不幸の連鎖
お待たせいたしました。
第二部二章開始です。
誤字脱字報告、ありがとうございます。
アルビノ。
それは遺伝情報の欠損により、先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患のあるモノの事を指す。
なんて小難しい話は色々言われるが、要は色がついてないのだ。
髪も肌も、そして瞳だって“その国”の人間らしい色をしていない。
だからこそ私達はいつだって異質として扱われた。
私と、そして双子の姉。
肌も弱く視力もよくない、それにこの見た目なのだ。
真っ白い肌に真っ白い髪、そして紅い瞳。
そんな私達は“普通の生活”というモノを送る事が出来ず、二人して通信制の学校へ通っていた。
日光に弱い事もあり、外出も基本的に日が落ちてから。
日中に出られないわけではないが、夜間よりずっと制限が多い上に人の目だってある。
それを考えると無理に昼間外に出るよりかは、夜に出かける事が多かった。
「ちょっとコンビニ行ってくるねぇ」
そんな事を言いながら、姉はいつもの様に出かけて行った。
私達にとってはいつもの光景。
両親も私達の体質を理解しており、あまりにも遅い時間でなければうるさくは言わなかった。
賃貸物件の経営をしている事もあり、お父さんもお母さんも家に居る事の方が多い。
私達がこういう体質に生まれてしまった影響で、なるべく家に居られる様にと生き方を変えたなんていう話もチラッと聞いた事がある。
申し訳ない気持ちも確かにあるのだが、今では二人共家に居る事が当たり前になり、私達はこうして幸せに暮らしている。
いや、暮らしていた。
今日、この日までは。
姉が出掛けてからしばらくして、プルルルルッ! と家の電話が鳴り響く。
こんな時間に珍しい……なんて思った事は覚えている。
受話器を取った父の声が段々と低く、険しいモノに変わっていく。
誰からだろう? もしかしてアパートの住人からクレームとかかな?
その時は呑気にそんな事を考えていたのだが、電話を切った父は青い顔をしながらこちらを振り返った。
「雫が……事故にあったらしい……今、病院だって……」
「は?」
事態を飲み込めないまま、私達は急いで車に乗り込んだ。
いつも安全運転だったはずの父が、この日ばかりはアクセルをやたらと踏み込む。
ガックンガックンと揺らされながら指定された病院にたどり着けば、待っていたのは慌てた様子の看護師さん達。
彼ら彼女らの指示に従い、とある部屋の扉前まで通された。
「ここで待っていてください、絶対大丈夫ですからね。 これ患者さんのお荷物です」
そんな声を掛けられながら、目の前の扉を見つめる。
扉の上には“手術中”という文字の光る赤い看板、やけに励ましてくる病院のスタッフ達。
なんだ? なにが起きている?
未だ思考が追い付いて来ない。
私はどうしてこんな所にいるんだろう、お姉ちゃんは何処へ行ったんだろう。
もう出かけてから随分と経っている、そろそろ帰ってこいって連絡しないと。
無意識のまま姉に電話を掛ければ、もう片方の手に持ったスマホが振動した。
「ぁ……」
そうだ、さっき看護師さんに渡されたんだった。
お姉ちゃんのスマホ。
ブゥゥブゥゥと振動するソレを見つめて、少しずつ事態を理解していく。
ここがどこなのか、今何が起きているのか。
そしてこの扉の先で、“誰が”救命されているのかも。
「嘘だ……嘘だよ……」
私の名前が表示されるスマホを見つめながら、私はその場に膝をついて嗚咽を漏らした。
――――
結果から言えば、姉は“一応”助かった。
生きているのだ、死んだわけじゃない。
でも、“一応”と言ってしまう。
その理由はとてつもなく分かりやすく、残酷なモノだった。
「お姉ちゃん、来たよ。 大丈夫? 体痛くない?」
いくら問いかけても答えは返ってこない。
無理やり微笑みを作って、私は姉の体をふき始めた。
多分病院の人がやってくれているんだろうが、私に出来る事はしてあげたかった。
「今日はね、学校でテストがあったよ? あとはレポート提出の期限が近いってさ。 通信制だと、やっぱりそういうの面倒くさいよね」
あの日から、姉が目覚めない。
体は順調に回復しているらしい、でも起きてくれない。
そこまで日数が経っている訳じゃないから、焦る事はないって言われたけど。
「そうそう、ネトゲで知り合った同い年の子の学校でね? 不思議な部活があるんだって。なんでも幽霊とかの専門家で、心霊スポットで助けてもらったんだってさ。 何か廃病院で久……なんとかさん? に会ったんだけど、退治してくれたんだって。 世の中にはそんな人たちも居るんだねぇ」
その日にあった出来事を話しながら、動いてくれない姉の世話をする。
不思議な感覚だった。
数日前まで普通に喋っていたのに、笑い合っていたのに。
だというのに、姉は今何も言ってくれない。
反応を示してくれない。
状況を把握しながらも、心のどこかで現実を否定しているのだろうか?
こんな異常事態はすぐに終わる、ふとした瞬間に目を覚まして「おはよう」って言ってくれるんだ。
そんな妄想ばかり浮かべながら、毎日を淡々と生きていた。
いつか終わる、いつか戻ってくる。
そう信じて、私は毎日を生きていた。
だと言うのに、現実はどんどんと悪い方向へ転がって行った。
いつからだろう? 疲れた様な表情を浮かべている両親、前より一層感じるようになった周囲の視線。
家の電話は鳴る回数が増え、お父さんはしょっちゅう謝罪の言葉を受話器に向かって呟いていた。
たまに怒った様子で話している時もある。
多分アパートの住人や周囲の人からのクレームなのだろう、そして怒っている時は事故を起こした相手か、保険会社か。
なんにせよ、私達家族の精神はすり減らされていった。
何故私達がこんな目に合わなければいけない?
警察の話では事故の原因は、はっきりと分かっていないという話だった。
だというのに、何故私達ばかりが責められなければいけない?
「ふざけるな! ウチの子が自殺する為に車の前に飛び出したって言いたいのか!?」
『ですから、お話を聞いている限りではその様にしか思えないんです。 こちらのお客様のお車にドライブレコーダーが付いて居なかったので、事実確認は出来ませんが……お話を聞く限りだと、意を決した様に急に飛び出してきたとか。 それにあの見た目と年齢ですから、色々と悩み事が多かったのではないですか?』
「いい加減にしろ! よくそんな適当な事が言えたもんだな! あの子がどれだけ苦労しながらも幸せになろうとしていたかも知らずに――」
今日もまた、お父さんが電話に向かって怒鳴り散らしている。
その様子を見たお母さんは無言で涙を流し、私は無表情で父の背中を見守った。
どこか現実と切り離された感覚のまま、じわじわと沸き上がってくる感情がふと私の中で呟いた。
――私達を傷つける奴ら、皆死んじゃえばいいのに。
本気で思った訳じゃない、現実でそんな事起こる訳がないと思っていた。
ただただこの状況から脱したかった、苦しめてくる人たちが他の要因で私達に関ら無くなればいいのに。
そんな子供じみた妄想。
でもお姉ちゃんがいつ帰って来ても、笑顔で迎え入れられる家でありたかった。
皆で「頑張ったね」って言って、お姉ちゃんも帰ってきて、前と変わらない生活を送りたい。
だたそれだけなのだ。
私たちにとっての“普通”を返してほしい。
本当に、それだけなのだ。
それさえも、“周りのみんな”は許してくれないのか?
一般的な“普通”の生活を送れない私達は、私達の“普通”すら許してもらえないのだろうか?
そんなの、ふざけている。
恵まれている事にすら気づかない馬鹿共なんて、みんなみんな死んじゃえば――
ピンポーン。
暗い思考を止めるかの様に、玄関からチャイムが聞こえた。
電話中の父は気づいておらず、母が玄関へとゆっくりと歩み始める。
もしかしたら、また嫌がらせの類かもしれない。
そう思って私もお母さんと一緒に玄関へと向かって歩き始めた。
ここ最近で、随分と増えた。
チャイムが鳴ったのに誰も居なかったり、いたずら電話だったり。
心無い手紙を投函してくる輩もいっぱい居た。
そんなモノを母だけに対応させる気にはなれず、この時は一緒に玄関に向かった訳だが。
「こんばんは、私はこういうモノです。 貴女方の手助けに参りました、お困りですよね? ご安心下さい。 貴女方の憎しみ、恨み。 この私が晴らして差し上げましょう」
玄関を開けた先には、狐の様に細く吊り上がった目をこちらに向けるスーツの男性が立っていた。





