夏 2
夏休み、それは学生にとって一番の長い休み。
場所によっては違ったりもするらしいが、関東圏に暮らす私達にとってはそういう認識である。
夏休みと言えば、海! プール! お祭り! そして恋!
なんて、特別な青春を送れれば良かったのだが。
「一花……暑い」
「分かる、凄く分かる。 多分ココだと思うんだけど……私達入っていいのかな?」
長期休暇一日目! 黒家君の所へ遊びに行ってみよう! なんて計画を立てたまでは良かった。
良かったのだが……
『すみません。 バイトがあるので……そちらでも良かったら遊びに来てください』
何とも黒家君らしい返事を頂いてしまい、日向と一緒にバイト先まで遊びに来たという訳である。
遊びに来いと言うくらいだから、飲食店とか娯楽施設を予想していたのだが……
目の前にあるのは車屋さん。
しかもチューニングショップと言っても過言ではない雰囲気を放っており、免許すら持っていない私達が立ち寄るには明らかにハードルが高い。
結果的に店の入り口で、二人してショップの看板を見上げながら停止してしまった訳だ。
「黒家君、凄い所で働いてるんだね……」
キャスケットを被った日向が虚ろな目をしながら、並んでいる車を眺めていた。
帽子のツバの部分で目元に影が落ちている分、悲壮感が普通以上に酷い。
顔色が良く見えないが、まさか熱中症とかその類じゃないだろうな?
なんて、不安がよぎったその時だった。
「ちょっと貴女達!」
急に大声が聞こえ、ビクッと身を怯ませた。
声の方向へ視線を向ければ、大柄でツナギ姿の男性がズンズンとこちらに向かって歩いてくる。
やはり店の入り口に私達の様な子供が突っ立ているのはよろしくなかったのか……なんて考えている内に、彼は日向の背中と足に太い腕を回し、荷物の様にヒョイッと肩に担ぎ上げた。
一瞬の事過ぎて頭が追い付かなかったが……え? この人何やってるの? 誘拐?
なんて事を考えていると、ゴツイ男性は私に向かって怒鳴り声を上げた。
「何やってるの!? 熱中症になりかかってるじゃない! 貴女も早くいらっしゃい!」
「……ふえ?」
よくわからないまま、私達は黒家君のバイト先へと足を踏み入れた。
相方であるはずの日向を、オカマっぽい大男に抱えられながら。
――――
「本当にすみません……」
額に冷たいタオルを置いた日向が、事務所内のベンチで横になりながら弱々しい声を上げている。
かくいう私も、横になっていないという事を除いて同じような状態だったが。
「いいのよ、ちゃんと休みなさい。 ホラ、スポーツドリンク」
二人してお礼を言いながら、キンキンに冷えた……というか半分凍っている様なペットボトルを受け取った。
ソレを首に当てたり飲んだりしている内に、目の前の男性はため息を一つ吐いて、優し気な微笑みを浮かべる。
ついでに「ふふっ」みたいな、ちょっと気持ち悪い声を上げて。
「ホントにもぅ……店の前で若い子二人がいつまでも突っ立ってるから、ウチの子達も心配してたのよ? 誰かの恋人か友達じゃないかって騒ぎになったけど、結局は若すぎるから候補が絞られてね? でもウチの若い子達は皆元気だから、ピットから帰ってこないし。 もうどうしようかって思っちゃったわ」
この人の言うウチの子ってのは、多分スタッフの事でいいのだろう。
え、というか何?
この人店長か何か?
そして私達、結構前から観察されていたのか。
「私達、黒家君の友人で……その、メール送ったら、バイト先には遊びに来て良いって言われまして……」
私も思った以上に炎天下で体力を持って行かれていたのか、いざ冷房の効いた空間に入るとドッと体に疲労感がのしかかってくる。
なので微妙に途切れ途切れな言葉遣いになってしまったが、目の前のオカマ店長? は、うんうんと満面の微笑みで返してきた。
「あぁ~俊君ね。 なるほど、後できっちりお説教しておくわね? バス停も近くないし、近くにコンビニもないこんな場所に呼びつけた阿呆はあの子なのね? デフ交換でも一人でやらせてやろうかしら」
内容は良く分からないが、腕の筋肉がピクピクと蠢いていらっしゃる。
顔は笑顔なのに、腕の筋肉が今にも獲物を求めているかの様に揺れ動いているぞ。
これは非常に怖い、というか不味い気がする。
「あの……黒家君のせいじゃないんです、私達が勝手に来ただけですから」
フラフラと起き上がった日向が弱々しい声を上げるが、オカマ店長に「ホラまだ動かないの」なんてお言葉と共に頭を押さえられ、再び横にされる。
ここは私も黒家君のフォローを……なんて口を開こうとした瞬間、店長さんが事務所の窓を開けて大声で叫んだ。
「俊くーん! ソレ終わったら一旦事務所に戻ってらっしゃーい! それから皆も水分補給ー! いつまでもピットに籠ってたらぶっ倒れるわよー!?」
その声に何人もの従業員が返事を返し、こちらに向かって手を振っている。
この店長、見た目も巨体で怖い上にオカマ口調。
だというのにスタッフからの信頼は厚いのか、皆笑顔で元気よくお手てをブンブンしておられる。
その後は皆持ち場に戻ったのか、ほとんどのスタッフが建物の中に戻って行ってしまった。
「全く、分かってるのかしらあの子達……ごめんなさいね? もう少ししたら俊君も来るだろうから、ここで休んでて? ちょっと皆に飲み物配ってくるから」
いや、無関係な人間を事務所に放置って色々どうなの?
なんて思っている内に店長さんは、でっかい冷蔵庫から飲み物を箱ごと取り出し……うん、自分で言っていてもおかしいと思う。
スーパーとかで売っているドリンク箱売りのアレが、冷蔵庫から出て来たのだ。
ソイツを肩に担いで「ちょっとお留守番よろしくね?」とか言いながら、ウインクを一つ残して出て行ってしまった。
良いのかな、私達ここに居て……。
「なんか、本当に凄い所で働いてるね……黒家君」
「だねぇ……あ、日向大丈夫? まだフラフラする?」
私と同じような感想を抱いているだろう日向が体を起こし、店長さんの去って行った扉を唖然とした表情で見つめていた。
それからは特にコレと言って何をする訳でもなく、二人して冷房の効いた室内で休ませてもらっていた訳だが。
10分程度だろうか? 体が随分と楽になって来た辺りで、事務所の扉が開き見知った顔が入って来た。
「店長に言われて、もしやとは思いましたが……やっぱりお二人でしたか。 すみません、安易に店になんて言わなければ、こんなことには」
そう言って、事務所に入って来た黒家君が深々と頭を下げる。
そんな彼に対して思わず私達は立ち上がり、勢いよく首を横に振った。
「い、いや私達が勝手にした事だし! むしろゴメン! 迷惑かけちゃって」
「あ、あの。 ごめんなさい! 私達のせいで怒られたりしませんでしたか!?」
なんて事を叫びながら、お互いにペコペコと頭を下げる良く分からない空間が誕生してしまった。
申し訳ない、いえいえこちらこそ。 みたいな問答がしばらく続いた後、黒家君の背後から人影が現れ、彼の頭をスパーン! と良い音を立てながら引っ叩いた。
「ホラ、いつまでも入り口で突っ立ってないの。 それに俊君がペコペコしてたら、向こうだっていつまで経っても頭下げなきゃいけないでしょ」
そう言いながら黒家君を押しのけて入って来たツナギの女性。
行動や言動がちょっと男性っぽいというか、この職場で言えば馴染んでいると言えるのだろうが……
しかしこれがまた凄く美人だ。
なんだろう、黒家君の回りって美人多すぎない?
卒業生の二人に、この人に。
そして言うならば部長や優愛先輩だってそうだ。
ヤバイ、ちょっと自信無くしそう。
「それにホラ。 もう半休貰っちゃったし、何故か私も。 いつまでも事務所に居てもつまんないでしょ。 車出してあげるから皆でどっか行こうぜい」
「「……はい?」」
やけに上機嫌に親指を立てる彼女に対し、私達は首を傾げるばかりだった。
――――
夏、それは様々なイベントの季節。
夏祭りイベントや、海に関連したガチャの実装。
その他にも暑い時期だからこそ出来る、クーラーのガンガンに効いた部屋で食べるアイスなどなど。
とにかく忙しいのだ。
私の場合主に室内で、だが。
今年も同じように過ごすと思っていたんだ。
だというのに……どうしてこうなった?
「……あつい」
「鶴弥ちゃん、遠い目してるけど大丈夫?」
隣から差し出されたスポーツドリンクを一口飲み込んで、大きなため息を吐きだす。
8月の日差しが照り付ける中、私は今屋外に居る。
普段だったらあり得ない、出掛けるとしても夜だ。
夜でも暑いと感じられるのに、昼間外に出るなんて自殺行為に等しいだろう。
だというのに、目の前に居るのは人ヒトひと。
こいつら馬鹿なんじゃない? 集団自殺でもしてるの?
「鶴弥ちゃん……何か全てを諦めた顔で他の人睨むのは止めようね」
「もう日本の人口半分以下で良くないですかね」
「ダメだ、完全に熱さにやられてる……」
ボーッとする頭で適当に返事をしていると、隣に立っている天童先輩が大きなため息を溢した。
そしてこの男、半裸なのである。
未だに筋トレは続けているらしく、前見た時よりも逞しくなってるし。
「暑い中ここまで来たんだから、そんな物騒な事言ってないで早く涼もうよ」
「無理やり連れだされた上に、何故急に……あとあんまりこっち見ないで下さい、変態」
「理不尽……というかこうでもしないと、鶴弥ちゃん夜しか外に出ないじゃん」
がっくりと肩を落とす天童先輩をしり目に、自分の体を見下ろす。
そこには凹凸の少ないいつもの体系が……あるのは当たり前なんだが、彼の言う通り水着姿なので、言ってしまえば私も半裸だ。
そして目の前に広がるのはプール。
多くの人が入り乱れ、ジャガイモでも洗っているのかと思う程の密度。
……何故こんな事になった。
事の発端は今日の朝、というか昼。 天童先輩からの連絡で始まった。
昨日の夜は夏休み前という事もあり、久々にがっつりゲームするぜ! と意気込んだ結果、深夜まで延々と積みゲーに手を付けていた。
そんな事をすれば当然寝不足&朝に起きられないのは確定していた訳で、お昼頃にもらった連絡で目が覚めたという訳である。
そんな寝不足な私を叩き起こしての第一声が。
『鶴弥ちゃん今日から夏休みだよね? 何か予定入ってる?』
「……うい、夏休みです。 夜にはポツポツ予定が」
主に怪異の探索と、東坂縁の調査が。
あとはネトゲとか大忙しです。
『もしかして鶴弥ちゃん寝起き?』
「……うい」
『ちょうどお昼だし、どこか行かない? 近くのコンビニまでは来てるんだけど。 ご飯奢るよ』
「……うい。 行きます」
『一応水着用意しておいてくれない? それとも新しいの買う?』
「……うい、…うい?」
そして今に至る。
私が寝ぼけている事を良い事に、この男。
クーラーが恋しい、私が求めているのはこんなオーブンの中にいるような暑さではないのだ。
というかご飯の話はどこにいった、奢ってくれるんじゃないのか。
なんて事を考えて一睨みしてみれば、笑顔で売店を指さされた。
詐欺師め。
「そんなに睨まないの。 鶴弥ちゃんも承諾したでしょ? 到着してからだけど」
「炎天下の中バイクに乗って、その後目の前のプールに行くか、他の店を探すか選べ。 というのはもはや脅迫ではないかと」
「とか何とか言いながら、新しい水着まで買ったじゃない」
「持っていた水着はもう2年も前のモノでしたからね。 ほら、サイズとか色々……」
「え?」
「よし、殺す」
私が打ち出した拳を、笑顔のまま受け止める天童先輩。
くそっ、ここまで身体能力に差が……いや当たり前だけどね?
ちなみに新しい水着も、サイズは大して変わっていなかった。
ちくしょう。
モノとしては結構黒に近い様な色の紺のビキニに、下は短パンタイプ。
大して昔のモノと形は変わらないが、ちょびっとフリルとかフレアとか付いていたりする。
そして何故か被せられた麦わら帽子。
こんな物を被って居たら余計子供っぽく見えてしまうのではないか、なんて不安に思ったりもするが。
以前海に行った時とは違い、髪が短くなっている事もあって首の後ろでチョコンと一つ結びにしている。
うむ、なんというか新しい水着に変えたというのに、余計子供っぽい気がする。
もう帰ろうかな。
「そんな心配そうな顔しなくても、ちゃんと可愛いよ?」
「だからそういう台詞をスラスラと吐かないで下さい……」
コレだから陽キャは、とか言いたくもあるが今はコレ以上話していても分が悪くなるだけだろう。
取りあえず熱を持った顔を麦わら帽子で隠しながら、彼の手を引いてプールへとズンズン進んでいった。
「暑いので早く水に入りましょう。 言っておきますが、こんな人の多い所で元気に泳ぎ回るとかしないので、期待しないで下さいね」
「はいはい、仰せのままに」
何やら余裕をぶっこいている天童先輩が気に入らないが、まあいいさ。
いきなり連れてこられたんだ、好き勝手に涼ませてもらおうではないか。
なんて、意気揚々とプールに飛び込んだまでは良かったのだが。
結果から言おう……足が届かなかった。
もちっと日常パートです。
申し訳ない。





