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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
第二部

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赤子


 「後になってみると、やっぱり聞いておけば良かったって内容が結構あるな……」


 先日の話し合い、というか講義と言った方がいいか。

 あの時にメモした内容を見返しながら、旧校舎の廊下を歩いていく。

 まあ連絡先は教えてもらっているので、内容をまとめて後日質問してみれば済む話なんだが。


 「とりあえずは、目の前の事から片付けないとな……」


 手帳とは別の手にもった、数枚の手紙。

 どれも“怪談ボックス”に入っていた物だ。

 まだ中身の確認はしていないけど、多分新しい依頼なのだろう。

 全く、他の事でも忙しい時に限ってこう何枚も……なんて、言った所でどうしようもないが。

 ため息をはいたところで目的の場所へとたどり着き、扉をノックする。

 室内から「どうぞ」といつも通りの声が聞こえ、僕は室内へと足を踏み入れた。


 「お疲れ様です、部長。 今日は何通か来ていましたよ」


 「お疲れ様です。 そうですか、ありがとうございます」


 短い挨拶を終えてから手紙を彼女に渡し、いつも通りの席に腰を下ろした。

 うん、いつも通り。

 いつも通りな気がするんだが……なんだろう、気のせいかな?


 「部長、何かありました?」


 何というか、こう……沈んでいる気がする。

 表情はいつも通りにあえて無表情を作っている様な感じだし、口調も変わってないはずなのだが。

 何となく暗いというか、疲れているというか。

 気のせいであればいいのだが。


 「……別に」


 あ、コレは何かありましたわ。

 手紙を読んでいる視線が一瞬止まり、少しの間をおいて顔ごとそっぽを向いてしまった。

 天童さんと何かあったのならもう少し明るいというか、テンション高い感じだろうし。

 なんだろう、ネトゲでボロ負けしたとか?

 いや、この人に限ってそれはないか。


 「どうしたんですか? 別にと言うくらいなら、皆が来る前にその顔をいつも通りに直す事をお勧めしますが」


 「酷い言いようですね、そんなに酷い顔をしていますか?」


 ちょっとだけ怒った様な顔をこちらに向ける部長。

 うん、表情自体はいつものキリッとした顔をしていらっしゃるんですけどね。

 ここで普通です、とか言ったら話してくれないだろうから言わないけど。


 「そうですね……あえて例を挙げるなら『その顔が見たかった! 私に嫉妬するその顔が!』って言い出しそうな顔ですかね」


 「もはや顔芸じゃないですか、海辺でジャンピング覗き込みしなきゃ」


 「もしくは脱獄犯がトカゲを焼きながら『食うか?』って差し出している時の表情ですかね」


 「貴方はどうしても私の事を悪役面って言いたいんですね、分かりました表に出なさい」


 「後は……そうですねぇ」


 「まだあるんですか」


 ふむ、と顎に手を当てながら首を傾げるポーズを取りながら、ポンッと手を鳴らす。


 「よくある『私のどこが好き?』って質問をしたとしましょう」


 「また面倒くさそうなキャラ設定ですね。 しかもこっちが聞く側ですか」


 「その答えに、『デンブだよ?』って笑顔で言われた時みたいな顔ですかね」


 「致命的な一文字が間違っていますね、なんですかその人、尻フェチですか。 生憎胸もお尻も小さいですよこの野郎喧嘩売ってんのか。 というか本当に私どんな顔しているんですか」


 良かった、いつもの部長に戻って来た。


 「おいコラ、何故か安心した顔してるのが凄く癪に障るんですけど。 臀部に音叉突き刺しますよ?」


 「ちょっとニューワールドには旅立ちたくないのでご遠慮願います」


 ジトッとした眼差しでこちらを睨んでくる部長に対して、はっはっはとちょっとオーバーなリアクションで返しておく。

 何を悩んでいるのかは知らないが、とりあえずテンションはいつも通りに戻った様だ。

 これなら他の皆にも心配をかけることは無いだろう。

 なんて事を考えたタイミングで、一年組3人と渋谷が部室に入って来た。


 「来ましたー! お疲れ様です!」


 「ぶちょー! きたよー!」


 「お、お疲れ様です」


 「俺、参上いたしました」


 元気いっぱいな四人組が良い勢いで部室の扉を開き、各々声を上げている。

 最後に色々突っ込みたい声が聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。


 「はいお疲れ様です。 最後に色々乗り切れていないボケが聞こえて気がしましたが、ソコは最期までやり切りましょう。 80点」


 高いし。

 点数高いし。

 部長って基本俊君に甘いよね。


 「あと皆さんノック。 いつも言っていますけど忘れていますよ」


 「ノックしてもしもーし!」


 「ウサギを追え……ノックノック」


 「どっちも古いよ。 後者とか相当な映画好きじゃないと分からないよ」


 最近馴染んで来たらしい1年生組と部長の漫才が始まってしまった。

 うん、いい方向だとは思うけど三月ちゃんまでボケを突っ込んでくるのは予想外だ。

 しかもネタを選ぶポイントがシビア。

 その映画見たことあっても覚えている人絶対少ないからね。

 アンダーソン君を知っている人が、今のご時世どれ程残っているのか。


 「さて、それじゃ皆集まったところでミーティングを始めましょう。 今回はちょっと厄介というか、気分の良いモノではありません」


 そう言って、数枚の手紙をヒラヒラと揺らす部長。

 複数の依頼があった様だが、期間が短いとかだろうか?

 いやでもそれなら普通厄介だ、だけで済ませるか。


「まず初めに言っておきます。 渋谷さん、貴女はしばらく“共感”の使用禁止を命じます」


「え? はぁ!? いやぶちょーちょっと待ってよ! どういう事!?」


 これまた、面倒な事になりそうな匂いがしてきたぞ。


 ――――


 部長から受け取った手紙の内容は、コレと言って“都市伝説”とか。

 いきなり“上位種”に繋がりそうな危険性があるものとは思えない内容だった。


 夜中、自室で勉強をしながら静かに過ごしていると窓の外から物音が聞こえて来た。

 彼女の家は隣接した場所に一軒家が立っており、窓の外にはその家の屋根が見えるそうだ。

 なので時折野良猫なんかの影響で、物音が聞こえる事自体は珍しくないらしい。

 だからこそ、この時も大して気にも留めなかったのだが。

 音が聞こえる様になって数日後、まだガサゴソという物音が聞こえてくる。

 流石にここまで来ると気になってしまい、勉強にも集中できない。

 猫が住み着いたか、何かの鳥が巣でも作ったのか。

 そんな風に考えていたそうだ。

 だからこそ、何気なくカーテンを開けた。

 開けてしまった。


 隣の家の屋根には、白い何かが集まっていたそうな。

 一瞬理解が追い付かず、思わず目を凝らしてしまった。

 しかし数秒後に、彼女は後悔した。

 そこには、数人の赤子が寄り添うように犇めいていたのだから。


 「うっわ……」


 渋谷がドン引きした声を上げ、少しだけ身を離す。

 だが残念な事に、手紙は一通ではない。

 次の手紙ではリア充的な6人が体験した話。

 よし、この手紙は飛ばそう。

 なんて思いながら次の手紙に移ろうとした僕の事を、部長が凄い剣幕で睨んで来た。

 すみません、読みます。


 彼らは小学生からの友人達であり、よく全員でバーベキューからのお泊まり、みたいな行動を共にしているらしい、ケッ。


 「上島君、真面目に」


 「失礼しました」


 彼らはいつもの様に騒いだ後、予約した民宿(すぐ近く)へと移動。

 そして男女に分けた二部屋を取っているにも関わらず、片方の部屋に集まり深夜まで騒いでいたそうだ。

 飲み物にアルコールなども混じり始め(これは教師に絶対に見せないでくれと書いてあった)全員が全員パリピと化した深夜の時間帯。

 それは突如として起こった。


 「上島君、その手紙は私が読みましょうか?」


 「いえ、大丈夫です部長」


 彼らの内の一人が、宿の中庭に出ようと提案したらしい。

 誰も反対する者もおらず、全員が夜風に当たる為外に出た。

 最初は気持ちがいいとか、涼しいとかの感想しか出なかったのだが、やがてその内の一人が真っ青な顔で震え始めたそうだ。

 何があったのかと全員で詰め寄れば、“泣き声”が聞こえると言って部屋に戻りたがったという。

 耳を済ませてもただただ風の音だけしか聞こえてこない、彼の言う“泣き声”なんて欠片も聞こえてこない。

 そんな風に思っていたのに、周りでは一人、また一人と“聞こえる”と言い始めた。

 流石に怖くなり、部屋へと転がり込む様に戻ると。


 「窓ガラス一面に、小さな手形がベタベタと残っていたそうです」


 「そして朝まで子供の泣き声や、這いずる音が聞こえて来た。 終いには布団の中に赤ん坊が居た気がするなんて書かれていますけど、後者はちょっと疑わしいですね」


 「まぁ、“盛っている”んでしょうね」


 「ですよねぇ、後の手紙も似たようなモノです。 声が聞こえて振り返ったら誰もおらず、声を追って足元を見たら赤子が居た。 みたいな」


 はぁ……と部長と二人してため息を溢す。

 もしかしたら全て事実なのかもしれない。

 でも、書いてある内容が後半部分だけ明らかに怖がらせようとしてくるのだ。

 こういう手紙を書く人間は、嘘の可能性が高い。

 とはいえ、“出た”事自体は本当なのかもしれないが。


 「あのさ、二人は何でそんなに落ち着いている訳? 普通に怖くない? 赤ちゃんの幽霊だよ?」


 顔を青くした渋谷が、ひくひくと頬を吊り上げながら口を開いた。

 別に怖くない訳ではない。

 実際に目の前に現れれば、だが。

 しかもこの書き方だ。

 多分2通目の話は信じない方が……


 「上島君の言いたい事も分かりますが、おそらく実話ですよ。 まぁ後半のドッキリだけしてくる幽霊は疑わしいですが」


 そういいながら、部長はポケットから布に包まれた黒い石をテーブルの上に置いた。

 元々は球体であっただろうソレが、真っ二つに割れ綺麗な断面を見せている。

 なんだこれ、塗装した石?


 「コレは“見回り”の途中で怪異と遭遇した際に見つけた物です。 そこには大量の赤子の霊がひしめき合っていました。 そりゃもう異常なくらいに。 そして立て続けに起こる赤ん坊の幽霊被害、これは人為的なモノだと判断出来ると思いますが……いかがでしょう?」


 如何でしょうも何も、部長まで経験しているのならほぼ確定じゃないですか。

 しかも物的証拠も残っている上、見た所“普通”ではない代物だ。

 今回の件も“例の男”が関わって居る可能性が非常に高い。

 だとしたらまた“呪術”。

 そして手紙を寄越した人間以外にも、別の“被害者”がいる。

 何も知らずに利用され、厄災を呼ぶ呪いとやらの糧になっているのだろう。


 「決まりですね部長……では、手分けして調査しましょう。 流石に件数が多過ぎるので、なるべく前衛後衛をバランス良く分ける形で行きましょう。 手紙の差出人が書かれているモノは本人に確認、それ以外は疑わしい場所を探すという事で――」


 「今回私は一人で動きます」


 行動を起こそうと言う時に、我らが部長様が我儘を言い始めた。

 本当にどうした、今日は絶対おかしい。

 ジトッとした眼差しを向けて見ても、彼女はしれっとした表情のままこちらを見向きもしない。


 「理由を聞いてもいいですか? さっき渋谷に異能を使うなと言った件も含めて」


 流石にこればかりは聞いておかないと納得が出来ない。

 絶対にツーマンセルとは言わないが、そういう体制の方が安心できるのは確かだ。

 普段聞き込みなんかを一人でやっていた僕が言う台詞ではないかもしれないが、やはり見ていない所で単独行動はさせたくない。

 それが部長だとしても、だ。

 確かにこの人は強い、僕達よりもずっと多くの経験をして来ているのだろう。

 だとしても見た目は僕達よりも幼く見えるような女の子なのだ。

 夜に動く事になる上、僕たちの脅威は“怪異”だけではない。

 時には生きた人間の方が厄介な事態だってある。

 それを考えれば、女の子一人で出歩かせるべきではないと思うのだが……


 「大丈夫です、ちゃんと祓います。 でも、見られたくないんですよ……“子供”を殺す姿を」


 そう言って、部長は自らの腕を抱くようにして視線を逸らした。

 腕を掴んだその手は、少しだけ震えている様にも見える。

 これはまた、相当嫌な経験をして来たに違いない……さて、なんと声を掛けるべきか。

 なんて悩んでいた時、意外な人物が声を上げた。


 「はいはい! ウチがぶちょーと組むよ! そうすればバランスいいでしょ? だってウチ、“共感”使っちゃ駄目って言われてるし。 その分ぶちょーと組めば、安心っていうか。 どうせ足手まといになるなら、最大戦力のぶちょーと居た方が皆も安心なんじゃないかなって。 あれ? 一番強いのってぶちょーで良いんだよね? 俊君も“獣憑き”だけど」


 やけに元気な声が、部室内に響き渡った。

 お前はこのタイミングで何を……なんて一瞬呆れそうになったが。


 「悪くない、かもしれない……」


 今の部長は新しい音叉を手にし、“九尾の狐”さえ苦しめる力を持っている。

 それは多分、“獣憑き”である俊君にだって難しい事だ。

 前回の戦闘と本人の言葉基準になってはしまうが、彼はまだ“九尾の狐”には及ばないらしい。

 なんでも早瀬さんの様に、“獣憑き”本来の力を引き出す事が出来ないとの事。

 言い方を変えれば、“八咫烏”の力を借りて“見えるし戦える”という状況の“獣憑き”になるだけ。

 つまりは“八咫烏”そのものの力に振り回され、しっかり使い切れていない気がすると本人も言っていた。

 やはり元々“異能持ち”かどうかが関わって来ているのか……いや、今それはいいか。


 「部長と渋谷、この組み合わせは悪くないかもしれません。 “耳”と“共感”での調査、とはいえ使うなと言われれば緊急時のみとなるでしょうけど。 そして本当の緊急時には、“あの音叉”がある。 これって、相当良い組み合わせじゃないですか?」


 「ちょ、ちょっと上島君。 だから私はそもそも――」


 「そういう我儘は聞きませんよ部長。 仮に僕達が同じ理由で単独行動を取ろうとした場合、部長は許可しますか?」


 「それは、その……」


 こんなに簡単に言いくるめられる程、今日の部長は酷く弱々しい。

 何を見て来たのかを聞いても、多分この人は答えてくれないだろう。

 だからこそ、余計な声は掛けない。

 空気が読めない振りをして、無理矢理話を押し通すのだ。

 そうしないと、この人は絶対に一人になりたがる。

 そんなの、許してやるものか。


 「では先程も言いましたが、手分けして手紙の送り主に連絡を取りましょう。 この際連絡先が書いてない手紙はとりあえず保留。 2人組のペアを作って、それぞれの案件を担当してください。 まず渋谷、お前は部長とセットだ。 異能を使うなと言われている分手が空くだろうから、随時こっちに連絡を」


 「りょーっかい!」


 「い、いえ。 ですから」


 「ダメです。 今の部長は、絶対に一人にしちゃいけない気がします」


 しゅんと肩を窄める部長は、本当に小さな子供の様だ。

 でもきっと底抜けに明るい渋谷が一緒に居れば、多分大丈夫だろう。

 子供の霊を祓った。

 コレだけ聞けばそう大した事に聞えないが、部長の心に傷を負わせたのは確かなんだろう。

 だからこそ、渋谷を付ける。

 コイツならきっと、絶対に“部長を一人”にしたりはしないだろう。


 「では他のメンバーも決めていきましょう。 今夜からすぐ対処を始めますよ? 我々は“例の男”から常に一歩遅れている可能性が高いですから」


 そう言い放てば、後輩達は全員強く頷いてくれた。

 大丈夫、なんとかなる。

 色々と心配だが、何かあった時に一番頼りになるのは間違いなく部長だ。

 その部長に、精神的な保険も付けた。

 だからこそ、間違っていない筈だ。

 これが僕らが打てる最善の手。

 きっと何とかなる。

 部長には申し訳ないが、今回ばかりは条件を飲んでもらおう。

 また嫌な想いをさせるかもしれないが、こればっかりは仕方がない。

 相手が何であれ、僕達は生き残る為に相手を排除するしかないのだから。

 そうして、本日の活動も開始されるのであった。


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