トイレの花子さん
手紙を貰ってから一週間が経過した。
もしもいたずらの類なら多少なり興味は削がれ、現場で鉢合わせする可能性は低いだろう。
例え待ち構えていたとしても最低限……とまでは言わないが、当初の予定よりずっと少ない人数になっていると思われる。
むしろ一週間もそんな場所に張り込んでいる気合いがあるなら、既にいたずらの域を超えている気がするが。
この学校でもそれなりに噂になっているウチの部活。
七不思議の一つみたいな扱いになっているので、興味を持った人間がちらほら居るのも確かだ。
だからこそ時間を置いたのだが、もしも手紙が“本物”だったとしたらそろそろ不味い事になるだろう。
「本日の夜、例の件を調査します。 通達していましたが、各自問題はありませんか?」
ミーティング開始早々、私がそんな声を上げれば各々自身の準備をしながらも全員が頷いて見せた。
「問題ありません鶴弥さん、いつでも行けます」
「忘れ物はないです、何度も確認しました!」
三月さんと俊君は自身のバッグの中身の確認を済ませ、俊君に関してはやけにゴツいグローブをキュッとその拳に嵌めている。
はやいはやい、まだ乗り込まないから。
というかいつ買ったのそんな物騒なモノ。
なんか金属っぽいモノが各所についておられるし。
「こっちももう少しで完了です部長。 一花ちゃんもありがとうございます、よく札の種類を覚えられましたね」
「これでも暗記は得意なんですよ。 とはいえ文字が普段見ない形してますから、ちょっと時間かかりましたけど……」
そう言いながらも、環さんはいくつものホルダーに迷いなくお札を詰めていく。
大したものだ、短期間であれ程の種類の札を見分けられる様になっているのだから。
私は“そういう家”の人間だからまだしも、彼女の家はごく普通の家庭だと聞いている。
普通の高校生である彼女が、私でも覚えきれない数の札を記憶するのにどれほど苦労した事か。
考えただけで頭が下がる。
「ウチも平気。 結構な数の猫をその学校に向かうように指示出しておいた!」
そう言って、渋谷さんはビッ! と親指を立てる。
不安要素といえば彼女が一番強かったのだが、今の調子を見ると問題はなさそうだ。
しっかりと自分の仕事を熟し、体調も安定もしている様子。
「よろしい、では各自荷物を持ったまま一旦帰宅していただきます。 今回は深夜に行動する必要はありませんので、全員が集まり次第行動を開始。 集合は駅前、全員インカムとライト、それからトランシーバーは持ちましたね?」
言い終わる前に、全員が部の備品であるソレらをその手に掲げる。
よし、問題ない。
こちらの準備としては完璧と言える状態にまで整った。
後は現場に人が出るか、それ以外が出るのか。
後者であればいつも通り動くだけだ。
「では一旦解散とします、まぁすぐ集まりますがね。 本日も“活動”開始と行きましょう」
――――
その後、夕日が差し始める時刻。
私達は予定通り駅前に集まった。
周りから見たら旅行か何かの集団に見えるかもしれない。
パッと見軽装とは言え、ほぼ全員が何かしら荷物を担いでいる。
そんな集団の前に現れた浬先生と椿先生。
二人の車に荷物を積み込み、指定された現場へと向かう。
「そういえば部長、一応“この件”に関しての資料をまとめておきました。 とはいってもどれもあてにならないどころか、信憑性の薄い内容ですが……あと後半は『トイレの花子さん』についての資料です。 まぁ、似たり寄ったりでこちらもアテにはなりませんがね」
隣に座っている上島君が、小声でそんな事を聞いて来た。
今私達は浬先生の車の後部座席に座っている。
浬先生に聞えない様にとの配慮なのだろうが、現在彼はノリノリで音楽を聴きながら運転しているので、あまり意味のある対処にも思えないが。
「ありがとうございます、一応目を通させてもらいますね。 ただ、今回の件と結びつくかは怪しいですが……」
「あ、やっぱり部長もそう思います?」
彼も彼で大体予想していたらしく、そんな反応が返って来た。
正直今回の件は謎だらけだ。
それっぽい事件や事故の記事も出てこないし、今から向かう学校だって単純に生徒数が減ったから廃校になっただけの建物。
そんな場所にかの有名な怪異が出て来たと言われても……正直どうしたものか、としか。
実際“怪異”という存在についてそこまで詳しく知っている訳ではないので何とも言えないが、今回の様にド有名な存在がパッと生まれるとも思えない。
こればっかりは“怪異”とはなにか、どうやって“生まれるのか”などという想像論になってしまうだろう。
「なんにせよ、怪異であればなんとかなりますが……もしも今回の件が“いたずら”の類で、生きた人間がいた場合の方が厄介です。 まぁこれだけ時間を置けば遭遇する事はないでしょうが」
はっきり言ってしまえば、現場に入った後“普通”の人間が紛れ込まれた方がずっと厄介だ。
肝試しなんぞする馬鹿をわざわざ助けてやろうとは思わないが、目の前で死なれたら後味が悪すぎる。
更に何かあった場合は、現場に居た私達に警察の目は向くだろう。
その予防線でもあり、私達の保険でもあるのだ。
「ですが、“本物”だった場合。 どうしますか?」
答えなんて分かり切っているだろうに、彼は嫌らしく眼鏡をクイッと持ち上げる。
私と反対側の口元が吊り上がっているの、窓に反射して見えているからな?
「その時はもちろん、私達の出番です。 そちらの可能性もありますから、気を抜かない様にして下さいね? もしなら賭けます? この件がどっちか」
「いいですね、では僕は本命の方に」
聞く人によっては不謹慎だと怒られそうだが、実際いたずらの類は結構な数があるのだ。
現場に行っても何もいない、なんて単純に無駄足を踏まされた回数は数えきれない。
それはそれで望んだ結果ではあるのだが、わざわざ行ったのに何もありませんでしたというのは、些か腑に落ちない。
そんな無駄な時間を過ごすなら、私は帰ってゲームがしたい。
「じゃあ私は必然的にいたずらの方ですかね、明日のお昼でも賭けましょうか」
「僕としては部長が直接お弁当箱渡してくれた方が嬉しいですけど」
「別にいいですよ? お弁当にカロリーメイトが入っているのと、千円札が入っているのどっちがいいですか?」
「流石部長、夢も希望もあったものじゃない。 むしろそれで勝っても嬉しくない」
そんな会話をしている内に、車は本日の現場に到着した。
目の前に広がるのはくたびれた小学校。
はてさて、私達を何がお迎えしてくるのか。
鬼が出るか蛇が出るか、はたまた出てくるのは人間か。
一番望ましいのは、何も出ない事なんだが……
なんて今更過ぎる感想を持ちながら、私は校舎を眺めたのであった。
――――
幸い封鎖されている事も無かった校舎裏の駐車場に車を止めてもらい、浬先生には「ちょっと今回は時間が掛かるかもしれません」とだけ告げて車を降りた。
本来なら文句を言われそうな事態だが、そこは流石に慣れたご様子。
「定時連絡は入れろよ? 無かったら問答無用で連れ帰るからな?」
なんて格好の良いセリフを吐きながら、浬先生は早くもポータブルゲームを起動していた。
台詞と雰囲気に対して行動があまりにも一致してないのだが……まあ、いいか。
そんなこんなで後衛組を残した私達は校内へ。
私に上島君、そして俊君に三月さん。
そしてついでに幽霊部員の茜さん。
いつの間について来たのか、校舎に入った途端姿を現し私の後ろで待機している。
計5人? 4人? ちょっと人数に数えていいか迷う人が居るので何とも言えないが、私達は夕暮れ時の校内へと侵入した。
「随分と荒れてますね……まぁいつもの事ですが。 それじゃ手紙に書いてあった場所まで向かいます。 俊君は“人”の警戒、三月さんは“怪異”の警戒を。 上島君は設備の運搬、落として壊さないで下さいね? 茜さんはいつも通り全体観察、不審な点があれば教えてください。 くれぐれも“生きた人間”に姿を見られない様に」
「「了解です」」
「なんか僕だけ雑用係の様な指示でちょっと……」
「徹君がんばー、それじゃ私は校内をぐるっと回ってくるよ」
各々返事が返って来たので、構わず足を進める。
当然電気は通っていないので、夕日の当たらない位置はかなりの暗闇になっている。
片手にライトを構え、茜さんが天井をすり抜けていくのを確認してからインカムを耳に装着する。
「始めましょう」
それだけ呟くと、インカムの向こうからいくつかの返事が聞こえ、足元に真っ白い猫がすり寄って来た。
ほう、今回は白猫か。
なんて思いながら猫を一撫でして、視線を正面の暗い廊下へ戻したのであった。
――――
「校内には誰も居ないねぇ、怪異の姿も見えないし。 ただ例のトイレはちょっと気になるかなぁ、なんていうかこう……むむって感じ」
「なんですかそれ……もう少し具体的に」
手紙に書いてあった女子トイレの近くの教室を陣取り、戻って来た茜さんの報告を聞いていた。
とはいえ何ともあやふやな報告で、こちらまで彼女と一緒に首を捻ってしまった訳だが。
「わっかんない。 コレと言って怪異が住み着いてる訳ではないんだけど、何て言うかこう……引っかかるというか、思わず足を運びたくなるというか」
「まぁともかく調べてみましょう。 手紙にも詳しい内容が書いていなかったので、“トイレの花子さん”を呼び出す、みたいな方法を一通り試してみますか」
そんな事を呟きながら、先程上島君から渡された資料に再び視線を落とす。
ド有名なソレは、降霊術にも近いと思われる程様々な手段がある。
地域によって名前が違うモノもあることから、方法が違う事は当たり前なのだが……如何せんパターンが多すぎて面倒くさい。
モノによってはただトイレで待てばいいという事例もあったり、はたまた何か物を用いたり。
多くの場合はノックして声を掛ける、というのが一般的みたいだが……その台詞も様々だ。
トイレの外で待つか、中で待つかの違いもある。
とはいえ一つだけ、ほとんどのモノと一致している条件があった。
それは“一人”で行わなければいけないという事。
近くに人が居ると出てこない、なんて内容が至る所で目についた。
「あぁもう……既に面倒になってきました」
「まぁまぁ、そう言わずに。 カメラ設置してきますね部長」
ため息を溢している私に、上島君が苦笑いをもらしながらウェブカメラを片手に教室を去っていく。
別に心霊動画を撮ろうとしている訳ではない、単純に監視用だ。
今回はトイレの個室に一人という事もあって、視界が悪いどころの話じゃない。
せめて扉の向こう側だけでも見えていた方がいいだろうという事で、急遽設置する事に決めたのだ。
まあ怪異がカメラに映るかどうかは知らないが、何もないよりかは気がまぎれるだろう。
「鶴弥さん、こっちも準備終わりました。 とは言っても大した準備じゃありませんけど」
「なんていうか……キャンプみたいですね」
俊君と三月さんも準備完了。
教室の床に敷かれたビニールシート、明るさ確保の為のランタンに飲み物各種。
うん、確かにキャンプだ。
「それでは上島君が戻ったら始めましょう。 私と渋谷さんはトイレへ、他の皆はここで待機って事で」
足元の白猫を抱きかかえながら、各自に指示を飛ばした。
花子さんの条件として“一人”とは書かれていたが、一匹なら混じっても問題ないだろう。
もしも猫でもダメというなら、その時は私一人で再度試してみればいいさ。
「鶴弥ちゃん、私はどうするー?」
教室内にあった勉強机に腰かけている茜さんは、暇そうに足をぶらつかせていた。
ある意味では“眼”も“耳”も持っていると言える彼女には、教室に残ってもらった方がいい。
一緒に花子さん待ちするわけにもいかないし、調査系の異能持ち二人が席を外してしまうのだ。
待機班に危害が及ばないと決まった訳ではないので、私達の代わりをやっていただこう。
「――という事なので、茜さんにはこっちで皆の眼と耳になってあげてください」
「ん、りょうかーい」
事情を説明し、茜さんから返事をもらった所で上島君が帰って来た。
設置したのはペットカメラの様な物らしく、指定のページに飛べば全員が見られる様になっているとの事。
なんとも用意周到な事だ。
「皆問題なさそうですね、一花ちゃんも見えますか? 渋谷、そっちも準備は大丈夫ですか?」
『はい、ちゃんと見えてまーす』
『OK-、いつでも行けるよー』
インカムから後衛組二人の声が聞こえ、ついでに浬先生への定時連絡を入れた所で準備が全て整った。
少しばかり長くなりそうな予感がして、今から憂鬱だが今更愚痴っても仕方が無いだろう。
「さて、それじゃ始めましょうか。 茜さん曰く、気になる事もあるそうなので少し長めに調査します。 皆準備はいいですね?」
全員が頷き返したのを確認してから、今日の調査が開始された。
さてさて、面倒な事にならなければいいが。
いつもの如くそんな事を思いながらも、私は白猫を抱えて件のトイレへと向かったのであった。
お待たせしました、次回からホラーパートに入ります。





