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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
第二部

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トイレの花子さん 2


 調査開始から1時間程、窓から差し込んでいた夕日も随分と傾いて来た。

 徐々に校内が暗闇に包まれ始め、雰囲気としてはまさに心霊スポットという雰囲気。


 「はぁぁぁ……えっと次は」


 そんな空気の中、大きなため息を溢しながら資料をめくる。

 もう何十通りと様々な“呼び出し方”を検証している訳だが、今の所は全く成果なし。

 廃校のトイレで一人ブツブツと呟いている女が居るのだから、傍から見れば私の方がトイレの花子さんに見えるだろう。

 何と言っても低身長だし、暗がりに突っ立っていればそれこそ小学生の幽霊に見えるかもしれない。

 全然嬉しくないけど、わははは……はぁぁ。


 『部長、気持ちはお察し致しますが今は我慢を……』


 『あ、あの! 辛くなったら私が変わりますんで……その時は言って下さい!』


 トイレの通路に設置されたカメラの映像を確認しているだろう後輩二人から、懸命に励ます声が聞こえてくる。

 向こうから見ていても空しくなる光景が映し出されているのか、もうやだ。


 「あーはい、もう少し頑張ります。 えーと次が……『花子さん花子さん、お友達になりましょう。 出てきてください』 って、なんで怪異とお友達になりたがるのか理解に苦しみますね」


 『鶴弥さん、茜姉さんが悲しそうにのたうち回っていますので、それ以上言わないで上げてください』


 「あーはいはい、茜さんすみません。 反省してまーす」


 何だよ悲しそうにのたうち回るって。

 そんな器用な真似しながら悲しむヤツがいるか、完全に遊んでいるだろあの人。

 そしてまあ分かり切っていた事だが、今回の方法も失敗。

 トイレの中も外も変化が見られず、無駄な時間だけが過ぎていく。


 『さっきのがトイレの外側から呼びかける方法の最後ですね、次は内側からお願いします部長』


 「了解ですよっと。 あ、浬先生への定時連絡お願いしますね。 私今トイレなんで通話はちょっと」


 『間違っちゃいないですけど、色々間違ってますよね。 単純に面倒くさくなってきてるこの人……』


 上島君の呆れ声を聞きながら、いざ個室の中へ。

 うん、予想はしていたけどほぼ真っ暗だ。

 僅かばかり上から光が入るものの、日も落ちて来た為ほぼほぼ見えない。

 蓋のしまったトイレに座り、膝の上に白猫を乗せたら準備完了……な訳だが。

 暗すぎて資料が読めない、困った。


 『ぶちょー、真っ暗だけど大丈夫? ライト使うなら猫の目には向けないでね?』


 渋谷さんの声がインカムから響き、「了解」と答えてからフラッシュライトを点灯させる。

 間違っても猫の瞳に光を当てない様にと、白モフの頭の上に資料を置くという徹底ぶり。

 これで大丈夫だ、問題ない。


 『ぶちょー……今度はウチが見えない』


 紙束が曲がり、猫の顔面を塞いでしまったらしい。

 全く、制限が多くて困ったものだ。

 今一度ため息を溢してから気を取り直し、資料に書かれている内容を端から試していく。

 個室内から扉をノックしてみたり、天井を見上げながら先程と似た様な台詞を吐いてみたり。

 再びいくつも試していく内に、どんどんと時間は過ぎていく。

 心霊スポット巡りの一般人でも来たら、さぞ気味が悪いトイレになっていただろう。


 「あー、『花子さん、私の悩みを聞いてください。 答えを聞かせてくれるまで私は帰りません』って、何これ。 物凄く迷惑ですね、メンヘラって奴ですか? もしくはヤンデレ?」


 『部長……いちいち内容に突っ込み入れるの止めません?』


 「だって暇なんですもん……しかも次に書いてある項目とか、花子さんに赤い紙と青い紙どっちがいい? って聞かれるって何ですか、色々混じってますよコレ」


 あーもう! とばかりに盛大にため息を溢してから、ぐっと背筋を伸ばす。

 正直に言おう、飽きた。

 もう随分と時間も過ぎたし、個室どころかトイレの中まで真っ暗だよ。

 一度カメラの映像を確認してみたが、どうやらサーマル暗視スコープになっているらしく、私が目でみるよりもしっかりとトイレの中を見渡す事が出来た。

 よくこんなもの用意したな……なんて感心したりもするが別におかしなモノは映らないし、私が個室内に居る為映っているのはトイレの扉が並んでいる光景のみ。

 そろそろ本気で三月さんに代わってもらうか、もしくは調査終了にしようかな……なんて思い始めた時だった。


 『鶴弥さん、茜姉さんからの伝言です。 “周囲から急に集まって来た、注意を”との事です』


 ほう? と呟いてから耳を澄ませれば、確かに僅かばかり“カレら”の声が聞こえ始めた。

 時計を見れば丁度20時を回った所。

 場所によって、というかモノによっては『○○時に○○をすると~』と言ったような話も聞いた事が無い訳じゃない。

 実際にそう言ったものに遭遇した事はないので、今まで半信半疑ではあったが。

 もしかしたらこの“スポット”は、そういう類の場所なのかもしれない。


 「全員警戒を、こちらも調査を続けます。 俊君、茜さんに周囲の監視は任せて、何か気づいたら私に伝える様に言っておいてください。 くれぐれも最初から“獣憑き”になって制限時間を無駄にしない事」


 『了解です』


 さて、本格的に事態が動き始めたようだが……どの方法で調査しよう。

 資料に視線を落せば、個室内で出来る“呼び出し”は半分ほど終わってしまった。

 続きから行くか、もしなら最初からまた試すか。

 流石にさっきの『帰りません』というのがきっかけになったという事はないだろうから、とりあえず続きから試してみるか。


 「次はっと……『花子さん、私と友達になりませんか?』またこれか、って今回は続きがあるのか。 『私には貴女が見えています。 友達になってくれるのなら、私をそちら側に連れて行ってくれて構いせん』 ……ははっ、ここに来て随分と不穏な“呼びかけ”が来たもんですね」


 頬を引きつらせながら、ハハッと乾いた笑い声を漏らした。

 そちら側って事は、まあそう言う事なのだろう。

 しかしこのセリフを考えた奴は、一体何を思ってこんな事を口にしたのか。

 見えている、聞こえている人間からすれば、こんな言葉はNGワードのオンパレードだ。

 もしかして実際に“見える人”が、誰かを陥れる為に作った“花子さん”の設定なんじゃないだろうな?

 なんてことを思っていた瞬間、三月さんの声と同時にソレは聞こえて来た。


 『部長! 来ます!』


 ――コンコンッ。


 「え?」


 幾つか並んだトイレの個室。

 私の入っている所とは違うが、間違いなく扉をノックした音が聞こえた。

 一瞬聞き間違いかと思ったが、その音は続けざまに鳴り響いた。

 コンコンッ、コンコンッと徐々に近づいてくる。

 カメラの映像を確認してみても、特にコレと言って変化はない。

 ただただ何もいないトイレの通路が映し出されているだけ。


 「やっと来ましたか」


 小さく呟いてから、耳を澄ます。

 ノックの音と共に、“カレら”の息遣いが聞こえた。

 そしてブツブツと呟く、擦れた様な声。


 『ココじゃない、ココでもなイ。 近くにある筈ナノに、見つからなイ』


 何かを捜している?

 生きた人間を捜している怪異、という雰囲気ではない気がするんだが……なんだろう?

 そんなこんなを考えている内に、ノックの音は私の潜んでいる個室の扉から鳴り響いた。

 コンコンッと叩かれた目の前の扉。

 返事をするべきか、音叉を鳴らすべきか。

 少し悩みながらも、黙って扉を睨み続けていると……


 『ぶちょー! 上!』


 渋谷さんの鋭い声に反応して、扉の上へと視線を投げる。

 そこにはどす黒い霧が、扉を乗り越えようとよじ登っているのが見えた。

 この光景、“眼”だったら相当なモノが見えていたのだろう。

 “雑魚”よりも黒い霧、しかし実態が見えない怪異。

 おそらくは“なりかけ”だろう。

音叉だけでは少し力不足か?

 そんな事を思いながらも音叉の調整に入ったその時。


 『見つけタ……お前、邪魔』


 何故か私は、怪異から邪魔者扱いされてしまった。


 ――――


 狭いトイレの中に、段々と近づいてくるノックの音が響き渡る。

 部長が持っているスマホの画面を見ても、カメラから送られてくる映像には何も映っていない。

 だと言うのに聞こえてくる怪奇音、そしてこの背中が冷たくなる気配。

 ひなちゃんも来るって言っていたし、間違いなく幽霊が近づいて来ている。

 しかしなんだろう。

 部長達が普段“雑魚”と呼んでいるモノより、ずっと重苦しい気配を感じる気がする。

 前回出会った“上位種”ってヤツほどではないが、背筋にぞわぞわと鳥肌が立っているのが分かる。

 そして体を借りている白猫だって、全身の毛を逆立てながら件の気配に対して唸り声を上げているのだ。

 これは“いつも通り”のヤツじゃない。

 そんな事を考えている内に、ノックの音は正面の扉から聞こえ始めた。

 コンコンッと扉を叩く音が聞こえたかと思えば、その気配は上へ上へと上がっていく。

 それに合わせて視線を上げれば、トイレの扉の上から“何者かが”腕を差し込んだ姿が見えた。


 「ぶちょー! 上!」


 叫んだまでは良かった、何者かが扉を乗り越えて侵入しようとしてくる事を知らせられたのだ。

 これが私の仕事、皆の“眼”になる事。

 しかし、この時ばかりは目を逸らしたくなってしまった。


 「ひっっ」


 思わず喉がひくつくような悲鳴を漏らした。

 扉の上からは、関節が逆方向へ曲がっている細い腕が侵入してきた。

 何本か指はひしゃげ、逆に曲がった関節からは白い骨が飛び出しているのが見える。

 そして数秒と経たずに見えたボサボサの頭と、血走って見開いた眼球。

 顎まで視認出来る頃には、“彼女”は満面の笑みを浮かべて呟いたのだ。


 ――ミツケタ、……。


 ノイズ混じりのよく聞き取れないその声に、更に背筋が冷たくなった。

 コイツは、絶対に不味いヤツだ。

 今までも酷い見た目の幽霊は居た。

 でもここまで無残な姿のまま、こんな笑みを浮かべる幽霊は居なかった。

 皆苦しそうに顔を歪めていたり、泣いている個体の方が多かったはずだ。

 これほどまでに歪んだ喜びを表現する幽霊を、私は初めて目の当たりにした。


 「“なりかけ”ですか……、音叉だけではちょっと足りないかもしれませんね」


 そんな冷静な声が頭の上から響き、思わず部長を見上げてしまった。

 そこにあったのはいつも通りの顔。

 まさに冷静沈着、慣れていますと言わんばかりの頼もしい姿。

 本当にこの人は……今までどれ程の修羅場を潜り抜けて来たのか。

 なんて事を思っている内にいつもの音叉で壁を叩き、聞きなれた音色が鼓膜を揺らした。


 「皆聞こえますか? 少し手を貸してください。 これはちょっと厄介なのが出てきました」


 部長なら大丈夫だ。

 こんな状況でも不思議とそう思える程の信頼を胸に、再び“ソレ”に視線を投げると……


 「ぶ、ぶちょー! アイツまだ進んでくるよ!?」


 「は? え?」


 体中から黒い煙をまき散らし、徐々に無散しながらも扉をよじ登ってくる幽霊の姿が。

 今まではこんな事なかった。

部長の“音”に包まれた幽霊は皆すぐに消えてなくなったり、近づけなくなったりする奴らばっかりだったのに。


 「捨て身になるほど重要なモノがあるって事ですかね……あぁクソッ! 上島君、俊君! どっちでもいいですから攻撃手が必要です! 今すぐに!」


 ここに来て焦りの色が見え始める。

 二人共何をやっているんだ、早く来てくれないと部長が……なんて思っていた時に、インカムから向こうの声が聞こえ始める。


 『すみません部長! こっちもこっちで何か変なのが、すぐそちらに向かいます!』


 『茜姉さんが今調べていますのでもう少しお待ちを! あぁもう、上島先輩! 僕らどっちかだけでも向こうへ――』


 何やらあっちでも何かが起きているらしい。

 どうしよう、どうすればいい?

 また部長が音叉を叩いてるけど、相手は関係なしに突っ込んでくる。

 私に何か出来る事、何かないのか?

 見ているだけじゃ、このままじゃ……


 「全く、想定外な事ばかりで嫌になりますね! こうなれば根気勝負です!」


 ジリジリと体を欠損しながら近づいてくる怪異、私を腕に抱きながら狭い個室の隅へと身を顰める部長。

 侵入してきた相手はもはや人としての原型を留めていなかった。

 逆に曲がっていた筈の腕は捥げ、体の所々は穴が開いたように霧に変わっていく。

 そんな状態でも扉を乗り越え、べちゃっと音がしそうな勢いで床に落ちて来た。

 足首から先は既に消えてなくなり、立つこともままならない様子。

 だというのに、その表情は嬉々として口元を吊り上げながら未だ這うようにしてこちらに迫ってくる。

 こんなの、絶対おかしい。

 何故ここまでするのか、あんな姿になってまで何を求めるのか。

 分からない事だらけだ。

 それでも何とかこの場を乗り切らないと。

 皆がこっちに来られない以上、部長と私で何とかするしかない。

 そんな想いばかりが先行するが、所詮“眼”の代わりになっているだけの私に出来る事など何もない。

 前みたいに生身の人間なら、引っ掻くくらいできるのに。

 もどかしい、目の前で大事な人が危機に陥っているというのに。

 私には、相も変わらず何の力もない……


 ――本当ニ、ソウ思ッテルノ?


 また、あの声が聞こえた。


 ――良イノ? コノママデ。


 いい訳ない、私だって戦いたい。

 それで、皆の力になりたい。

 そう思うたびに、私の視界にノイズが走る。


 ――助ケタイ? コノ人。 大事ナ人?


 大事な人だよ、助けたいよ。

 私に、私達に居場所をくれた人なんだよ。

 絶対助けたい。

昔みたいに嘆くだけは、もう嫌なんだよ。


 ――ジャア、助ケテアゲル。


 その声と同時に、完全に私の視界は暗闇に呑まれてしまった。

 何も聞こえない、何も見えない。

 ただ不思議と、恐怖は感じなかった。

 あぁまただ……そんな感想だけが、この胸の中に残っていた。


 ――お姉ちゃん。


 聞いた事のないはずのその声が、何故かやけに耳に残った。


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