表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

192/251

正解とは


 一応、俺にも聞こえている。

 ノイズ交じりで、鶴弥ちゃんみたいに何を求めているのかまでは聞こえないが。

 それでも分かる。

この子達は、母親を求めて泣き声を上げている。


 「こりゃ、女の子には特にキツイよな……」


 公園に踏み込んだ瞬間、四方八方から聞こえてくる鳴き声。

 ノイズ交じりで歪んだモノには聞こえるが、それでもソレが何かくらいは把握できる。

何人もの赤子が、純粋に助けを求めている事が。

 自身がどうなっているのかも分からず、ただひたすらに愛を求めている。

 そんな泣き声が、公園内に響き渡っていた。

 “こういう事”に慣れていなければ、夜の公園に赤ん坊の声がするなんて不気味以外の何物でもないだろう。

 でも俺達にとっては、また意味合いが変わってくるのだ。


 「“ごめんな、苦しいよな。 今楽にしてあげるから”」


 “声の異能”。

 それは今まで、相手に俺の意志を押し付けるモノだと思っていた。

 だからこそ腹から力を込め、相手に“命令”していた。

 でも、今回はそれじゃ駄目だ。

 そんな事をすれば、この子達は報われない。

 今までだって「消えろ」とか「逝け」という命令を出してきたのだから、今更善人ぶるつもりはないが。

 それでもきっと、そういう命令を出せば“この子達”は悲痛な叫びを上げながら逝く事になるだろう。

 そしてその声は、鶴弥ちゃんの“耳”に届いてしまう。

 だからこそ出来る限り優しく、“声”を使って語る様に囁きかけた。


 「“大丈夫だよ。 向こう側にお母さんが待っているから。 だから逝ってごらん?”」


 正直、そんな言葉何の意味もないかもしれない。

 この子達は赤子だ。

 最近命を落とした子供なら、年齢的に母親だってまだ生きている可能性も十分ある。

 俺はこの子達に嘘を付いてしまっているのかもしれない。


 「“心配しないで、大丈夫だから。 ずっと泣いていたんだろう? 向こう側に行けば、お母さんと会えるから”」


 そう“声”を掛けながら、公園の奥へと足を踏み込んでいく。

 少しは聞いてくれたのか、“黒い霧”が徐々に薄くなっていくのが分かった。


 「“ほら、皆の事を待っているよ? だから、早く行ってあげて。 大丈夫、俺が送ってあげるから”」


 言葉だけの慈愛、確証の無い謳い文句。

 薄っぺらいと言いたければ言えばいい。

 俺には、これくらいしか出来ないのだから。


 「“だから、みんな――”」


 ガリッ! と、足元で何かが音を立てた。

 視線を落して靴をどければ、そこには黒い石が転がっていた。

 ただの石じゃない。

まるで塗装でもしたかのような、どす黒い石。

そんな得体のしれないモノを、俺は今踏んでしまった。


 『イタイ』


 その声が聞こえた瞬間、ゾッと背筋が冷たくなった。

 そもそもこんな場所に赤子の霊が集まっている事自体がおかしい。

 では考えられる事例は? この石の正体は?

 思考がまとまらないまま、俺は後ろに飛びのいた。

 これは、ちょっと不味い。


 『イタイ、イタイ』


 『フンダ、イタイ』


 『ナンデ、ナンデ』


 次々に上がる声に、思わず頬がピクピクと痙攣する。

 文字通り、空気が変わった。


 「あぁくそ。 こんな声、鶴弥ちゃんに聞かせてたまるかっての」


 なんて口では言うモノの、あまり良い状況ではない。

 目の前に広がる“黒い霧”。

 明らかにさっき見た石からあふれ出している。

 周りに散らばっていた“カレら”も、徐々に石から吹き出す黒い霧に集まっていく。

 そして何よりも。


 「誰がこんな真似しやがった……集めやがったな、クソヤロウが!」


 これは、間違いなく“呪術”だ。


 ――――


 『痛い、痛いヨ』


 『苦シイ、寒い』


 『抱っこシて……』


 『ママ……ママ』


 ずっとそんな声が聞こえる。

 いや、正確には聞こえてくるのは赤ん坊の泣き声だ。

 その声を聞くと、何を求めているのかが分かる。

 悲痛の叫びの内容が、嫌でも頭に入ってくる。


 「やめて……止めて……」


 私は必死に耳を抑えて蹲った。

 今までの“聞こえて来た声”とは明らかに違う。

 全てが純粋な願いなのだ。

 ただただその腕に抱いて欲しい、声を聞かせてほしい。

 笑って欲しい、一緒に居てほしい。

 そんな気持ちが、泣き声と共に“耳”に響き渡る。


 「クソ……最悪の気分ですね」


 必死で耳を塞いだ。

 それこそ耳が痛くなるくらいに力を込めて。

 だと言うのに、普通の音は聞こえなくなるのに。

 “カレら”の声だけは遠のいてくれなかった。


 『助けテ』


 『置いテいかないで』


 『ここに居ルよ?』


 やめろ、やめてくれ。

 お前たちは怪異なんだろう?

 ならなんでそんな風に悲しい声を上げるんだ。

 今までの怪異は違った、少なくとも人に牙をむく連中は。

 皆苦しそうな声を上げてはいたが、どこか自分勝手で、誰かを憎む言葉を紡いでいた。

 だというのに、なんだコレは。


 まるで生きた子供の助けを無視している様な、必死で伸ばすその手を振り払ったような罪悪感。

 そんなのは私の気の迷いだと、それは重々に承知している。

 あれは亡者の声だ、惑わされるな。

 必死で声を振り払おうとしても、それでも子供たちの声が脳内を揺さぶってくる。

 ダメだ、聞くな。

 同情するな、アレは私とは関係ない。

 だから……


 「お願い……止めて……」


 奥歯痛いくらいに噛みしめながら、絞り出すような声を上げた。

 こんなにも“耳”の異能を恨んだ事はあっただろうか。

 声が聞えなければ、迷わなかったかもしれない。

 いつも通りの“作業”として終わらせられていたかもしれない。

 でも、今回は違う。

 本能が拒否しているみたいに、上手く足に力が入らない。

 もしも私にもう少し見える“眼”があって、“カレら”の悍ましい姿の一つでも見れば気持ちを切り替えられたかもしれないのに。

 こんなんじゃ“雑魚”に憑かれてしまった人間と一緒じゃないか。


 「くそっ、“離れろ!”」


 泣き声に混じって、そんな“声”が私の耳に届いた。


 「“頼むから逝ってくれ! これ以上傷つけたくない!”」


 必死で叫ぶその声に、思わず視線を上げた。


 「効きが悪い……耳が発達してないって事か? ……あぁもう! 頼むから“離れてくれ!”」


 彼の“声”は聞こえてさえいれば、内容が理解出来なくたって効果が表れる。

 以前蜘蛛の蟲毒に効果があったのが良い例だ。

 だというのに彼は公園内で、“黒い霧”に纏わり憑かれていた。

 その光景を見た瞬間、ゾッと背筋が冷たくなる。

 “上位種”と対面した時とは違う、頭だけはカッと熱くなるような、そんな寒気。


 「っ!」


 走った、ただひたすらに。

 未だ“耳”には助けを求める声が響いてくる。

 でも、今はそれ以上に“怖い”。

 徐々に“黒い霧”で埋まっていく彼の姿を見る方が、何倍も怖い。


 「ああああぁぁぁ!」


 黒い音叉を引き抜き、底にある赤い石を押しこむ。

 更に親指近くに力を入れると、瞬時にトリガーが姿を見せた。

 そして。


 ――ィィィィン!


 人間の鼓膜が聞き取るには、些か高すぎる音色が周囲を包み込む。

 その音に呑まれた“黒い霧”は一瞬で無散し、跡形もなく消えていく。

 最後の一言を呟く暇すらなく、強制的に“消し飛ばした”。


 そして残ったのは、驚いた顔の天童先輩と、何の音も聞こえない真っ暗な公園だけ。

 まるで初めから何も無かったかのように、ただただ静かな夜が戻って来ていた。


 「ごめん、なさい……」


 その呟きは、亡者に対してのモノだったのか。

 それとも先輩だけに任せてしまった謝罪だったのか。

 心の整理がつかないまま、私は項垂れた。

 もう私の“耳”には、赤ん坊の泣き声は聞こえてこない。

 終わった。

 私が、終わらせてしまったのだ。

 助けを求める幼い感情を無視して、無理矢理あの世へ送ってしまった。

 行動として間違ってはいない、いない筈なのに。


 「ごめん、ね……」


 罪悪感と、嫌な吐き気が込みあがってくる。

 今まで何かを祓って、こんな気持ちになる事なんて無かったのに。


 「謝るな、鶴弥ちゃんは悪くないよ。 ごめん、嫌な思いをさせた」


 そんな声が聞こえ、正面から抱きしめられてしまった。

 温かい。

 その温もりに緊張の糸が切れたのか、少しだけ涙が滲んだ。


 「ごめっ……ぅぐっ、ごめん……なさ……」


 私の新しい音叉のデビュー戦は、こうして苦い思い出になってしまったのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

(1)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ