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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
第二部

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トイレの花子さん 4


 「――! ――、……!?」


 真っ暗闇の中、何かが聞こえた。

 よく知っている耳馴染みの良い声。

いつの頃だったか、私が憧れたその人の声。


 「――るやさん! 起きてください!」


 徐々に覚醒していく意識の中、瞼を開ければ。


 「気が付きましたか!? よかった、本当に良かった……」


 目に涙を浮かべた俊君の顔が、物凄い至近距離にあった。

 もしかして腕に抱かれているんだろうか?

 それくらいに近い。

 私くらいに異性と“そういう”接点のない女子となれば、慌てふためく状況なのは間違いないだろう。

 ただ今の私は、彼の顔を見た瞬間“戻ってこられた”という気持ちしか湧かなかった。

 慣れない男子との接触や、過去に彼に対して恋心を抱いた事もあったというのに。

 いまでは“部員の顔”を見て安心した、という気持ちしか湧いてこない。

 薄情、とは違うか。

 もしかしたら私は心が移り易い様な、軽い人間なのだろうか。

 かつて好きだったと確信を持って言える相手に抱かれているというのに、まるでそう言った感情が思い浮かばない。

 全くどうしたものか。

 いつから彼が“こういった事”の仲間という認識になっていたのか、今の私には分からないが。


 「大丈夫ですか鶴弥さん、襲ってきた怪異はどこに? 音叉で祓った後ですか?」


 そう聞かれた瞬間、一気に目が覚めた。

 ガバッと体を起こして周りを見渡せば、すぐ近くに転がっている私の音叉。

 慌ててソレを掴み上げ、床を叩いてみると。


 「夢であって欲しかった……」


 ビィィンと情けない音が周囲に響いた。

 あり得ない、というかあり得ないと思いたかった。

 現実逃避したくなるくらいに異常事態だ。

 今はもう“なりかけ”がどうとか、“トイレの花子さん”とかどうでもよくなってきた。

 こっちの方が一大事だ、泣きたい。


 「あの、鶴弥さん。 音叉、どうしたん――」


 「部長!」


 俊君の声を遮って、上島君や三月さん達がトイレに駆け込んで来た。

 随分慌てているらしく、二人は足元に転がっている瓦礫やゴミなんかを蹴飛ばしながら走り寄ってくる。


 「大丈夫ですか!?」


 「あの、アレ以降何も見えなかったんですけど、怪我とかありませんか部長?」


 二人して心配そうに私を覗き込んでくるが、今は気を使う元気もない。

 なんて言うと薄情にも思えるが、もう今すぐにでも引きこもりたいくらいに落ち込んでいた。


 「部長?」


 何も答えない私を不審に思ったのか、全員の視線が私に集まる。

 もうね、どうしようか。


 「……壊れちゃいました」


 「えっと?」


 ポツリと呟いたその一言に、上島君が反応する。


 「音叉、壊れちゃいました……」


 それだけ言って、手に持った音叉を皆の前に持って行く。

 暗がりなのでろくに見えたもんじゃないだろうが、皆の目が見開かれたのが分かった。

 これで私も戦力外だ、そう考えると乾いた笑いが漏れる。

 もう“聞く”事しか出来ない私は、今のメンバーの中でどこに立てばいいのか想像が出来ない。

 調べる事は出来るが、戦う事は出来ないのだ。

 ならば中衛、というか俊君や上島君の後ろにでも隠れながら調査するか?

 でもいざという時は三月さんも居るし、事前に調べるなら渋谷さんと茜さんが居る。

 あぁもう、本当に“耳”って役に立たないな。

 なんて、自暴自棄になり始めた頃再び事態が動き出した。


 「っ! 来ます! 集まった幽霊たちが、一斉にこちらに向かって来てます!」


 三月さんが急に鋭い声を上げ、入り口を睨んだ。

 今でこそ変化は見られないが、彼女が“見えた”というのならすぐさま集まってくるのだろう。

 私には、何もできないが。


 「部長、音叉の件は後で。 今はとにかく目の前に集中しましょう」


 そう言って立ち上がった上島君が、トイレの入り口付近に数枚のお札を貼っていく。

 強行突破して帰る、という手段もあった気がするが彼は殲滅する事を選んだようだ。

 まあ今までそうして来た事が多かったので、当然の様にそう判断したのかもしれない。

 しかしそれは“結界”を使って、ある程度の安全を確保した上での選択だったのだ。

 聞こえてくる“音”は10や20では効かない量に思える。

 俊君が獣憑きになって正面から戦えば脅威ではないのかもしれないが、今は“迷界”に居る訳ではない。

 そこら中から“カレら”が顔を出してくるだろう。

 そうなってしまっては、手が足りない。


 「どうしますか? 鶴弥さん」


 いつも通りこちらを真っすぐ見つめてくる俊君。

 どうすると言われても、どうしようか。

 もう君たち頼みになっちゃうし、偉そうに指示だけ出しても良い物なのかな?

 なんて思っていると、ベチッ! と音がするくらい強めに両頬に手を当てられてしまった。


 「しっかりしてください! 今は貴女が部長なんですよ!? ショックなのは分かりますがソレは所詮道具です、いつか壊れます。 でもこのまま何もせずにいれば、今度は部員を失う事になりかねませんよ!?」


 キッと睨んでくる俊君の言葉を聞いて、少しだけ心が落ち着きを取り戻した気がした。

 確かにその通りだ。

 ここで不貞腐れていた所で音叉は直ってはくれないし、もっと被害だって出るだろう。

 そして道具がなかろうと、対抗手段が無かろうと、前の部長は常に先頭に立っていたではないか。


 「……すみません俊君、ちょっとデコピンしてもらっていいですか。 威力は噂に聞いておりますので」


 「え? あ、はい。 別にいいですけど」


 本当にいいんですか? みたいな表情で首を傾げる彼に対して、真剣な表情で頷く。

 見守っていた三月さんは何が何やらといった具合にアタフタしているが、今は放置だ。

 グッと首に力を入れ、目を閉じて準備完了を知らせると……


 「いきますよ?」


 ズバンッ! と額で何かが炸裂した。

 のけ反りはしたが吹っ飛んだりはしなかったので、多分手心を加えてくれたのだろう。

 だとしても、眼蛍が飛ぶくらいにヤバイ衝撃だったが。

 とはいえまぁ、気合いは入った気がする。


 「ありがとうございます、おかげで冷静になりました」


 「大丈夫……ですか? 部長、おでこが真っ赤ですけど」


 あんなデコピンを食らったのだ、何もない方がおかしい。

 出血して真っ赤とかなら問題だが、そう言う訳ではないので平気平気。

 頷いて見せたのだが、三月さんは心配そうな表情でハンカチを私の額に当てて来た。


 「上島君、迎撃用と防衛用のお札の準備。 数枚ずつ私と三月さんにも渡してください」


 「了解です部長」


 お札を貼り終わったらしい上島君は、ホルダーから数枚のお札を抜き出しながら歩み寄ってくる。


 「次に三月さん。 “未来視”が何か捉えた場合、誰が襲われるのか、どこから来るのかだけをいち早く伝えてください。 このメンツならそれだけでも対処できます」


 「わかりました!」


 グッと拳を握る三月さんは、いつも以上に気合いが入っているご様子。

 これなら途中で恐怖に屈する心配などないだろう。


 「俊君、トイレの個室にモノを隠すならどこに隠すと思いますか?」


 「まぁ、ここでしょうね」


 そう言って彼は、トイレの水タンクの蓋を取り去った。

 当然水は枯れているし、普通なら物を入れる場所ではないのだが……


 「これ、なんでしょうね?」


 中から取り出しのは黒いビニールに包まれた何か。

 中身を確認したい所ではあるが、今は時間がないので後回しだ。


 「分かりませんが、ソレが怪異を集めていた元凶なのでしょう。 俊君はソレを持ったまま正面突破、一番危険でしょうがやってくれますか?」


 「当然です。 むしろ相手から寄って来てくれるのなら、余計やりやすいですよ。 僕に出来る事は“殴る”ことだけですから」


 いつか聞いた様な台詞を吐きながら、彼は部室で見せたゴツいグローブをその手に嵌めた。


 さて、準備は整った。

 入口に視線を向ければ、上島君の仕掛けたお札に引っかかり炎上している“雑魚”達の姿が。

 触れたら燃え上がる物もあれば、結界の様に相手の侵入を拒む物も使用しているらしい。

 流石に音叉程とまでは行かないが、それなりに抑え込んでいる様に思える。

それでもやはり、人数が多すぎる。

閊えた満員電車の様に、徐々に徐々にこちらへと押し込まれてくる怪異達。

突破されるまで、十数秒というところだろう。


「俊君に正面突破してもらって、私達もすぐ後ろに続きますよ。 上島君、三月さん、私の順で一気に浬先生の元まで走ります。 上島君は可能な限り打ち洩らしの駆除、三月さんは“未来視”に集中してください。 お札はあくまでも保険です、とはいえ使う時は躊躇しないように」


 「部長は音叉なしですけど、一番後ろで大丈夫ですか?」


 指示を出し終わった後に、上島君の不安そうな瞳がこちらに向いた。

 今までの様に“結界”を張って守る事が出来ないのだから、不安になるのは当然だろう。

 とはいえ、先程の様に不貞腐れる訳にもいかないが。


 「君のくれたお札もありますからね、問題ありません。 集中して警戒してもらう為にも、三月さんに向かってくる怪異は私が何とかしますよ。 近ければ“耳”で大体の場所は分かりますからね」


 ニヤっと笑いながら渡された札をヒラヒラと左右に揺らして見せる。

 どこか不安そうにしながらも、ぐっと言葉を呑んで正面を向き直った上島君。

 言いたい事も不安要素があるのも分かっている。

 彼がトレスした札は確かに効果がある。

 だがやはり本領を発揮するのは、“指”の異能の持ち主が使用した時なのだ。

 他の人も使えないことは無いが、効果は随分と薄くなる。

 でも今は何もないよりずっとマシだ。

 多少無理があろうとなんだろうと、突破する以外の道はない。

 “なりかけ”や“ブギーマン”が出てきた以上、不必要に長居するのは危険すぎるのだ。


 「では行きますよ! 皆準備は――」


 プルルルル……なんて、間抜けな音がトイレの中に響き渡る。

 誰だ、こんな空気の時にマナーモードにし忘れた奴は。

 などと思わず叫びたくなったが、残念なことに鳴っているのは私のスマホだった。


 「えーっと……と、とにかくもう札が持ちませんよ! 行くなら早くしないと!」


 慌てた声を聞いて、着信を拒否する。

 あぁもう、締まらないなんてもんじゃない。


 「では改めまして……行きます! 俊君!」


 「はい!」


 彼は走り出すと同時に拳を構え、私達は離れない様にすぐさま後を追う。

 丁度そのタイミングで全てのお札が灰に変わり、雪崩の様にこちらへと流れ込んで来た怪異達。

 やはり私達が持っている“ビニールに包まれた何か”を求めているのか、普段とは随分と雰囲気が違い、皆一目散に俊君を狙ってくる。


 「――せぁっ!」


 カレらの元へいち早く駆け込んだ彼が、掛け声を上げて拳を打ち込んだ。

 はずだったのだが……


 「……え?」


 拳が当たる寸前、その全てがビタリと静止した。

 何が起きた?

 あまりの異常事態に、拳を突き出した状態のまま俊君がこちらを振り返ってくる。

 どうしましょう? と言わんばかりだが、私にもコレはどうしていいのかわからない。

 数秒沈黙が続いたが、後ろの方に居る“雑魚”達が何やら騒ぎ始める。


 『キタ、きたヨ。 きタ――』


 まるで恐怖が伝染していくみたいに、怪異達が動揺した声を上げていく。

 来た? 一体何が……

 なんて思った所で、気を失う前の光景が脳裏に浮かんだ。

 “怪異を殺す怪異”、あの真っ黒な化け物の姿。


 「まだ報告していなかった事があります……」


 「部長?」


 顔色を変えた私にいち早く気づいた三月さんが、不安そうな瞳でこちらを覗き込んで来た。

 前の二人は、未だ動揺の広がる怪異達を警戒しているが、耳だけはこちらに向けてくれている様だ。


 「私が気を失う前、二つの怪異と遭遇しました。 一つはなりかけ、もう一つは……おそらく“上位種”です」


 皆が息を呑む音が聞こえる。


 「そしてその“上位種”というのが……多分渋谷さんと環さんの言っていた、“ブギーマン”と同じ個体でした。 そしてソイツは“なりかけ”を殺して、姿を消した。 更に今目の前の“雑魚”達は、何かに怯えた声を上げています」


 「それってつまり……“ブギーマン”がまた近づいて来たって事ですかね」


 嘘だろとばかりに乾いた笑いを漏らす上島君だが、汗が頬を伝っている。

 彼の言う通り、もしもそんな事態になったのであれば……正直絶望的な状況だろう。

 “上位種”と張り合えるのは、現状のメンバーで俊君しかいない。

 しかもあの未確認要素ばかり残る“ブギーマン”が相手だ。

 あんなものと対決するのなら、まず間違いなく浬先生を呼ぶ事態だろう。


 「鶴弥さん! とにかく、ここを一度突破しましょう! こう狭くては、とても“上位種”の相手なんて――」


 先頭の俊君が叫んだ瞬間、“雑魚”の向こうで何かが動いた。

 暗がりな上“黒い霧”が多数存在している為、相手の姿までは確認できない。

 背は高い、そしてもしも相手がブギーマンなら、例え近くで見たとしても“視認する”事は出来ないだろう。

 全員が息を呑んだ気配が伝わってくる中、先頭に立つ彼だけは動いた。


 「くそっ!」


 再び拳を構え、その場で急加速した“獣憑き”。

 とにかく強行突破するしかない、誰もがそう考えただろう。

 だというのに、予想外な事体が発生する。

“相手”は私達に反応するどころか、俊君以上の速度で状況を動かし始めたのだ。


 「なっ!?」


 一瞬で私達と距離を詰め、周りに居た“雑魚”を通っただけで跡形もなく屠る。

 そしてソイツは“獣憑き”の放った、しかもあのゴツいグローブを嵌めた拳を平然と掌で受け止めたのだ。

 最後に見た光景もそうだった、アレは“なりかけ”の頭を握りつぶした。

 もしもさっきと同じ事をされたら、そう思った瞬間背中がゾッと冷たくなる。

 このままじゃ、不味い。


 「俊君! 今すぐ離れて! 握りつぶされますよ!」


 「くっ!」


 即座に下がろうとした俊君だったが、相手はソレを許してくれない。

 掴んだ拳をそのまま持ち上げ、抵抗しようとした左手さえも受け止められてしまう。

 次の瞬間には、俊君の拳は握り潰されたトマトの様に……は、ならなかった。


 「おい鶴弥、誰が何を握り潰すって? 俺はターミ〇ーターじゃねぇぞ。 つうか黒家弟、てめぇ今加減してなかっただろ。 こんな暗けりゃ不審者と見間違えるのも分かるが、下手な相手だとコレ死ぬぞ? わかってんのか?」


 暗闇の中から、そんな声が響いた。

 聞きなれたその声で、体中の力が抜けるのが分かった。

 そりゃそうだ、この人が来たなら“雑魚”だって慌てる。

 近くに来ただけで逃げ出すような存在なのに、この場に留まっていたのはやはり発見した包みの影響なのか。

 こればかりは調べてみないとわからないが、もう今はどうでもいいや。


 「浬先生……何故ここに?」


 トイレの窓から差し込む月明かりが、このタイミングで彼の事を照らし出す。

 ため息を吐いた我らが顧問。

その彼が呆れ顔でこちらを見ていた。


 「忍者先輩に呼ばれた。 あとお前ら予備バッテリー持ってたよな? ゲームの電池切れちゃったから貸して?」


 なんとも気の抜けた台詞が、トイレの中に響いた。

 あぁ茜さんが呼びに行ってくれたのか……というかあの人未だに先生に名前教えてないのか。

 まあ教えたら教えたで、黒家先輩と関わりがある以上色々面倒なのだろうが。


 「あとお前は説教な。 相手を確認もせず殴ろうとする奴は、こういう活動に参加させねぇぞ? そして黒家にも報告な」


 「あ、あの……不参加と姉さんにはちょっと……あ、いえすみませんでした。 以後気を付けますごめんなさい」


 普段は聞けないような俊君のしおらしい声と共に、今日の活動は終わりを告げたのであった。


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