13階段
怖い話にタイトルと付けようとすれば、おそらくそれは似た様な事例の“怪異現象”の名前を引っ張ってくることになるだろう。
例え多少細部の違いはあろうと、体験した人物は「きっとコレだ」と思い込み、その事例に自らの体験を当て嵌めてしまう。
もちろん話を盛ったり、虚構だったり。
そんなお話は腐るほどある。
だがそんなウソの話であろうと、似た様な事が起こってしまえばソレは実例となる。
そういう観点から、怖い話とはそのものの流れを警戒するのではなく、各所に起こる現象を警戒せよ。
そんな風に教わった。
見えない私が語るのも変だが、私なりに考えた結果を話そうと思う。
誰でも知っているような怖い話であれば、口裂け女という怪異。
彼女は夕闇に現れ、「私綺麗?」と問いかけてくるらしい。
その返答次第で結果が変わるお話もあれば、別の物もある。
更には対処法が用意されているお話だって聞いた事があるだろう。
ではここで、“怪異”や“異能”などの本来あり得ない存在を認識している私達ならどう解釈するか。
そもそも数多くの人々に姿が見えている時点で“上位種”。
この時点で、もはやお察しだと言えよう。
何の力もなく“上位種”に遭遇すれば、無事に帰って来られる保証などないのだから。
「あー、考えてみれば確かに。 その手の話って結構多いから、脅かすだけの怖い話ってうさん臭いよね。 口裂け女でいうと鎌で口を切られる、なんて言ったりもするけど、そこまで連発してたら都市伝説っていうより猟奇事件だし」
「とはいえ、前のぶちょーの話だと誰しも“見える時”ってヤツがあるんじゃないかって言ってたよ? とは言えまぁ、口裂け女は確かに……そんなにポンポン出てこられてもっていうのと、ずっと生き残ってる怪異だったらとんでもない妖怪だしね」
各々感想を洩らしながら、うんうんと頷いておられる。
まぁ今のは例え話だからどうでもいいが、本題はここからだ。
「私が思うに、今回は“13階段”とかの類の話ではないかと」
「でもあれって、一晩に一段ずつお化けが近寄ってくる話だよね? 確かに大家さんの話では2週間くらいで出て行っちゃうって言ってたけど、この階まで結構階段あるよ?」
だからこそ、さっきの話をした訳ですよ。
ふっふっふと不敵な笑みを溢しながら、日向に向かって指を振る。
そもそも大前提の条件を設定しなければ、怖い話なんてのは結構色々なモノに当て嵌められる。
今私達が持っている情報はアパートの恐い話、更に2週間で入居者が出ていくという話からすぐさま何か起きる訳ではないという事が分かる。
そして形代が霊を集める事と、謎の生霊。
最後の二つは今回の怪現象を引き起こすキーとなっているだけの可能性を考え、一旦保留。
そして前の二つから、パッと思い浮かぶのはやはり13階段。
そもそも“上位種”が出てくるのなら、人が住める環境ではない訳だし。
それ以外だったとしても、実際何か起こるのなら相当図太い人じゃない限りすぐに出て行ってしまうだろう。
これらの事から、私は今回の件がソノ都市伝説の類ではないかと疑っている訳だ。
「そもそも13階段ってどういう話だっけ?」
「えっとですね……」
13階段。
それは学校の怖い話だったり、アパートなどの住居の話だったりと様々だ。
学校のとある階段は降りるときは12段なのに、登ると13段。
段数を数えながら登ると、その階段で死んだ霊が出てくる。
とか。
とある事故物件で、深夜になると「階段ひーとつ、のーぼった」という声が聞こえてくる。
その声は毎晩続き、13段登りきると自分の部屋に何者かが訪れて命を落とすという話だ。
死に方も様々だ。
翌日自殺したという話もあれば、13日目に友人たちを呼び警戒していると、部屋の借主だけが失踪……というより神隠しにあう。
部屋中にお札を貼った結果、札がその人物の口の中に押し込まれるなんていう話だってあるのだ。
「えーっと、つまり? 階段の所を警戒すればいいのかな?」
「多分そうなんだと思いますけど。 私が考えただけなのであまり過信しないでくださいね? そもそも大前提を崩すべきだって言った後ですからねぇ」
結局は、起こってみないと分からない。
“13階段”一つでも、色々な終わり方、条件、対処の仕方があるのだ。
これを考えだしたらキリが無いだろう。
なんて考えていた時だった。
「……もう少し、全体的に疑う事を覚えましょうか。 一部を疑っても、残りを全て信じては意味がありませんよ」
そんな事を言いながら、モソリと部長が顔を上げた。
相変わらず体は寝っ転がったまま、未だちょっと眠そうな顔をしておられる。
「あっ、すみません部長。 うるさかったですか?」
「いえ、他の要因で起きただけですのでお気になさらず」
そういってからモソモソと起き上がり、「ん~~」なんて声を漏らして背中を伸ばしている。
恰好からして本当に小動物に見えて来た。
ていうか他の要因って?
「さて、その13階段。 全てが嘘という訳ではありませんが、ほとんどの場合勘違いの類ですよ? 特に学校の方は。 そしてアパートの2週間以内というのは、それだけで13階段と結びつけない方が賢明です」
「そうなんですか?」
勘違いと言われてしまえばほとんどの事例に当てはまる気がするのだが……部長はまだ目をこすりながら、こちらを振り返った。
「まず階段の段数が変わる現象。 これははっきり言えば数える人による、と言うか認識の勘違いです。 下りは12段、登りは13段。 これは最後の一歩を上る時、それを段数と数えている事から起こります。 この意味がわかりますか?」
みんながみんなう~ん? と首を傾げ、しばらくしてから部長が口を開く。
「皆さんは階段を下る時、下の階に着いた瞬間の一歩を“階段”とカウントしますか? しませんよね、視界に“階”そのものが広がっているんですら」
まあはい、しないと思います。
曖昧な感じで頷いて見せれば、部長はクスクスと笑いながら話を続ける。
「逆に上る際、特に数えながら登ったりすると起きる勘違いが有ります。 最後の一歩、つまりその階層にたどり着いた一歩を1段としてカウントしてしまうんです。 視界による勘違いと、更には体感的に“上った”という感覚による勘違いです。 下るときには“下についた”、上がった時には“上に上った”。 言葉にすると分かりづらいかもしれませんが、これが段数の変わる階段の原理と言われています」
ちょっと分かりずらい、というか体感しないとわからないかもしれないが……一応納得は出来る。
登った時の最後の一段は、階段ではなくフロアに上る為の一段。
結局階段そのものは12段でも、同じ高さ、同じ形状の“階層”に上った事を一段と数える、という事なのだろう。
特にこの話の出所は小学校が多かった事から、その勘違いによって生まれた話な可能性は十分あるのだろう。
でも、だとしたらアパートの方は?
こちらは大人が対象になるだろうし、そもそも“何か”が起こっているのだ。
なんて口に出してみれば、少しだけ困った顔をされてしまった。
「こちらは本当に何かがあった可能性が高いです、しかし2週間という期間。 それは13階段と直結して考えるのは余りにも不自然です。 お決まりの台詞が聞こえたなら別ですが」
「でも2週間以内に引っ越しですよ? いくら何でも普通なら早すぎる引越しな上、他のモノが出て来ているなら遅すぎる気がします。 なので13日以内に引っ越そうと考えさせられる怪異って言うとコレかなぁって……」
それ以外に思いつく“怪異”が、私の記憶の中には存在しない。
元々そういう話に詳しい訳ではないので、全くいないとは言えないだろうが。
その日の晩に何か出たなら、住人は次の日には嫌になるだろうし。
13階段なら徐々に近づいて来て、最後の方で焦り始める、みたいな感じで納得できるが……
「人というのは、実害が無ければ自身を無理やり納得させる生き物です。 引っ越し初日に何かが起こっても“勘違い”だと言い聞かせ、徐々に近寄って来た何者か告げる最終日の前日に“もう駄目だ”という結論にいたる。 よく聞く話ですが、でもそれでは遅すぎるんです」
「と、いいますと?」
皆話に食いついていたのか、優愛先輩が身を乗り出して部長に尋ねてくる。
「だって、引っ越し業者ってそんなに早く動いてくれませんから。 自身の車で引っ越しを終えるなどしない限りは、業者を呼んで見積もり、予定の確認、業者の空いている日に実行、その前に引越し先のカギの受け取りなどなど。 仕事をしている人ならそこまで時間を自由に使えない上、業者は夜には動いてくれません。 少なく見積もっても1週間そこらはかかります。 普通なら二週間から1か月くらいはみないと」
もちろん次の部屋が最短で見つかれば、の話ですけど。
なんて言って、部長は笑った。
なんとも、現実的なお話が飛び出してきたものだ。
私は引越しの経験など無いので、その辺りは良く分からないが……確かに部長の言う通りなのかもしれない。
そんなにポンポン引越しできる資金がまず必要だし、実家に戻れば……なんて思ったりもするが、そもそもアパートやマンションを借りるのだって当然理由があっての事だろう。
13段登るうち、12段目でいきなりの引越しはまず不可能。
だとすれば別の宿泊施設を頼るなど方法はあるかもしれないが……それなら大家さんまで2週間程度とは言わないだろう。
だって契約自体は残っている訳だし。
「つまり13階段ではない、ということでいいんですかね? となると他の何か……というか当て嵌める事自体が間違っているとか?」
結局どうなのかと問い詰める日向は、もはや小説を枕元に放り出している。
いやはや、成長したものだ。
色んな意味で。
「いえ、そこまでは言いませんよ。 そして今回が13階段である可能性も否定しません。 ですが、環さんの言った通り前提を崩して考える必要があるというだけです」
「と、いいますと?」
「今まで出会った怪異は、目の前の獲物を狩るのに13日も待ってくれましたか?」
その言葉と共に、カツーン! と階段を上る高い足音が聞こえた。
この部屋の隣にあるのは非常階段。
そちらから、ヒールで鉄の階段を踏んだ様な音が鳴り響いて来た。
「えぇっと……皆何か聞こえたよね? 今聞こえたよね? おかしいな、“共感”を通して見る限りでは、何もいないんだけど」
早くも事態が悪い方向に転がったらしい。
というか、部長が起きた要因って……もしかしてこれ?
「さて、思ったよりも早かったですね。 皆さん準備してください、コレが13階段であった場合、大人しくお決まりの台詞を聞いている暇もないかもしれませんよ? 下手すれば13日間サバイバルです」
そう言って寝袋を脱ぎ捨てた部長。
ええと、つまり?
最悪の場合毎晩襲ってきて、最後に大玉が現れるみたいな?
何それ嫌すぎる。
慌てて男子部屋に連絡を取ろうとスマホに耳を当てた瞬間、再び緊急事態が訪れた。
部屋の中を見回し、一旦スマホを下に下ろす。
「環さん? どうしました? 早く連絡を」
「いっちゃん? 平気? 私が連絡しようか?」
先輩二人が心配そうな眼差しを向けてくるが。
違うんだ、心配されるべきなのは私じゃないんだ。
「えっと、あの……うん。 緊急事態だから仕方ないかもしれないけど、このままじゃ呼べないよね」
日向だけは分かってくれたようで、あはは……と乾いた笑い声をあげていた。
部長は首を傾げ、優愛先輩は未だ目を閉じているが……
「お二人共、せめてもう少し服着て下さい。 部長に至っては寝袋のままの方がいいかも……」
優愛先輩は先程も言った通りの薄着。
そして部長は寝袋から脱皮したのはいいものの、優愛先輩に負けないくらいの薄着。
滅茶苦茶短い短パンに、上はちょっとサイズの大きいTシャツ一枚。
コレは流石に男子呼べないっす、色々見えてしまいそうです。
「……駄目ですかね? 別に露出している訳でも色気がある訳でもないんですが」
「あーえっと、うん。 ぶちょーを見てたらなんか恥ずかしくなってきたので、ウチも何か着るわ……」
人一倍自覚が無い最年長さんは首を傾げているが、隣に立った優愛先輩にはお分かりいただけたのだろう。
そのゆるゆるTシャツ、多分上から見たら色々見えます。
「まぁいいです、すぐ着替えちゃいますので二人を呼んでおいてください」
「えーと、急いでくださいね?」
良いのだろうか? なんて思ったりもするが、指示を受けたので大人しく男子に連絡を取り始める。
とりあえず、お決まりの展開にならない事を願うばかりなのだが……大丈夫かなぁコレ。
上位種編に入りましたが、ホラーパートはもちっと先です。





