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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
第二部

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男女の違い


 「なんというか、良かったんですかね?」


 そんな事を呟きながら、日向ちゃんが僕の後ろを付いてくる。

 結局組み合わせは、前衛戦力として一番低い僕に“未来視”を持つ彼女を付けてもらい。

 “獣憑き”である俊君に一花ちゃん。

 そして部長と渋谷のペアという事になった。

 ちなみに椿先生に相談した所、全員の近くを巡行しているから問題があったら呼べとのと事。


 「実際依頼数も多いですからね、手分けしないと回り切れませんよ」


 笑顔で振り返れば、日向ちゃんに大きなため息を溢されてしまった。


 「違います、部長の事です。 明らかにおかしかったじゃないですか。 いくら優愛先輩が付いているとはいえ、人を別けて良かったのかなって」


 「あぁ、はい。 そのことですか」


 視線を前に戻し、そのまま歩き始める。

 彼女の言うように、今の部長には不安が残るのは確かだ。

 あの人は「一人でやる」と言った。

 それはきっと、自身の気持ちさえ押しこんでただひたすらに“作業”するという事なんだろう。

 確かにそれなら、効率は上がる。

 でも、それでは駄目なのだ。

 今回は生理的に受け付けないであろう“赤子”の霊が相手。

 僕だって正確に見えたり聞こえたりすれば、体の方が拒否するだろう。

 でも、僕には相手を捕らえる“ソレ”がない。

 だからこそいつも通りで居られるのだろうが……部長や早瀬さん、そして渋谷が“共感”を使った場合は相当辛いだろう。

 その影響を考え、部長は渋谷に異能の使用を禁じたのだ。


 「分けるしかなかった、とも言えますが。 今回ばかりは仕方がなかったとも言えるでしょうね」


 「というと?」


 これらは僕の想像に過ぎず、部長が赤子の相手をする事に抵抗が無いなら取り越し苦労だったであろう。

 でも、あの人の事だ。

 例え予想が合っていても「部長だから」と言って、無理にでも祓うだろう。

 そんな事を続ければ、部長の心が摩耗していく。

 悪い感情が溜まれば溜まる分だけ、“怪異”とは相性が良くなってしまうのだ。

 もちろん悪い意味で。

 だからこそ全員で動いた方が保険は掛けられるのだが……その場合他の部員の戦闘も“聞く”事になるだろう。

俊君ならまだしも、僕は間違いなく火力不足だ。

なぶり殺すかの様に赤子の霊を祓ったら、カレらはどんな声を上げるだろうか。

 多分それは他の何よりも酷い“音声”が聞こえてくることだろう。


 僕たちは彼女の様に広範囲に渡り、一瞬で除霊する術を持っていない。

 どうしたって、悲惨な光景を見せてしまう。

 もとい、“聞かせて”しまう。

 そんな事があれば、彼女に対する精神的負担は相当なモノだ。

 ただでさえ、“赤子”というのは女性にとって特別な存在。

 男性にとってもそうなのだが、女性の感情に比べれば少し質は違うのだろう。

 我が子でないのであれば、多分僕は“祓う”事が出来る。

 なんて、まだ子供を持ったことがないから言える事なのかもしれないが。


 「僕達には無く、部長にはある力。 それを考えると、可能な限り見ていない所で仕事をさせてあげて、尚且つ精神安定剤となり得る存在を付ける。 それくらいしか、僕らには出来ないという事です。 本来なら、部長には今回参加して欲しくなかったくらいですから」


 「……そう、ですか」


 それだけ言って、日向ちゃんは黙ってしまった。

 恐らく色々考えた結果、沈黙を選んだのだろう。

 その表情を見れば全てを飲み込んだという訳ではない事は分かる、でも反論できないでいる。

 そんな所だろうか。

 まあコレばかりは仕方がない、僕たちはまだ高校生なのだ。

 子供を持ったこともないし、今回の“カレら”の声がどう聞えるかなんて想像でしか浮かんでこない。

 でもだからこそ、考える事を止めてはいけない。

 例えばそれが最愛の人が助けを求める様にでも聞え、それでも見捨てなければいけない状況だとしたら?

 自らの手で、相手の最後を遂げさせるための介錯を迫られている様に感じるのだとしたら?

 その時僕は、今の部長の様に決断できるだろうか。

 しかも他の仲間もいる状態なのだ、自分一人だけ目を逸らす訳にもいかない。

 そういった最悪の事態だった場合、単純に「やれ」とも「休め」とも言えなかった。

 だからこそ部長の判断に従い、せめてもの保険を付けた。


 なんて言えばもっともらしく聞こえるが、結局はどうすればいいのか分からなかった。

 僕は、逃げたのだ。

 上手く行けばいいと願い、部長と渋谷に押し付けたのだ。

 本当に、弱い自分に反吐が出る。


 「何か言いたい事があるなら聞きますよ。 今回の僕は“信じた”訳じゃなく、無責任に“任せた”だけですから」


 弱音ともいえる言葉を紡ぎながら振り返れば、日向ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔で視線を逸らした。


 「何も言えませんよ、私だって判断全てを先輩達に押し付けたんですから。 言える訳ないじゃないですか。 妙案なんて私にも思いつきません」


 これは、嫌われたかな?

 少し意地悪な聞き方だったかもしれない。

 そんな事を思いながら、僕たちは差出人の家に向かった。

 相手の家に到着するまで、会話らしい会話が続かなかったのは言うまでもない。


 ――――


 「ねぇ、黒家君はどう思う?」


 道中、急にそんな事を聞かれてしまった。

 なんの事だろうと振り返れば、環さんに軽いため息を溢されてしまった。

 困った、何かしてしまっただろうか?


 「あのね……部長の事だよ。 様子が変だったじゃない? あれってやっぱり、赤ちゃんの幽霊が相手って事が原因なのかな?」


 喋りながらも、環さんは眉を顰めてそっぽを向いてしまった。

 鶴弥さんの様子が変だった。

 それは確かに分かっていた事だが……


 「まぁ多分。 それ以外の事ならしっかり話すでしょうし、生理的に受け付けなかったんでしょうね」


 「あの、サラッと答えてるけど。 何か思う事とかないの、黒家君は? 私だって嫌だよ、赤ちゃんを殺すような真似するのは」


 ちょっとだけ怒った様子で環さんが詰め寄って来た。

 多分こういう感情は、やはり男女で差があるのだろう。

 とは言え、そこまで大きな差とは感じないが。

 はっきり言ってしまえば僕だって嫌だ。

 以前子供の霊を相手にした事があったが、正直腰が引けた。

 本当に拳を振るっていいのか? そんな風に思った。

 でもその結果、姉が死にかけたのだが。


 「大丈夫ですよ、鶴弥さんなら」


 「というと?」


 はて、と首を傾げる環さんを励ますみたいに笑顔を向ける。

 不安は無い、と言ったら嘘になる。

もしかしたら彼女だって潰れてしまうのかもしれない。

 でも、僕は知っているんだ。

 彼女の強さを。


 「確かに赤子を相手する、という事は相当キツイでしょうね。 “耳”を持つ鶴弥さんなら余計に。 でもカレらはもう死んでいるんです、生きた赤ん坊じゃない。 これから相手するのは怪異、僕達の敵です」


 きっぱりと、分別するかのような言い方で言葉を放つ。

 多分、嫌われる言い回しだろうけど。

 だがあえて、そう言い放った。


 「確かにそうかもしれないけどさ、そう簡単に割り切れるものじゃないんじゃないかな……だって赤ちゃんだよ? 他の幽霊と違ってさ、ただただ助けてって言われたりとかさ。 お母さんを求める声が聞こえて来た場合を想像すると、ちょっと。 私には出来ないかもしれない」


 そう言ってから、環さんは俯き自身の腕を強く抱いた。

 多分コレが女性の“強さ”というモノなんだろう。

 母性、といえばいいのだろうか。

 その強さが、彼女達には生まれつき備わっているのだ。

 例え自身の子ではないにしろ、同情し愛を向ける。

 その姿は愛おしいと感じるし、素直に尊敬できる。

 でも、今だけはダメなのだ。


 「多分、考え方のレール……っていったら良いんですかね? あ、もちろん男女のって話じゃないですよ? 多分そのレールが変われば、鶴弥さんは容赦なく“カレら”を祓いますよ。 それが昔のオカ研でしたから」


 「どういう事?」


 これは僕の予想に過ぎない。

 僕がそうであったから、きっと先輩達も乗り越えて来た軌跡なんだろうと思うだけの事例。

 でもそれがあるからこそ、僕は目の前の事に集中できるのだ。


 「環さんは、好きな人っていますか?」


 「ぶっ、えぇっ!?」


 何か大げさな反応が返って来たが、今は話を続けよう。


 「僕にはたくさん居ます。 家族や先輩達、先生達に部員の皆。 最近ではバイトを始めたので、そちらの皆さんも大好きです。 普通からしたら、ちょっと少ないかもしれないですけど」


 ちょっと自分語りみたいで恥ずかしいが、なんて思っていると。

 あぁ、好きってそう言う……みたいな声が聞こえて来た。


 「例えばある日、その大事な人が急に失われたとします。 昨日まで笑っていたのに、一緒に過ごしていたのに。 ある日突然、いなくなるんです。 それに関わって居るモノ……つまり原因が居たとするなら? そしてそれと似たような存在が、今度は他の大事な人を傷つけようとしていると知ったら? 環さんなら、“可哀そうだから”という理由で拳を下げますか?」


 「いや、それはその……」


 「嫌な“慣れ”にはなってしまうと思います。 でも僕たちは“そうしなければいけない”人間なんですよ、多分。 どうしたって避けて通れない、これはそういう事例なんだと思います。 だから、いざという時彼女は間違いなく音叉を振るう。 一人だったら諦めてしまうかもしれない状況でも、助けるべき存在が居るのであれば……他の何を殺してでも守り抜く。 それが僕の知っている先輩達です」


 話しながら、ちょっとだけ嫌な思い出が脳裏をよぎった。

 “烏天狗”に見せられた悪夢。

 あの中で、僕は姉さんを殺した。

 たとえ偽物であったとしても、見た目はそっくりな僕の姉さんを。

 大好きな家族に対して、憧れたその人から教わった力の全てを使って。

 夢の中で、“姉さんを殺した”のだ。


 正直、あのまま夢が続いていたのなら吐しゃ物をまき散らしていただろう。

 泣きながら姉さんの遺体にしがみ付いていただろう。

 でも、あの時はすぐさま終わってくれた。

 そして目が覚めた後、目の前に居た“烏天狗”に腸が煮えかえるような怒りを感じた。


 多分、あの時に僕のレールは変わってしまったんだ。

 大好きな人達を守る。

 それが僕の第一目標。

 だからこそ相手が巨大な化け物でも、小さな子供であっても。

 それが“敵”であるなら拳を振るうと決めた。

 一度子供の霊を見て意思が揺らいだが、再び姉を危険に晒した事により、それは断固たるモノに変わった。

 相手がどんな姿をしていようが、拳を叩き込んでやる。

 ソレが例え、赤子の姿をしていようと。

 皆から非難されようと、救える命があるのなら。

 僕は迷いなく拳を振り上げるだろう。


 「確かに、黒家君の言う通りなのかもね。 でもさ、悲しくない? 黒家君は辛くない? そういう生き方って。 部長にもそうなって欲しいと思ってる?」


 今度ばかりは、環さんの表情も真剣だった。

 真っすぐにこちらを見据え、そして睨むような眼差しで僕に送ってくる。

 言いたい事は分かる、でも仕方がない。

 正直そう思う。

 しかし僕みたいに極端にならないで自然体で居るのが先輩達なのだ。

 だからこそ、今でも尊敬しているし憧れている。


 「どうですかね、僕は頭が良くないので……いえ、考えないようにしているのかもしれません。 でもそれを考え、自身の答えを出した上で行動するのが先輩達でした。 それぞれ答えは違うでしょうし、納得の仕方も違うかもしれません。 でも最後まで抗い、仲間を救おうとした人達の一人が、ここで折れるとは思えないんです。 それが僕の憧れであり、鶴弥さんに対する信頼です」


 正直、僕の答えが正しいとは思っていない。

 自身に関係ないモノ達を無慈悲に排除して平和を守る、それはオカ研の求める結果に酷く近い気がする。

 でも、これはきっと違うのだ。

 言葉だけなら近いが、それぞれの人間性に触れればきっと間違っているんだと思い知らされる事もある。


 「多分さ、黒家君の言っている事は極論として正しいんだと思う。 私達が相手にしているのは幽霊だし、生きている人間を優先するってのもちゃんと納得できる。 でもさ、感情がある訳じゃん。 私達と同じじゃないからって割り切れない存在。 そういうのも居ると思うんだ、そこに部長は苦しんでるんだと思う。 黒家君の言う“レール”を切り替えた時、人を人だと思わない存在になっちゃいそうで、ちょっと怖い」


 彼女の言う通りだ。

 人として超えてはいけないライン、超えたくないと心が拒否する領域というものがある。

 でも、越えなければいけない事態がある事も事実だ。

 それを良しとするか、否とするかは人それぞれだろう。

 僕はソレを良しと考えた。

 しかしそれは人生全てにおいて当てはまる訳ではない。

 その勘違いをしたまま行動した結果、待っていたのは先生のデコピンと姉さんのお説教だった訳だが。


 「あくまでも今回は、というお話です。 きっと渋谷先輩に危険が及ぶ事態になれば鶴弥さんは音叉を使う、そして無事に帰ってくると思っています。 でもそれで本人の心を壊す結果になっては意味がない、だから僕達が居るんです。 だからこそ全員で行動しているんです。 もしも彼女が音叉を振るえない時には、僕が代わりに拳を振るってあげられる様に」


 結局は、適材適所。

 人の価値観を比べた所で、正確な答えは出ない。

 だからこそ、僕は誰よりも冷徹に怪異を殺すと決めたのだ。

 どうしても踏ん切りがつかない時、その人に代わって罪を背負ってあげられる様に。


 「良い事を言っている様で、結局は黒家君が泥を被るって言ってるみたいに聞こえるけど」


 「そうとも言います、だからこそ急ぎましょう。 僕であれば“赤子”であろうと祓う事が出来ますから」


 例え心が拒否しても、それ以上に大切なモノがあるなら無理矢理にでも体が動いてくれる。

 僕は、理解した上で拳を振るおう。

 例え悪役になっても、狂人と言われようとも。

 仲間を守る為には何だってするのだ。


 「ふんっ!」


 掛け声と共に、足を思いっきり蹴られてしまった。

 痛いじゃないか。


 「そういうダークヒーローみたいな行動は似合わないよ、黒家君には。 ごめんね、私も色々考えちゃって。 責めるつもりはないんだ、でもやっぱりキツイなって。 “見えない”私が言うのもなんだけど、やっぱり女にとっては赤ちゃんって特別だからさ」


 「分かっています、だからこそ男が覚悟を決めないといけないんです。 鶴弥さんに重荷を背負わせない為にも、早い所こっちを片付けましょう。 こういう時くらい、男に格好つけさせて下さい」


 「了っ解!」


 人の感情というのは、やはり難しい。

 正しいのか間違っているのか、それだけで判断出来れば良いのだが。

 それだって人によって違う。

 多分僕の意見を否定する人間もいれば、仕方のない事だと言ってくれる人もいるだろう。

 逆に環さんの言ったように、慈悲や感情を重視する事だって良く分かる。

 どちらも間違っていない。

 というか正解なんてない。

 でもそんな事をゆっくりと考える暇もなく、怪異は僕達の日常を蝕んでくるのだ。

 どうするのが正解だったのか、そんなものは終わった後考えればいい。

 そもそも全員が生きていないと、皆の意見など聞けないのだから。

 だからこそ今日も僕は拳を振るう。

 生きる為に、部員の皆を救う為に。

 でも……


 「夏美さんなら、もっと上手くやるのかな……」


 同じ“獣憑き”であり、僕以上の力の持ち主。

 そして姉のパートナーであると同時に、素直過ぎるとも言える感情派。

 あの人なら、こんな状況をどう対処するのだろうか?

なんとなく、銀色の彼女の姿が思い浮かんだのであった。


 遅れて来た五月病に掛かりました。

 ストック自体は作ってあるんですが、確認作業が滞っております。

 ぼちぼち上げるので、まったりとお待ちくださいませ。


 そして文字数がついに100万文字を突破してしまった。

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