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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
第二部

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13階段 6


 「早瀬先輩! 余り飛ばし過ぎない様に! 一人で倒しきる必要はありません!」


 「了解だよっ!」


 例の時間帯となり、いつもの様にあぶれてくる“雑魚”達。

 そして聞こえてくる例の声。


 『6段、登っタ』


 話に聞いていた通り、一段飛ばしてやって来た様だ。

 まあ今更どうでもいいが。

 今夜で終わらせる、そのつもりで全力攻撃をかけるのだ。


 「そのまま天童先輩は入り口側の防衛、上島君は背面の窓側! 早瀬先輩は体力を温存しつつ散らす様に! 三月さんはあの三人以外に襲い掛かる“未来”が見えた場合のみ報告、いいですね?」


 了解、と全員の返事をもらってから残りのメンツも動き出した。

 考えた事柄は3通り。

 一つ目は13段目まで単純に待つ、コレは流石に体力的に無理なので当然却下。

 二つ目は天童先輩の“声”を使って、段数を早く登らせ日数を減らすというもの。

 時間と体力に余裕があるのならコレもいいのかもしれないが、ちょっと不確定要素が多すぎる上、攻めてくるタイミングは向こうに委ねる事になるので却下。

 そして三つ目。

 非常に単純だが、私達から攻め込んで一気に“上位種”を殲滅してしまおうというモノ。

 言うのは簡単だが、一番危険が伴うであろう。

 なんたって無理やり向こうの土俵に上がるのだ、情報が少ない状態では出来れば避けたい行為なのは間違いない。

 とはいえ、満場一致でその案が採用されてしまった訳なのだが……


 「それでは俊君、“八咫烏”を」


 「おいで“八咫烏”。 また“迷界”の入り口を捜してくれるか?」


 ひと声かければ、何処からともなく三本足の烏が俊君の肩にとまった。

 たまに俊君を離れて飛び回っているらしいが、今日はちゃんと近くに居てくれたらしい。

 クアッと大きな体に似合わない軽い声を上げてから、“八咫烏”は部屋の中央に飛んで行った。


 「前回の様にすんなり入れればいいんですけどね……位置を確認したら私が最初に入り――」


 「クアッ!」


 話している途中で、“八咫烏”が大きな声を上げながら床にくちばしをぶっ刺した。

 いや、何してるのホントに。

 まさか本当に床下とか言わないよね?

 だとしたら床を壊す道具とか必要になっちゃうんだけど。

 なんて事を思っていると、ガリッと何処からともなくノイズが響き視界が歪む。


 「これはまた……入るのではなく、発生する感じになりましたね」


 落ち着いた様子の黒家先輩が周囲を見回しているが、前衛三人は急な事態に驚いたのか、私たちの近くまで飛びのいて来た。

 明かりのつかない暗い室内、窓から差し込む赤黒い空の色。

 間違いなく、“迷界”に侵入出来たのだろう。

 さっきまで沸き上がる様に出て来ていた“雑魚”達も、一斉にその姿を消していた。

 そしてどうしても視線を吸い寄せられてしまうのが、部屋の奥に置かれた祭壇。

 大家さんの部屋にあった物と同じで、中央には一体の“形代”が飾られている。


 「あっちは後回しにして、まずは安全確保。 “雑魚”が壁抜けしてくる心配は無くなったと思いますけど、引き続き窓や扉には注意してください。 俊君も“獣憑き”の準備を」


 「了解です」


 役目は終わったとばかりに、“八咫烏”は俊君の肩へと戻っていく。

 さて、これで戦闘組は準備万端になった訳だが……問題は“上位種”がどう攻めてくるか。

 早い所、隣にも連絡入れておかないと。


 「環さん、渋谷さん。 聞こえますか?」


 インカムに向かって声を上げるものの、帰ってくるのはノイズばかり。

 やはり“迷界”の中だとこういう不具合が連発する。

 特にスマホはほとんどの場合駄目だ。

 “向こう側”と“こちら側”を繋ぐ事が出来ないのか、それとも単純に異世界という扱いなのか。

 とは言え、距離が近いのであればトランシーバーなんかは使えたりする事もあるので一概に別世界という事はないのだろうが。


 「あー、あーテステス。 聞こえますか?」


 部の備品として揃えているトランシーバーを口元に当て、何度か呼びかけてみる。

 スピーカーからノイズが聞こえてくるのはスマホと変わらないが、もしかしたら向こう側には聞こえている可能性もあるので構わず喋った。


 「こっちは“迷界”に入りました。 今の所は全員無事、また何かあったら連絡します」


 特に返事は期待していなかったので、そのまま腰のベルトにレシーバーを戻したのだが……


 『――長! ……も、――りました!』


 ん? なんて?

 再び正面にレシーバーを構えて、耳を澄ます。

 まさか繋がるとは思っていなかったのだが、如何せんノイズに塗れて聞き取れない。


 「すみません、よく聞き取れませんでした。 もう一度お願いします。 どうぞ」


 それだけ言ってスピーカーに耳を当てる。

 やはりノイズが酷く、これは無理かと諦めかけた時。


 「きこ――か? こっ……りました! “迷界”に――」


 「……え?」


 なんか今、凄く嫌な事が聞こえた気がするんだが。

 バッと足元の猫を拾い上げ、正面からその顔を覗き込む。


 「渋谷さん、聞こえますか? 聞えていたら一回鳴いてください」


 今までは彼女とインカムでやり取りしていたので、あまり気にすることは無かったのだが、もしも聞こえているなら伝達係にはもってこいだ。

 くそう、もう少し早く試しておけばよかった。

 一応レシーバーのスイッチも押しながら、どっちかでも聞こえれば……なんて淡い希望を抱いている訳だが。


 「ニャー」


 聞こえている……のかな?

 もしかしたら単純にネコが気分で鳴いただけって可能性もあるが。


 「もう一度確認します。 私の声を“共感”を通して聞くことは出来ますか? イエスなら2回鳴いてください」


 「ニャー、ニャー」


 「いよしっ! 渋谷さん有能!」


 今までは“目”として役に立ってくれたお猫様だったが、連絡役の耳としても共有出来るみたいだ。

 流石に喋る事は出来ないだろうが、これなら私たちの質問に答える事くらいは出来る。


 「では、さっき途切れ途切れで聞こえた内容を確認させてください。 もしかして、そっちも“迷界”に呑まれちゃっていますか? イエスなら2回、ノーなら1回鳴いてください」


 「ニャー、ニャー」


 「マジか……」


 予想以上に“迷界”の範囲が広い様だ。

 この部屋だけなのかと思ったが、まさか隣まで含まれているとは。

 いや、下手したらアパート全体なんて可能性も……だとしたら相当不味い。

 私達以外にも、アパートの住人は多く居るのだ。

 彼らまで巻き込んでいる可能性があるとしたら、さっさと終わらせてしまわないと。


 「皆、外に出ます。 “迷界”の範囲が分からない以上、ここで待っている時間が惜しいです。 他の被害が出ない内に“上位種”を潰しますよ」


 そう言ってネコを抱えながら玄関まで歩き、ドアノブを回すが。


 「あれ?」


 「どうしました? 部長」


 他の面々も私の後に続いて玄関まで来たのは良いが、何故かドアが開かない。

 ノブは回る、鍵がかかっている訳でもない。

 だというのに、ドアがピクリとも動かないのだ。

 まるで壁にドアノブが突き刺してあるだけみたいに、いくら体重を掛けようとビクともしない。


 「いつかの、背景オブジェクトか……なんて台詞が思い出されますね……ピクリともしません」


 チッと舌打ちを溢しながら扉を叩く。

 まぁ悪い事ばかりではない。

 全部屋この状態なのであれば、一般人に被害が及ぶことは無いだろう。

 問題の“上位種”が訪ねて来たりしなければ、だが。


 「鶴弥さん、ちょっと変わってください。 試したい事があります」


 「あ、私もー」


 “獣憑き”の二人が扉まであるって来て、何やら離れろというハンドサインを送ってくる。

 大人しく従い、二人から距離を取れば……


 「ふんっ!」


 俊君が思いっきりドアに向かって拳を突き出した。

 しかもあのゴツいグローブを装着した状態で、だ。

 ズゴンッ! と腹に響く音が聞こえてくるが、扉はビクともしない。

 これ普通の扉だったら、事故った車のボンネットみたいになって飛んでいく威力な気がする。


 「凹みすらしませんか……なるほど」


 「ちょ、俊君? そういう所まで浬先生の真似しなくていいんですよ?」


 若干引き気味に呟くも、二人の耳には届いていないご様子。

 今度は早瀬先輩が腰を落として構え始めた。


 「俊君、ちょっとドアノブ回しておいてもらっていい?」


 「了解です」


 おい、今度は何をしようと言うのかね。

 なんて事を考えている内に、腰を下ろした早瀬先輩の姿が一瞬ブレた。


 「せいっ!」


 ドォォン……と、さっきよりでかい音が響き渡った。

 通常時ならアパート中からクレームが来そうな騒音、そして振動。

 こんな威力あるんだ、早瀬キック。

 物凄い速度の回し蹴りってだけではなく、重さもヤバイらしい。

 あんなの人間が食らったらミンチになっちゃう、やだ怖い。


 『これはいくらやっても無駄じゃな。 こっち側の家屋はただの“物”ではない、“意思”の塊の様なモノじゃ。 以前の“蛇”の様に見たままを再現した程度ならいざ知れず、今回のココは明確な“理”がある、それを覆す事は出来んのだろう。 この部屋という箱庭がこの世界の全てだとするなら、どう足掻いたところで外には出られん。 部屋の中のモノならまだしも、これはゲームで言う破壊不可のオブジェクトみたいなもんじゃ』


 ハッ! と唾でも吐きそうな勢いのコンちゃんが、顔を顰めて室内に戻っていく。

 あそこまで不機嫌そうな早瀬先輩の顔というのもレアだが、今そこに突っ込んだらコンちゃんに蹴られそうなので止めておいた。

 というか、コンちゃん今破壊不可オブジェクトとかいった?

 本当に現代楽しんでますね貴女。

 浬先生の家とかでゲームしてるの、絶対コンちゃんでしょ。


 「とにかく、防衛に徹するしかないって事だね。 訪ねてくるなら当然玄関だろうから、俺が応対するよ。 皆は他の所警戒してて」


 そう言いながら、天童先輩が玄関を陣取る。

 確かに“声”で対応してくれれば、相手のアクションも何かしら変わるかもしれない。

 ここはお言葉に甘えよう。


 「お願いします、天童先輩。 俊君、上島君は周辺の警戒。 早瀬先輩は、いざという時の為に天童先輩の近くで待機。 “上位種”が登場したら思いっきり蹴っ飛ばしてください」


 「「了解」」


 『顔を覗かせた瞬間に首を消し飛ばしてやるわ』


 なにやら約一名物騒な事を仰っている方がいるが、反応したら負けな気がする。

 皆が移動し始める事を確認した後、残されるのは私と三月さん。

そして黒家先輩と猫が一匹。


 「渋谷さん、聞こえますね? 何かそちらで変化があった時は3回鳴いてください」


 「ニャー、ニャー」


 「よし、では三月さんと一緒に部屋の中央で待機。 三月さんは何か見えたら、今度は誰の未来であろうと声を掛ける事。 黒家先輩は私と一緒に祭壇の調査です」


 「分かりました、猫ちゃんこっちで預かりますね」


 そう言ってから、私の腕から三月さんへと渡る三毛猫。

 本人の感覚としては、抱っこされていても嫌じゃないモノなのかな?

 平気で膝に乗って来たりするし、考えても無駄なのかもしれないけど。


 「さて、それじゃこっちも始めましょうか」


 「はい。 久しぶりですけどお願いしますね、黒家先輩」


 こちらこそ、なんて優しい笑顔を浮かべた先輩と一緒に部屋の奥へと歩いていく。

 その途中でチラリと隣の先輩を盗み見れば、未だににこやかな表情を保っている。

 昔なら、こんな風に笑う事なんて少なったのに。

 というか、“迷界”に居る時なんて常に無表情か、険しい顔をしていた気がする。


 「随分と、明るく笑うようになりましたね。 黒家先輩」


 ボソッと呟けば、黒家先輩は驚いた顔をこちらに向けて、再びほほ笑んだ。


 「こんな所で何を……と言いたい所ですけど、自覚はあります」


 あの鉄仮面上等だった元部長様が、随分と柔らかくなったものだ。

 なんて言い方は失礼だろうが、とてもじゃないが昔では考えられないくらい表情豊かになった気がする。

 そんな話をしながら祭壇に近づき、飾られている物品を調べていく。


 「やっぱり、呪いが無くなった影響ですか?」


 「まぁその影響も大きいですかね、命を落とす心配がなくなった訳ですから」


 クスクスと笑いながら、お札やら飾られた壺やらをひっくり返す黒家先輩。

 “迷界”の中に居ると言うのに、警戒が薄いとも思える私達の会話。


 「だから余計、呼びたくなかったんですよ……」


 その気持ちがこびり付いて離れない。

 もうこの人は“異能”を失ったのだ。

 ちょっと“見える”くらいの力は残っているモノの、ほとんど一般人に戻れたのだ。

 だからこそ、可能な限り関わらせたくない。

 こんなにも幸せそうに笑えるようになったのだ、だったら“こっち側”なんてもう見ない様にして、今まで苦しんだ分以上に幸せになってもらいたい。

 そんな風に思ってしまうのは、私の我儘なんだろうか。


 「貴女も大概、顔に出ますね。 そんなに気を使わなくて大丈夫ですよ、コレは私が望んでやっている事ですから」


 そう言って眉を下げながら笑う先輩から、思わず目を逸らしてしまう。


 「だって、これで何かあったらどうするんですか。 “普通”に一番近くなったと言うのに、こちら側に自分から踏み込む意味が分かりません」


 考えとしては言ったままだが、でも感情としての答えは分かっている。

 分かっているからこそ、呼びたくなかったのだ。

 この人は、絶対に助けに来てしまうから。


 「多分同じ状況になったら、鶴弥さんだってそうしますよね? ですからソレが私の答えです。 友人や後輩を助けたい、力になりたい。 これもまた、“普通”の願いですから」


 ホラ、やっぱりそういう事を恥ずかしげもなく言う。

 この人はあの一件から、随分と“素直”になった。

 如何せん、感情を曝け出し過ぎな気もしないでもないが。


 「だったら、私が黒家先輩を呼びたくない理由も察してくださいよ……」


 「そうむくれないで下さい。 ちゃんと理解しているからこそ、こうして最低限しか手を貸さない様にしているのですから」


 ムスッと横を向く私の頭に、黒家先輩は微笑みながら掌を乗せてくる。

 先輩の言った事だって、ちゃんと理解しているのだ。

 先輩達が無理を言ってまで関わってこない理由も、そういう事なのだろうと予想はしていた。

 互いに理解しているからこそ、手を差し伸べづらいし助けを求めづらい。

 なんて、私が卒業生になったら同じことで悩みそうだが。


 「今回はもう関わってしまいましたから、諦めて大人しく頼ってください。 その方が、喜ばれる事もあるんですよ?」


 「分かっています、分かっているからこそ自分が情けないんです」


 「全く、随分と良い後輩を持ったモノですね」


 なんて言いながら、頭に乗せた手でワシャワシャ撫でてくる黒家先輩。

 嬉しい様な恥ずかしい様な気持ちで、やはりそっぽを向く事しか出来なかった。


 「まぁそれはさておき、お仕事はちゃんとしましょうね? 余り悠長に構えて良い場所じゃありませんから」


 ヤバイ、話に夢中で完全に忘れていた。

 慌てて視線を戻せば、祭壇にあるモノが殆ど元の位置から動いている。

 話をしながらも、黒家先輩があらかた調べ終えた様だ。


 「す、すみません。 任せっきりになってしまって、後調べてないのは……」


 「これだけですね。 当然予想はしていましたけど、コレ以外はただのお飾りです」


 そう言ってから、祭壇中央の“形代”を指さした。

 書かれている名前は“神蔵咲”。

 間違いなく、あの家から持ち去られた片割れだった。


 「では、回収しちゃいましょう。 皆さん、警戒を――」


 『触……ナ』


 手を伸ばした途端、部屋の中にそんな声が聞こえて来た。

 ゾッと背筋が冷たくなる感覚。

地獄の底から響いている、なんて言われても納得してしまいそうな低い声。

 でも多分女性の声だった。

しかしソレは喉が枯れたとかノイズが混じっているとか、そんなレベルじゃない位に歪な音声。

本当に人間の声なのかと疑いたくなるほどに、醜い声が耳に残り続けた。

 そして……


 ――カツーン、カツーン。


 と、もはや聞きなれたヒールの音が響いてくる。


 「お出ましの様ですね……俊君と上島君は引き続き周囲の警戒を。 玄関からしか来ないとは言い切れませんので」


 ソレだけ指示を出してから、私たちは玄関を睨んだ。

 周りの窓からいきなり登場するとは思えないが、“上位種”だけが敵だと思い込んでいれば痛いしっぺ返しを食らう事もある。

 とにかく周囲を固め、本命が攻め込んで来た瞬間に一気にカタを……

 なんて思っていたら、近くに居た三月さんが急に大声で叫んだ。


 「天童さん、早瀬さん! 今すぐ後ろに飛んでください! 早く!」


 一瞬戸惑った表情を浮かべた二人だったが、綺麗なバックステップをかまして私たちの元まで戻って来た。

 しかしコレと言って変化が無いように見えるが……一体彼女は何を見たと言うのだろうか?


 「三月さんありがと。 ちょっとアレは初見じゃ避けられなかったかも」


 『ハッ、また質の悪いのが出て来たもんじゃ。 花の下にでも埋められたのかコイツは?』


 二人は何やら気づいた様子で、珍しく冷や汗を流している。

 一体何が……なんて思っている内に、小さな音が耳に届いた。

 ズルッ、ズリッと何かがこすれ合うような微かな音。

改めて二人の居た位置に目を凝らせば、床に何やら細い物が蠢いている。

虫? ではない……床から生えて来た?

 暗い玄関の床だからこそ目視しづらいが、蠢いているソレから小さな青紫の物体が姿を現した。


 「アレは……花?」


 さっきコンちゃんがそう言っていたにも関わらず、私も口に出してしまった。

 言っている間に咲き乱れる花々。

 ロベリアの花に似ている……が、蔦は未だに蠢いているので余りにも醜悪だ。

 美しいとも思える花の下で、絶対に触れてはいけないだろう悪意が満ちている。


 「あぁ確か、ロベリアの花言葉には……」


 ゆっくりと開いていく玄関の扉。

 さっきまではビクともしなかったというのに、向こうはそんな事おかまいなしだ。

 そして侵入してくる黒い影。

 “なりかけ”か何かかと一瞬思ったが、どうやらそういう訳でもなさそうだ。

 ボサボサの長い髪、枝の様に細い土気色の手足。

 土に塗れ、真っ黒に汚れたキャミソールと赤いヒール。

 更には体中に巻き付いた植物の根。


いや、巻き付いているだけではない。

海外ホラーの化け物みたいに、“寄生”されていた。

根はその肌を突き破り、本来眼球のあるべき場所には青紫の花がぎっしりと咲き誇っている。

気味が悪いどころでは済まない見た目。

これが、今回の相手。


 「“悪意”と“敵意”なんて言葉もありましたね、あの花は」


 引きつる顔でどうにか笑って見せれば、相手もまたニヤッと口元を歪ませて答えた。


 『そ……ハ、私……“器”』


 口を開いた彼女からは果実が腐ったような、鼻につく甘ったるい香りが立ち込めていた。



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