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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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迷宮 3


 「なに……ココ」


 思わず呟いてしまう早瀬さんの気持ちも分かる。

 暗闇を進んだ先、その突き当りにあった部屋に私達は踏み込んだ。

 手に持ったライトが照らし出す光景、それは……


 「牢獄……に見えますね」


 実物なんて見た事がないが、これがどういう場所なのかなんていう知識は誰だって持っているだろう。

 罪人が集められる場所、そして人によっては死を待つだけの時間を過ごす場所。

 映画やドラマでしか見た事のない実物の鉄格子。

 いくつも連なって並んでいる部屋の前に、それは重々しく設置されていた。


 「ちょっと、これは予想外かも……いつから私達刑務所なんかに来た訳?」


 私の手を握る彼女は、少しだけその指に力を入れた。

 先ほどからどこかも分からない会社のオフィスや、誰かの家のリビングなど。

 関連性もわからない数々の場所を走り抜けてきた。

 しかし、ここに来るまでいくつもの場所を見せられ、そして最後に牢獄に辿りついた。

 これってつまり……


 「この『迷界』を作り出した当人の記憶……みたいな場所を、走り抜けてきたって事ですかね? そして最後はココ……嫌な予感しかしませんね……」


 罪が許され、ここから出ていく人だって大勢いる。

 だからこの『迷界』の最終地点がココだと決定づけるのは、まだ早いかもしれない。

 けど、何となくそんな気がする。

 ナニカがここに居ると、『感覚』ではわからないが直感がそう告げていた。


 「と、とにかく奥に行って見よう。 他にも出入口があるかもしれない」


 震える声で促してくるが、両者とも前に踏み出そうとはしない。

 だって仕方がないじゃないか……明らかに嫌な感じ、やけに冷たい空気。

 彼女の『眼』でも捉えられず、私の『感覚』でも感じ取れない。

 でも、ナニカがいる気がする。

 それが単純に怖いのだ。

 今まで経験したモノと違うかもしれない、見た事もない化け物が居るのかもしれない。

 そんな不安が、私達の足を竦ませた。


 「えっと、すみません。 今更と思うかもしれませんが、その……如何せん何というか……その」


 自分で喋っていても驚くほど声が震えていた。

 久しぶりだったのだ、先生が近くに居ない状態でこんなにも怪異に迫ったのは。

 何故今まで忘れていたのかと思う程、あの頃の……過去の恐怖が蘇ってくる。


 「やっぱり、黒家さんでもそうだよね。 怖いよね? これ純粋に怖いよね? 今まで必死だったから麻痺してたけど、今の状況って本来めちゃくちゃ怖いよね!?」


 まるでお化け屋敷にでも入った時の恐怖、とでも言えば良いのか。

 何がどこから飛び出してくるのか分からない、やけに静かで周りには誰も居ない。

 でも確かにナニカが潜んでいて、この瞬間も私達を見ている。

 そしてその恐怖の対象は、お化け屋敷とは違い本当に命を狙って来ている。

 そう考えると、足がガクガクと震えるほどの恐怖を覚えた。


 「そうですね、本来は今の反応が正しいんでしょうね。 今までは先生も居ましたし、私も『感覚』に頼り切っていたので……ちょっとこれは耐えられる自信がありません」


 情けない事を言っている自覚はあるが、少しづつ……本当に少しづつ前進しているのでどうか許してほしい。


 「大丈夫、私も同じか……慣れてない分黒家さんより怖いから。 漏らしたらゴメン」


 それはちょっと勘弁して欲しいが、私だって人の事は言えない。

 早瀬さんは私の腕に抱きつくような形で、必死にしがみついている。

 この状態でどちらかがそんな事になれば、二人ともえらい事になるだろう。


 もう少し飲み物を抑えておくべきだったか……


 「予備の下着は持って来ていませんので、もしそうなった時は諦めてそのまま走ってくださいね……」


 もはや冗談の一つでも言ってないとやってられない。

 二人して引きつった笑顔を浮かべながら、少しづつ前へ進む。

 自分たちの感覚では結構進んだ気がしても、振り返ってみれば一部屋分しか進んでいなかったり。

 何かが見えた気がして、そちらにライトを向ければ本当にただの気のせいだったり。

 普段の私が見たら、これ程非効率な探索は初めてだなんて言われそうな速度だった。


 しかし足を進めていれば、いつか最奥には到達する訳で。

 二人してガタガタ震えながら進んでいくと、意外にも早く……とは言えない距離だったが、一応は突き当りの壁が見える場所まで来られた。


 「何にも……いない?」


 「恐らくは……ただ牢屋の中までキッチリ調べた訳ではないので」


 正直、周りに並んでいる部屋を一つ一つ調べていくような気力は等に尽きていた。

 一番奥まで行けば何かあるだろう、というか出来れば出口があってくれと願いながら進んできた訳だが。


 結局何も見つからず、最奥の一歩手前まで来てしまった。

 もはやライトを当てれば、奥のほとんども見渡せる位置だ。


 「なんとも拍子抜け……と言っていいのか分かりませんけど、本当に何もいないみたいですね」


 せめて周りの監獄だけでもと光を当てるが、これといって何が居る訳でもなく、ただただ鉄格子の向こう側にある壁が照らし出される。


 「出ないなら出ないに越したことはないけど……え、これどうしたらいいの」


 「とにかくまだ気を抜かないでくださいね? 一応一番奥まで足を運んでみましょう、見えてる限り何もありませんけど、本当に行き止まりじゃない事を祈ってください」


 そう言ってから、再び足を動かし始めた。

 もう既に最奥にある突き当りの壁は見えている。

 それ以外には左右に連なる牢獄くらいしか見て取れないが……これはまさか、ここまで引っ張って本当に行き止まりなんだろうか。

 だとすると通ってきた道を戻る選択肢しかなく、再びカレらの大群の中を走り抜けなければいけなくなる。


 「これってさ、一番奥まで行ったら壁が迫って来たり、入り口の方からでっかい岩が転がってきたりしないよね?」


 「本名が実はインディー何とかさんだったりしなければ大丈夫だと思いますけど、もしくは早瀬さんのお父さんがジョーンズって名前だったりしますか?」


 「もしそうだったら私は明日からインディー早瀬って名乗るよ」


 そんな冗談が交わせるくらいには、精神的に安定を見せる。

 未だ握っている手が二人して小刻みに震えてはいるが、それでも何もいないと分かれば多少は余裕が出るというものだ。


 「ん……?」


 最奥の壁に手が付く所まで足を進めた時、ふと違和感に気づく。

 やはり通路そのものは、突き当りの地点で行き止まりになっており、コレと言って扉の様な物も設置されてはいなかった。


 しかし一番奥の鉄格子、そこだけ他の物と比べて幾分か横幅が狭い。


 「なんでしょうか……他と違いますね?」


 声に出しながら、鉄格子の向こうへ光を向けた。

 今まで見てきた監獄は、どれも簡易的なベッドやトイレといった物が設置された簡単な部屋だった。

 しかし光を向けた先にそういったものは無く、その先へ続いてると思われる通路、そして登りの階段が見えた。


 「あった! あったじゃん通路! これで戻らなくて済むよ!」


 喜びに声を上げながら、早瀬さんは一人で駆け出してその格子を掴む。

 そしてそのままの勢いで、けたたましい音を立てながら鉄格子を開いた。


 「開いた! 鍵掛かってないよ!」


 嬉しそうな顔でこちらを振り返り、早くとばかりに手招きしている。

 どうやら他の通路でも見たような、区画の堺に設置されている鉄格子だったようだ。

 確かに鍵が掛かっていなかったのは好都合だが、そこまで無警戒に開けてしまっていいのかと苦笑いが漏れる。


 「ホラ、あまり一人で動かないで下さ……」


 少しは注意しておこうと、声を上げたその時だった。

 呆れたように声を上げながら、彼女に続こうと歩き出したその瞬間。

 誰かが私のバッグを後ろから引っ張った気がした。


 「……えっ?」


 まるで何かに引っ掛けたとか、誰かが呼び止める為に軽く引っ張ったとか。

 本当にそれくらいの軽い衝撃でしかなかった。

 緊張感が薄れていた事もあり、思わずその場で立ち止まって振り返ってしまった私は、次の瞬間には酷い後悔が襲った。


 「嘘……?」


 振り返ったその先、目と鼻の先にドス黒い影が立っていた。

 間違いなく『上位種』だと、霧の濃さから判断する。


 「黒家さん!!」


 「……っくそ!」


 早瀬さんの声で我に返り、慌ててバッグを体から引きはがす。

 その勢いのまま走り出し、再び彼女の手を引っ掴んでから鉄格子を目指した。


 「閉めて!」


 「りょーっかい!」


 当然といわんばかりに、私の言葉と同時に彼女は動いた。

 走り抜けた瞬間に、開いていた鉄格子を掴んで勢いよく閉める。

 これで通ってこれないなら、このまま逃げれば何とかなるんだが……


 相手は『上位種』だ。

 今までの様には行かない可能性が高い。

 であれば可能な限り距離を取りたい所なのだが、早瀬さんは未だに鉄格子をガチャガチャといじっていた。


 「何してるんですか!? 早く行きますよ!」


 「黒家さんコレ! 鍵が、鍵が閉まらない!」


 「そんなっ」


 彼女の肩越しに覗き込むと、鉄格子には金属の閂が設置されているものの、引っ張っても叩いてもピクリとも動かない様子。

 一見簡単な作りに見えるソレは、閂の先端を覆う部分……つまり扉同士が重なり合う部分に数字の書かれたパネルが見えた。

 これはもうどう見たってアレだろう、手動で動くような代物じゃない筈だ。


 「これ電子ロックです、素手じゃどうしようもありません! 逃げますよ!」


 「嘘でしょ!? なんで幽霊がハイテクなの持ってるのさ! 理不尽だぁ!」


 結局扉に鍵は掛けられず、そのまま階段を駆け上がった。

 未ださっきの事を根に持っているのか、階段を上っている間も早瀬さんは叫んでいる。

 幽霊なんだから古めかしい場所にいろよとか、時代に合わせて電子機器使ってるなんて幽霊じゃないとか。

 散々な言われようだが、実際今までだって蛍光灯やオフィスだってあったろうに。

 そもそもさっきの『上位種』の記憶を元に、この迷界があるのだとすれば電子機器の一つや二つあっても不思議じゃない。

 とはいえ……


 「とにかく今は走ってください! あぁもう、荷物全部無くなっちゃいましたよ! ここまで来て最後に残ったのがライト一つとか何なんですか! ボスに初期装備で挑むような状態じゃないですか! 馬鹿なんですか全く!」


 「黒家さんもだいぶ素が出てきてるけど! なんか最初の方とキャラがだいぶ違う気がするんですけど!」


 私にだって叫びたい事の一つや二つあるのだ、特にこんな状況では。

 ここまで来るともはや怖いと言うより頭に来てしまって、二人してギャーギャー騒ぎながら階段を上る。

 一応たまに背後を早瀬さんに確認してもらっているが、今の所ついて来てはいないらしい。


 「いる!?」


 「居ない!」


 みたいな会話で済んでしまうのが、慣れというものの恐ろしさを感じる。

 というかもう付いてこなくていい、さっきのバッグに入ってる食塩水全部あげるからもう勘弁してくれ。


 「あぁもう! いつまで続くのこの階段! この建物作ったやつ本当に馬鹿でしょ、どこまで高いとこ好きなのさ!」


 「それならさっきの『上位種』にでも言ってください! ていうか先生は本当に何してるんですか!? 今助けに来てくれたら何でも言う事聞いてあげますからぁー!」


 「草加先生ー! ヘールプ!」


 二人して訳の分からない叫び声を上げながら、ひたすら階段を上った。


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