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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
第二部

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162/251

察しの良し悪しは状況次第


 「渋谷さん、どうですか? その後変化はありましたか?」


 「ううん、大丈夫。 家に帰ってからも、特に問題なかったよ、ぶちょー」


 渋谷さんが例の“怪異”に出会ってから数週間後。

 最初の方は私の家や、三月さんのお宅。

 そして時には浬先生の家などにもお邪魔して警戒していた訳だが。

 しかし、例の“ブギーマン”は出てこなかった。

 あの一件だけだったのか? それとも姿を隠しているのか?

 なんて考えてはいるが結局確たる証拠は得られず、今に至るという訳だ。

 何処に行こうとも“ブギーマン”は尻尾を出さない。

 私の“耳”にも引っかからないし、“眼”に頼んでも結果は一緒だった。

更に言えば、彼女自身の“共感”でもその姿は捉えられなかったらしい。


「ふむ、であれば一旦脅威は回避したと考えるべきなんですかね……」


 そんな事を呟きながら、彼女の様子を眺める。

 未だに何かしら隠している様子はあるが、一時期と比べれば随分と明るくなった。

 表面的には以前と変わらないくらいに、ギャルギャルしいギャルに戻っている。

 色々と言葉がおかしい気はするが、一応は前に戻ったという事だ。

 これが良い事なのか悪い事なのか、今の私には判断が付かないが……


 「お疲れ様でーす! 一年生組入りまーす!」


 そう言いながら、環さんと三月さんが部室に入って来た。

 ここ最近で随分と慣れたご様子、とはいえやはりどこか警戒……というか、気を張っている様子もたまに伺えるが。

 とはいえ普段はこうして明るく過ごしているのだから、問題という程でもないだろう。


 そしてなにやら渋谷さんみたいな雰囲気のゆるふわヘアーになった環さんと、いつの間にかバッサリと髪を切り別人の様になってしまった三月さん。

 最初部室に入って来た時なんて「また随分と可愛らしい子を連れてきましたね、環さんのお友達……え? 三月さん? ん? は?」とか良く分からない事を言いながら間抜け面を晒してしまったのは記憶に新しい。

 彼女達に合わせてか、渋谷さんも髪型をサイドテールに変えたりと色々あったわけだが……何かもう訳が分からない。

 君らまとめて失恋でもしたの? それともイメチェン流行ってるの? とか聞きたくなるくらいの変わりようで、三月さんなんて雰囲気まで変わっているご様子。

 今までは引っ込み気質な仲間……もとい雰囲気かと思えば、今の彼女はそうではない。

 よく笑う様になったし、ちゃんと相手の目を見て言葉を発するようになった。

 わぁすげぇー若い子すげぇーなんて思っている内に、渋谷さんとハイタッチを交わして挨拶を交わす一年生組が、どこかこちらを遠巻きに見ている。

こればかりはどうしたものか……というかどうするべきか。

 ここは私もハイタッチの構えで彼女達を待つべきか?

 いやしかしノッて来てくれなかった場合の被害を考えると、とてもじゃないが迂闊な行動は出来ないだろう。


 「あーえっと、お疲れ様です?」


 なんて適当に答えて済ませてしまうが、女子メンツは非常に残念そうな目でこちらを見てくる。

 考えてもみろ、仲のいい部員達に便乗して両手を掲げる部長。

 そして「え? マジで? この人こういうテンションの人だっけ?」とか思われ、引き気味に曖昧な笑顔とか浮かべられたら。

 軽く死ねる、というか死にたくなる。

 などと良く分からない事を考えている内に、残る男子部員達も部室へとやって来た。


 「お疲れ様です皆さん。 部長、こちら怪談ボックスに入っていた新しい手紙です」


 そう言いながら上島君が、テーブルの上に二通の便箋を滑らせた。

 手に取ってみれば、両方とも名前等の記載はなし。

 無害ないたずらとかその手のモノだったりしないかなぁ、そうだといいなぁ……

 最近“ブギーマン”の事ばかりで、周囲の事をほったらかしにしていた私達。

 ここに来てしわ寄せが……なんて事態にならなければいいが。

 眉をひそめながら一つ目を開封すれば、そこにはびっしり書かれた手紙が三枚ほど。

 最初の二行くらい呼んで差出人が判明したので、そのまま上島君に差し出した。


 「いつもの情報提供者からです。 何か重要な情報があればピックアップしておいてください。 後半はまた怪異の事教えろって内容でしょうから、無視で」


 「部長……本当に面倒事は僕に押し付けますね……まぁいいですが」


 やれやれなんて言いながらもご自慢の眼鏡をクイッと上げ、物凄い速度で文章に目を通していく。

 あれで本当に内容が頭に入ってくるのかと疑問に思う事もあるが、今までの経験上彼が文章を読み飛ばしたりしない事は実証済みだ。

 短いラノベくらいなら、10~20分くらいで読み切るという驚異の速さ。

 下手すると普通の人が漫画を読み切るより早く小説が読み終わる。

 実はそっちも異能なんじゃないかと本気で疑うレベルだ。

 なんて考えている内に、長ったらしい文章を読み終えた上島君が顔を上げた。


「うーん、コレと言って目新しい事は書いてありませんね。 もう“あの男”と連絡が付かない、くらいの事しか。 残り二枚はやはり怪異の事を興味本位で知りたがっているのと、草加先生の事を教えろ、という内容がつらつらと……」


 以前山で助けた“丑の刻参り”を行っていた女子生徒。

 度々彼女から話を聞き、情報提供してもらったのは色々と助かったのだが……何を拗らせたのか、やけに怪異に対して興味を示し始めてしまったのだ。

 もとからオカルト関係が好きだったのかもしれないが、こればっかりは興味本位だけで首を突っ込まれても。

 入部したいとまでは言い出さないから、『興味はあるが関わりたくはない』という事なのだろう。


そしてもう一つ、彼女は浬先生に対して妙に絡み始めたのだ。

 本人からしてみれば初めて“怪異”との遭遇、そして乱入してきた野生動物。

 その二つから命を救ってくれた浬先生に、恩義を感じるとかなら納得しよう。

 だがしかし、ちょっとばかり彼女の質問内容はぶっ飛んだ妄想が入り混じっているのだ。

 彼女曰く「あの先生は強化人間だとか、どこか秘密の場所で特別な訓練を受けているに違いない!」らしい。

 まあね、熊とかと素手で戦っちゃうしね。

 普通の人には到底見えないよね。

 だからと言っても、いかんせんあの子の思考はちょっと映画や漫画の見過ぎだ。

 ちなみに今回の手紙にも似た様な妄想が書き綴られていたらしい。


 「あの人の事を何だと思っているんですかね彼女は。 いくら浬先生でもそんな……そんな……あれ?」


いや、まてよ?

浬先生の“あの”両親や“特殊な”家系である事、“八咫烏”の件を考えるとあながち間違ってない気がしてきた。

まあいいや、考えないようにしよう。


 「あーまたあの子かぁ。 悪い子ではないんだよ? ウチもあれから結構話す様になったけど、普通に良い子。 ただ行動が極端というか、なんというか」


 やや苦笑いが混じった顔で、渋谷さんが力なく笑う。

 話を聞きに行った上島君と渋谷さんは、その後彼女と友人関係を築いているご様子。

 そこで綺麗に終わってくれれば良かったものを、こうして度々怪奇文章を送り付けてくるのは考え物だ。


 「まぁとにかく、彼女に関しては適当にあしらっておいてください。 怖いモノ見たさならホラー映画で充分です。 それでも食い下がるなら“聞くだけで出る”みたいな事言っておけば何とかなるでしょう」


 「りょうかーい」


 しっかしまあ、浬先生は何でこうもいろんな人を引っかけるかね。

 色恋沙汰じゃないから幾分かマシではあるが、そうは言っても相手は今回も女の子だ。

 浬先生の取り巻きにまた一人増えましたよ、なんて先輩達に伝えたらどうなることやら……まあ大体予想は付くが。

はぁ、とため息を吐きながら開封後の便箋を指で弾き飛ばせば、テーブルを滑るソレを俊君が受け止めた。


 「何やらお疲れの様ですね。 もしかしてまたウチの姉が何かしました?」


 いつもの如く『姉がすみません』みたいな表情を浮かべる俊君に対して、慌てて首を振る。


 「いえいえ、そっちはいつも通りというか何というか」


 「本当に毎度毎度、ウチの姉が申し訳ありません……」


 結局謝られてしまった、いつも通りだよって伝えただけなのに。

 相変わらず私は言葉選びが下手なのだろう。

 うん、知ってた。


 「あ、先輩方と言えばこの前会いましたよ部長の彼氏さん。 スッゴイですね、モデルみたいでした」


 遠巻きに見ていた環さんが、急にそんな事を言い出した。

 はて、この子は急に何を言い出しているんだろう。


 「貴女まで毒されてしまいましたか……分かっていると思いますけど、私交際経験とか一度もありませんよ? こんな見た目ですから、男性から好意を抱かれる事なんてまず無いでしょうね」


 はぁぁ……と大きなため息を溢しながらきっぱりと言い切った。

 自分で言っていて悲しくなるが、残念な事に事実である。

 身長とか小学生の頃から伸びてないし、未だ中学生かと間違われるし。

 この先二十歳を超えてから、お酒とか買う場合に毎度年齢確認されるのかなって思うと、今から色々憂鬱である。


 「え? は? えっと、部長。 その、天童先輩とは……?」


 「周りがおかしな事を言っているからそう思い込んでいるんでしょうが、彼は単純に“見回り”をする際の相棒……みたいな感じですよ? “耳”と“声”は結構相性が良い様で、わりと問題なく事が済みますので。 それにあの人の好きな人は他に居ますよ?」


 言い終わると、唖然とする環さんの肩に渋谷さんが手をおいて首を横に振っていた。

 なんだろう、未だに信じられないモノを見る眼でこちらを見てくるが。

 元はと言えば2年生メンツがおかしな事ばかり言うからいけないのだ。

 彼とは利害が一致するから未だ行動を共にしているだけで、そう言った関係にはなっていない。

 そもそも天童先輩は黒家先輩が好きな訳で、私がどうこうした所でそれは変わらない。

 というかあの黒家先輩が好きだと言っている時点で、彼の好みは私という存在からかけ離れているだろうに。

 彼女の様な容姿をしている訳でもなし、スタイルが良い訳でもない。

 おまけに頭の出来だって私の方が数段落ちるだろう。

 唯一勝てる所があるとするなら、ゲームくらいなものだ。

 そんなものは、彼にとってなんの意味もない。

 それが“私”なのだ。


 「部長は、それでいいんですか?」


 「はい?」


 困り顔の三月さんは、オロオロしながらもそんな事を訪ねて来た。

 それでいいも何も、別に今の状態に不満はないし。

 そもそも天童先輩に彼女が出来たとして、その時は“おめでとう”の一言でも言って見回りも別の手段を……

 なんて事を考えた瞬間、ズキッとどこからか痛みが走った気がした。


 「……?」


 はて、と首を傾げる私に皆がジトっとした眼差しを向けてくる。

 何だね君たち、全ての男女が誰かしらとくっ付かないと気が済まないのか?

 そんな現実なら、日本の未来は明るいぞ?

 少子高齢化とか言ってないぞ? 分かってるのか。

 などと意味の分からない文句を胸に抱きながら睨み返してみれば、渋谷さんが焦ったように身を乗り出した。


 「ま、まぁまぁまぁ! ウチらが茶化し過ぎたから変な感じになっちゃったけど、部長は今も純潔なままという事で!」


 おい言い方、とか文句を言ってやろうかと思った所で、彼女は一年生2人を部屋の隅に引っ張っていき何やら小声で話し込んでいる。

 あぁもう、男子二人が居心地悪そうに視線を逸らしているじゃないか。


 「まぁ、何といいますか。 とりあえず二通目行きましょうか」


 どこか視線を逸らされたまま、上島君が二つ目の便箋を開けていく。

 手紙を彼が読んでいる間、当然部室の中には微妙な空気が流れた訳だが。

 全く、この手の話はコレだから……なんて思いながらため息を溢していると、上島君が眼鏡をクイクイしておられる。

 非常に……嫌な予感が。


 「部長、こっちは“当たり”みたいですね」


 そんな嬉しくない当たり報告が、部室内に響いたのであった。


 ――――


 届いた手紙の内容は、そりゃもうよくある都市伝説の類だった。

 とある小学校、とはいえ今は廃校になっているようだが。

 そこの女子トイレの一番奥の個室に、有名な“アレ”が出るらしい。

 地域によって名前が違ったり、特徴が違ったり、呼び出す方法が違ったりすることはままあるが。

 全体としての流れは大体一緒だろう。

 『トイレの花子さん』

 特徴と現場の状況から、手紙を出した人間はそう命名していた。

 正直に言えばこの辺りに“その”都市伝説は存在しない。

 しないのだが、肝試しついでにと思いついて行動した結果、“彼女”と出会ってしまったらしい。

 全く迷惑な話だとは思うが、何故縁もゆかりもないこの地にソレが出るのか。

 当時の小学校を知る者から話を聞いても、それらしい怪談話は出てこない。

 更に言えば今の所、“犠牲者”の類も確認されていないのだ。

 ソレを原因とした事件も、元凶そのものの記事さえ上がってこない。

 突如として現れた、ド有名な“怪異”。

 そんな事って、ありえるのだろうか?


 「あぁーあの廃校かぁ……それに花子さんねぇ」


 なんて感想を漏らしながら、椿先生はコーヒーをちびちび啜っていた。


 「えぇ、なので次はそこへ向かう事になるかと。 一応僕の方でも調べてみたんですが」


 現在は夜に差し掛かる時間、そしてファミレス。

 手紙の内容を僕が読み上げた結果、部長はすぐすぐ事態が悪くなる事はないと判断した。

 むしろ“オカ研”の事を面白半分で探る目的で投函された手紙の可能性も考慮し、しばらく放置することにしたのだ。

 その為色んな意味でしっかりと準備をした後、“活動”を始める手筈になったわけだが……それからもう数日が経っている。

 まあ僕らが絶対に解決しないといけないという義務もないし、もしもいたずらならば興味が少しでも逸れてくれればそれでいい。

 おまけに言えば、しばらく放置してしまった“降霊術連中”の調査も再開したのだ。

 むしろこちらの方が僕らにとっては優先順位が高いと言えよう。

とはいえ部長の事だ、また勝手に動いたりとかしないだろうな?

 などと部室で口に出してみれば。

 「以前も言った通り、私個人の“活動”以外はしっかりと報告します。 そしてこの件は“オカルト研究部”として対処します、言っている意味がわかりますよね? 今は例の男の件もありますから色々と調べ事が忙しいですが、夜に何か行動を起こすならちゃんと連絡を入れますからご心配なく」

 きっぱりと言い切った部長の言葉には、どこか棘があった。

 オカ研として対処する……つまり、僕たちも勝手な行動はするなという事なんだろう。

 まあ確かに前回の様な事になっても困るので、僕たちだけで現場へ向かったりはしないが。


 「それで? なんで上島君は私だけを呼び出したのかな? 別に現状報告だけなら部室で済むし、何より学校外で教師と会おうとする理由にはならないよね? って、これを言ったら草加君の立場がないか……別に私をデートに誘った訳じゃないんでしょ? ホレ、言いたい事言ってみなさい」


 椿先生の言った通り、この場には僕と彼女しか居ない。

 そして先生の予想通り、別の思惑もあっての事なのだが……こうもあっさり本題に入れと言われると拍子抜けもいいとこだ。

 無駄にこういう時察しが良かったりするのも、オカ研女性陣の特徴なのだろうか?


 「あーえっと、はい……確かに今回の件を言い訳に、椿先生を呼び出した訳ですが……こうもすんなり見抜かれてしまう、些か心の準備が。 僕の中では小一時間くらい“手紙”の件で会議すると思っていたんですが」


 「だってあの部活で“怪異”の事を私に意見聞くなんてありえないでしょ、しかも君が。 他のメンツならまだしも、鶴弥さんだって頼りにしてる様な子が私に『トイレの花子さんについて聞かせて下さい』って、絶対おかしいじゃない」


 おっしゃる通りです、本当に申し訳ありませんでした。

 無言でテーブルに額をくっ付けながら謝罪すれば、先生は慌てた様に僕の頭を掴んで元の位置へと戻した。


 「そういう行動、人目のある所でしない事。 周りからおかしな方向に勘違いされたらどうするの」


 言われてから周囲に視線を向ければ、数名がチラチラとこちらに向かって視線を送ってきている。

 確かに見た目的にも、何かあるんじゃと勘違いされそうな組み合わせだよな。

 椿先生はいつもお洒落だし、その対面に座っているのは学生丸出しの眼鏡小僧。

 確かにコレはあまり良くない光景だ。

 長居する事は避けた方がいいだろう。


 「では単刀直入に。 椿先生、僕に貴女のお婆さんを紹介してほしいんです。 その仲介をお願いしたくて、今日先生をお呼びしました」


 「えっ……?」


 先生はコーヒーカップを取り落としそうになり、慌てて両手で支えて難を逃れた。

 動揺するのも仕方ない事だろう。

 話を聞く限り椿先生の家庭事情は複雑で、更に僕らが生まれる前から“怪異”に関わって居る一族だ。

 部長の話以外でも、調べれば退魔の家系としてその名が知られている事が分かる。

 今の時代だからこそ、他の“エセ霊能力者”に埋もれている雰囲気はあったが。

 それでもしっかりと名が残る程の偉業や業績……といっていいのだろうか?

 とにかく結果としてしっかり残っている、退魔の家系と言われる“椿”。

 先生の“巫女の血”からも、それは明らかだろう。

 その秘密を明かしてくれと頼んでいるのだ、多少の動揺くらいは想定済みだが……


 「上島君……よく聞いて……」


 どこか顔色を悪くした先生が俯き気味に言葉を紡いでいく。

 やはり、直接本業の方から話を聞くのは難しいのか……


 「貴方はまだ若いわ。 高校生が年上の女性に憧れるのは分かる……分かるけど、いくら何でも年齢が離れすぎてると思うの! いくらなんでもあの鬼婆……じゃなかった、おばあちゃんを紹介しろだなんて、熟女どころか老婆じゃない! 今すぐその考えを改めなさい!」


 「……はい?」


 なにやら先生が良く分からない方向へ思考をシフトしたらしく、彼女の叫び声は店内に響き渡った。

 その声を聴いた周りのお客はヒソヒソ声を更にヒートアップさせ、今ではこちらの耳にまで届く音量で話し込んでおられる。


 「まぁ! あの子、そんなに歳の離れた相手が好みなの!? 大人しそうな見た目の割に拗らせてるわね……」


 「あらやだ……もしかして私にもチャンスがあるのかしら」


 この地域のファミレスには今後入店できない事が確定した瞬間であった。

 明らかにご年配の方々が興味深そうにこちらへ視線を向けてくる。

 それどころか、ウェイターの皆さんでさえ信じられない者を見る眼差しでこちらに視線を向けている。

 是非とも止めていただきたい、僕はノーマルだ。

 慌てて椿先生の口を押えて、周りの方々に聞える音量で話し始めた。


 「違います! そういう事ではなく、あくまで過去の出来事やお仕事についてお話が伺いたいというだけです!」


 大きな声を放った為か、周りの数名は舌打ちしながら僕たちから視線を外してくれた……はずだ。

 正直怖くて正確に確認することなど出来ない。

 もしもこの状態でしっかりと周りを確認できる人間が居るなら見てみたい。

 僕一人なら今すぐにでも逃げ出したい状況だ。


 「あーえーっと……ごめん。 先走った、本当にごめんね?」


 あはは……はぁ、と申し訳なさそうにしながら安堵のため息を溢す椿先生。

 何故おかしな方向に勘違いしたのだろうかこの人は。

 聞いた話では先生はお婆さんとあまり仲がよろしくない、というか一方的に怖がっているらしい。

 その辺も含めて、先生の祖母の話が出た段階で思考がストップしたのだろうか?

 まあどっちにしろ、被害はとんでもない事になってしまったが。


 「もういいです……次から入れない飲食店が一つ出来ただけですから……」


 はぁぁ、と大きなため息を溢しながら机に突っ伏した。

 先程の周りの視線にはかなり心を持って行かれた、精神的なダメージ的な意味で。

そしてなにより、行き過ぎた熟女好きと勘違いされたのも地味にショックがデカい。

 疑われる様な行動を取った記憶はまるで無いんだが、何でこの人そんな勘違いしたのだろうか。

 あれか、僕の言い方が悪かったのか。


 「それで、うちのお祖母ちゃんから何が聞きたいの? お仕事って事はまぁ“怪異”に関して何だろうけど。 過去の出来事ってのは?」


 すまん、と掌を合わせながらも先生は不思議そうに首を傾げる。

 まあたしかにいきなり言われてもそう言う反応になるよね、今回の“依頼”と全く関係ないし。


 「その、これは僕個人の調べ事になってしまうんですが……“異能”と“呪い”。 そして“忌み子”について過去の事例などがどうしても気になりまして。 その為に先生のお婆さん……いえ、“椿”の人間から話が聞けないかと思いまして」


 気持ちを切り替えて真剣な顔で先生に向き合えば、彼女はうーんと首を捻りながら微妙な反応を浮かべている。

 お願いだからここはイエスと言っていただきたい。

 本家本元の専門家に話が聞ける機会など他にないのだ、このチャンスを逃したらもう他に思いつく手が……


 「あの人も何だかんだで忙しいからいつになるか分からないけど……それくらいならまぁ、なんとかなるかな?」


 「本当ですか!?」


 ガバッ! と状態を乗り出す勢いで食いついたら、椿先生にビクッと引いた様な反応を取られてしまった。

 不味い、テンションが上がりすぎた。


 「ま、まぁ聞いてみるくらいは出来るよ……一応今度声掛けておくね。 たださ、お祖母ちゃんより詳しそうな人忘れてない?」


 「はい?」


 彼女の言う昔から退魔の一族である“椿”の人間より事情に詳しそうな人物。

 はたして僕の知り合いでそんな人が居ただろうか?

 前部長の黒家さん? いやまさか。

彼女は確かに知識と経験という意味では豊富だが、僕より数年早く生まれただけに過ぎない。

 そして自身を守る為に脅威に立ち向かってきた。

 それは称賛に値する行為だというのは分かるが、僕の求めている様な答えを持っているとは思えない。

 だとしたら他に誰が……


 「いや、まぁ確かに本人を見たのはこの前が初めてだもんね、仕方ないか。 ホラ、コレコレ」


 そう言ってから彼女は、右の掌で“とある動物”の形を再現した。


 「……あ」


 「彼女に聞いてみるのもいいんじゃない? 多分、お祖母ちゃんより年上だろうし。 まぁ結構適当な性格してるから、もしかしたら『知らん』の一言で終わるかもしれないけど」


 どうして気づかなかったのか。

 とんでもなく多くの情報を持っているであろう存在がすぐ近くに居た事を、この時になって思い出したのであった。


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