表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/251

迷界


 それから、どれくらいの時間を走っただろうか?

 突き当りを曲がったり、部屋を突き抜け、階段を上ったり下りたり。

 ただひたすら『感覚』に従って走り続けた。

 とはいえ私の感覚も、あっちが少し少ないとか、こっちは多い程度にしか分からなくなって来て、正直あまり使い物にならない。

 いくらなんでも多すぎるのだ。


 これでは感覚が麻痺するどころか、ちゃんと確認する事だって出来ない。

 どれだけ走り続けても、そこら中にカレらが居る。

 少ない方へと走っているはずなのに、その数は一向に減らなかった。


 「ね、ねぇ……黒家さん」


 苦しそうな呼吸をしながら、手を引かれる彼女が言葉を発する。

 今にも限界が訪れてしまいそうな雰囲気だが、それでも懸命に足を進めていた。


 「この、廃墟って……こんなに、広かった、っけ?」


 息も絶え絶えになり、喋る事さえ辛そうだ。


 「それは、私も思っていました、けどっ。 早瀬さん……一つお願いが、あります!」


 いざ喋ってみると、自分も似たような状態だった。

 いくら言葉を繋げようとしても途切れてしまい、乾いた喉から擦れたような声が絞り出される。


 「後ろ、私達のうしろ。 追ってきてますか? アイツら。 さっきから、『感覚』だと位置が変わらない上に、一向に減らないんです、けどっ!」


 周りには確かに居る、そしてこれから行こうとしている方向にも。

 だがその全てが、動いているようには一切感じられない。

 ただただ其処に居るだけの様な……まるで障害物のように立っているだけに思えてくるのだ。

 しかし私では正確に見えない。

 だからこそ早瀬さんにお願いするしかないのだが、こんな状況だ……もはや目を開けているのだって辛いだろう。


 「い、いないよ! あ、いや居るけど! 追い掛けて来たりは、してないっ!」


 彼女の台詞を聞くと同時に、なるべくカレらが遠くに居る場所で足を止めた。

 急停止と言ってもいい勢いだった。


 「では、急いで水分補給しましょう。 これ以上は無理です、周りを確認しながら飲んでください」


 急いで荷物の中から飲み物を取り出し、彼女に手渡した。

 こういう時こそ、スポーツドリンク。

 いつもなら先生専用だが、今回ばかりは悠長に水筒を出している訳にもいかない。

 二人して勢いよく蓋を開け、普段なら想像出来ないような速度で飲み干していく。


 「ぷはっ! もう無理! 何この状況!」


 空になったペットボトルを口から剥がすと同時に、早瀬さんは叫んだ。

 気持ちは分かる、こんな状況普通に生活していればまず在りえない。

 いつの間にか室内には薄暗い赤い照明が灯り、とても現実とは思えない光景だ。


 お化け屋敷以外でこんな明かりを使う人間が居るとするなら、とてつもない悪趣味な思考の持ち主だろう。


 「ぷはっ! 本来……というか今までは無かった事ですが、もしかしたら『異能』とも言える『感覚』と『眼』を持った私達が、カレらにはとんでもない御馳走にでも見えているんですかね」


 少し遅れてペットボトルを空にした私は、この状況を推測する。

 決してあり得ない話ではないのだ、今までは先生が一緒だったからカレらも大人しかったが……感じる事の出来る私と、見る事のできる早瀬さん。

 どちらも抵抗する手段は持ち合わせていないと判断した上で、この状況に誘い込まれたと考えるちょっと厄介……というか絶望的だ。


 「そもそもココって本当にさっきの廃墟? とてもじゃないけど、そうは見えないんだけど……」


 彼女の言う通り、先ほどまで私達が踏み込んだ廃墟とは構造も様子も違う。

 洋風をイメージした豪邸……という感じだったはずのソレが、今ではまるで昔の刑務所というか……やけに物々しい雰囲気を放っていた。

 通路の一区切り出来そうな場所に設置された鉄格子、ひび割れながらも頑丈そうなコンクリートで固められた壁や床。

 これがゲームなら、怪異ではなくゾンビとか化け物とかが出てきそうな雰囲気だった。


 いくらなんでも、あの豪邸の下に牢獄が作られていて、そこに迷い込んだ。

 なんていうのは、非現実的過ぎるだろう。

 だとすれば、これは多分……


 「早瀬さんは、冥界ってご存知ですか?」


 「は? 冥界? えっと、あの世……みたいな?」


 何を言い出すんだとばかりに、困惑した表情を浮かべる彼女。

 まぁいきなりこんな話をすれば仕方のない事だとは思うが。


 「場所……というか教えによって異なりますが、『冥界』とは死者が成仏するまでの期間、幽霊として滞在する場所の事を言うそうです。 そしてソレは『迷界』とも呼ばれ、神隠しの原因はソコに連れて行かれてしまう事……らしいですよ?」


 「えっ、つまり……私達は『迷界』って奴に迷い込んで、今はその神隠し状態……みたいな?」


 「かも、しれませんね」


 正直そうあって欲しくはない。

 でも今の状況からココは、『迷界』……もしくはソレに近い場所なんじゃないかと思えて仕方がない。


 「嘘だと言って……私まだ死にたくない。 というか初めてのオカ研野外活動でご臨終って、割と洒落にならないというか、呪うレベルだよ?」


 「安心してください、何かあった場合は私も多分生きてはいません。 呪う相手は先生しか居ないので、その時は安心して二人で先生に憑りつきましょう」


 「安心できるかぁぁぁ!」


 彼女の激しいツッコミに、まだ走れそうだと確信を持つ。

 ここで諦めるなら簡単だが、生き残りたいのであればまだまだ足掻く必要がある。

 当然私はこんな所で諦めるつもりはないし、彼女も今の様子なら大丈夫そうだ。


 なら、やるべき事はただ一つ。

 ここから脱出して、先生と合流する事だ。

 彼さえいれば、多分この状況だってどうにか出来てしまうのだから。


 「我ながら、ちょっと先生に依存し過ぎですね……」


 そんな言葉を小さく呟いた私の隣で、早瀬さんが急に悲鳴を上げた。


 「ちょ、嘘っ!? 来てる! 黒家さん来てるよ、アイツらめっちゃ来てる! 急に押し流されるくらいな勢いで追いかけてきてる!」


 「あぁもう! 少しくらい休ませてくれても、罰は当たらないと思うんですけどね!」


 私にも見えた。

 正確なカレらの姿が、ではないが。

 まるで押し流される水のような勢いで、津波が迫ってきたのではないかと思える程の黒い霧が、私達目掛けて迫ってきたのだ。


 「とにかく走ります! 今は逃げる他ありません!」


 再び彼女の手を握り、懸命に両足を動かした。

 こんな事なら、もう少し動きやすい服を着てくるんだった。

 今更過ぎる後悔と共に、私達は駆け抜けていく。

 背後から迫る、波のような彼らから。

 今走っているその先に、何があるとも知らずに。

 ただただ、走り続けたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

(1)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ