オカルト研究部へようこそ! 2
「ねぇ、早瀬さん」
「……」
「夏美」
「はいなんでしょう」
「チッ!」
今日だけでこんなやり取りを何度繰り返した事だろうか。
癖で苗字呼ぼうものなら、徹底的に無視を決め込む彼女に対して舌打ちを放ちながら、私は頬杖をついた。
あまり褒められる行為ではないのは分かっている、しかし今日ばかりは仕方がない。
何といっても眠いのだ、そしてこの場には私の態度を注意する者はいない。
そういった理由も含めて、今日の私達はダラけきっていた。
私達だ、私だけじゃない。
ソファのスペースを取り合うように寝転がっている彼女、夏美だって例外ではない。
「もうちょっと後ろに詰めて下さいよ、このままじゃ私が落ちます」
「もう下がれるスペースないってば。 いいじゃん、映画見るだけならそこまで動かないでしょ?」
彼女は気持ちばかり背もたれ側に体を寄せて、改めて寝転がった。
その視線は本棚に置かれた時代遅れなブラウン管テレビに向けられている。
元々は私が暇つぶしに置いた物ではあったが……どうやら気に入ったご様子。
彼女曰く、このテレビで昔の映画を見ると『よりそれっぽく見える』だとかなんだとか。
まぁ分からなくもない。
このテレビで現代のゲームでもしようなら、もはや昔撮影された実写映像に見えるし。
ホラー映画なんて見た時には、安っぽい演出でもそれなりに見える。
とはいえ、今の状況はどうにも理解しがたいが。
「映画を見るのは良いんですが、せめて場所移しません? 二人してソファに寝転がって居ては、流石に暑苦しいです」
「だって寝っ転がれる所ここ以外にないし……」
「ま、まぁ確かに」
はっきり言おう、やる事はあるがやる気が出ないのである。
昨日帰るのが遅くなった件も含めて、私達は寝不足。
それなら部室内で睡眠を取るか、さっさと帰れば良かったのだが……まぁ習慣というものだろう。
いつも解散する時間までは何かしようという話になり、現状適当に映画を見ながらダラダラしているのである。
しかも二人してソファに寝転がりながら。
どうしてこうなった。
「勢いでホラー映画見始めたけどさ。 なんというかリアリティないよね」
「夏美くらい”見える人”からすれば、こんなものただの作り物にしか見えないでしょうしね。 そこは贅沢いわないでください」
「まぁ~グロいにはグロいけど」
現在私達が見ているのは海外のホラー映画。
元々のシナリオは日本のゲームらしいが、そこは詳しくないので良く分からない。
今度先生にでも聞いてみようか。
なんて、とてもじゃないがホラー映画を鑑賞しているとは思えない雰囲気でダラダラと過ごしていた。
「ねぇねぇ、この『上位種』と草加先生が勝負したら、草加先生勝てるかな?」
「あぁーどうですかね? でっかい刃物持ってますし、流石の先生も逃げるんじゃないですか?」
現在モニターの中には、三角形の被り物をした大男が暴れまわっている。
コイツを『上位種』と呼んでいいのか分からないが、確かにそれっぽく見える事は確かだ。
持ち上げるのも大変そうな鉄の仮面? を被り、ファンタジー世界に出てきそうな大剣を片手で軽々と担ぎながら映画の主人公達を追いかけ回している。
流石にこんなのに追われたら、先生でもどうにもならないだろう。
人の形はしているが、こんなのどう考えたってモンスターだ。
人間の手に負える相手じゃない。
それに比べて先生は高機動型の変態さんではあるが、どうしたって人間だ。
そういう意味では今後こんな化け物が出てきた際、先生が対処できない事があるかもしれない。
最悪の場合を想定して、今後の事を色々と考えた方がいいのかもしれない。
「ふむ、海外のホラー映画は意外と勉強になるかもしれませんね」
「何考えてるか何となく分かる気がするけど、鉄砲もってきたり爆弾作ったりしないでね?」
「失礼な、これでも善良な一般市民ですよ?」
はいはい、なんて適当に流されてしまったのは腑に落ちないがまあいいだろう。
今後は海外映画もいっぱい観よう。
今まで日本のホラーばかり見ていたが、何というかこう……先生なら勝てそうな相手ばかりだったのである。
なのである意味慢心していたが、今後とんでもない『上位種』と遭遇するかもしれない。
そういう意味では、今日の映画鑑賞はとても有意義なものであったのだろう。
なんて一人で納得していたが、どうやら隣で寝転がって居る夏美が大きな欠伸を漏らし始めた。
「飽きちゃいました? 少し眠るか、映画変えます?」
「あ、ううん。 大丈夫、最後まで見る」
本人はそう言っているが、何とも眠そうに目を擦っている。
まあ昨日あれだけの事があったのだ、仕方ないと言えるんだろうが。
「えっと、早瀬さん……」
「……つーん」
「あーはいはい、夏美夏美」
「うわ、雑っ」
未だ眠そうな眼差しで私を睨む彼女。
今日観察していた限りでは、今の所問題無さそうに見えるが……
「今日一日過ごしてみてどうでした? 体に変化とか、変な感じがするとか」
「あーうん、それねぇ」
もちろん昨日の狐耳が生えた事に対しての話だが、なんだろう? 彼女はあまり関心がないというか、危機感が無いように見える。
疑問に思いながら夏美を覗いていると、視線に気づいたのかニッと笑って両手を頭の上に持って行って指先をピンと立てる。
「ほいっ!」
「っ!?」
彼女の声を合図にしたように、頭の上からニョキッ! と良い勢いで金色の耳が生えた。
同時に髪の色は同じ金色に染まり、腰辺りから生えてきた尻尾は機嫌がよさそうに左右に揺れている。
え? は? なにしてんのこの子。
唖然とする私を見つめ、してやったりといった雰囲気で笑う夏美。
「どうどう? 昨日帰ってからマスターした」
「は? え、いや。 体から追い出すとかなら分かりますけど、何順応しちゃってるんですか?」
呆れて声が出ないとはこの事なのだろう。
いや実際声は出るが。
「多分大丈夫じゃないかな? 悪い感じはしないし、コレ出してる間は体軽いし。 見えてるアイツらより、視覚的にも優しいしねぇ」
にひひっと悪戯好きの子供みたいな笑みを浮かべながら彼女は笑う。
その際ペシペシと狐の尻尾が私を叩くが、相変わらず触れられている感触はない。
今の所害が無いからとは言え、パーティグッズの様に使うのは些か不安ではあるが……大丈夫なのだろうか?
「まぁ何か異常があったらちゃんと言うよ、草加先生にも相談する。 だからそんなに巡が気負う必要ないってば。 すぐすぐどうにか出来ないなら、どうにか出来る時までこのまま過ごすしかないっしょ?」
私の心境を読んだかのように、夏美は笑った。
なんともまぁ楽観的な気はするが、確かに彼女の言う通りだ。
今はコレと言って対策も思い浮かばない。
出来る事といえば、先生に直接頭でも触って貰って様子を見るくらいだろう。
何となく、それだけじゃ解決しない気はするのだけれど。
「確かに今はどうしようもないですからね。 とは言え遊び半分で出したり引っ込めたりはしないように」
「はーい」
返事をすると同時に、耳と尻尾が瞬く間に仕舞われた。
なんというか……完全に使いこなしている感が凄い。
もはや手遅れレベルに出し入れしてしまってる気がするのは、私の思い過ごしだろうか。
再び映画を見始めた夏美に、ジトッとした眼差しを向けるが当の本人は気づかない。
まあ何事も無ければ問題視するほどではない、のだろうか?
ってそんな訳ないか……なんて自分で自分に突っ込みを入れてから項垂れる。
「ん?」
ふと、入り口の方から何か音が聞こえた気がする。
映画の音に紛れて聞き逃しそうになったが、多分誰か来たのだろう。
とはいってもこの部屋に訪れるのなんて、私達以外には後一人しかいないんだが。
「先生ー、早く入ってきてください。 サボりは許しませんよー」
「んん?」
急に声を上げた私を不審に思ったのか、寝転がって居た夏美も上半身だけ起こして私と扉を交互に見た。
少ししてから扉の向こうでため息が聞こえ、げんなりとした顔の先生が顔を出した。
「なぁ、今日は本当に帰っていい?」
「駄目です」
「草加先生いらっしゃーい」
三者三様に声を上げ、先生は諦めた様子で椅子に腰を下ろした。
彼もまた私達と同じように寝不足らしく、大きな欠伸をかみ殺している。
とはいえ普段以上に落ち着かない様子な気がするが、何かあったのだろうか?
「ところで、お前ら二人揃って何やってんの?」
ソファに転がっている私達を見て、先生は何故か遠い目をしている。
私は未だ寝転がったままだが、夏美は半身を起こしている。
一つのソファにこんな体制で二人して寛いでいる姿を見れば、確かに疑問に思うかもしれない。
だが、そう言った当の本人も空いているソファがあればダイブしそうな程目が据わっていた。
はっきり言えば、とてつもなく眠そうな目をしているのだ。
「眠いんでダラけながら映画を見ています、まぁ見たまんまな訳ですけど。 先生も来ます?」
最近こういうやり取りしてなかったなぁ、なんて思いながら適当に言葉を繋げる。
隣で夏美がワタワタと慌てている様子だったが、何かあったんだろうか。
まあいいや、いつもの事だろう。
なんて思いながら、再び頭をボスッとソファに埋めた。
「い、いや……遠慮しとく。 んで、何見てるんだ?」
自称紳士かっこ笑いの先生は、多少動揺しながらも手を振って会話を進める。
しばらくこういう姿は見ていなかったので、ある意味懐かしくも感じるやり取りだ。
「とりあえずあったものを適当に見てます。 今はサイレント——」
「——あぁ、静岡か」
「いや、えっと……はい、静岡です」
その略し方はいいのだろうか、住んでいる人たちから非難の嵐を買いそうな物言いな気がする。
直訳して安易に考えればそうなのだが、如何せん納得がいかない。
というかこの映画は先生が購入してきて、勝手に部室に置いたものだ。
持ってきた時の理由も「一人で見ると怖そうだから一緒に見ようぜ!」というとても迷惑極まりないモノだった気がする。
まあ静岡に旅行したことが無いので、その辺りは何とも言えないが。
いざ行って見たら本当にこんな感じだったらどうしよう。
いや、流石にないか。
うん、普通にないだろう。
「それで先生、今日はまた随分と帰りたそうですけど、何かありました?」
以前、というか昨日か。
厄介事を持ち込んだその人なので、如何せん警戒が強くなるのも仕方ないというモノである。
「あぁー、いや。 どうって程でもないんだが……あっ、そうだ! 昨日やってたゲーム中途半端だし、ウチで続きやらないか!? 続き気になるよな!? な! 早瀬!」
話題を反らすのが下手くそ過ぎだろうに。
あからさまに挙動不審の先生は、あろうことか女子高生をゲームで吊ろうとし始めた。
雰囲気的にどうしても帰りたいのは分かるが、如何せん許容し難い物言いである事は確かだ。
部外者が見たら通報事案ですよ、なんて思わず言いそうになったが、それよりも先に夏美が口を開いた。
「え? あ、はいまぁ気になりますけど……どうしたんですか? なんか焦ってません?」
彼女の言葉に、うっと苦い声を漏らしながら先生の視線は右往左往と忙しく動き回る。
本当に何か不味い事でもあったのだろうか?
サボりたいだ何だというのは、正直普段からなのでそこまで気にならないが、今日に限っては随分と焦っている。
時計にチラチラと視線をやるあたりから、あまり長時間この部屋に居たくない、という事なのだろうか?
まあ先生の事だから、ネトゲのイベントだから早く帰りたい! なんて都合だったりするのかもしれないが。
「いやーうん、そんな事ないぞ? いつも通りだぞ早瀬? うん。 なぁ黒家、今日これからすぐ俺の家にでも行って皆でパーティでもしないか? ホラ、ピザとか頼んじゃってもいいし。 な? そうしようぜ、俺奢るし。 な?」
おっと……これは厄介ごとの匂いが。
しかも昨日の様な怪異絡みでは無く、もっと面倒くさい匂いがする。
「先生、この際はっきり言っちゃいましょう? 今回はどんな厄介ごとを——」
「——そのパーティっていうのは、私達の歓迎会って事でいいのかしら?」
普段この部屋で聞こえない筈の声が、私達の耳に届いた。
反射的に「はぁ? 何言ってるんですか?」なんて言いそうになったが、状況が分からない為口を継ぐんで——
「あぁ? 誰がお前なんぞ歓迎するかよ。 椿」
居たわ、空気読まずに暴言吐く人が。
夏美なんて展開に取り残されて、口を開けたまま呆けているというのに。
「冷たいなぁ草加君、せっかく私が部員候補を連れて来たのに。 ちゃんと部活動として活動できるかどうかの瀬戸際じゃない。 ここは是非とも歓迎会の一つでも開いてもらわないと」
軽いノリでやれやれと両手を広げる彼女。
どう見ても私達の知る教師であり、先日先生に厄介事を押し付けた張本人である。
何故彼女がここに? というか、なんか聞き捨てならない事を言っていた気がするんだけど。
「黙れい女狐め、部員候補ならちゃんと預かってやるからお前は帰れ帰れ。 後でまた一杯奢ってやるからマジで帰ってくださいお願いします」
すいません先生、言葉通りの女狐が貴女の後ろで呆けた顔して座ってます。
それはいいとして、何やら先生が威勢よく情けない言葉を吐いているが大丈夫だろうか?
部員候補? それから”また”一杯奢ってやるとはどういう事だろう。
是非とも詳しくお聞きしたい。
「とりあえず、私はシーフードピザがいいなぁ」
「おい聞いてんのかマジで」
何やら二人の世界に入り始めているので、ゴホンッとわざとらしく咳をして注意を向けた。
隣にいる女狐(本物)までビクッと反応したが、貴女はそろそろ会話に参加しなさい。
「それで、何故ここにミッ……椿先生がいらっしゃるのでしょうか? 部員候補云々であれば、場所を教えれば一人でもたどり着けると思いますが。 小さな子供じゃないんですから」
意図的にに目つきを悪くしながら、椿先生に尋ねる。
とはいえどこかの脳筋教師の様に睨みつけるわけではなく、普段授業を受けている時程度に、だが。
「黒家さんと早瀬さんだったわよね? この部の副顧問になった椿美希です。 これからよろしくね?」
はぁ? なんて言葉が口から思わず零れていた。
呟いたのは私だけでは無かったようで、隣にいる夏美からも同じ声がする。
そして視線と声の先には、当然の様に先生が苦い顔で座っていた。
どういう事か説明していただけるものだとは思うが、先生からはよろしくない汗がダラダラと流れているように見える。
本当に何があった。
「上から許可が下りたらしくてですね、はい」
「あぁ、はい。 もういいです」
以上、説明終わり。
もはや何も聞くまい、何がどうやって許可が下りたのか知りたいのであれば、相変わらず扉の前で突っ立っている椿先生に尋ねるべきだろう。
とはいえ、何から聞いたものか……
なんて思っている内に、椿先生の後ろから小さな影が顔を出した。
「あの、椿先生……そろそろいいですかね? このままだと、その。 話が進みません」
本当に小さい、まるで小学生と見間違える程の身長の少女が、椿先生の背後から現れた。
日本人形の様な黒い髪、美しいとしか言えない大きな黒い瞳。
一瞬とはいえ、その場の空気がその小さな少女に支配されたような感覚に落ち居る程、その少女は可憐に映った。
つまり、小っちゃくて可愛かったのだ。
「えっと……1年の鶴弥 麗子<ツルヤ レイコ>です。 まだ入部を決めた訳ではありませんが、部活の見学が出来ればと思って参りました。 よろしくお願いします」
ペコッと頭を下げる姿を、この場に居た全員が黙ったまま見届けた。
若干一名開いた扉の近くで薄い胸を張ったままドヤァってしてる人が居るが、まぁアレは放置でいいだろう。
「あれ? お前昨日の小学——」
「——高校生です」
誰よりも早く口を開いた先生の言葉が、彼女の言葉に遮られる。
二人は知り合いなのだろうか? 今の所よくわからないが、これはまた……一悶着ありそうである。
なんでこう連日イベントが起こりますかね……思わず頭を押さえてしまう。
昨日の一番の被害者はすぐ隣で、可愛い! なんてはしゃいでいるし、何か繋がりのありそうな先生は気まずそうな顔で頭掻いてるし。
もう一人は……どうでもいいや。
とういうか、どうしていつもこうなる?
はあぁ……と大きなため息を一つ付いた後、私はソファから立ち上がった。
「初めまして、ようこそオカルト研究部へ。 部長の黒家巡です」
そう言って目の前の小さな少女に、私は右手を差し出したのだった。
今日も午後にもう一話更新します。





