見てはいけないナニか
少しだけ時間を遡ります
あの馬鹿眼鏡に「お前には関係ない」みたいな事を言われた段階で、私の頭にはかなり血が登っていた気がする。
私だってあの部活の一員だ、今までだって頑張って来た。
そう思っていた私を否定されたみたいで、カッと思考が真っ白になったのを覚えている。
だというのに、真っ白になった思考はあの馬鹿眼鏡に言い返す言葉を考えてはくれなかった。
否定された、またのけ者にされた。
そんな事ばかりを考えながら、負け惜しみの言葉を吐き出して部室を飛び出した気がする。
その後はひたすらに“共感”を使い、各所の心霊スポットに猫を向かわせた。
まだ外は明るい、こんな時間から行動しても効果が薄いのは分かり切っていたのに、私は“異能”を使い続けた。
それこそ最初から部長について行ったり、猫を使って部長を捜した方が早かったのかもしれないが……今の私は誰よりも早く異変を見つけて皆の役に立つんだ、証明するんだと、そんな事ばかり考えていた。
何匹もの猫を橋渡ししながら、暗くなるまで探し回った。
この時初めて気づいた事だが、距離が離れるごとに“共感”は使うのが辛くなっていくらしい。
今までは皆が居る所で、すぐ近くの動物を使っていたから分からなかったが、こんな制限があったなんて。
部長達の異能は、“あって当然”と思える程自然なモノだと聞く。
あえて“異能を使う”と意識するまでもなく、その情報を捉える事が出来るらしい。
そういう意味では、私はやはり“異物”なんだろうか?
視界に映る景色がどんどんと暗くなっていき、やがて闇に包まれた街並みが見えて来た頃。
「優愛先輩!? ストップ! ストッープ!」
そんな叫び声が“本体”の方から聞こえてきて、思わず“共感”を切ってしまった。
慌てて目を開けようとしたが、予想以上に負担が掛かっていたのか、私の体は鉛の様に重くなっていた。
瞼一つでさえゆっくりとしか開いてくれない始末、なんとも情けない。
なんとか言葉を返し、いつのまにか私の部屋に居たいっちゃんの話を聞くと、なんでも眼鏡君に言われて私との仲介役兼保険としての仕事を頼まれたらしい。
そんな事なら、最初から部長に協力すればいいのに。
なんて思わなくもないが、アイツなりにオカ研の決まりを尊重した“条件”があるのだろう。
今回は部長が関わっちゃいそうだから、仕方なく部活動としても関わる、みたいな。
なんとも、面倒くさい奴だ。
昔からそうだから、今更どうこう言うつもりはないが……
「優愛―? 晩御飯持ってきたから、後輩ちゃんと食べちゃいなさい。 一花ちゃんだったかしら? ごめんねぇ、ありきたりな物で。 お口に合えばいいんだけど」
なんて思っていた所でお盆をもったお母さんが登場し、強制的に“調査”は終了。
色々余計な事を口走る母親を何とか制し、無理やり退室させるといっちゃんは急に笑い始めた。
「仲いいんですね、優愛先輩の家族って。 なんか羨ましいです」
例え友達間でも恥ずかしいモノを見せてしまった状況なのに、後輩にそんな事を言われてしまうと流石に赤面するのは致し方ないと思う。
「そ、そんな事ないし! 普通だって普通! そんな事より、さっさと食べて“活動”の続きしなきゃ!」
変な空気を押しのけるように、お母さんが持ってきてくれた料理をガツガツと口に運ぶ。
そんな私を見てクスクスと笑う彼女に、とてつもなく羞恥心を感じている訳だが。
「私の家はほとんどお父さん帰ってきませんし、お母さんもちょっとイライラしてるの常って感じで。 いいなって思いますよ? 友達とか連れて来た時に、こんなに歓迎してくれる親御さんっていいなぁって。 私の家なんて、とてもじゃないけど友達なんて呼べないですもん」
なんて言いながら用意された夕飯を口に運び、「おいしい!」と言ってくれる後輩。
これだけでも、私がこの部活に入った意味があったと思える。
それと同時に、寂しさも込み上げてくるが。
「あのさ、いっちゃん。 ウチって、皆から見てどう見える?」
「はい?」
本当に唐突な質問だったと、自分でも思う。
普通こんな事言われたら、返答に困る事も重々承知している。
こんな事を聞いてしまうから、私は“私”なんだ。
「えっと、雰囲気とかって意味ですかね? そうですねぇ、親しみやすそうかなぁって思いましたけど……髪色とか明るいし、格好もギャルって感じはしますけど。 私としては昔周りにそういう人が多かったのもあって、そこまで抵抗ないというか。 むしろ普通より柔らかい雰囲気なんで、馴染みやすいと思いますよ?」
唐突な質問だったというのに、彼女は素直な感想を答えてくれる。
こんな風に言ってくる人が、今まで私の周りにはいただろうか?
「えっと、そっか。 ありがと……うれしいよ、ほんと」
「え、え? どうしたんですか優愛先輩? 何かいつもと雰囲気違いますけど」
少しだけ慌てた雰囲気の彼女に、私は苦笑いを返す。
本当の私を知ったら、彼女はどう思うだろうか?
馴染みやすいと言ってくれたが、芯の部分の私が別人みたいな人間だったら、彼女は離れて行ってしまうんだろうか?
そんな恐怖を覚えながらも、今日この場に居てくれた彼女に、少しだけ心が緩んでしまった私は言葉を続けた。
「もしもさ、もしもだよ? ウチがめっちゃ臆病で、引き籠り気質で……本当は学校でろくに友達も居ないぼっちでさ。 しかもギャルって雰囲気もキャラ作りだったとしたら、いっちゃんは引くかな?」
言葉を連ねたはいいが、とてもじゃないが彼女の顔を見ていられなかった。
オカ研の中での私は、そういうキャラクターだったのだ。
もう卒業してしまったが、“あの先輩達”の中で私という存在を目立たせる為に、私はそうしてきたのだ。
そうじゃないと、“アイツ”は私を見てくれさえしないから。
そんな想いと共に、後輩から視線を逸らしていると……
「んー、別にいいんじゃないですか? 私はあまりそういうの気にしないです。 それにキャラ作りって、学校みたいな狭い空間だと結構必要ですから。 私だって黒家君と“そういう事”で絡む前は優等生演じてましたよ? そんなもんじゃないですかね?」
え? と思わず呟いてから、改めて視線を合わせた。
あまりにも当然の様に受け入れてくれた彼女にどこか戸惑いながら「そういう……ものなのかな?」なんて小声で呟いていると、何を勘違いしたのか子供みたいに頬を膨らませる後輩。
「優愛先輩、私が優等生だったって信じてませんね? 今でこそ自由奔放になりましたけど、昔は常にニコニコ作り笑いしながら周りに合わせて、結構大変だったんですよ? 周りが私のハードルガンガン上げてくるし、それに応えないと陰口言われるしでうんざりでしたけど」
何かを思い出しているのか、はぁ……と大きなため息を溢しながら再び料理を口に運んでいく後輩。
別に彼女が優等生だったと言われても疑おうとは思わない。
見た目は私なんかよりずっといいし、ここ数日見ている限り姿勢や動作だって凄く綺麗だ。
ただ新入生の中では性格がサバサバしているというか、思ったことが口や顔に出やすかったり、生き生きとしていると感じるのは彼女が一番だと思う。
人の顔色ばかり気にして生きて来た私だからこそ、そういう事に敏感になってしまった訳だが。
私から見ても羨ましいと感じるくらい、彼女は“楽しみながら”生きているように見える。
「更に言うなら、私元々男の人苦手だったんですよ」
「え? そうなの? 見る限りいっちゃんウチの部活では普通に絡んでるよね?」
彼女が優等生だった、という情報よりもこっちのほうが意外だ。
俊君をはじめ、眼鏡とも普通に喋ってるし。
更にあのナチュラルセクハラ先生とだって普通に喋っていた気がするが。
「なんというか、こう……喋っている間にチラチラ体を見られたりとか、教室の端っことかからジーっと見られるともう。 気づいてるぞって言ってやりたくなるというか……」
「あー、いっちゃん胸大きいもんねぇ。 というか、今は平気になったの?」
私の一言にうぅぅ……と胸元を隠しながら、不満の声を漏らす。
確かに女性の悩みあるあるというか、ジロジロ見られたりすれば居心地が悪くなったりはするのだろう。
「平気って訳じゃないです、今でもクラスの男子とか苦手ですし。 でもホラ、オカ研の人たちって絶対話してる時目を見てくるじゃないですか。 だから嫌悪感とかはないなぁって」
「あーなるほど、なるほど……うん。 ちなみにせんせーは? あの人も基本はそんな感じだけど、見るときは見るよね?」
確かにウチの部活の男子諸君は、他と比べればかなり紳士的だと思われる。
もう卒業してしまったが、天童先輩だって眼鏡に負けず劣らずの紳士対応だった気がする。
まぁそれも、“慣れた”からなんだろうけど。
何にとはいわないが。
とはいえ先生はなぁ……うん。
話を聞くときは聞く、見るときはガン見するって人だし。
男性嫌いにとっては、なかなか馴染めないのではと思ったりする訳だが。
「なんか納得の仕方に思う所がありそうですけど……先生はそうですね、なんというか正直だなぁって」
「というと?」
あはは、と困ったように笑いながら彼女は呆れた顔で続けた。
反応を見る限り、あの先生また何かやらかした様だ。
「あの人……『ふむふむ、いや実に悪くない。 夜は一人で出歩くなよ?』って、胸をガン見しながら親指立てられました。 なんかもうあそこまでガッツリ隠さず見てますアピールされると、逆に笑えて来ちゃって」
「分かる、分かるけど。 あの人は……3人も侍らせておいて飽き足らず……」
「は? え? 草加先生ってそんなにモテるんですか?」
まぁそういう反応になりますよね。
一見ただの中年教師だからね、仕方ないね。
「モテてる、非常に。 本人が気づいてないだけで、めっちゃモテてるのよあの人……そしてウチの男子部員が紳士な理由もそこに繋がるのよ」
「と、いいますと?」
「前部長ともう一人、オカ研の先輩が先生にお熱なんだけど……二人とも凄いのよ、違う方向で」
ゴクリと唾を飲み込んだいっちゃんが、私気になりますと言わんばかりに顔を寄せてくる。
なんか女子会みたいなノリになって来てしまったが、まぁいいか。
こういうのは初めてだけど、嫌いじゃない気がする。
「前部長の方は……こう言っちゃなんだけど、いっちゃんよりスタイル抜群。 多分アレFか、もしくはもっと育ってたかも。 なのに腰とかめっちゃ細いの、モデルかよ! って何回思った事か」
「つまり……より大きなモノを見ているから慣れたというか、コレと言って意識しないというか……うわ、なんか凄く負けた気がしてきました」
「そしてもう一人はコミュ力の暴力の様な人。 誰にでもニコニコするんだけど、演技とかじゃなくて素で懐く感じ。 多分相手の悪い所見つけるより、良い所見つける方が得意な人。 そして無防備、常に無防備。 スカートでゴロゴロしたりするし、部長……今の部長ね? が常にその人のガードしてたよ」
「うわ……うわ。 絶対モテるタイプじゃないですかソレ。 なんですか、オカ研OB化け物だらけじゃないですか。 そりゃ私なんか眼中にないの納得ですわ」
かなり口調を崩れて来たいっちゃんが、ガクリと机に項垂れる。
分かる、分かるよ。
そう見られるの嫌だなぁって思っていても、それ以上のモノを見慣れているから貴女に興味ないです、みたいに言われれば悔しいモノよね。
そしてオカ研には茜さんだっているのだ。
なんだかんだ言ってあの人もスタイルいいし、見ても怒るどころか“認識”される事の方が嬉しいらしく、もっと見ていいよ! てな感じテンション高くなるし。
そんな女子達に囲まれていれば、男子諸君らにとってはある意味修行の場と化していたのだろう。
あの部活で誠実、堅実に生きる為には紳士になる他なかったのだと、改めて同情する。
俊君はちょっと、家庭内で慣れ過ぎたのと肉欲(筋肉)にだいぶパラメーターが振っている気がしてならないが。
好きな人は? って聞いたら「先生ですね、生涯の師匠です」とか答えそうだし。
そっちの好きじゃねぇよって言いたくなるが。
「優愛先輩……とても敗北者な気分です……」
「お、おう」
予想よりずっとダメージをおってしまったらしい彼女だったが、ガバッと起き上がり両手の拳を握りしめた。
「もうこうなったら、皆を見返してやりましょう。 私はお手伝いしか出来ませんが、誰よりも早く今回の原因を突き止めて、すげーって言わせてやりたいです」
そんな事を言って、フンスッ! と気合いを入れている。
何をどうしたらそういう結論に行きつくんだと言いたくなるが、何かを言う前に思わず笑ってしまった。
「あ、酷いです優愛先輩! 私結構真剣なんですよ!? 何か色んな意味で負けた気がして」
プリプリと怒る後輩を見ていたら、余計に堪える事が出来なくなってしまった。
目尻には涙がたまり、思わずお腹を押さえて笑ってしまった。
こんな風に笑ったのは、いつ振りだっただろうか?
「ごめんごめん。 でも、確かにそうだね。 昔のメンバーに負けてばっかり居られないし、頑張らなきゃね。 私も気合い入れなきゃ」
なんて、素の口調で受け答えしてしまった。
しまった、と思った時には時すでに遅く、後輩はニマーとやらしい笑顔を向けて来た。
「さっきのが優愛先輩の“素”って事でいいんですかね? いやぁ、ギャルっぽい先輩ばっかり見てると、さっきみたいな口調は凄く清純っぽく感じますねぇ」
口元に手を当て、クックックと笑う彼女に思わず顔が熱くなるの感じた。
「そういうの良いから! ホラさっさとご飯食べちゃって! 今夜は多分長くなるよ!」
「はぁーい」
気恥ずかしさを感じながら、食べ物を口の中へ押し込んでいく。
彼女も必要以上にからかう気はないらしく、その後は大人しく食事を平らげた。
食器を片し、両親に後輩が泊る旨を伝えた時には随分な時間が経過していた。
もう少ししたら、深夜と呼べる時間に差し掛かる。
ここまでは、順調と呼べるほど何もなかったのに。
――――
「優愛先輩! 皆に連絡いれました!」
「うん……あ、ありがと……」
あれから再び様々な場所へと渡り歩き、ようやく見つけた怪しい現場。
その場所を伝え、いっちゃんにすぐさま連絡を取ってもらった次第なのだが。
「ちょっと、なんか……予想してたのと違うかも」
そんな事をぼやいてしまうくらいに、異常な光景が広がっていた。
見えているのは森の中、林道を外れた場所に突っ立っている男性。
その足元には良く分からない壺が一つと、周囲には幽霊が飛び交っている光景が見える。
何故ここまで集めて、この男性は無事で居られるんだろうか?
そしてなにより、さっきから嫌な感じがする足元の壺は何なのか。
疑問は尽きない、尽きないが確信と呼べる内容にたどり着かない。
どこか歯がゆさを感じる中、彼が誰かと話している内容に聞き耳を立てていた。
『貴女は“忌み子”ではありませんからね、普通の人間なら呪うにも時間が掛かります。 ですが貴女の気持ちは本物の様だ。 これほどまでに死霊を集めるのは、中々ないことですよ?』
“忌み子”? とは一体何の事だろうか。
眼鏡君辺りに聞けば答えは出るかもしれないが、今はどうすることも出来ない。
通話相手の声は聞こえないので正確に内容を理解する事は出来ないが、誰かに降霊術の手伝いをさせているのは間違いないらしい。
『呪いとは、人が人を憎む心。 しかしより大きな、目に見えて“厄災”とも言える呪いを生むには、一人の感情では足りなかったものでして。 貴女はいい糧になりましたよ? あぁ、貴女が呪った相手……気が向いたら殺しておいてあげますので、ご心配なく』
急に空気が変わった気がした。
不味い、この男は不味い。
どう聞いても、相手を使い潰す気満々じゃないか。
そして今、この場所に皆が向かっているのだ。
こんな男に皆を会わせる訳にはいかない。
直観的にそう感じ、私は走り始めた。
暗い闇夜の中、“夜目”の利く猫だからこそ走り抜けられるスピードで駆けていく。
早く皆に引き返す様に伝えないと、この場所に居ちゃいけないって、そう言わないと。
そんな思いで走れば、すぐ近くの林道で彼らの姿を見つけてしまった。
『早く逃げて!』
そう叫びたかった。
だというのに、聞こえてくるのはニャーという気の抜けた声。
不味い、いっちゃんに伝えないと、向こうに伝わらない。
などと焦っている間に、後ろから先程の男の声が聞こえて来た。
『こんばんは、良い夜ですね』
もう追いつかれた!?
思わず唖然とその男を見上げてしまった。
何やら皆と話すソイツは、まるで営業職か時に宗教の勧誘の様な口調で喋り始めた。
受け答えしてる眼鏡も、警戒を解くことなく後退しようとしているようだが……
如何せん見た目が尋常じゃない。
時代錯誤な服装に、顔面には天狗のお面。
とてもじゃないが不審者極まりない。
ハっと意識を持ち直したと同時に、彼に向かって飛び掛かった。
ニャーニャーと騒がしい声を上げながら、彼の服にしがみ付くようにして爪を立てる。
『なんだっ!?』
男の困惑の声を聴きながら、チラリと皆に目を向ければ一目散にダッシュしていく姿が見えた。
それでいい、私は今猫の体を借りている。
私自身の体じゃない。
だからこそ見捨てるのは当然、私を囮にして逃げればいい。
それが“私の役目”なのだから。
――本当ニ、ソウ思ッテイルノ?
その声が聞こえた瞬間、体から力が抜けた。
必死でしがみ付いていた爪は外れ、地面にポトリと落される。
なんだ? 今の声は何だ?
背筋がゾクゾクと寒くなり、先程聞こえた声が耳から離れてくれない。
――ネェ、見エテルンデショ? 聞コエテルンデショウ?
再び聞こえた声に対して、私の意識より先に猫の体の方が反応した。
何も居ない筈の木々の裏。
野生動物の気配さえしないソコに向かって、私を宿した猫は意識を向けている。
いくらさっきの男に向かえと指示を出しても聞いてくれない。
こんな事、今までは無かったのに。
そう思った瞬間、“ソレ”は木々の後ろから顔を出した。
「は?」
真っ黒い姿。
今まで見ていた幽霊とは違い、明らかに姿を隠すように全身に纏ったローブ。
フードの下から覗く赤い瞳以外、特徴らしい特徴も見受けられない。
ただただ黒い、闇そのものだと言われれば納得するしかない見た目。
そんなナニカが、スルリスルリと近寄って来た。
「え? あれ? ちょっと待って。 何あれ? は? あんなの見たことない」
思わず口に出してしまったが、私の能力は“共感”。
相手に伝わる筈もなく、“ソレ”は私を掴み上げた。
そして。
――見テル、分カッテル。 ミツケタ。
そう言いながら、ソレは猫の瞳を覗き込んできた。
まるで猫を通して私自身を見られている様で、あまりの恐怖に“本体”が逃げようとした。
“共感”を使っている以上、私の体は動かせない筈なのだが……
「あがっ! ぅあっ……なんでこいつ、嘘。 こっちが“見えてる?” やだ、嫌だ! 離せ!」
恐怖のあまり、私は暴れていた。
それが猫の体なのか、それとも本体なのか。
それすら分からないまま、私は体を我武者羅に動かした。
怖い、怖い。
とにかくコイツから離れたい。
コイツの声も、視線も。
全て不快であり、恐怖だった。
「せ、先輩! 優愛先輩! とりあえず“共感”を切ってください! このままじゃ危険です!」
そんな声が“向こう側”から聞こえて、私は“そっち”に意識を戻した。
目を開けばいっちゃんが泣きそうな顔で、私を揺さぶっている。
私を連れ戻してくれたんだろう。
安堵のため息をもらした。
戻ってこれた、アイツにこれ以上関わることは無いんだと。
「あいつは? どうなった?」
「え?」
分かる訳がない、あの光景は私にしか見えていないんだ。
ごめんね、なんでもない。
そういって起き上がるつもりだった。
実際反応の鈍い体に力を入れ、起き上がろうとした寸前だったと思う。
そんな時に、私は見てしまった。
後輩の尋常じゃないくらい青ざめた顔を。
「どうしたの? いっちゃ――」
喋っている途中に、意識が途切れた。
正確には、“本体”から意識が移った、“異能”を使った時みたいに。
意図して“共感”を使った訳じゃない、だというのにこの時ばかりは、無理やり意識を持って行かれた。
何が起こった?
こんな事は初めてだ。
そんな事を思っている内に、私の視線はこちらを見ている“いっちゃん”を捉えた。
間違いなく目の前に居る。
ただしさっきより少しだけ距離が開いてて、更に……私がベッドに横たわっている姿も見える。
なんだ? これは。
私は、一体“ナニを通して”私達を見ている?
そんな疑問を抱いた瞬間、後輩は悲鳴を上げた。
彼女の声に反応して、両親が部屋に飛び込んできた。
大惨事だ。
一体何があったのか、そんな質問を私の両親は繰り返していた。
そんな彼らに対して、いっちゃんは“私に向かって”人差し指を伸ばした。
「あそこに、何かが……」
その瞬間、私の意識は途切れた。
最後に記憶に残っているのは、眠っている私の姿と。
怯えた様に“こちら”を眺める皆の姿だった。





