独りかくれんぼ 準備
暗い部屋の中、一人の少女がスマホの画面を覗き込みながら、だらしなく机に突っ伏していた。
黒家巡、彼をこんな事態に放り込んだ張本人ではあるが、彼女は彼女で色々と悩むものがあった。
その悩みの種である一つ、彼の自由気ままな行動に振り回されるのも、まぁいつものことである。
通話が始まってから結構いい時間になると思うのだが、通話中の彼の準備がなかなか進まず、そろそろ眠気がキツくなってきた頃合いだった。
「先生、まだですか……」
『あ、すまんすまん。パソコンつけると、ホラ、つい癖で』
先ほどまでは次の工程を進めていた訳だが、これがまたなかなか進まなかった。
お風呂にヌイグルミを沈め、自らは隠れる。
そしてある程度の時間を過ごしてから、ヌイグルミに「〇〇さん、みーつけた」と声を掛け、刃物で突き刺す。
……という手順だったのだが、彼は何故か普通にお風呂の自動湯沸かしのボタンを押して、事もあろうかまだお湯の入っていない浴槽にヌイグルミ放置して部屋に戻ろうとしたのだ。
彼のボケに合わせて、ヌイグルミを煮る、などと言ってしまったのが失敗だったのか。仕方がないので風呂桶に水を溜めて、そこに人形を鎮めるという、予定外の小さいスケールでこの心霊調査は開始された。
そしてその後も、何故かヌイグルミの端っこを刺したり、やけに中身を気にしたりと、次の段階へ進むのがとにかく大変な状況に陥っていた。
ちなみに現在はビデオ通話にしてあるので、彼の行動は目で見て分かる状態にあるのだが……そこでもまた問題が一つ。
このひとりかくれんぼというものは、隠れている場所から見える位置にあるテレビの電源を入れてお、みたいな条件が付いていたりする。
実際それを行う人間によって、テレビの位置や、そのもの有無など様々なレビューが上がっている訳だが。
残念な事に、彼の家にはテレビというものがなかった。
致し方ない……と言っていいのか、妥協していいのかも分からないが、代わりの物としてパソコンのモニターを付けっぱなしにしておくようにと指示を出したのだが。
「ねぇまだですか? ネットゲームのログインってそんなに掛かるんですか?」
パソコンを起動した事をいい事に彼はネットゲームを起動させ、せめて付けっぱなしにするならゲームを立ち上げてからにしてくれと言い出したのだ。
『悪い悪い、ちょっとアップデートが入ったみたいで。 すぐ終わるから、マジで、もうちょっと。 な? な?』
なにやらログインボーナス? とやらが、数十分ゲームを起動しておかないといけないものらしく、それを回収するためにゲームを起動したはいいものの、これまたゲームが始まるまでに随分と時間を有しているのであった。
「まぁいいですけど……先生ほんとゲーム好きですよね。 そんなに面白いですか?」
『やらん奴にはわからんよ、理解しろとも言わんけど。 今度やってみたらどうだ? 心霊現象だの都市伝説だの試してるより、よっぽど健全だぞ?』
なんて呟きを漏らしたり聞いている間に更新が終わったのか、やたらファンタジーな雰囲気のタイトル画面が広がる。
結構綺麗だなぁなんて眺めている内に彼はログインを済ませ、おそらく彼が使用していると思われるキャラクター選択画面が表示される。
そこに映っているのは、どれもゴテゴテとした装備に身を包んだ……少女少女少女。
「あの、先生……」
『言うな、男なんてこんなもんだ。 画面内で男の背面なんぞ見ながらゲームが楽しめると思うか?』
そうきっぱりと言い放った彼の理屈に、ちょっとだけ納得しながらそのキャラクター達を眺める。
まさに魔女っていうような見た目の女の子から、全身を鎧に包んだ剣士っぽい女の子。
色々な物があるんだなぁなんて思いつつも、彼女たちの共通点に気づいてしまうのは、こういうものに慣れていないせいなのか、はたまた自分が女だからなのか。
「なんか、みんな胸がおっきいですね」
『だまらっしゃい』
やはり彼も男ということか……なんて思いつつも、まぁ仕方ないかと追及を止める。
私自身胸がそれなりに大きい事もあって、そういった視線というものに多少敏感になる事が多い。
実際見られているからどうと言う訳ではないが、クラスメイトの男子から無遠慮に視線を送られれば、私だって流石に気持ち悪いと思ったりはするのだ。
会話中にチラチラ視線を落としたり、離れた場所からじーっと見られたりすれば、流石に自重しなさいよと言いたくなる。
その点において彼は、会話中にそこに目を向けるという事はあまりない。
基本的には目を見て、ちゃんとこちらの話を聞いているように思える。
だがふとした瞬間や、何か不機嫌になったりすると、かなり無遠慮にジーっと眉を寄せながら睨んでくる事があるのだ。
まさに正面から堂々がっつり見てますよ! 文句あるかと言わんばかりの視線を向けてくる。
というか睨んでくる、乳を。
そこまで堂々とした態度を取られると、もはや嫌悪感を抱くというよりも先に、やれやれまたかといった感想しか出てこなくなってしまうのだ。
まぁその度に、揉みますか? なんて聞いてみると慌てて拒否してくる訳だが。
今までいくらそんな事をしても一向に拒否を繰り返していた彼を支えていたものは、教師としての自覚か、それとも年長者としての意地か、それはわからないけど……本人が許してるのだから、興味があるのならちょっと触るくらい気にすることないのに。
「今選んだ子が、先生のお気に入り?」
『マジでだまらっしゃい』
やっとキャラクターが選び終わったようで、画面には綺麗な街並みが映る。
その画面の中に突っ立っているキャラクターを見ながら、自身の体に視線を落とす。
何がとは言わないが、机に突っ伏して潰れている分、強調されているソレを見ながらもう一度画面の中の女の子を覗き込む。
「先生、多分その子より私のほうがおっきい」
『おい、ほんと、ホント止めて。 俺の作ったキャラ批判するのは勘弁して、結構気に入ってるんだから』
うん、何がとは言ってないがちゃんと伝わったようである。
良く分からない勝利の味を噛み締めつつ、大きく体を伸ばして多少眠気を払う。
「さて、んじゃもういいですよね? 始めますよ?」
眠気とその他もろもろで忘れそうになるが、今は『そういう儀式』の途中だった。
ならばこんなところでグズグズしている暇はない……というのはちょっと今更かもしれないが。
『あ~……おう、はじめるかぁ』
そんなやる気のない、というかげんなりした言葉を聞きながら、私は改めて次の指示を出し始めたのであった。