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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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迷宮 2


 何が起きた?

 まるで、いつまで休んでいるんだと痺れを切らしたように動き出したカレら。

 追い立てる様に、囃し立てるように一斉に動き出した。


 そこら中から黒い霧が噴き出し、どんどんと視界を妨げていく。

 それでもやはり包囲網には隙間があり、そこを縫うように走り抜ける。


 「不味いよ! 後ろからまたさっきのが来た! しかも増えてる!」


 早瀬さんが悲鳴を上げる様に叫ぶ。

 チラリと確認すれば、押し寄せる波のように黒い霧が蠢いているのが分かる。

 多分アレに呑まれたら、人間なんて欠片も残らないのではないかという重量感。

 当然霊体なのだから重量なんてないが、それでも押し寄せるソレは並大抵の量ではない事が分かる。


 「とにかく走って! 捕まればさっきの藁人形と同じ運命を辿りますよ!」


 「生きたまま喰われるのだけは嫌だぁぁぁぁ!」


 叫び声と共に、建物の中を駆け抜ける。

 外観からすればこんなに広い訳ないだろうと言いたくなるほど、そこら中に通路は伸びている。

 それどころか、途中途中に鉄格子が見える以外は、まるで関係ないんじゃないかと思われるオフィスのような通路だってあった。


 本当になんだココは……様々な空間、この建物やどこかの会社にありそうなオフィス、そしてどこかの民家などが組み合わさって出来たような景色が過ぎ去っていく。

 目まぐるしく変わる景色に、如何せん疲労が溜まってきた来た瞬間だった。


 「え……あれ?」


 私の『感覚』が違和感のある場所を見つけた。


 「どうしたの!?」


 叫ぶように聞いてくる彼女の声に、なんと答えたらいいのか迷ってしまう。


 「一か所だけ……やけにカレらが少ない場所がこの先にあります。 でも、なんだか不自然です。 あまりにも不自然過ぎて違和感が……」


 「そんな事言ってられないでしょ!? もうすぐ後ろまで来てるって! もしかしたら出口かもしれないじゃん!」


 そう叫ぶ彼女に促され、とにかくカレらの居ない場所へ足を向ける。

 本当にいいのだろうか? 彼女の言う通り出口の可能性だってある。

 だが、私には底知れぬ不安が付きまとっていた。


 「そう……ですよね。 とにかく行きましょう! この先、もう少しです!」


 答えながら全力で走った。

 角を曲がり、部屋のリビングを抜け、オフィスを抜け、受付の様な広間を抜けた。


 その先にあったのは、いかにも重量感のありそうな鉄の扉。

 『感覚』では、間違いなくこの先が目指していたその場所だ。


 「そこです! この先にカレらの反応がない空間があります!」


 「了解! 入ったらすぐ扉閉めよう! こいつらに入られたら流石に無理! もう走れない!」


 彼女の言葉に頷きつつ、目の前に迫る扉を観察する。

 まるでファンタジーだ。

 こんな扉が設置されている建物なんて、漫画でしか見た事がない。

 そこまで大きくはないが、精密に彫られた彫刻が禍々しい雰囲気を物語っている。

 とてもではないが、これが出口だと言われたら「嘘でしょ?」と言って警戒してしまう

ような雰囲気だ。


 それでももはや戻る事は許されず、目の前の扉以外には逃げられそうな場所もない。

 もはや覚悟を決めるしかない状況だった。


 「行きますよ!」


 その掛け声と共に、扉に体当たりでもするような勢いでぶつかる。

 幸い鍵が閉まっているような事はなく、すんなりと開いてくれた。

 そのままの勢いで扉の向こうへと転がりこんだ私達は、急いで通ったばかりの扉を閉める。


 「えっと、鍵! 鍵は!? ないじゃん何これ!?」


 慌てふためく早瀬さんの声を聴きながら、扉の近くに立てかけてあった閂を手に取る。


 「これを金具に通してください! 早く!」


 聞くと同時に、取っ手のように作られた金具部分に閂を差し込む。

 元々その為に作られた金具だったようで、すんなりと入ったのがせめても救いだ。


 「入っ……た! これで!」


 なんて叫んだ瞬間、扉がドンッ! と大きく振動して揺れ動く。


 「ちょ! うそ、勘弁してよ!?」


 思わず二人して後ずさり、扉を観察するために停止してしまう。

 ドンッ! ドンッ! っと激しく扉に何かを叩きつける音が響く。

 その都度閂も振動し、抜け落ちてしまわないかと不安になるほどの衝撃だった。


 「う、うわぁ……大丈夫かな、コレ」


 あまりにもしつこく続く衝撃音に、早瀬さんが不安な声を上げる。

 確かにそう言いたくなる気持ちも分かる。

 私の目からしても、今にも破られそうなほど目の前の扉は揺れ動いている。

 さっきまで押し寄せていたカレらが、総勢で扉を破ろうとしているのなら……まぁ確かに納得のいく衝撃だ。


 「ちょっと自信がないですけど、多分……としか。 今すぐ走り出したいところですけど、流石にもう体力の限界です」


 いくらかの休憩を挟んだからとはいえ、体力が全て回復する訳ではない。

 当たり前の事だが、どこかの体力お化けと違って私達は、数分でも全力で走り続ければ息が上がってしまう。

 更に緊張状態が続いていた上、無理やりにでも足が動かせたのは生存本能がゆえ、といった所だろう。

 いざ足を止め、カレらの進行を防げたというならどっと疲れが現れてもおかしくない。


 「確かに……ちょっと、もう。 休まないと無理かも……」


 息切れを起こしながら、早瀬さんも限界が来たのかその場で座り込んでしまった。

 幸い先ほどまで辺りを覆っていたカビだか苔の様な物も、ずいぶんと成りを潜め、今では部屋の隅や扉の周りなどに繁殖するだけに留まっている。

 これなら多少座った所で嫌な思いはしなくて済むだろう。


 「とにかく何か飲みましょう……と言いたいところですけど、生憎さっきの水筒が最後ですので」


 とんでもなく喉が渇いているのは、彼女も同じだとは思うが。

 それでも無い物は仕方がない、唾でも飲み込んで喉を潤す他なかった。


 「結構ガブガブ飲んじゃったもんね……仕方ないよ。 他にはどんな物が入ってるの? そのバッグ」


 疲れ果てた様子で、それでも笑いながら早瀬さんは私のバッグを指さした。

 期待に答えられるようなものでも入っていれば良かったのだが、今の休憩に使えそうな物といえば、余ったチョコレートくらいだ。


 「大したものは入っていませんけど、見たければどうぞ?」


 彼女にバッグを渡してから、私も腰を下ろす。

 今の所扉の向こう以外からは、カレらの気配は感じない。

 しばらく休んでも大丈夫だろう。


 「え、あれ? 小さいペットボトル入ってるけど、これは飲み物じゃないの?」


 荷物を漁っていた彼女が、一つのペットボトルを頭上に掲げる。

 バッグの中には似たようなものがいくつか入っているのだが、それが飲み物だったらどれ程良かった事か。


 「食塩水ですよ、しかも結構な濃度の。 『ひとりかくれんぼ』なんかでは、カレらから見えなくなったり、除霊の効果もあるようなので持ってきましたが……期待しないほうがよさそうですね。 それでも良ければ飲んでも構いませんよ?」


 「遠慮します……」


 がっくりと肩を落としながら、彼女はそれをバッグに戻した。

 本当に飲み始めらたどうしようかと思ったが、流石にそこまで追い詰められてはいなかったらしい。

 ちょっとだけ安心しながら、辺りを見回す。

 コンクリートの壁や床、当然の様に壁紙も何もありはしない。

 この空間には冷たい空気だけが流れている。


 一体何のための部屋なのかと疑問に思うが、それに答えてくれる者は当然いないだろう。

 むしろ居たら居たで困る。

 部屋の奥は闇に閉ざされていて見えないし、その奥に何があるのかなんて想像も出来ない。


 ただし私達の背後、つまり扉と逆側の通路以外、この先の退路がない事だけは確かである。

 一時は『迷界』の出口かと期待したが、この様子ではそんな事はないらしい。


 ただただ真っすぐ伸びる通路、その先に険しい視線を送りながら『感覚』で探る。

 だが不思議な事に、まるで何の反応も感じられない。

 それこそボス戦一歩手前みたいな雰囲気なのに、何も感じないのだ。


 おかしい、コレは絶対に変だ。


 まさか知らぬ内に現実に帰ってきているとも考えにくい。

 であればこの先に何かが待っているのは火を見るより明らかだろう。

 感じることは出来ないが、間違いなくナニカが居る。

 わざわざ人を取り込むための『迷界』で、『上位種』がこんな何も居ない空間を作るとは思えない。

 カレらにとって私達は獲物であり、生存のチャンスを生み出す領域など作る必要がないのだから。


 「ねぇ黒家さんは、ココの事どう思う?」


 私の表情から察したのか、早瀬さんは不安な声で問いかけてきた。

 座ったままバッグを私に返してくる彼女は、とてもじゃないがもう一度全力疾走しろと言っても無理だろうなという顔色である。


 「雰囲気としてはボス前のセーブポイント……って感じですかね。 とはいえここが絶対の安地とは思えませんけど」


 先ほどから鳴りやまない扉を叩く音、そして背後に広がる異常な雰囲気。

 早く来いと言われているような錯覚を覚えるほど、黒く暗い闇が広がっていた。

 今にも破られそうなほどに目の前の扉は揺れている、だと言うのに冗談ではないかと思う程背後は静かだ。


 私の『感覚』もその先には何かがいる、という情報はつかめない。

 この空間に入ってから察知できる範囲も狭まっている上に、何だか感覚がボケている感じがするのだ。

 『迷界』という空間に居る影響なのだろうとは思うが、正確な情報が手に入らないというのは不安を煽る。

 なんとなくこれくらい居る、もしくは居ない。

 それくらいは分かるにしろ、安心できる程度ににどれくらいのモノがどの程度の距離に潜んでいるのか、それが分からないのが不安……というのが正直な所だ。


 そんな状態ではあるが、とにかくこの奥からは何も感じない。

 普段なら気にしないが、今だけは何とも嫌な予感がする。


 「とりあえず行ってみようか。 ここにずっと居ても……その、気が休まらないし」


 目の前の扉を指さしながら、困ったように笑う早瀬さん。

 確かにそれもそうだ。

 不安があるにしろ、もう来た道はもう戻れない。


 ならば進むしかないのだが……それもちょっとご遠慮願いたい状況。

 だがそれ以外に道もない。

 彼女が言う通り、諦めて進む以外の道はないのだ。


 「そう……ですね、確かにその通りです。 とにかく何が居ても走れる準備だけはしておいて下さい。 さっきから私の『感覚』も少し異常があるみたいで……あまりアテには出来ません」


 向こうも薄々感ず居ていたのか、お互いに頷き合って扉とは逆方向へ進んでいく。

 この先何が居ようと、私には感じ取れない可能性がある。

 彼女の『眼』だけが頼りになった場合、果たして逃げ切れるかどうか。


 そういうと失礼に聞こえるかもしれないが、私達はただの高校生なのだ。

 もしも『上位種』が出た場合、目に見えている距離から逃げる必要がある。

 今までは『雑魚』であり、一応私の『感覚』も使えた。

 だから何とかなったが、それ以外がすぐ目の前から追跡を始めらたと考えると……とてもじゃないが逃げ切る自信はない。


 そんな行き当たりばったりの状態、もはや賭けと言ってもいい状態で、私達は歩き始めた。

 ただただ暗い闇の中を、手にしたライト一つの明かりで照らしながら。


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