナイ。 アレ、嫌イ!


 声を上げてから、黒い霧が揺れ動いた。

 もしかして振り返ったのだろうか? 多分目のまえの大きなカレは、今廊下の方に向かって叫んでいる。

 そんな喧騒の中、生きている人間側も行動を起し始めた。

 事態に付いて行けない私は、以前として立ち尽くしたままだったが。


 「夏美、耳をしまって下さい。 鶴弥さんはこっちに、多分良い勢いで突っ込んできますから」


 「あいあい、収納しますよっと!」


 そう呟いた黒家先輩が、私を抱いて入り口の正面から逸れる。

 訳が分からないままその腕に抱かれ、混乱する頭で『耳』に神経を集中させた。


 ——ダン!ダン!ダン! と断続的に聞こえてくる音。


 なんだろう、興奮したカレらがポルターガイストでも起しているんだろうか。

 そんな事を考えた矢先、通路の奥から一人の男性が身を乗り出した。

 乗り出した、というより脚でブレーキを掛ける様に踏んばったとでもいうべきだろうか?

 まるでとんでもないスピードで階段を駆け上がるか、駆け下りたかして、その勢いを殺しているような体勢だ。

 漫画やアニメくらいでしか見た事がないような、急ブレーキを掛けたような姿勢。

 普通の人間なら、そんな態勢でしか止まれない速度で走る人はいないだろう。

 だとしたら、あれは何だ?

 

 観察している時間は、秒にも満たなかったかもしれない。

 それくらい俊敏に動き、体勢を整えた彼は、一直線にこちらに向かってくる。

 とてもじゃないが人間の出せる速度とは思えない。

 なんだあれ、めっちゃ怖い。

 先輩たちの言う『上位種』が現れたのだと、本気で思った。

 命に関わるとまで言われたソレが、猛スピードでこちらに迫ってきている。

 ヒッ! と短い悲鳴を漏らした私だったが、それ以上に異常な光景を目の当たりにしている事に気づいた。

 走ってくる彼にぶつかった”カレら”が、空気に溶ける様に消えていくのだ。

 本当に何が起きている?

 その光景に疑問を覚えたのは、どうやら私だけじゃなかったみたいだが。


 「うわぁ……見間違いじゃなければ、轢かれたヤツら皆消滅してるんだけど。 今ままで追い払うだけだったよね? 何あれ……」


 既に元の姿に戻った早瀬先輩が引きつった顔を浮かべる。

 乾いた笑いを浮かべながら、向かってくる何かを指さしていた。


 「さぁ? ここ最近『上位種』やら『雑魚』をいっぱい倒した事もあって、レベルでも上がったんじゃないですか?」


 しれっと馬鹿な事を言っている黒家先輩は、すまし顔でどんどん近づいてくる彼を見ている。

 え? 私がおかしいんだろうか。

 今すぐ逃げたいんだけど。

 とはいえ黒家先輩に捕まっている以上、どこへも行けないんだが。

 なんて考えている内に、彼はもはやすぐそこに迫っており、出口のないこの部屋では八方ふさがりである事は確かだ。

 そんな中、勇敢に声を上げる者が居た。

 目のまえにいる怪異、先輩に『上位種』になり掛けていると言われたソレだった。


 ——オ前キライ! キライ!


 叫んだソレは腕を大きく広げ……たんだと思う。

 黒い霧が広がり、目の前から迫る物体Xに立ち向かう姿勢を見せた。

 二人の距離はどんどんと縮まっている、彼の走る速度なら2秒と持たないだろう。

 なんて思っている間に、獣の様な断末魔が聞こえた。

 今まで聞いたことが無い程大きな悲鳴に目を見開き、バラバラに砕け散るソレを見届けた。


 「うわぁ……」


 思わず声を漏らしてしまったらしい早瀬先輩。

 私達より良く見える『眼』を持っていると言った彼女には、今の光景がどう映ったのだろう。

 答えを聞くのが躊躇されるくらい顔をしかめていることから、多分予想以上にインパクトのあるR15な映像が見えたのかもしれない。


 それに比べて、私が見た光景は単純な物だった。

 黒い霧のカレが両手を広げながら、走ってくる彼と正面衝突した。

 それだけで済んだのならよかったのだが……彼と衝突した瞬間、黒い霧はもろい粘土細工のように砕け散ったのだ。

 そして突き抜けた彼はと言えば、テープを切るランナーの如く、両手を広げて清々しい顔で部屋の中に飛び込んできたのである。

 おかしいだろう、なんだお前。

 まさにスポーツマンシップみたいな清々しい顔で突っ込んできてるけど、貴方全身を使って何体も粉砕してますからね? むしろ最後の一体とかとんでもないことになってますからね?

 明らかに交通事故現場だよ、人力だけど、人力だけど!

 グ〇コみたいな態勢で駆け抜けないでもらっていいですか気持ち悪い!


 彼は走ってきた勢いが殺せなかったらしく、私達の隣を凄い勢いで通り抜け壁に激突した。

 いってぇ! なんて悲鳴を上げて床に転げる彼は……どう見たってさっきまで一緒に居た顧問の先生だった。

 もはや訳が分からない。

 しかもこれは、黒家先輩が電話を掛けてから30秒くらいしか経っていない間の出来事だ。

 なんだこれ? どうなっている?

 混乱し続ける頭が、事態に付いてこない。

 私が見た限りでは、彼にそういった能力はなかった筈だ。

 見えている風もなかったし、そういった存在を信じている感じでもなかった。

 だというのに、さっき彼は何をした?

 その質問に答えるように、黒家先輩は私の耳元でささやいた。


 「これがウチの最終兵器、『腕』の異能です。 どうです? 実家に居座るくそったれな怪異に対して、抗ってみたくはありませんか?」


 最初は何を言っているのか分からず、阿呆みたいに口を開けたまま茫然としていたが、早瀬先輩が先生に駆け寄った辺りで意識がはっきりと戻ってきた。


 「是非……お願いします」


 もはや疑いようもなかった。

 この人達ならもしかしたら、どころではない。

 きっと出来る、むしろ祖父を救えるのはこの人達しかいない。

 そう思えるくらいの証拠を、今まさに突き付けられたのであった。


new! < おっさんのレベルが1上昇しました。

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