共に
「何故休日に男二人どころか、親父とお洒落なコーヒーショップに赴かねばいかんのか」
「うるせぇ、俺だって同じ気持ちだ」
ぶつくさと文句言いながら、男二人が車の中で言い合っていた。
もう既に店は眼の前、黒家から全員分の注文内容も届いている。
後は店に入って、サクッと持ち帰り注文すればいいだけなのだが……
「なぁ浬、都会ってのはどこもこうなのか……?」
「いや、別にここは都会って程都会じゃ……って、そういう問題じゃねぇよな。 今日は異常だ、多分。 前俺が来た時はわりと普通だった」
店の中に見えるのは大半が女性陣。
男も居るがヤングなイケてるメンズか、爆発しろと言いたくなるような若人達だった。
そして店の中に入り切らないのか、テラスで優雅にコーフィーを嗜んでいるヤングガール達までおられる。
おかしい、絶対におかしい。
考えてもみろ、そんな空間に野郎2人どころかおっさんとジジィの二人で突入するのだ。
そしてあの呪文の様な注文。
まずまともに舌が回らないであろう。
前に一度調子に乗って立ち寄った時には、メニューという名の怪文書を見せられ結局理解出来ぬまま「あ、あの普通のコーヒーを下さい。 え? 種類? あ、店員さんのお勧めをブラックで……えっとおっきいヤツお願いします」とか言った記憶がある。
あの時の店員さんと後ろに並んだ客の顔と言ったらもう、思い出すだけで顔から火炎放射器だ。
「皆からの注文はなんだったんだ? 俺らにも発音できそうなヤツか?」
やけに不安そうな表情の親父が、俺の携帯を覗き込む。
色々諦めた感じで親父の方へ画面を向けてやると、車のルーフを見上げて「くそ……駄目だ……」と呟いてから目を瞑った。
それもそのはず、俺の携帯には意味の分からない怪文章が送り付けられてきたのだから。
「しかしお袋はあぁ言っていた上、見栄を張って出てきちまった以上……コンビニのコーヒーで済ませる訳にも行かねぇ……親父、腹を決めるぞ」
大丈夫だ、きっとゆっくり文字列通りに読み上げれば店員さんには伝わる筈だ。
「いくのか? 本当に大丈夫なんだろうな? なんか皆お洒落だぞ? 俺はアロハな上に、お前はTシャツだ。 ドレスコードとかないんだろうな?」
「んなもんあるか! ……規定としてはな」
「ほらぁ! 決まってはないけどお洒落な格好してないと浮くって事じゃねぇか! どうすんだよ!」
いい歳こいて「ほらぁ!」とか情けない声で叫ばないで欲しい。
ちょっと涙目だし。
とはいえ、俺も人の事言えない状況だが。
「覚悟を決めろ……いくぞ」
「わ、わかった……」
こうして俺達は車を降りた。
行きつけの車屋から買い付けた、格安中古車ではあるが一応外車。
そこから降りてくる、険しい顔のおっさん二人。
これから戦場にでも向かうのかと言う表情で、オサレなカフェに一歩ずつ踏み寄って行く。
そして……
「おい、親父から入れよ」
「何言ってんだ、お前の方が少しは慣れてるだろ。 お前から入れ」
不毛な戦いが、玄関前で幕を上げ――
「あれ? 草加先生だ」
「あ、ホントだ。 草加先生―! 何してるんですかー?」
なかった。
カフェの表を通る国道沿いの歩道。
そこには見知った二人の姿。
夏らしい恰好の、三月と環コンビ。
その姿は暑い日差しと陽炎に揺られ、とても神々しく見えた。
特に、今の俺達にとっては。
「助けてくださいお願いします何でも奢りますから!」
「ありゃお前の生徒か!? そうなんだな!? お嬢ちゃんたち! すまねぇ手を貸してくれ!」
大の男二人がお洒落なカフェの玄関で、全力で手を振ったのであった。
――――
「“巫女の血”について……って、え? むしろえーっと……」
「椿奏だ、好きに呼びな坊主。 婆さんって呼んだって構わないよ」
思わず声を上げた僕に対して、椿先生のお婆さん……奏さんは言葉を返した。
フンッと鼻を鳴らしているが、別に拒否されている訳ではない感情が伺える。
きっとこの人は、“こういう人”として生きて来たのだろう。
「では椿先生も居るので、奏さんとお呼びしますね。 話を戻しますが、むしろ貴女の方が詳しいのでは? そういう面の話を聞きたくて、本日はお呼びしたんですが」
改めて姿勢を正し、真っすぐに彼女を見据える。
知らないわけがない、むしろそうじゃないと困る。
この手の話に誰よりも詳しいと思ったからこそ、今日という会合を用意したのだ。
だからこそジッと奏さんを見つめていると、相手は諦めた様にため息を溢した。
「そう焦りなさんな若いの。 わたしゃ口が重くてね、そこの道具屋みたいにペラペラ喋るのは苦手なんだ。 まずはそっちのこれまでの事情を包み隠さず話しな、そうすりゃアンタの聞きたい事にも答えてやるよ」
「お約束頂けますか?」
「もちろんだ、椿の人間はほら吹きだなんて思われちゃ恰好が付かないからね」
彼女もまた、真剣な顔をこちらに向ける。
きっと大丈夫、この人なら。
そう思える程、澄んだ眼差し。
もう80を超えていると聞いているが、とてもそうは見えない姿と態度。
その異様ささえも、彼女を信じる事に拍車をかける要因となったのだろう。
「では、お話します。 昔の事は当事者がここにほぼ揃っておりますので、詳しい話は先輩方から、という形になりますが……先輩方、よろしいですか?」
言いながら顔を向ければ、黒家さん以外は首を縦に振った。
まぁ、何とかなるだろう。
「ではまず――」
こうして、僕たちは語り始める。
僕の知らない過去の出来事も含めて。
――――
「はぁぁぁ」
随分と長い時間が掛かった気がする。
主に部長と早瀬さん、そして僕が関わってからのオカ研に関しては僕が語った。
その話を聞いて、奏さんは大きなため息を溢した。
「美希、アンタ家に帰ってきなさい」
「絶対に、いや」
「我儘言うんじゃないよ、子供じゃあるまいし」
「その台詞、そっくりそのまま返します。 私は大人で、自分の稼ぎで食っておりますので」
椿家族のバトルが勃発した。
なんでやねん。
椿先生は実家から離れる事で、色々諦められたから平気って言っていた気がするのだが。
「ちゃんと受け継いでたんだね、何で言わなかったんだい」
「知ったのも前回お祖母ちゃんが来た後の事だし、言ったら絶対今みたいな状況になるの目に見えてたし。 いう訳ないでしょ」
「家族喧嘩なら他所でやってもらえますか? 話が進まない上に、正直迷惑です」
二人が白熱しそうな辺りで、今まで静かにしていた黒家さんがピシャッと冷たい言葉を投げかけた。
この人、奏さんが来てから凄くピリピリしてる。
さっきの説明でどういう経緯なのかはわかったけどさ。
自身の命の延命と、姉の仇を取ろうとしていた黒家さん。
呪いを受け、本人の意志とは関係なく周囲に悪影響を与える彼女を祓おうとした奏さん。
両者とも間違ってはいない。
いないが、正しくはない。
そもそも何が正しいかなんて、人によって答えが違うのだから何も言えないが。
奏さんの行為はある意味殺人に近いし、黒家さんの行為は下手すれば周辺の人間を殺しかねない。
黒家さんが死んでいれば万事解決、なんて口が裂けても言えないが……僕自身呪われている立場だったら大人しく首を差し出しているかもしれない。
まぁそんな短絡的な答えを出した所で、“烏天狗”が居る限りその後も被害はでるのだが。
「ご、ごめんね黒家さん。 でも今の話を聞いてむかっ腹が立った。 何? 私の生徒殺そうとした訳? 何考えてるの? 呪いだ怪異だの前に、ここは日本なんですけど? 馬鹿なんじゃないの」
「あんな呪いを放置すれば二次被害どころの話じゃなかったって、今の話を聞いて分からないのかいこの馬鹿孫は。 そんな事になる前に処理するのが私達みたいな人間の役目だって、昔から教えて来ただろう?」
「わからないね。 一人を殺して皆を救うなんて、世間体としては良い物かもしれないけど、当事者としたら最悪だよ。 お前の家族は害悪だから皆の為に死ねって言われたら家族でも殺すの? 私には理解できない、それだったら全員が助かる道を捜すよ」
「夢物語ばっかり語るんじゃないよ! それこそ偶然助かったからこその“結果論”じゃないか。 もしも負けていたら? “烏天狗”はまた全く知らない子供を狙うんだよ? それに殺す訳じゃない、廃人になるのだって確定じゃないんだ。 そっちに賭ける方が分のいい賭けじゃないか。 次の獲物を捜す前に、私が祓えばいいだけの話さ!」
不味い、非常に不味い。
さっきまで冷静だった人達まで熱くなっている。
これじゃ喧嘩を収めるだけ会合は終わってしまうんじゃ……
「偶然助かった? 夢物語? 寝言は寝てから言ってください。 つまり貴女は、最初から勝てる試合しかしない、そう言いたいんですか? そして被害の少ない選択として、一人の命は運に任せてその場で断つと? 随分と偉いんですね、他人様の命をなんだと思っているんですか?」
再び黒家さんが言葉を発する、今度は“殺気”とも呼べる気配を身にまとって。
そしてその隣では、“狐憑き”の早瀬さんクククと薄く笑っておられる。
『ある程度は小娘の言う通りじゃな、アレは“偶然”でも“夢物語”でもない。 それこそ“奇跡”の類でも断じてない。 全員で抗い、勝ち取った未来じゃ。 まぁ“鬼”がおったからこそ、という条件付きではあるがの。 椿の娘……いや奏と言った方が伝わるか、お主の言い分も間違ってはおらぬ。 だが消極的すぎるな、それでは勝ち取れぬ未来もある。 ここにいる小童共はソレをやってのけた。 こればかりは事実じゃ』
コンちゃん……とか僕が呼んだら蹴られそうだが。
“九尾の狐”は笑いながら膝を立て、人差し指を奏さんに向ける。
でもお願いです、スカート履きながら膝立てないで下さい。
『その結果がコレじゃ。 我は椿の家を見限り、こちらに憑いた。 この意味が分からんお前ではなかろう?』
そうか、“九尾の狐”は元々椿先生の実家。
というか狐の面に憑いていた。
その彼女が何故早瀬さんに憑き、今も一緒に居るのかは本人にしか分からないが。
それでも、“椿”の家に力を貸すよりも先輩を選んだ。
今までの言い方からするに、早瀬さんの方が“先”が見えたのだろう。
誰を犠牲に選ぶ訳でもなく、皆で協力し強敵を打倒してきたこの人達に、希望を見出したのだ。
“九尾の狐”、もとい“玉藻の前”の話は悲劇で終わるのだから。
きっと彼女も、ソレを繰り返したいとは思って居ないはずだ。
「現代を満喫したいからこっちに居る気がしないでもないですが……」
『何か言ったかロリっ……おい、音叉をしまえ』
そんな小声が聞こえたが、きっと気のせいだ。
あの伝説とも呼ばれる“九尾の狐”が、色々楽しみたいからずっと早瀬さんから離れないなんて……そんな低俗な願いで力を貸す訳がない。
きっと先輩方に未来を感じたからこそ、神とさえ崇められたその力を貸しているのだろう。
うんうん、なんてどうにか一人で納得して見せた。
間違ってない筈だ、多分……きっと、だったらいいな。
「まぁいいさ、“お狐様”がそういうくらいだ。 今回……というか前回か? 全面的に私が悪かった、すまなかったね。 だが考えはすぐすぐ変わるもんじゃない、これだけは理解しておくれ」
「こちらも理解していない訳ではありません。 前回は我が身だったからこそ足掻いた結果というだけですから、お気になさらず。 まぁ貴女の事は嫌いですけど」
「そりゃお互い様だ。 今じゃ“忌み子”でも無くなったみたいだしね、消す価値もないよ」
再び両者が睨み合い、再びピリピリした空気が漂い始めた事、予想外の人物が動いた。
パンっと手を鳴らし、全員の注目を集める。
「はいはい、意見が食い違う事なんていっぱいあるんですから、巡もそんなにイライラしないの。 こうして皆無事に居られるんだから、それでいいじゃない。 それよりホラ、上島君が聞きたい事が全く進んでないし、話を変えようよ? 冷たい紅茶作ってありますんで、お茶変えますねー」
そう言ってから、早瀬さんがぬるくなったお茶を下げ始める。
すげぇ、この人すげぇ。
あの空気の中、間に入って行ったよ。
“終わった事だし、考えても仕方ないじゃん?”みたいな軽い感じで。
被害を受けた黒家さんだけはちょっと渋そうな顔をしていたが、それでも何も言わない。
こういうのが平和主義者っていうのだろうか。
一気に張り詰めた空気が消えた気がする。
「まぁ……確かにそうですね。 今日の目的はソコではありませんし」
「やっぱりウチに欲しいねぇ……あの子」
「夏美はあげませんから」
「あん?」
「お二方うるさいです。 あんまり騒ぐと熱いコーヒーでも入れてきますよ?」
ピシャリと早瀬さんが言い放ち、二人共黙る。
怖い、今は“九尾”より早瀬さんが怖い。
「……それで何が聞きたいんだい? 上島君だったね、何でも聞いておくれ。 この気温でホットコーヒーなんか出されちゃたまらないよ」
どうやらこの勝負、早瀬さんの一人勝ちになったらしい。
――――
『良いのか? お前も思う所が無い訳ではあるまい』
一人キッチンに戻ったところで、コンちゃんが急に話しかけて来た。
あんまり意識したことないけど、この状態って他の人から見れば相当おかしい光景だよね。
「全部無かった事にしようって言ってる訳じゃないよ。 巡に酷い事しようとしたのも許した訳じゃない。 ただ椿先生のお祖母ちゃんの言ってる事も、ちょっと分かるなって思っただけ」
そう言いながら手早くコップを洗い、新しい飲み物を用意する。
『もしもお前がその状況なら、自分だけが死ぬ未来を選ぶという事に聞えるがの』
「……そうだね、私は多分巡みたいに戦えない。 私が死ねば皆助かるなら、そっちを選ぶと思う。 その方が“楽”だもん」
もしも私の大事な人が茜さんの様に命を落したら、答えは違うのかもしれない。
そしたら以前の巡の様に、復讐心で立ち向かえるのかもしれない。
でもそれは、結局“もしも”であり想像の産物に過ぎないのだ。
だからこそ、今の私では巡の様になれない。
あんなに必死に生にしがみ付く事も、復讐心に燃える事も出来ないだろう。
今呪いに掛かったとして、私が生きているだけで周りに害を及ぼすなら。
きっと私は逃げてしまう。
最も早く、“楽”な方へ。
『そうはならん。 少なくとも今は、我が居る。 守ってやる』
「うん、分かってる。 でも、いつかは居なくなっちゃうんでしょ? 神様が私なんかに、いつまでも構ってくれるとは思えないし」
椿の家に居たはずの“九尾の狐”。
コンちゃんは見限った、と言っていた。
それはつまり私がコンちゃんにとって“興味のない存在”になった瞬間、この関係が終わる事を意味している。
そうなれば、私は“見えるだけ”の役立たずに戻る訳だ。
でも、それが普通なんだ。
今までの方がおかしかったんだ、私はたまたまコンちゃんに助けられただけ。
だからこそ、恨み言なんて言うつもりは微塵もない。
コンちゃんに「飽きた」って言われたら、「今までありがとう」って言って送り出してあげよう。
ちょっと寂しいけど、元に戻るだけ。
その後は、コンちゃんの次の宿主が良い人である事を祈るくらいかな。
『つまらぬ答えだ。 もっと面白い答えが出るか、お前の子でも出来たら離れる事を考えてやろう。 そこまで行けば、“血が薄まる”。 もしも番が見つからないなどという情けない事態になった時は、死ぬまで憑りついてやるから覚悟する事じゃ。 九尾の呪いじゃ、恐ろしいぞ?』
子供がどうとかは良く分からないが、クックックと変なテンションのコンちゃんはきっと私を励まそうとしてくれているのだろう。
全く、優しい神様も居たもんだ。
「ありがとね、コンちゃん。 心配してくれて……大丈夫、私は今幸せだよ」
『ならば……良いのだが』
「それにね?」
『なんじゃ』
「誰かが言い争ってる所って、好きじゃないんだ。 お互い間違った事言ってないのに、ぶつかり合う話し合いは特に。 もう見たくないかなって」
例え散々話し合った所で、皆幸せになる“一つの答え”が導き出されるなんてことは無い。
そんなの、物語の中の出来事だ。
人間とはぶつかり合い、傷つけあう。
そして離れてしまえば、昨日の事が嘘みたいにぱったり急に居なくなるモノなのだ。
私の両親がそうだったのだから。
そんな事例を、私はずっと前から知っている。
だから……
『もう良い、喋るな。 少なくとも我は一緒に居てやる。 お前の友人達も、そう簡単に離れる事もないであろうよ。 案ずるな……夏美。 お前は一人ではない』
「ごめんね、ありがと」
それだけ言うと、コンちゃんは大人しくなったのであった。





