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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
第二部

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状況が進展した。

 びっくりするくらいな勢いで。


 「って言っても……コレは……」


 目の前には3階建てのコンクリートマンション。

 随分と年期が入っているものの、手入れは行き届いているご様子。

 ベランダの様子、駐車場を見てみてもそれなりの入居者はいる様だ。

 そして今回の探し人はここにいる……らしいのだが。


 「ここ最近話題に上がり始めた“幽霊マンション”ですね。 とある部屋に入居すると、絶対に2週間経たずに出て行ってしまうとか何とか……とはいえ住人は普通に居ますし、監視カメラもあるようなので、心霊スポットにはなっていないみたいですが」


 環さんと渋谷さんの持ち帰って来た成果は、形代に書かれていた名前の人物を知る方から直接話を伺えるというモノだった。

 おいマジかよ、探偵さんじゃないんだから。

 なんて事を思ったりもするが、運が良かったと口を揃えて答える彼女達。

 当初はすぐにでも来てくれと言われたらしいが……ちょっとあの二人だけでは色々な不安が残るので、後日改めて時間を頂く形にして、本日私達が訪れたという訳なのだが。


 「これはまぁ……怪異の心配という意味で、僕達が来てよかったですね。 人間の心配もあるので、本来なら俊君か草加先生にも来てもらいたかったのですけど」


 「まだ活動禁止中ですからね、彼は。 浬先生はそもそもこの手の話NGですし……というかまさかこんなに早く“活動”することになるとは、音叉もまだ直ってないのに……」


 まあボヤいた所で仕方がない。

 それにまだ怪異や変な人が出ると決まった訳ではないんだ。

 話を聞くだけで、あっさりと終わるかもしれないじゃないか。

上島君が何やら不穏な事を言ってた気がするけど、それが私達と関わってくる可能性はそう高くない……はず。

そうだと信じたい。


 「ホラ、二人共。 いつまでも見上げてないで、到着の連絡入れるわよ? シャキっとしなさい」


 今回のメンバーは私、上島君、椿先生の三人。

 話を聞きに来ただけなので、あまり大人数で押し掛ける訳にいかないだろうという配慮。

 そして今回は紹介からの面談、更には何やら訳ありっぽい雰囲気を醸し出していたらしいので、相手の信用を得る為にも椿先生について来てもらった。

 こういう時、浬先生以外に顧問が居てくれて本当に良かったと思う。


 「あ、もしもし。 先日お約束頂きました、オカルト研究部副顧問の椿と申します。 はい、はい。 今到着しましたので、そのご連絡を……あ、はい。 分かりました、お待ちしております」


 そう言ったものの、椿先生は通話を切らずに周囲を見回している。

 もしかして迎えに来てくれるのだろうか。

 部屋番号さえ教えてくれればこちらから出向くのに、律義だなぁ。

 なんて思っていたら、その人物は予想外の場所から現れた。


 「こちらです。 わざわざお越しいただいて、本当にありがとうございます」


 片手にスマホを持った男性が、こちらに手を振ってから頭を下げて来た。

 部屋は一階、それくらいなら別に驚く事ではないのだが……


 「あの、部長。 あそこ、“管理人室”って書いてありません?」


 上島君が言った通り、彼が出て来た部屋には番号ではなく文字列が並んでいた。

 詰まる話、アレですかね。

 しかも事務所や待合室ではなく、普通の部屋にその札が貼ってある。

雇われとかじゃなくて、本当の意味の管理人さん。

 いわば大家さんって事なんですかね。


 大家さん在住アパートって初めて見たかもしれない。

 う、うわぁ……ココの怪談と関わらなければ良いなぁなんて思っていたのに、思いっきり最初から片足突っ込んだ気がするぞ?

 ちょっとコレ、嫌な予感がする。


 「ど、どうも……オカルト研究部部長の、鶴弥と申します」


 「同じく、部員の上島です。 本日はお忙しい所、お時間を頂きましてありがとうございます」


 それぞれ挨拶を交わしながら、みんな揃って頭を下げる。

 そんな私達に「いえいえ、こちらこそ」なんて言葉を溢しながら、大家さんの方もペコペコと頭を下げ始めた。

 随分と腰が低いようだが……というより、その前に顔色が良くない気がするのだが。

 体調が余り良くないのか、顔も肌も青白く見える。

 こういう人は憑かれやすいし、少しばかり注意しておかないと……


 『たすケて』


 「え?」


 急に“声”が聞こえて、会話中にも関わらず頭上を見上げてしまった。

 当然そこには何もない。

 まるで上の階から声を掛けられたみたいに感じたが、見上げたベランダからは生活感の欠片も感じなかった。

 空き部屋?

 いくつかの連なった部屋からは、人気というか生活感がまるで感じられなかった。


 「部長?」


 上島君の声で我に返り視線を戻せば、そこには不安そうな顔の大家さんが。


 「あ、えっと、すみません。 では早速、お話を聞かせて頂いてよろしいですか?」


 「……はい。 では、こちらへどうぞ。 散らかっていますが、お茶でも飲みながら話しましょう」


 そう言って、彼は管理人室と書かれた扉を開ける。

 中に見えるのは普通のアパートの一室。

 みんなが扉を潜り、室内へ入っていく。


 「……」


 そんな中私だけは、最後まで上の階から聞こえた“声”の主を捜していた。


 ――――


 「ではまず、こちらをご確認ください」


 テーブルの上に差し出された形代。

 一般家庭のテーブルの上に、こんなものが差し出される時点で違和感しかないが。


 「はい……間違いありません。 以前ウチにあったものです」


 そう言いながら、彼は顔を歪めた。

 やはりあまりいい思い出の品ではない様だ、当たり前と言えばそうなのだろうが。

 普通ならこんなものを差し出されて、喜ぶ人は居ないだろう。

 正確な意味合いや、どんな風に使われるかを知らなくても、一般的に見た目からして不気味な代物なのは間違いない。

 過去にコレとどんな関りがあったのか、兎に角早く手元に届けてくれと電話では言われたが……流石に事情も聞かずに渡す訳にもいかないだろう。


 「ここに書かれた“神蔵雫”というのは、私の娘です。 そしてこの木札は、あの男が持って行ったモノ……それからです、ウチのアパートでおかしなことが起こり始めたのは」


 急に憎しみの籠った表情に変わった大家は、ぼそぼそと小さな声で語り始めた。


 なんでも彼の家のお嬢さんは事故にあい、今でも意識不明なんだそうだ。

 娘の心配もさることながら、今度は事故を起こした相手がゴネ始めたんだとか。

 しかもソレが原因で裁判が怪しい雲行きとなり、周りからの風評被害、長々と続くお話合いで家族全員疲れ果ていたそうな。

 そんな所に現れたのが、怪しげなセールスマン風の男。

 なんと彼のお願いに答えてくれれば、お金も取らない上に窮地を救ってくれると言ったらしい。

 阿保か、と言いたくなる出来事だが、藁にも縋る思いでその話に乗ってしまったそうだ。

 まさに神頼み、弱ったところに付けこむ宗教団体のやりそうな事だが……

 実際その人物のお願いを聞き始めてから数か月後。

裁判は終わり、全面的に相手方が悪いという形で公表されたらしい。

 わぁ凄い、捨てる神あれば拾う神がなんとやら。

 めでたしめでたし、とそれで終わればよかったのだが。


 「その人物の“お願い”が、祭壇の設置とこの形代に祈る事、ですか。 そして事件が終わると同時に、形代だけは回収されたと」


 「えぇ、そしてその後このアパートでおかしな事が起こり始めました……お祓いを頼んでも、神社の方を呼んでも状況は悪くなる一方でして。 更にはもう一人の娘も体調を崩し始める始末。 もう何が何やら……だから少しでも事情が分かりそうな方には、手当たり次第に話を伺っておりました。 そんな時に、この人型が見つかったと連絡を受けまして」


 そして今回は私達に白羽の矢が立った、という訳だ。

 ある意味ではコレだけやって駄目だったからこそ、私達の様な子供でも話を聞くことが出来たとも言えるのかもしれないが。

 というか、そもそもおかしな事例に自ら首を突っ込んだのだ、ある意味では自業自得だと言えよう。

 とはいえ今回は本人たちが遊び半分で手を出した訳じゃない。

 明らかに“その男”の悪意ある行動によって、呼び起こされたのだろう。

 形代、祭壇、祈り。

 そして生きている者を蝕むナニか。

 更に言えば、私達の前に現れた生霊。

 もうね、何故こうも面倒事が舞い込むのか。

 間違いなくコレは、質の悪い“呪術”の類だろう。


 「あの、その祭壇を見せてもらう事は出来ますか? そちらも回収されちゃいました?」


 「いえ、そちらはまだ家にあります。 もう片付けるのも怖くて……」


 上島君の質問に、大家さんはそんな風に答えながら奥の部屋へと案内してくれた。

 2LDKくらいの部屋だろうか、この家結構広い。


 「実際にどのような事が起きているのですか? 幽霊の類だとは予想しておられる様ですが。 ご自身が確認された事は?」


 「変な物音や足音、ラップ音って言うんですかね。 その手の類はこの部屋でも毎日の様に……ですが一番困っているのがもっと上の階なんですよ。 部屋を貸したお客さんから、夜な夜な声が近づいて来て、扉を叩かれるとか。 その他にも色々――」


 上島君が話を聞きながら皆で廊下を歩いていくと、大家さんが一番奥まった所にあった襖の前で止まった。


 「ここです」


 襖を開けば、そこに広がるのはまごう事なき和室。

 結構立派、大人数人が集まって騒ぐことが出来そうな程広い。

 普通ならちょっとテンションが上がりそうな光景だというのに、私はその部屋を見た瞬間吐き気を催した。


 「なんですか、コレ……」


 部屋の中に均等に並べられた座布団、そして奥には豪華な祭壇。

 祀るという意味では決して間違っていない。

あの場にご神体の一つでも置いてあれば、大層立派な祭壇だったであろう。

だというのに……


 「まるでお葬式ね……それに、何? この匂い」


 椿先生さえも、その部屋を見て顔を顰めた。

 まるで果実か何かが腐った様な匂い。

 良くない、ここは本当に良くない場所だ。

 直観的にも、“異能”からもその事が伝わってくる。

 まるで以前ウチの蔵を覗き込んた時みたいに、ゾワッと背筋が冷たくなった。


 「何故かこの匂いが抜けないんですよ……祭壇その物が匂っている訳ではないみたいなのですが。 食べ物の類もありませんし……」


 大家さんも困り顔で、額の汗を拭っている。

 不安、焦燥、絶望。

 そんな感情が、この部屋に居るだけで沸き上がってくる様だった。


 「一度調べて見てもいいですか? 僕たちはコレでも色々見てきているので、少しは何か――」


 「上島君、札の準備を。 攻撃用です、しかも大量に。 椿先生と大家さんはそこから動かないで下さい」


 上島君が許可を取ろうとしていた所を遮り、無断で室内に入り込んだ。


 「え、ちょっ部長! あんまり勝手な事は……」


 「早く来なさい」


 それどころじゃないんだ。

コレは、そんなにのんびりしていていい事例じゃない。

だって、こんなにも“聞こえてくる”のだから。


 「茜さん、居ますか? どうせ居ますよね、“目”を貸してください」


 「はいはいっと、どうせ居ますよぉ。 途絶えさせちゃいけない場所を見ればいいのかな?」


 突然目の前に現れた黒セーラーに、後ろで待機していた二人から軽い悲鳴が上がった。

 彼女の事は後で説明するとして、今はこっちが優先だ。


 「うーん……夏美ちゃんくらいの“眼”があればしっかり見えるのかもしれないけど。 私には大体の場所しかなぁ……とりあえず、前に見た“生霊”と似た様な気配は祭壇の真ん中とてっぺん。 明らかにまだ“繋がってる”ねぇ、それ以外は祓っちゃっていいと思うよ?」


 「上島君、準備はいいですか?」


 「全く持って意味が分かりませんが、準備は出来ました。 いつでもどうぞ」


 ブレザーの下に隠したホルスターから、両手に有り余るほどの札を構えた上島君が静かに頷いた。

 後ろで大家さんが何やら騒いでいるが、向こうは椿先生に任せよう。


 「まずは祭壇付近へ一枚。 その後いっぺんに来るかもしれないので、警戒は怠らない様に。 椿先生、そっちは任せます」


 「りょ、りょうかーい! 大家さん、色々心配なのは分かりますけど今はどうか、あの子達に任せて――」


 バタバタと騒がしい音も聞こえるが、もし何かあっても“巫女の血”の傍なら大丈夫だろう。

 “上位種”でも来ない限りは。


 「では、行きます!」


 そう言って、上島君の放った一枚のお札が祭壇の目の前の床に落ちる。

 そして。


 ――オオオオオオォォォォォォ!


 「来ますよ」


 まるで緊急のサイレンが鳴り響く様な音量の叫び声が、室内に鳴り響いた。

 鼓膜だけではなく、室内まで振動しているように感じられる。

 それくらい、“集まっている”のだ。

 全く、運が無い。

 こんな最悪な事例をことごとく引き当てる上、今は音叉もない。

 そして“腕”や“獣憑き”だって、今日はお留守番させてしまったのだ。

 本当にいつもいつも、こんなのばっかりだ。

 部屋全体を“黒い霧”が包み、そこら中から“ヤツら”が顔をのぞかせた。


 「まず左! 二つ目の窓!」


 「はい!」


 近づいて来た“声”の位置を知らせ、上島君が札を数枚投げる。

 そのお札が紫色の炎に焼かれ塵に変わったあたりで、後ろの二人も異常な事態に理解が追い付いたのか、静かに息を呑んだ音が聞こえて来た。


 「うっはぁ……私の“目”とかいるかなぁ。 鶴弥ちゃんの“耳”の方が反応早いんだけど」


 「茜さんはとにかく緊急事態に備えてください。 部長の“耳”は、あり得ないくらいに索敵能力に特化していますから」


 「へいへーい。 徹君も、さっき言った所にはお札投げないようにね? 繋がってる子達が死んじゃうかも」


 「子……達?」


 うるさい二人を無視して、今度は逆側の壁を指さした。

 それと同時に数枚の札が飛んでいく。

 うん、問題ない。

 私達だけでも対処できる。

 今の所“上位種”の音も、“なりかけ”の気配すら感じない。

 “音叉”が無ければ私にはこれしか出来ない、だからこそ全部“聞く”んだ。

 大丈夫、ちゃんと聞こえる。

 皆が吐き出す息、動くたびに擦れる衣服、そして心臓の音。

 もちろん“ヤツら”の声や、這いよって来るその雑音すらも。


 「さぁ、大掃除です」


 私は瞳閉じて、久しぶりに“耳”に全神経を集中させたのであった。

 ブクマ、評価などなど。

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