カラクリ箱
「それで、色香に惑わされた挙句、特に何も聞かずに受け取ってしまったと」
「おう、まぁそんな所だ」
「馬鹿なんですか?」
放課後、呆れを通り越して無表情になっておられる部長様が、机に置かれた紫の包みを苛立たし気につついている。
コイツの性格からして、こんな訳の分からないモノを持ち込まれればテンションが上がると思ったのだが……どうにもコレはお気に召さなかったらしい。
まだ中身も見てないのに……
「ま、まぁとにかく開けてみようぜ? もしかしたら面白いモノでも入ってるかもしれないしな」
これ以上放っておくと、再びお小言を言われそうな雰囲気だ。
こうなってはこの中身に賭けるしかない。
気味が悪いと言われていた中身のナニカを目の前にして、黒家の機嫌が直ってくれると信じるんだ。
いつもならそんなもの開封するのは御免だが、この時ばかりは凄いモノが出てきてくれと願うばかりのおっさんであった。
「……まぁ何にせよ、先生が持ってしまった時点で結構お察しなんですけどねぇ」
「ん? そりゃどういう意味だ?」
「いえ、何でもありません。 さっさと開けてください、ストッキング大好きの変態さん」
「確かに嫌いじゃねぇけど、そう言われると否定するよ!?」
未だご機嫌斜めな黒家の為にも、さっさと開封したい所なんだが……無駄に固く縛られた布がなかなか解けない。
くっそ、椿のヤツ……もちっと丁寧に結べってんだ。
適当に、さらに思いっきり縛られたであろう結び目が、中々取れない。
布自体も薄く、そして小さく固く結ばれてしまったそれは、俺の指ではサイズ的になかなか上手く通らないのだ。
「あぁもう……ホラ、ちょっと貸してください」
流石に焦れたのか、黒家は俺と箱の間に割り込むようにして身を乗り出した。
黒家の頭の後ろから見下ろす様な形になってしまったが……これがまたなんの偶然かベストアングル。
普段学校内では制服をキッチリと着込む黒家だったが、部室では別だ。
シャツのボタンはいくつか外し、リボンも緩めに止めている。
要はちょっとラフな格好になるのだ。
そして今の時期は夏。
当然クソ暑いのでブレザーやらセーターなんぞ着ていない。
とういう事は……見えるのである、この角度からは。
えらい事になっている谷間やら、背中に薄らと透ける……なんのとは言わないが、何かのラインが。
(今日は……ピンクか……)
などと雑念を振り撒いているとはしらず、黒家は目の前の物体Xの結び目に四苦八苦していた。
「んっ……これは結構、固いですね……もう少し優しく出来なかったんですかね……」
おっと、これはナイスアシストである。
実際は言っている内容と、俺の考えている内容が全く別だと分かっているが。
それでも言おう、素晴らしい発言だったと。
妄想が捗るというものだ。
「これ……ほんとに、んっ……あっとれた」
いや、とれちゃ困る。
一瞬最悪な光景が目に浮かんでしまったではないか。
「? どうしました?」
振り返って不思議そうな顔を浮かべる黒家に、なんでもないとだけ伝えてから再び視線を戻す。
谷間にではなく、机の上に、だ。
「木箱……ですね」
「だな、まぁ予想はしてたが」
布を取り払って出てきたのは木箱。
まごうこと無き木箱だ。
だがしかし、ど真ん中に良く分からん文字で何やら書かれている。
俺は古文とか苦手なので、正直読めん。
とはいえまぁ、これだけみたら確かに気持ち悪いかもな。
「とりあえず開けてみましょうか」
なんでもない雰囲気で蓋を取ろうとする黒家だが、残念ながらそう上手くはいかなったようだ。
必死で力を入れるも、プルプルと黒家が震えるだけで、一向に蓋は開きそうにない。
鍵でも掛かっているんだろうか。
一見普通の木箱(変な文字付)に、一回り大きな蓋が被さっているだけなんだが……
「なんでしょうね、びくともしません」
そう言いながら、痛かったのか手をぷらぷらと左右に振っている。
ここまでビクともしないとなると、木箱が痛んだとか無理やりは蓋を閉めているという雰囲気ではなさそうだ。
「うっし、ちょっと思いっきり開けてみるから貸してくれ」
どうぞ、と短い返事と同時に木箱を差し出す黒家。
あまり調べたりしない所から、本人は余り興味はなさそうだ。
これで下らないモノが出てきちゃったらマジでどうしよう……
そんな心配をしながら、木箱の蓋に思いっきり力を入れる。
メキ! メキメキッ! と凄い音が部室に響き渡りながら、徐々にその蓋が引きはがされていく。
人から受け取った物に対して、こんな扱いはどうかとも思うが、まぁ致し方ないだろう。
だって開かないんだもん。
「おっ、そろそろですかね」
随分と慣れた様子で箱の隙間を覗き込んでいる黒家もどうかとは思おうが。
要は開けばいいんだ開けば。
なんて思っていた所で、部室の扉が勢いよく開く。
「やっほー。 きったよー」
間の抜けた挨拶をしながら、早瀬が入ってきた。
うっす、とでも言いたげな感じで右手を上げながら。
しかしその彼女も、俺たちを目にして動きを止めた。
「えっと……何でイチャついてるの?」
若干彼女の目が据わった気がした。
おかしい、今の状況のどこにイチャラブ要素があったのか……
なんて考えながら周りに目をやれば、やけに距離の近い黒家と、その隣で力むばかりに肩をよせ合っているようにも見える俺。
なるほど確かに、こいつぁ通報事案だ。
「いやん」
言葉の最後に(棒)と付きそうな勢いで、黒家は俺の腕に自らの腕を絡めてくる。
主張の激しい柔らかなその胸が……じゃねえよ、止めろや。
マジで通報されたら俺終わりなんですけど。
「いや、いやんじゃないが。 とりあえず離れようか巡」
そう言って冷静に突っ込む早瀬は、きっとおじさん達の救世主なのだろう。
いや、ちょっと文字列的には怪しい響きが伴うが。
この場合は単純に擁護してくれる相手で、という意味だ。
「まぁそれは置いておいて、ホラ早瀬さん。 新しい厄介事よー」
早瀬のツッコミにより、さくっと俺の腕から離れた黒家。
そしてそのまま俺が持っていた木箱をかっさらい、早瀬に向かって放り投げた。
いや、それ一応ヤバイよ! みたいに言われて預かったものなんだけど、その扱いはどうなの。
「あ、うん。 新しい顔よー、みたいに投げられても」
二人の間ではちゃんとボケとツッコミが決まっているらしい。
国民的人気キャラクターをこんなもので表現しているのはいただけないが、随分と仲良くなったものである。
自然な流れで木箱をキャッチした早瀬は、受け取ったソレを渋々と眺めた後、おや? っという感じで木箱を覗き込んだ。
なんか黒家より早瀬の方が反応いいんだけど、どういう事だコレ。
自称オカルト嫌い少女はどこへ行った。
「あ、これ……昔のカラクリ箱か何か? 珍しい物が出てきたね」
おぉーみたいな反応をしているが、俺たち二人は全くもって意味が分からない。
黒家も頭に「?」と浮かんでいそうな表情で、早瀬の行動を見守っている。
「開きそうですか? 無理そうなら無理やり破壊しますけど、先生の腕力で」
おいこら。
人をターミ〇ーターみたいに言うんじゃない。
まぁ確かにさっきまではもう少しで開きそうな雰囲気だったけど、多少無理やりな感じで。
「いやいや、知恵の輪を物理で外すみたいな邪道技だからねソレ……っていうか、私こういうの結構好きなんだよねぇ、パズルとかルービックキューブみたいで面白くない?」
そう言いながら、早瀬は箱の周りをぐるりと見回した。
一見ただの蓋が閉まった箱なのだが……見る人からしたら何か違う物なのだろうか。
「どうです? 何かわかりました?」
ここまで来ると黒家も興味が沸いて来たのか、若干食い気味に早瀬を見つめている。
いいぞ、そのままコイツを持ち込んだ経緯など忘れてしまえ。
「んとね……多分ここの杭を抜いてー、そんでもって……表面を縦にスライド、ホラ開いた!」
「え、マジかよ。 はっや」
満足した様子で、早瀬は半分くらい開いた木箱を差し出した。
え? 杭なんてあった? なんて言いたくなったが、ここは我慢しないとまた後で何を言われるか分かったものでは無い。
とは言え、見事な物だと言わずにはいられないだろう。
一見模様にしか見えない角の丸い物体を、一目で杭だと気づき、そのまま開閉までやってのけたのだ。
これは早瀬の新しい才能を垣間見たと言えるだろう。
つか蓋にしか見えない枠がダミーで、実は縦スライドとか……どんだけ性格悪いんだこの箱作ったやつは。
「それで、中身はなんですか? くだらない物だったら早瀬さんにも性癖バラしますよ?」
「え、なにそれ超気になる」
本当に止めて頂きたい。
そして早瀬は何故喰いついてくるのか、是非聞き流してほしかった事案である。
「と、とにかく開けるぞ……」
もはやさっさと開けて、早急に終わりにしよう。
これ以上の追求を避ける為、手早く蓋を取り去って中身を確認する。
すると……
「狐のお面と……手紙、ですかね? 開封した形跡がない所を見ると、どこぞのミッ〇ー先生はこの箱を開けられなかったみたいですね」
だからその名前止めろや。
早瀬は早瀬で、あーこれ椿先生の物なんだーなんて呟きながら、俺に白い眼を向けてくる。
何故だ、俺は悪くない。
「とにかく、手紙は椿……先生に返すぞ? 処分しろと言われちゃいるが、手紙までは流石に……」
中に入っていた手紙。
狐の面と比べれば一目瞭然なくらいに、こいつは新しい。
まず間違いなく彼女の関係者が、その人に向けて書き綴った物だろう。
流石にそれを勝手に読むわけにもいかない。
そう言って、手紙をポケットにしまおうとした俺の手を、黒家が物凄いスピードで掴んだ。
こいつは何をしてるんだろうか、これでは手紙がポッケに入らないじゃないか。
「何言ってるんですか先生。 そんな面白そう——じゃなかった。 危険かも知れない物、調べもしないで返しちゃっていいんですか?」
おいお前今何て言い掛けた?
それはともかく、流石に不味いだろ。
俺の良心がこれだけはダメだと言っている。
だというのに、コイツは依頼品の調査にかこつけて家族からの手紙に目を通そうとしてやがる。
しかも全力で、だ。
「ホラホラ暴れないで下さい! こっちは処分を任されたんです! ならもはやこれは私達の物でしょう!? であれば当然読む権利は私達にもありますって! ホラ、大人しく手紙をこっちに……いいからよこせー!」
「んな訳あるか! ていうかお前が離せえぇぇ!」
ほぼ全体重を掛けているのではないかという程強い力で、プルプルしながら俺の腕を引っ張ってくる黒家。
お前は何か椿に恨みでもあるのかと言いたいところだが、現在はそれどころではない。
でも大丈夫、この場には早瀬も居る。
ザ・常識人の彼女なら、きっとやんわりとこの場を収めてくれるはず——
「はいそれじゃ読みますねー」
「おい待て早瀬! お前もか!」
必死の攻防を繰り広げていた俺達の隣から、ひょいっと手紙を掻っ攫われてしまった。
最近の女子高生怖い、プライバシーって言葉を知らないのかしら。
そんな俺を尻目に、一人は俺を押さえつけ、もう一人は家族からの手紙を音読し始めたのだった……
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