夏 4
『てな事がありまして、正直今日はクタクタです。 日焼けが痛いです』
『こっちも結局、その後カラオケとかボーリングとか。 お二人の体調を考えればすぐに帰すべきだったかもしれませんけど……』
そんな両者の声を聞きながら、俺は天を仰いだ。
お前ら、夏休み初日の夜だぞ! ゲームすんぞ! なんてネット招集したのに、集まったのはたったの二人。
プールデートをかましてきた鶴弥と、リア充御用達スポットでキャッキャウフフしてきた黒家弟のみ。
遊ぶために呼んだのに、なんか拷問をくらっている俺が居る。
いや、若人としては正しい姿なんだろうけどね?
「お前ら……青春してんなぁ……」
おっさんは一人、酒を片手に涙を流していた。
何この子達、リア充かよ。
休みに入ってすぐに男女混合でプールとかカラオケとか、俺もそんな青春過ごしたかったよ。
そんな願望を抱いていた俺は、今日一日クーラーの効いた部屋で転がってたよ。
ちくしょう羨ましい。
『そう言えば他の皆には声を掛けないんですか? まぁ私も用事があるので、そこまで長くはログイン出来ませんが』
などと声を上げる鶴弥。
夜に用事があって、長くログインできない? ほほぉ?
それはアレですか、彼氏彼女の事情ってヤツですか。
こん畜生め。
『この無言の時間で浬先生が何を思っているのか手に取る様に分かりますが……違いますからね? というかその場合、止めなければいけない立場なの分かってます?』
「いいじゃない……夏の思い出作ってくればいいじゃない。 だって高校生だもの」
『おいコラ馬鹿教師、それ絶対いけないヤツ。 というか違うから!』
確かに彼女の言う通り、教師という立場としては注意を促さなければいけないのは確かだ。
でもさ、そんなのいちいち煩く言ってたら煙たがられちゃうじゃん。
高校生だよ? 恋の一つや二つあるでしょうに。
深夜にちょこっとコンビニ行きたくなっちゃったりするでしょうに。
警察のお世話になったり、十月十日後に新たな生命が誕生したりしない限り、俺はあんまり口うるさく言うつもりはない。
しかし、コレだけは言っておかなければいけないだろう。
それが大人の役目ってヤツだからな。
「鶴弥、あまりうるさくは言わんが……避妊はしっかりと、な?」
『よし、今日浬先生しか殺しません。 徹底的にキルを取りに行きます。 リスポーンから1分生き残れると思うなよ?』
『つ、鶴弥さん落ち着いて。 多分先生も善意で言ってますから……多分』
何やら言葉の選択をミスしたらしい。
ふむ、やはり年頃とは難しい。
「とゆか話は戻るが、黒家早瀬コンビは今日イン出来ないって。 天童は……あ、それは鶴弥の方が詳しいか」
『よし、絶対殺す』
「他のメンツも声掛けたんだけど、体力が残ってないだの予定があるだので来れないってよ。 椿に至っては用件伝える前に、運転中だって言われて切られた。 ねぇ俺ってもしかして嫌われてる? ハブかな、ぼっちなのかな」
黒早コンビは今日家に居ないから~とか何とか言ってたし、オカ研2年の二人は出掛けるとの事。
1年組は黒家弟以外「体力が……」で断られてしまったのだ。
何、何なのみんな。
青春してるの羨ましいし、俺は何で誘ってくれないの?
教師だからか、うん。
普通教師は遊びに誘わないよな。
とか何とか、メンヘラ思考に陥ってしまうくらいに、連続でお断りされてしまった訳だ。
……非常に悲しい。
『あれ? でも姉さんと夏美さんは先生の家に行くって言って出ていきましたよ? 今日は豪華だとか何とか』
「え? 何それ聞いてない」
まだ来てませんけど、いつもならもうちょっと早く来るのに。
今日来ないんじゃね?
やっぱり嫌われてる?
『椿先生に関してはちょっとお願い事を私が頼んだので、多分ソレで動き回っているだけだと思います。 もう少ししたら連絡が来るんじゃないですか? 他のメンツは言葉通りでしょうね』
「ふーん?」
良く分からんが、嫌われているから断られた訳じゃない……と思いたい。
でもちょっと怖いから、今後は鶴弥に召集してもらおう。
だって俺、最近オカ研で何もしてないし。
ダムの上走ったり、壁殴ったり、お留守番してたりしただけだし。
本当に大丈夫かコレ?
とか何とか考えている内に、玄関のチャイムが鳴った。
『ホラ浬先生、お出迎えしなくちゃ』
「いや、この時間に来るなんてもしかしたら悪質な勧誘か、おかしな集金かもしれん」
『ええから出ろや』
「鶴弥、お前なんか俺に対してだけ口悪くない?」
『今更過ぎる上に、身から出た錆でしかないでしょうが』
『多分姉さんと夏美さんなので、早めに出て頂ければと……』
二人から催促され、しぶしぶパソコンの前から離れ玄関へと向かう。
そして丁度玄関についた頃、今一度チャイムの音が鳴り響いた。
「……」
何となく、物凄く何となくだが。
コンコンッとノックを返してみた。
「え、なんかノックが返って来たんだけど。 トイレみたいな感じで」
「夏美、こういうのは反応したら負けです」
そんな声が聞こえて来た後、向こうからもコンコンッとノックが返って来た。
ほぉ、やる気かね。
――コンコンッ。
さて返したぞ? どう出る。
――ココンコンコンッ。
リズムに乗ってきやがった。
なかなかやるじゃねぇか。
――コココンコンコン、コンココン!
どうだ。
なんて、ドヤ顔をして返事を待っていると。
「草加君、コレ以上待たせるなら今日のご飯抜きね。 ちなみに鰻だってさ。 早瀬さんが捌いてくれて、黒家さんがアパートの駐車場で七輪使う許可取ってくれたみたいよ? いらないのね? なら私達だけで食べるけど」
「すみませんでしたぁぁぁ!」
速攻開けますとも、そりゃ鰻だもん。
玄関を開いた先には、呆れ顔の黒家。
そして苦笑いを浮かべた早瀬と、眉を顰めた椿が腕を組んでいた。
本当にごめんなさい、鰻食べたいです。
「えっと、椿先生には車を出してもらいました。 あと炭の用意とか」
早瀬が困った顔をしながら両手に掲げる買い物袋。
きっとアレには鰻様が御滞在していらっしゃるのであろう。
「なにぶん大荷物でしたから、椿先生に車を出して頂きましたが……お邪魔でしたか? であれば勝手に鰻食べて帰りますけど」
ムスッとした表情の黒家は、その他食料が入っていそうなエコバックを肩に掛けながら、いつものジトッとした目を向けてくる。
何を仰る黒家さん、俺もご一緒しますとも。
むしろ食材の代金は出しますので、是非ご一緒させて頂かないと困ります。
「七輪の運搬係と、お酒担当でーす。 今日車で来ちゃってるから、皆で泊まる事になるけど、いいよね? ダメなら私のアパートで二人と鰻パーティするけど」
ニヤニヤした表情の椿は、車のキーをクルクルと回しながら流し目である。
ちくしょう、ここは教師らしく婚前女子は男の家に泊まっちゃアカン! とか言うべきなんだろうが……その場合鰻はどうなる。
皆で椿のアパートに……いや、コイツのアパート女性限定だったはずだ。
しかも結局椿も飲むなら、車が出せるヤツが居ない。
いや待てよ?
「確か黒家と早瀬も車の免許取ったって言ってたよな? だったら――」
「初心者に他人様の車運転しろって言うんですか? 勘弁してください」
「う~ん、それはちょっと……私も遠慮したいかな。 先生の車この前新しくなったばっかりだし。 あっでも草加先生の送迎を引き受ければ、結果的に一人でココに泊まる事に――」
「よおぉし! お前ら、今日は鰻パーティだ! 雑魚寝になるかもしれんが、楽しんでいってくれ!」
おっさんは思考を放棄した。
鰻を諦めるという選択肢はないが、かといってこの中の誰か一人を我が家に泊めるなんて以ての外だ。
多分理性が持たない気がする。
椿は歳も近い同期だし、残りの二人も大学生とはいえ未成年なのだ。
本当に勘弁しろ、酒飲んでさっさと寝てしまおう。
全員で泊まって全員で帰れ、頼むから。
そして鰻を食わせろ。
「そう来なくては。 あ、そう言えばネトゲがどうとか言っていましたが、あちらは大丈夫ですか?」
「……あ」
黒家に言われて思いだしたが、今通話繋ぎっぱなしだわ。
会話を聞かれているかどうかは別にしても、結局一番最初に退場するのは俺になりそうですね、うん。
申し訳なく思いながら事情を話すと、二人からすんなりと了承を頂いて通話を切る事に成功。
なんか、ほんとごめんね?
あの二人には、また後で何か奢ってやろう……。
そんでもって、また今度ゲームに誘おう。
すまないが、今日は鰻様を最優先にさせていただいたのであった。
――――
「はぁ……先生も相変わらずだな」
そんな事を呟きながらヘッドセットを外し、玄関に向かって歩き始める。
元々先生や鶴弥さんがログアウトしたらトレーニングに向かうつもりだったので、コレと言った準備は必要ない。
あるとするならば……
「八咫烏」
――クアッ。
短い返事と共に、室内に居たカラスが肩に留まる。
もう随分と慣れた、コイツがずっと近くに居る事も。
そして“獣憑き”となり、“向こう側”と関わる事にも。
しかし。
「お前は、なんで僕の家系の人間にばかり手を貸すんだ? 何か理由があるのか?」
――クァ?
気の抜けた返事を返しながら、“八咫烏”は首を傾げた。
白々しい、お前が人間の言葉を理解していない筈がないのに。
それこそ茜姉さんなんて“八咫烏”の声さえ聞こえると言うのに、コイツは僕の前ではペットの様な反応を見せる。
「お前は一体何を求めている?」
――クアァ。
「……お前は、僕達を何処へ導こうとしているんだい?」
その言葉に返事はなく、ただただジッと見つめ返されてしまった。
はぁ、とため息を溢してから玄関を開いた。
こうなってしまっては、コイツは反応を返してくれない。
いつもの事だ。
いつもの事だからこそ、少しだけ不安になる。
「せめて、不幸にするなら僕だけにしてくれよ? 八咫烏。 さぁ、今日も行こうか」
――クアァッ!
そう言って、僕たちは“同化”する。
見える世界が“違うモノ”と反転し、体の中に力が漲っていくのを感じた。
“獣憑き”
まるで、自分が化け物にでもなった気分だ。
この感情にも、もう随分と“慣れてしまった”。
――でも、僕は人間だ。
「行くぞ、八咫烏」
それだけ呟いて、踊り場から飛び立った。
まるで羽でも生えているみたいに、軽々と空を舞って。
癖になりそうなスリルを覚えながらも、今日も僕は飛んでいく。
しかし、実際に翼など生えてはいない。
重力に伴い、徐々に下降していく体を、上手く風に乗せながら着地する地点を定めていく。
この時点で、既におかしいのは分かっているんだけど……まあ、慣れだ。
ズドンッ! と音を立てて、どこかのビルの屋上に着地した。
僕の体は風に乗れるほど軽くない、羽が付いている訳でもないのに空中で方向転換など出来るはずもない。
ソレは分かっている、けど今では出来てしまう。
今までは“八咫烏”が憑いているからなんだと、無理やり納得してきた。
でもソコで思考を止めたら、多分駄目なのだろう。
出来るのだから良いや、便利な力なんだと。
そんな風に軽く考えてはいけない気がする。
怨霊たちは死した環境を己に残し、その光景や苦しみを相手に押し付ける。
今まで散々経験したソレ。
彼らは“概念”というモノを武器に、僕達生者を陥れる。
では“上位種”と、“八咫烏”の違いはなんだ?
以前聞いた話では、考え方の違いがあるだけで本質は同じ……らしいが。
だとすれば余計に“獣憑き”によって何か不思議な力を手に入れた、だけでは済まされない気がしてならない。
それがそもそも違うベクトルなのだと言われればそれまでなのかもしれないが……。
「夏美さんは、こんな風に着地したりしない。 彼女はもっと……風そのものみたいに、重さが無いみたいに移動する。 この違いも、どうすれば克服できる?」
“八咫烏”と“九尾の狐”。
この違いはなんだ?
“九尾の狐”に関しては、夏美さんに散々モノや遊びをねだってくるらしい。
つまりはしっかりとした“欲望”がある。
それを叶える事によって、狐が全ての力を彼女に貸し出しているというのなら。
「僕も“八咫烏”が何を求めているのか知らなければいけない……か」
神様に対するお供え物、という概念に近いのだろうか?
同じ“獣憑き”でありながら、ここまで差が出る。
宿主の差、というのなら納得するが……いや、肉体能力であれば僕の方が圧倒的に上だろう。
以前見た夏美さんの真っ白い細腕。
アレでは僕を殺すどころか、捕らえる事さえ出来ないだろう。
でも、“狐憑き”となった銀色の彼女。
あの時の早瀬夏美という存在に、まるで勝てるイメージが湧かない。
「負かせたい訳じゃない、傷つけたい訳じゃないんだ。 でも、あの人に追いつくには……根本的な違いが――」
――ナラ、人間ヲ辞メルカイ?
「っ!?」
聞きなれない声が間近で聞こえ、思わず拳を構えた。
その先に居たのは……さっきまで同化していた筈の“八咫烏”だった。
「今のは……お前が?」
――クァ。
相変わらず、気の無い返事を返してくる。
しかし、お前はいつ“獣憑き”を解いた?
間違いなく僕と同化していた筈の存在が、何故目の前に居る?
まるで警戒心の無いように見える“八咫烏”が、こちらを見つめながら再び鳴き声を上げた。
――オ前ハ、ドウシタイ?
コイツの鳴き声が、そんな風に聞こえた。
気のせいだ、と思いたい所ではあるが……間違いなく空耳ではないのだろう。
肌を削るような殺意、呼吸を忘れそうになる圧迫感。
まるで、“上位種”を目の前にしている時の様な緊張感が、僕の周辺を包んでいく。
何が起きた? “八咫烏”は一体なにをしようとしている?
拳を構えながら、そんな事をグルグルと考えていた僕に対して、“八咫烏”は大きなため息を吐いた。
――ヤハリ、ツマラナイナ。
コイツは一体、何を言い出しているのだろうか。





