いつもの部活動
2019/06/08 誤字修正等行いました。
言い回しが少し変わった程度で、内容自体に変更はございません。
「おい……これいつまで続けるんだ?」
ボヤキながらも、おっさんは必死で足を動かしていた。
携帯を耳にあてながら、ただ一人薄暗いトンネル内でシャトルランをかましている。
はっきり言って、不審者以外の何物でもない。
『もう何度か行ってみましょう、頑張ってください』
素っ気ない返事を聞きながら、おっさんは再び今来た道に向かって走り出した。
何故こんな事になったのだろう……そんな今更過ぎる疑問を胸に抱えながら。
理由なんてはっきりしてる。
このふざけた部活の顧問なんぞ受け持ってしまったからだ。
明日にはもうこの部活辞めるわ! って言おう。
そう何度も思っているはずなのに、あろうことか部員が増えてしまったのだ。
どんどんと言い出しづらい雰囲気が整っていく。
もっと早い時点で宣言しておくべきだった……俺の馬鹿。
今更そんな事を言っても仕方ない事は分かっているが、それでも文句の一つでも言いたくなる。
後悔先に立たずというやつだ。
「あぁぁもう! なんでこんな事になったかなぁぁ!」
おっさんの叫びは、人気のない心霊スポットに響き渡ったのであった。
———
「ねぇ巡、これホントいつまで続けるの?」
「もちろん、集まった『雑魚』が皆居なくなるまでです」
呆れた声を出す相方に、素っ気ない声で返事を返す。
それを聞いた彼女は、諦めたようにため息を溢しながら目を閉じた。
暇なのは分かるが、もし寝たりなんかしたら叩き起こしてやろう。
現在私達は地元で有名な幽霊トンネルに訪れていた。
とは言っても私と早瀬さんは、入り口付近に止めてある車の中でお留守番中な訳だが。
なんでもトンネルの中央付近でクラクションを鳴らすと、大勢の幽霊に囲まれるだとか。
数人が徒歩で渡ろうとするといつの間にか足音が増えていて、トンネルを抜けた先では本来いた筈の誰か一人が減っている、なんて話があるらしい。
その他にもトンネルの先は不思議な世界に繋がっているなんて、馬鹿らしい話まであった程だ。
まぁよくある心霊スポット。
実際死亡事故なんかの記事はなかったので、どれも眉唾物だが。
しかし最後のだけは2頭身くらいの老婆に、名前を奪われた上温泉宿で強制労働されそうだが、何故こんな噂が流れたのだろう。
それはともかく、前回の雨がっぱキモロンゲのせいで集まった『雑魚』がその辺りに散らばり、再び再集結を始めてしまったので絶賛お掃除中の訳だ。
これを放っておくと、それこそまた違う『上位種』を呼び寄せるか、新しいモノが生まれかねない。
とはいえ不幸中の幸いだったのが、集団で逃げ出したカレらが、ある程度まとまって潜んでくれている事だろう。
これなら前回の様に、独りかくれんぼのような降霊術をしなくて済む。
散らばったまま数が増えたほうが、対処が厄介なのである。
ならばという事でここ最近は、連夜の如く心霊スポットめぐりをしている訳だが……
「なんというか、異様な光景だねぇ……」
もはや寝落ち確定だと思われていた早瀬さんが、薄目を開けながらトンネルの入り口を見ながら呟いた。
無理もない、私だってそう思う。
「私以上に『見えている』早瀬さんから見たら、相当気持ち悪い光景に見えるでしょうね」
現状トンネル内を先生が駆け巡っている影響で、その入り口からは黒い霧のようなモノが立ち込めている。
一見内部で火災でも発生しているのかと思える光景だが、普通の人にはこの変化が見て取れないのだから何の問題もない。
その霧は次から次へとトンネルの外へと逃げ出し、空気に溶けるように散り散りになっていく。
早瀬さんの瞳には、きっと大量の無残な姿をした人間が外に吐き出されている様に見えるのだろう。
色んな意味でその光景は見たくない。
「うわっ、今の人首もげそうだった……気持ちわる……」
「そういう情報いいんで、本当に。 この後ご飯食べられなくなるじゃないですか」
「それ直接見てる私に言うかなぁ……」
不満そうに頬を膨らませる彼女を無視しながら、再び視線を戻す。
見るからに霧が薄くなっている気はするが……『感覚』ではもう少し居るように感じられる。
先生には悪いが、もうひと往復してもらおう。
「先生、聞こえますか?」
イヤホンマイクのスイッチを入れて、ただいま全力疾走しているだろう先生に話しかけた。
するといいタイミングで彼はトンネルの入り口から姿を現し、車の方へと視線を向けた。
『おーう、聞こえてるぞー。 もういいか? なんも出ねえし、なんも変化しねぇよ』
やや呆れ声の彼は、疲れたようにため息を溢す。
とは言え大して息切れさえ起こしていないのは、彼が高機動型の変態さんだからなのだろうか。
普通なら数分で息が上がって、休憩の一つでも挟みそうなものだが。
「そうですか、わかりました。 ではラスト一本行って見ましょうか」
『おっま……』
「この後ご飯奢るって約束したじゃないですか、ホラ頑張って」
「ええっと……草加先生ファイト―……」
電話越しにため息を溢し、先生は再びトンネル内へと戻っていった。
なんとも、優しい顧問に巡り合えて、私は幸せである。
ちなみに焼肉を御馳走するという提案の元、彼は突き動かされている。
お肉様は偉大だ。
「ねえ巡、もうほとんど出てこなくなったけど……まだやるの?」
「えぇ、これが最後の往復になるでしょうけど。 その後は一応早瀬さんに確認してもらいますから、準備しておいてください」
うへぇと明らかに嫌そうな表情を浮かべる彼女だったが、しばらくしてから観念したのか、わかったよ……と一言だけ呟いた。
鮮明に見える『眼』を持った彼女に悪い事をしているとは思うが、今後の為にも最終確認は必要だ。
これも自分達全員の為だと思って、割り切って貰うしかないだろう。
「でも、草加先生にも付いて来てもらうからね! 一人では絶対行かないよ!?」
「ご安心を、私も一緒に行きますから」
「いや、草加先生だけでもいいけど」
「わ た し も、行きますから」
ちぇっ、と呟いてそっぽを向く早瀬さん。
全く、何かと油断ならない。
本当は怖がってなどいないのではないかという程、ここ最近の彼女は馴染んでいる。
オカ研部員としては喜ばしい所だが、どしがたいと言うか……何というか……
『黒家、行ってきたぞ。 やっぱなんも居ねえって』
戻ってきたらしい先生の声を聴きながら、私達は車を降りた。
これでまた一つ、カレらの住処を潰せた訳だ。
「お疲れさまでした。 では最後に私達も一緒に入りますので、もうワンセット行きましょうか」
『まだやるのかよ!?』
こうして部活動は順調に進んでいく。
本日もまた、全員無事に怪我もなく終われたのだ。
これはこれで、充実した一日だったと言えるのだろう。
そんな事を思いながら、私達は幽霊トンネルへと足を踏み入れたのであった。





