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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
第二部

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夏 3


 「やー……まさかアンタが来るとは思わなかった」


 「俺だって、この歳になってお前からプールの誘いが来るとは思ってなかったよ。 いいのかよ、俺みたいな陰キャ誘って」


 周りの陽気な雰囲気とは裏腹に、私達はぶつくさと低い声で文句を言い合っていた。

 遠くのパラソルの下で、両親が微笑ましそうこちらを眺めているが……多分私達の雰囲気など察しては居ないのだろう。


 「そういう発想がいちいち暗いんだって、別にいいじゃんプールくらい誰誘おうと。 とゆか私だってそんな友達多い訳じゃないし」


 「そんな恰好して、そんな見た目しておいて。 昔っから人見知りで臆病な所は変わんないのな」


 「うっさい眼鏡。 ウチの水着姿を見られただけでも幸運だと思いなさい」


 「へーへー、眼福でごぜぇます」


 そう言って肩を竦め、あからさまに視線を逸らす馬鹿眼鏡。

 親同士の付き合い、そして幼馴染という事もあって誘ってあげたのに、ずっとこの調子だ。

 今年は新しい水着だって買ったのに、感想の一つだって残しもしない。

 あーもう、こいつ私と二人の時性格変わり過ぎ……なんて思っていると、目の前のプールからニョキッと頭が生えて来た。


 「へぇ、徹君は優愛ちゃんと居る時は素が出るのかな? いいねぇいいねぇ、青春だねぇ」


 多分、普通の人が見たら相当ホラーな光景だろう。

 人の溢れるプールの端っこから、いきなりセーラー服を着た女子が水面に浮かび上がって来たのだから。

 まぁ、私達にとっては見慣れた顔なので何とも思わないが。

 とはいえ隣にいた眼鏡君にとっては意外な出来事だったようで、ビクッ! と反応した後、薄ら笑いを浮かべていた。


 「あ、茜さんもいらっしゃったんですね……いえ、別に素がどうとかって訳じゃないですよ? 単純に僕が陽キャが苦手って言うだけでして……」


 「なぁに言い訳してんだが」


 他の人が居るとすぐいつも通りの口調に戻る上に、私以外には愛想を振り撒く。

 全くなんてやつだ。

 なんてやり取りをしている私たちを見て、茜さんは何を思ったのか「ウフフフ」なんて言いながら口元を手で押さえ、流れるプールにそのまま流されていった。

 いや、あの人霊体だから水圧受けない筈なんだけどね。

 流れてるフリして移動してるだけなんだけどね?


 「“見える人”が居なければいいけど……大丈夫かな……」


 流されていく茜さんを必死に視線で追いかける眼鏡君。

 何故かあの人に懐いていた……というより仲良くなろうとしていたのは知っているから、心配なのは分かるが。

 何となく気に入らない。


 「“上位種”は本人が相手に“見せよう”としない限り見えないんでしょ? だったら心配いらないでしょ」


 事実、私だって“共感”を使わない限り他の“上位種”は見えないし。

 普段から姿が見える幽霊とか茜さんくらいだ。

 とか思っていると、隣からあからさまに呆れた様なため息が聞こえてくる。


 「だから“見える人”って言ってんだろ。 お前みたいなのなら分かんないかもしれんけど、俺らには“黒い霧”は見えたりするんだよ。 もしプールの中でそんなの見つけたら、パニックどころの騒ぎじゃないだろ」


 「……」


 コイツ、また言った。

 確かに私は異能を使わない限り、一般人と変わりない。

 でもわざわざ言葉にされると、まるで拒否されている様に感じるのだ。

 私は皆とは違う、あぶれ者だと言われている気分。

 皆はよく“普通”というものを特別視するが、私にとっては“こちら側”が特別なのだ。

 だからこそ、さっきみたいな言い方をされると皆に距離を感じてしまう。

 それが、私にとっては泣きたくなる程の苦痛だという事を……コイツは分かってない。


 「あっそ……だったら茜さんについててあげたら? ウチは一人で泳いでくるから」


 それだけ言ってその場を離れようとした。

 いつもなら「好きにしろ」とか言われるかと思っていたが、どうやら今日は違ったらしい。

 私の手首を、彼は力強く掴んで来た。


 「なに?」


 不機嫌です、と言わんばかりに眉を顰めて振り返れば、そこには視線を逸らしたままの眼鏡君。

 ホラ、やっぱり私の事なんて見もしない。


 「おじさんとおばさんに、お前がどっか行かないように見ててくれって言われてるし……」


 「ウチ、小学生とかじゃないんだけど」


 言うに事欠いてソレか。

 思いっ切り呆れたため息を溢してみれば、相手もムッとしたのか、微妙に顔が険しくなった。


 「お前の水着、派手なんだよ。 だから、その。 一人にしたら変なのに絡まれるかもしれないだろ?」


 「……はい?」


 派手、だろうか?

 雑誌に載っていたお勧めのビキニを買っただけなのだが。

 というか、似たような水着来ている人周りにいっぱい居るんだけど。


 「だからその……単独行動は良くないと言うか、なんだ。 今日はあんまり離れずに……だな」


 とかなんとか言っている内に、どんどんと顔が明後日の方向を向いていく眼鏡君。

 そしてその耳は、ビックリする程真っ赤だった。


 「……ねぇアンタさ。 もしかしてさっきから口悪いの照れ隠しとかだったりする? 一向にこっち見ないの、そういう事だったりする?」


 「……男の子には色々あるのだよ」


 思春期の中学生か貴様は。

 なんて思ったりもするが、それよりも先に笑ってしまった。

 私に興味の欠片すらないと思っていたのに、コイツも私に対して照れたりするのか。

 それとも単純に水着姿と言うのが、目に毒って話なのか。

 でもそれなら、視線を逸らした先にもいっぱい居る気がするのだが。

 まぁ、今はどっちでもいい。


 「なら、ちゃんとお世話してもらおうかな。 よろしくね、陰キャのオタ眼鏡君?」


 「マジで調子乗んなよお前……」


 ――――


 炎天下、といっていいだろう。

 馬鹿みたいに暑い日差しが降り注ぐ中、私は運転席に座りながら腕を組んだ。

 はてさて、今の状況をどう考えるべきか。


 「どうするもこうするも、相手方が失踪しちゃってるしなぁ……」


 以前貰った“東坂縁”の名刺に書いてあった住所、当然会社のモノなワケだが。

 そちらにお邪魔して当人を呼び出してみたが……


 「生憎東坂は席を外していまして」


 「外回りとかですか? なら、戻ってくるまで待たせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 「いやぁ……その、なんといいますかぁ……」


 結果から言おう。

 あいつココしばらく出勤してない。

 対応してくれた方が、攻めれば攻める程ポロポロと内情を漏らしてくれたおかげで分かった事だが。


 分かった事その一、東坂縁という人間は業務成績は良かったモノの社内で好かれてはいない。

 どうやら余り周りの空気というモノを気にしない人間だったらしい。

 おかげで彼の個人事情を知る者がほぼ皆無。

 会社でも分かっているのは、それこそ名刺に書いてある事くらいの事柄しか残されていなかった。


 その二、数週間前から突如として行方をくらまし、会社側でも対応に困っているとの事。

 多分こちらは前回の依頼の日から、という事なのだろう。

 大体日数的にも合うし、間違いないと思う。

 翌日には「しばらく休みます」という連絡があったらしいので、草加君のパンチで絶命したという線は薄そうだ。


 その三、会社側は当然彼の住所なんて教えてくれる訳もなく、記載されている電話番号にかけても留守電オンリー。

 さて、どうしよう。

 手持ちの情報がまるで役に立たなくなってしまった。

 仕事がある日ではゆっくり話も出来ない、また仕事が終わった後に“彼”に会えば、夕暮れ時か夜に会う事になる。

夜というのは“カレら”が活発になる時間帯だから、何をされるか分からない。

なんて、鶴弥さんに止められていた訳だが……まさかこういう結果になるとは。

まぁ前回の依頼の後、すぐに店に訪れた所で結果は変わらなかった訳だが……なんだか凄く出遅れた気分だ。


 「ねぇーお婆ちゃん。 どう思う?」


 『そりゃお前、相手方は自分の作った“呪い”まで見られたんだ。 完成させるまでは姿を隠すだろうさ』


 ホルダーに刺さったスマホに語り掛ければ、聞きたくもない言葉が返って来た。

 ウチの部員達とのお話合いをしてから、祖母も多少柔軟性が出て来たらしい。

 今では気軽に連絡を取っても、「帰ってこい」とか「椿の人間はうんたらかんたら~」といったお説教は受けなくなった。


 「とは言ってもさぁ、ショボかったよ? 相手の“呪い”。 あんなのでどうにかなるモノなの?」


 思いだされるのは、アイツの手から出て来た“黒いニョロニョロ”。

 どうしたって今までの経験上、アレに全力警戒せよと言われても……こう、なんというか。


 『相変わらず勉強不足だねぇ……いいかい? 呪い何てモノは、“普通”の人間にはそう易々と見えたりはしないモノなんだよ。 それが異能の無いアンタにだってはっきり見えたんだろ? つまりは“化け物”ってヤツに片足突っ込んでるよ、その男は。 今までのアンタの経験が異常だっただけで、今回だって充分不味い相手だって事をよく覚えておきな』


 呆れかえったため息と共に、そんなお叱りを受けてしまった。

 まあ確かにそう言われれば、少しは納得。

 テレビとかに出てくる、霊能力者(仮)みたいな人達よりずっと凄い力を持っているのだろうけど……


 「ちなみに、どれくらい警戒すればいいものなの? こっちには“異能持ち”がいっぱい居るし、“獣憑き”だって二人もいるんだよ? それに草加君だっている、相手に勝ち目無くない?」


 一般人の集まりなら、それこそ最大限警戒する所なんだろうが、ウチの部活にはとんでもない戦力が揃っているのだ。

 一人一人が個別に襲われる状況になったら不味いかもしれないが、総戦力で立ち向かった場合、負ける未来を想像するほうが難しい気がする。


 『可視化できる程の呪いなんて、普通に言ったら命に関わる程のモンだよ。 いくらアンタの所の子供たちが強かろうと、何事も絶対なんてのはない。 子供たちに怪我させたくなかったら、アンタだけは常に警戒してな。 例え自身が見えて無くとも、子供に注意を促す事くらいは出来るだろうさ』


 フンッと鼻を鳴らしながら、そんな事を言い放つお祖母ちゃん。

 何だかんだ言っても、オカ研の子達の事を気に入っているのだろう。

 前回の会合はかなり効果があったと思われる。


 「了解、でもこれで振り出しかぁ……相手がどこに行ったのかも分からないんじゃ、打つ手なしだよねぇ……」


 ぐてっとハンドルに突っ伏して、肺に溜まった空気を思い切り吐き出した。

 せっかくの手がかりも、これでは何の役にも立たない。

 こっちが知っているのは相手の名前くらいのモノで、これからどう行動すればいいのかなんてまるで思い浮かばなかった。


 『その男、“呪い”を他の場所に保管してあるって言ったんだね?』


 「ん、そうだね。 なんか思いつく事とかある?」


 『そうさねぇ……』


 などという会話をしながら、夏休み初日は過ぎていく。

 祖母の指示に従って、あっちに行ったりこっちに行ったり。

 結局成果らしい成果も上げられぬまま、日が落ちていった。


 「皆今頃何してるのかなぁ……」


 『子供たちは遊ばせてやんな、待ちに待った夏休みだろうからね』


 「お祖母ちゃんからそんな台詞が飛び出す日が来るとは……」


 『あたしゃ結構子供好きだよ? それこそアンタが普通の教師で、あの子達が“こっち側”に関わってないお前の教え子だったのなら、実家に遊びに来て欲しかったくらいさね』


 「私に厳しいのも、あの子達に厳しいのも。 結局はそこに繋がるんだねぇ」


 『生半可な覚悟じゃ生きていけない世界だからね、そりゃ厳しくもするさ。 そこら辺は、お前だって分かっているだろうに』


 うっす、と短く答えて改めてハンドルを握り込んだ。

 確かに今回の相手は“烏天狗”と比べれば相当ショボいのかもしれない。

 でも相手が“呪い”を使う以上、絶対大丈夫なんて保証はどこにもないんだ。

 夜には鶴弥さんや天童君も動き出すだろう。

 もしかしたら、他の皆だって。

 だとすれば、私に出来る事なんて限られてくる。

 少しでも情報を集め、皆と共有し、そして何かが起きる前に先手を打つ。

 例え先手が打てなかったとしても、後手に後手にと足元を救われなければ良いんだ。

 その為の情報収集、そして対策を練る事。

 今の私達に出来る事は、コレしかない。

 せめて昼間の間くらい、自由気ままに“普通”を過ごさせてあげよう。

 一番思い出に残ると言っても過言ではない、高校の夏休みなのだ。

 私に出来る事は、それくらいだ。


 とはいえ……


 「タイムリミットかなぁ……」


 『だね、コレ以上はアンタ一人じゃ危険だよ。 帰るか合流するか考えな』


 日は完全に落ち、車のオートライトも起動する時間帯。

 “カレら”が本格的に活発になる時間帯という訳では無いが、それに差し掛かっているのは間違いない。

 今日はココまで。

 こういうのは、引き際が大事なのだ。

 特に、私の様な“異能持ち”でもない人間にとっては。


 「草加君を夜の散歩にでも誘おうかなぁ……」


 そうすれば私だって安全な訳だし。

 うん、いいかもしれない。

 ついでにお酒でも飲もう。


 『若い女が何を年寄り臭い事言って……あっ、すまないね。 もう若くはなかったか』


 煩いよ鬼婆ぁ!


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