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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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ヒーロー

 

 叫んだ瞬間、一瞬にして室内は暗闇に包まれた。

 何も聞こえないし声も出ない、両手も縛られているようだ。

 今まで掴んでいた筈の早瀬さんの手の感触だって、今はもう残っていない。

 不安に包まれる闇の中、枯れ果てたような男の声が聞こえた。


 「コレヨリ———被告人ノ処刑ヲ執行スル」


 耳元から聞こえたソレに、ゾワッと鳥肌が立つ。

 目隠しか何かを取り払うような感触と共に、目の前の光景が露わになる。


 「……っは?」


 思わず間抜けな声を漏らしてしまった。

 目の前には先ほど見てきた小部屋が、まわりにはさっきと変わらない白い室内が映し出された。

 どこか違う場所に連れていかれた訳じゃない。

 だが私は一人、その広い部屋の中央に立たされていた。


 「黒家さん!?」


 後ろから聞こえる叫び声、さっきまでは私もソコに居たのだろう。

 まるで転移したのではないのかと思われるほど、一瞬の内にここまで連れてこられてしまった。

 とはいえ、目と鼻の先といえるほど近い距離ではあるのだが。

 さっきアイツは何て言った?

 処刑と言っただろうか? 誰を?


 「待ってて! 今外すから!」


 早瀬さんの叫び声が反響する中、未だ私は状況を掴めない。

 外す? 一体何の事を言っているのだろうか?

 そんな疑問を抱いた瞬間、背後から彼女の手が私の首に回る。


 「何っコレ! どうやって外すの……固った……!」


 そこまで言われてやっと気づいた。

 今私の首には、先ほど垂れ下がっていた首縄が巻き付けられている。

 あぁ、なるほど。

 アレは私を、自分と同じ状況で同じ運命にしたいらしい。

 まさに迷惑極まりない行為、何故私が処刑されなければいけないのか。

 目の前の制御室を見れば、その小窓からソイツが覗いているのが見える。


 「アイツ! 昨日のヤツだよ!」


 そう叫びながら、早瀬さんは縄を解こうと必死に奮闘していた。

 あぁ、なるほど。あんな見た目をしていたのか。

 呑気とも思える思考を抱えながら、ソレの顔を観察する。

 今は私にしっかりと意識を向けているのか、はっきりとその冴えない顔が見て取れた。

 無精ひげに、骸骨に皮を被せたようなひょろっとした顔。

 目の窪みは深く、その口元は大きく歪みながら吊り上がっている。


 「あぁ、なるほど。 これなら先生が貴方を不審者と言ったのも分かりますね、だって凄く気持ち悪いですもの」


 睨みつけながら、捨て台詞を吐いた瞬間だった。

 文字通り、床が抜けた。

 仕組みとしては単純で、『本物』のボタンを押せば床が開き、首縄に繋がれた犯罪者はそのまま落下し死に至るというものだ。

 大抵はぶら下がった時の衝撃で首の骨が折れる、なんて聞いたことがあったがどうなのだろう。

 ゆっくりと落ちていく視界の中、私は他人事のようにそんな事を思った。

 しかし……


 「おりゃあぁぁ!」


 間抜けな掛け声が、耳に残った。

 その瞬間落下の勢いは止まり、その場で停止した私。

 当然首縄が張りつめる事もなく、中途半端に股下くらいまで床に埋まっている状態だ。


 「早瀬さん……何してるんですか」


 「何してるって……見りゃ分かるでしょうに……!」


 振り返ったその先には、開いた床の外側に体を寝ころばせ、両腕で必死に私の体を掴んでいる彼女の姿が見える。

 その様子に不満を覚えたのか、カレは部屋の中から不機嫌そうな顔を浮かべる。


 「早瀬さん、放してください! アイツが来ます! このままじゃ二人ともやられますよ!?」


 彼女がその手を離せば、間違いなく私は死ぬことになるだろう。

 首に巻かれた首縄が張りつめ、全体重を首だけで支える事となる。

 そうなれば、たった数秒さえ持ちこたえられるかも分からない。


 でも、彼女を巻き込むよりはマシだと思えた。

 私が始めた探索であり、彼女は巻き込まれただけ。

 ならば私が死んでも、彼女まで巻き添えを食う必要などないはずだ。

 しかし早瀬さんは、その腕に込めた力を緩めようとはしなかった。


 「うっさい馬鹿! 誰が離すか! 黒家さん見捨てて助かるくらいなら一緒に死んでやるわ! それが嫌ならどうにか上がってきなさい!」


 そう叫んだ彼女の言葉に、頭が真っ白になる。

 この人は……馬鹿なのだろうか?

 なんでこの状況で、相手から無理心中の脅迫を受けているんだ?

 逆の立場ならまだ分かるが、こんな状況なのだから無事な側は逃げればいい。

 二人揃って死ぬよりかは、片方でも助かれば御の字じゃないか。


 「馬鹿言わないでください! たいして普段運動もしてない癖に! こういう時だけ馬鹿力を発揮出来るとでも思ってるんですか!? 人間一人を引っ張り上げる力がどれだけ必要なのか、まるで分かってないでしょう貴女! そんな事ができると本気で思ってるんですか!? 出来るわけないでしょう馬鹿なんですか!」


 いくらなんでも無理だ。

 例えとてつもなく軽い女の子が居たとしても、結局は臓器が詰まった肉の塊。

 それなりの重量はあり、普通の人間なら持ち上げるのにだって結構な力を要する。

 しかも踏み込めるだけの安定した足場、そして持ち上げるだけの筋力、それを安定したまま発揮できる状況が必要となるのだ。

 しかし今この場では、どちらの条件も存在しない。

 片方は両手が縛られたまま自由落下を続け、もう片方は寝そべった状態で相手の体に抱き着いているのだ。

 これで持ち上げられるのであれば、骨格的にも筋力的にも不思議生物確定である。


 「うっさい馬鹿! 冷静なフリして震えてた癖に! 怖いんなら怖いって言え馬鹿!」


 無駄に罵倒が飛んできているような気がして、ちょっとだけ頭に来る。


 「バカバカうるさいですよ! 私は貴女の為を思って言っているというのに、何ですかその態度は! 貴女なんか終始ずっと震えてただじゃないですか!」


 「誰がアンタに犠牲になれって言ったのよ! 馬鹿なんじゃないの!? 怖いんだから震えるくらい仕方ないでしょ! アンタなんか最後の最後でスマホのバイブみたいに震えてた癖に!」


 「なっ、そこまで震えてませんよ!? ていうかこの状況だから早く逃げろって言ってるんです! 何故分からないんですか!?」


 「アンタこそなんでわかんないのよ! 私は二人で帰りたいの! 私一人で帰っても意味がないの! 友達が危ないってんなら、助けるのが普通でしょ! それくらい分かれバカ巡!」


 彼女の言葉に、一瞬思考が止まった気がした。

 今ままで存在しなかった友達というもの、姉弟以外から呼ばれる事の少なかった名前。

 友達と呼ばれて嬉しかったのか、罵倒された事に頭に来たのか。

 この時の私には分からなかった。

 だがある程度の冷静さを取り戻すには、十分な言葉だったのは確かだ。


 「わかりました……とりあえず、腕の力を緩めてください」


 「いやだから、そんな事したら巡が落ちるでしょうが!」


 未だに興奮が冷めない様子で、彼女は怒鳴る。


 「今早瀬さんが掴んでいるのは股関節です、そこを掴まれていては足が上手く動かせません。 少しずらして、腰か胸下辺りを掴んで頂けると足が自由になるんですけど」


 「りょ~っかい!」


 その言葉と同時に、彼女の力が緩む。

 ズルッと下がる感覚は、首縄の事もあってかなり肝が冷えたが。

 それでも胸の下辺りに彼女の手が添えられた所で、落下は止まる。

 首は……まだ大丈夫だ、ギリギリたるみがある。


 「いきます! しっかり押さえていてくださいね!」


 掛け声と共に下半身に力を入れ、振り子の様に揺さぶった。

 傍から見れば相当無様な姿だろうが、今更構っていられない。


 「もう……少し!」


 「巡……重い……」


 「ぶっ飛ばしますよ?」


 そんな心安らぐ会話を重ねた後、遠心力と脚力の全てを使って、開いた床の淵に爪先を引っ掛ける事に成功する。


 「んっ! ぬぬぬ……もう、少し!」


 自分でも不可解な声を上げながら、そこからどうにか両足を上に出し、早瀬さんの手を借りて元の足場へと戻る事が出来た。

 二人して地面に寝転がりながら、荒い息を吐き続ける。

 もはや腕を上げる事さえ億劫で仕方ないほどの疲労感が襲う。とはいえ現状腕は縛られているが。


 「セ、セーフ……」


 「ほんと、貴女は何を考えているんですか……全く」


 「ま、まぁ二人とも助かったんだし、結果オーライって事で」


 穴の横で寝転がりながら、二人して疲れ切った微笑みを交わす。

 これで全て終わってくれれば、もはや言う事なしだったのだが……当然そんなはずもなく、部屋から出てきたソイツが私達を見降ろしていた。


 「ナンデ……死ナナイ」


 不快そうに顔を歪めながら、苦虫でも噛み潰したように口元を歪ませる。


 「今ママデハ、コンナ事ナカッタ。 皆死ンダ」


 いつの間にか私の首から外れた首縄、今では再び部屋の中央に設置されているソレを、カレは不機嫌な顔で弾く。

 この廃墟で最近……というか、ここ数年で死者が出たという話は聞かない。

 つまりは他の地域、他の場所で私達と同じように生者を誘い込んでいたのだろう。


 「わかりませんか? 今までの人達と、私達の違いが」


 寝ころんだままの体制で、不敵に笑ってやる。

 今だけは、逃げるとか怖がってやるなんて行動を起こす気に慣れなかった。

 だって私達はコイツの作った『迷界』を突破したのだ。

 まだ無事帰れた訳ではないが、ある意味でコイツの思惑に打ち勝ったのだ。

 なら勝ち誇ってやろうではないか。


 「貴方達も意外とたいした事ないんですね? 違いも分からず、何を誘い込んだのかも知らず……そしてこれから何がココへ来るかも分からないなんて」


 私の言葉を聞いたカレは今まで以上に顔を歪め、すぐ頭の隣まで歩いてくる。


 「モウ、イイ。 早ク静カニナレ」


 そういって右手に持った刃物を振り上げる。

 隣で早瀬さんが何か叫んでいるが、彼女も既に体が思うように動かないらしい。

 カレの行動を止める者は誰も居ない、ならせめて……私が殺されている間に、早瀬さんだけでも逃げてくれないものか。

 もしくはその間に、何か救いのような出来事でも起きてくれないかと願う。

 もはや私にはそれくらいの事しかできなかった。

 体は疲れ果て、腕は縛られ、芋虫の様に地を這う事しか出来ないのだ。

 今まで神様になんて祈った事はないが、今だけは誠心誠意の祈りを捧げよう。

 どうか、私の『友達』だけは……


 「死ネ」


 「巡!!」


 カレと彼女の声が重なった瞬間、私は目を閉じた。

 もう、終わるのだ。

 なら、自分の体に刃物が突き刺さる光景なんて見たくない。

 せめて最後だけは、瞼に浮かぶ『彼』を思い描いて逝こう。

 諦めた……その瞬間だった。


 「うぅぅおらああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 大音量の叫び声と共に、何かが砕け散った様な音が響く。

 何が起きたのかと瞼を開ければ、先ほどまですぐ近くに立っていたソイツの姿がない。

 あの状況からどこへいってしまったのかと、首だけ起こして周りを確認する。


 居た、部屋の中途半端な位置に。

 何故か入り口側にあったはずのドアがソイツの上に被さり、下敷きになったままピクピク動いている。

 見た目も含め、ちょっと気持ち悪い。

 本当に何があった、なんて混乱している内に私の体はフワッと注に浮いた。


 「ここに居たかお前ら、探したぞマジで。 つうか何だココ、広すぎんだろ」


 待ちに待ったその声が、私の耳に届いた。

 思わず涙ぐんでしまうほど、心からホッとするような力強い声が。


 「先生……遅いです……!」


 「わりいな、携帯通じねぇし広くて迷ってた」


 ニカッと笑う先生の表情を見ながら、僅かばかりに微笑みを返す。

 そう僅かばかりの、出来れば満面の笑みで返してあげたかったのだが……


 「先生……こういう時はお姫様抱っこを希望します」


 「無茶言うな、二人いるんだぞ」


 そう、現状私と早瀬さんは、まるで荷物のように肩と脇に抱えられていた。

 ちょっとこれでは感動の再会という雰囲気ではない。


 「草加先生やっぱり来てくれたー! ごわがったあぁ!」


 よく分からない叫びを上げながら、脇に抱えられた早瀬さんは泣きじゃくっている。


 「よーしよし、ちっと待っててな。 片づけてくるから」


 そんな事を言いながら、先生は私達を入り口付近まで運んで床に下ろした。

 両開きの扉の内一枚が、見事に根本から無くなっているが……あぁ、アイツの上に乗っかているのがソレか。


 「さて、と。 おう、随分と好き勝手やってくれたみたいだなぁオイ?」


 まるでそこらのチンピラみたいな台詞を吐きながら、先生は扉の下敷きになっているソレに近づいていく。

 カレも先生の存在に気付いたのか、慌てて立ち上がり刃物を構えた。


 「あ? お前昨日の奴か。 今日は逃がしてやらねぇから覚悟しとけ、なぁおい」


 指の関節をボキボキと鳴らしながら、その『上位種』に近づいていく。

 対して普段恐怖の対象でしかない『上位種』は、今まで獲物としか思っていなかったような『生きている人間』に追い詰められていく。

 震える足で後ずさりながら、徐々に徐々に後退していく。

 もはや訳が分からないが、これが私達の先生なのだ。

 彼が居るから、私達は怯える事なく普段の生活が送れるのだ。


 「ク、来ルナ……」


 もはやどっちが捕食者か分からない台詞が、カレの震える唇から漏れる。


 「うっせぇ、こんだけの事やったんだ。 それなりの覚悟は出来てるんだろうな?」


 その台詞と共に、先生は拳を振り上げた。

 反射的に身を守ろうとしたのか、ソイツは顔の前に腕を重ねるが……どうやらあまり意味はなかったらしい。

 腕の隙間を抜ける様に、先生の拳がカレの頬をぶち抜いた。

 ゴキッ! と明らかに生きている人間だったら一大事になりそうな音が響くが、それでも先生は止まらない。

 上下左右から次々に繰り出される拳を、ただひたすらに受け続ける怪異。

 もう止めてあげてと言いたくなる光景だが、相手は怪異であり『上位種』だ。

 いいぞもっとやれ。


 「ア、アァ……ヌアァ!」


 というよく分からない声を上げながら後退したカレと先生の間に、僅かばかりの距離が開く。


 「オ前……ナンダ!? 何ナンダ!?」


 叫ぶカレに対し、先生は最後の一撃とばかりに全身を捻りながら拳を振りかぶった。


 「高校教師だよ……人の生徒に手ぇだしてんじゃねぇぞコラぁぁぁ!!」


 全身全霊の力を込めたであろう先生の拳は、ソイツの顔面に突っ込んだ。

 グチャッとちょっと嫌な音を立てながら、カレは後方へと飛ばされる。

 人間が吹っ飛ぶ瞬間というのは、滅多に見れる光景ではないが、それが今目の前で行われた。

 そして不幸とは重なるもので、カレが飛んだ先にあったのは……


 「あっ……うわぁ……」


 と、隣から間の抜けた声が聞こえた。

 言いたくもなる、なんせ吹っ飛ばされた先には、先ほどまで私達が落ちそうになっていた穴が開いているのだ。

 そのまま落ちるのかと思われた瞬間、まるで首縄が蛇のように勝手に動きカレの首に巻き付いていく。

 それがなんなのか、どういう事が起きるのか。

 考える間もなく、首を吊るされたカレの体から、黒い靄が吹きあがり周囲を曇らせていく。

 私がいつも見ている黒い霧、それと同じものだ。


 「は? えっ? 何!? 煙幕!? どうなってんのこれ!?」


 もはや部屋中に充満し、すぐ先も見えない状況の中、先生の声だけが響き渡る。


 「ちょ、おい! 黒家!? 早瀬!?」


 そんな叫びを上げながら、真っ暗の中を勘だけで戻ってきた先生が私達を庇うように抱きしめた。

 彼の腕の温もりに、疲れ切った心が和らいでゆく。

 こんな状況でって、自分でも思うが……また助けてくれた、駆け付けてくれた。

 そう考える度、安心して力が抜けていく。

 張り詰めた緊張の糸が切れたみたいに、段々と瞼が落ちていくのが分かった。

 まだ終わった訳じゃないかもしれない、まだこの『迷界』が続くのかもしれない。

 

 でももう……多分大丈夫だ。

 だって彼が来てくれたのだから。

 そんな思考を最後に、私はゆっくりと意識を手放したのだった。


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