手を出して良い範囲
「優愛先輩、大丈夫ですか? さっきから辛そうですけど……」
「へーき、へーき。 これくらい……なんでもないよ」
嘘だ。
びっしょりと汗をかきながら、苦しそうに呼吸を続けている彼女。
これが普通な訳がない、他の先輩だって“異能”を使っている時こんな風になって居なかった。
“異能”を使わない限り、この人は部内で一番“普通”なのだと徹先輩は言っていたのに。
私に一番近い存在なのだと、確かにそう言っていた筈だ。
だというのに、コレはなんだ?
とてもじゃないが、そうは見えない。
確かに“異能”さえ使わなければ、こんな事にはならないのかもしれない。
でも、彼女は皆の為にこの力を使っている。
そんな人を、彼女を異物みたいに言ってのけた徹先輩に少しだけ苛立ちながら、なんの力にもなれない自分に更にいら立ちが積もっていく。
私にも何か“力”があれば違ったのかもしれない。
役に立てるナニカがあれば、少しでもこの人の力になれたかもしれないのに。
そんな無い物ねだりの思考を繰り返しながらも、先輩の額に浮かぶ汗をハンカチで拭っていく。
「ごめんね、いつもはもっと楽なんだけど……今日は結構距離があるからなのか、ちょっとヘバっちゃって。 とはいえちょっと緊急事態だから、もちっと頑張る」
にへへっ、なんて気の抜けた笑みを浮かべるものの、彼女の汗は止まらない。
日向に連絡してからしばらく経つので、もう現場には入っていると思うが……出来れば急いでほしい。
向こうも向こうで大変だとは承知しているが、今目の前で起きているこの状況をどうにかしたかった。
とにかく苦しそうで、大変そうで。
私が変わってあげられればなんて、この数分で何度思った事だろう。
“共感”という能力は、私が思っている以上に代償の激しいモノなのかもしれない。
お願い日向、徹先輩。
早く、優愛先輩を役目を終えさせてあげて……このまま見ているだけなんて、私にはとても――
「え? あれ? ちょっと待って。 何あれ? は? あんなの見たことない」
未だ苦しそうに息をする先輩が、急にベッドの上でそんな事を言い始めた。
一体何が見えたというのだろうか?
思わず私は日向に連絡して、その場の状況を確認しようとした。
それが、間違えだったのだろうか?
『一花!? 優愛先輩どうしたの!?』
向こうでもやはり何かあったのか、日向が普段からは想像できない様な声で電話に出た。
「何が見える!? 優愛先輩がちょっと変なの、何か居たりする!?」
『え? よく聞こえない……どうしたの!? 何かあった!?』
『日向ちゃん!!』
『あ、はい! すみませ――』
何やら忙しそうな声を上げながら、通話は切れてしまった。
何が起こっている?
状況を全くつかめない私は、唖然とするしかなかったのだが……そうもいっていられない事案が発生してしまった。
「あがっ! ぅあっ……なんでこいつ、嘘。 こっちが“見えてる?” やだ、嫌だ! 離せ!」
寝そべったままの優愛先輩が、背骨を反対側に反る体制で固まって痙攣し始める。
何だこれ、私はどうすればいい?
「せ、先輩! 優愛先輩! とりあえず“共感”を切ってください! このままじゃ危険です!」
彼女を揺さぶりながら叫ぶと、先輩は脱力した様にベッドに転がった。
未だ荒い息、そして疲れきった表情から安心はできないが“共感”は止めてくれたらしい。
これでなんとか一安心……何て思った所で、彼女は眼を閉じたまま口を開いたのであった。
「あいつは? どうなった?」
「え?」
何の事だろう? もしかして徹先輩の事だろうか?
あの人に対して、優愛先輩は口が悪くなるみたいだし。
そんな事を考え、「大丈夫ですよ」なんて言葉にしようとした瞬間だった。
“茜さん”とは違う、“上位種”に近い感覚に襲われた。
背筋が冷たくなり、周囲の温度が一気に冷えた様な感覚。
そして何より、間違いなく何者かに“見られている”と感じる恐怖。
勘違いや、妄想の類では済まされない。
まるで肌で感じられるほどの視線を受けている感覚に、私は窓の外へと視線を向けた。
「……え?」
そこには、確かに何かが存在していた。
真っ黒いフードの様なモノをかぶり、素顔まではちゃんと認識できない。
ただただ気味の悪いと感じられるナニカが、窓の外からこちらをジッと眺めていたのだ。
何をする訳でもなく、赤い瞳がこちらを覗いていた。
「イヤァァァァァ!」
私の悲鳴を聞きつけた優愛先輩のご両親が駆けつける間、“ソイツ”は何もせず私達を眺めているだけだった。
――――
一花から地図が送られてきた後、私達はすぐに件の場所へと向かった。
そこは一応観光スポット? の様で、整備された林道が続いている。
一応街灯の類も設置されているが、そこまで栄えている訳ではないのか数が少ない。
街はずれにある山の中という事もあってか、人の気配がまるでない薄暗闇が広がっていた。
「さて、それじゃここからは歩きかな。 案内を見ると上に展望台があるけど、そこから先は特に何もないみたい」
案内看板をハンドライトで照らしていた椿先生が、それだけ呟いてから先頭を歩き始めた。
とはいえあまり場慣れしていないのか、至る所にライトの光を振り回しながら警戒しまくっているご様子。
そしてその後ろに付いた徹先輩も、当然の様にポケットからライトを取り出した。
まずい、私だけ何も持ってない。
とにかく皆とはぐれない様に、先輩の後ろにぴったりとくっ付いて歩き出した。
「とりあえず事前に説明した通り、今日は様子見です。 まずは渋谷の使っているであろう猫を捜しましょう。 そして降霊術をやっている人間が居るようであれば可能な限り見つからずに、もし見つかっても観光客でも装って通り過ぎましょう。 “丑の刻参り”でもしていない限りは、向こうもわざわざ関わってこようとはしない筈です」
「丑の刻参りってヤツだと何かあるの?」
改めて説明する徹先輩に、椿先生が首を傾げながら振り返ってくる。
その際ライトまでこちらに向けられてしまい、思わず「うっ」と声を漏らしながら目を細めてしまった。
「丑の刻参りは儀式中の姿を見られてはいけないというルールがあるんですよ。 もし見られた場合は、その相手も殺さなければいけないと言われています。 見た相手も呪い殺すなんて言われる場合もありますが、呪術に使う藁人形には相手の髪の毛や爪といった相手の一部が必要とされていますから……多分その場で目撃者を消しにかかってくるでしょうね。 間違いなく五寸釘と金槌は持っている訳ですから」
説明をしながら、先輩はスッと体をずらし先生のライトの光を遮った。
意図しての行為か偶然か分からないが、兎に角眩しい光からは解放された私。
ここはお礼を言っておくべきだろうか、もしも偶然移動しただけで「なにが?」とか返されたら物凄く恥ずかしいが。
「あ、あの……」
「うわぁ……そんなの追われるとか想像もしたくない……」
嫌そうな声を上げる先生に、私のもごもごした小声はかき消され二人はそのまま歩き始めてしまった。
結局タイミングを失ってしまった私は、諦めて二人の背中を追いかける。
多分偶然だよね? 背後に居た私の視線まで把握していたとは思えないし、考え過ぎか。
そんな言い訳の様な思考の元、私は黙って後ろをついて行く。
会話に参加出来ていない事もあり何となく疎外感を感じてしまうが、こればっかりは私に問題がある。
コレと言って話を盛り上げられるネタを持っている訳ではないし、口を挟めば説明している先輩の邪魔になってしまうだろう。
なんて理由づけも出来るが、結局は私のコミュ力の問題だ。
相手に話を振ってもらわないと、会話がまともに続かなそうで怖い。
なんとも情けない話だが、こればかりはどうしようも……
「ん? アレってもしかして渋谷の使ってる猫ですかね?」
私がどうしようもない事を悩んでいる間に、何か変化があったらしい。
急に立ち止まった二人の背中に、もう少しでぶつかりそうになりながら急停止する。
背後から先を覗き込んでみれば、道の先から黒猫が一匹こちらに向かって走って来ていた。
「道案内の為にこっちに寄越した……なんて事はないよな。 目を離している間に相手が居なくなる可能性だってある訳だし。 こんな事なら一花ちゃんにインカムも持って行ってもらえばよかった」
先輩の呟きで思い出したが、今日は誰もそういった装備を付けていない。
部室にはスマホに繋ぐインカムから、トランシーバーとか色々備品が揃っていたけど……今日は急いでいた、というか色々あったからなぁ。
なんて渋い顔をしている間に、先輩はスマホと取り出し耳に当てた。
多分優愛先輩に確認の電話を入れるんだろう、そう思って再び視線を猫に戻したその時。
私の目にはおかしなものが映り込んでいた。
「徹先輩! 前、前!」
ぽつぽつと街灯に照らされた目の前の林道。
その奥、猫が走って来た方角から新しい影がこちらに向かって歩いて来ていた。
今は暗がりの中を歩いている為、その姿をしっかりと確認することは出来ないが、何者かがこちらに歩み寄ってくるのだけは分かる。
「“怪異”……か? 皆一応警戒して」
正面を睨んだ先輩は、それだけ言ってスマホを耳から離した。
結局優愛先輩と話せないままだったのが少し不安だが、今の所“未来視”はコレと言って何も告げてこない。
とりあえずすぐすぐ襲い掛かってくることは無いと思うが、相手が生きている人間なら私の“異能”では役に立たない。
というか、もしも相手を見つけた場合は知らんぷりするんだっけ?
不味い、さっき結構大きな声上げちゃったけど……これはもしかしてやらかしてしまっただろうか。
今更過ぎる後悔を胸に抱えながら、ジッと近づいてくる影を見つめる。
しばらくするとその影は街灯の明かりの下へとたどり着き、照らし出された姿はどう見ても人間だった。
それこそジョギング中のおじさんとかだったらとんでもなく安心できたのだが、どう考えてもそうは見えない恰好をしたその人が、こちらに向かって笑いかけて来た。
「こんばんは、良い夜ですね」
まるで散歩の途中で知り合いに出会ったかのような気軽さで、その男性は私達に声を掛けて来た。
だがその声に答えられる人間はいない。
見た目が異様なのだ。
神主が着ている様な白い袴姿、手には乳児くらいの大きさの壺。
そしてその顔には、鼻から上をすっぽりと隠す天狗の仮面を被っていた。
どこからどう見ても不審者。
こんな時間に、こんな男と遭遇したら当然怖い。
というか優愛先輩に「何か見つけた」と言われてこの場に来ているのだ。
まず間違いなく、目の前の彼が“その人物”なのだろう。
「こんばんは。 何処のどなたか存じませんが、こんな時間にその様な恰好では通報されてしまいますよ? せめて仮面だけでも外したらいかがですか?」
そう言いながら、徹先輩が私達を庇うように一歩前に出た。
対話できるようだし、この場では一番頼りになるのは先輩で間違いないはずだ。
椿先生も対人能力、というかコミュニケーション能力としては相当なモノだと思っているが……流石に深夜に男性から声を掛けられれば怖いのか、先程から肩が震えている様にも見える。
「いやはや申し訳ない、ですがコレは今外す訳にはいかないのですよ。 ご心配なさらず、手荒な事をするつもりはありませんので」
クスクスと笑い声を漏らしながら、男性は芝居がかった一礼をして見せる。
なんというか、とんでもなく気味が悪い。
いきなり襲って来られても困るが、妙に礼儀正しい姿に違和感しかない。
何なんだろうこの人、何もしてこないって言ってるし、さっさと退散した方がいい気がする。
「そうですか、では道中暗いのでお気をつけて。 僕たちはこれで失礼させていただきます」
先輩も軽く頭を下げ、体をこちらに向ける。
顔は無表情のままだが、背面の男から見えない様に「戻れ」とハンドサインを送ってくる。
そりゃそうだ、いくらなんでもこの状況で相手の事を調べたり、この先の“現場”を見ようとするのは踏み込み過ぎだろう。
ここまで来ておいて急に引き返せば相手に不審がられるかもしれないが、とてもじゃないが彼の横を通り過ぎる気にはなれない。
というか普通なら通報事案だ。
とは言っても、ここで“一般的”な対応を取ったら一体何をされるのか想像もつかないが。
「椿先生?」
退却を始めている私達だったが、ふいに先輩が声を上げた。
思わず振り返って彼女を見ると、先生は真っ青な顔で男を見ていた。
浅い呼吸を繰り返し、体を震わせながら額に汗を浮かべている。
不味い、このままだと変に相手に絡まれるかも。
「椿先生行きましょう? ほら」
「え? あ、そうね……」
そう声を掛けながら慌てて戻り、先生の手を取るとビクッと大きく震える先生。
繋いだ手は冷え切っているし、だいぶ汗ばんでいる気がする。
確かに目の前の男性は怖いが、ちょっと反応が大きすぎる様な?
とはいえ問いただす時間があるとも思えないので、急いでこの場を去ろうとしたその瞬間。
「少しお尋ねしたいんですが、よろしいですか?」
再び仮面の男が口を開いた。
全く持ってよろしくないです、とは言えず恐る恐る相手を直視する。
仮面で隠れていない口元がニヤリと大きく歪み、彼は喋り始めた。
「貴方達、“忌み子”という言葉を聞いた事がありますか? もしくは言われた事などはございませんか?」
先程と違い随分と嬉しそうに語り始めた彼に向かって、徹先輩が彼を睨みつけながら私達を背後に隠した。
「そもそもの言葉の意味を知っていて仰っているなら、とてつもなく失礼な方ですね。 見た目といい言動といい、即通報されてもおかしくない行動だと思いますが。 その様に致しましょうか?」
いつもの丁寧口調だというのに、言葉の節々どころか声にまで棘を持たせた先輩が、後ろ手に後退を促してくる。
不味い、これはダッシュで逃げる事案が発生したかもしれない。
そんな事を思いながらスマホを取り出し、いつでも警察に繋げられる様に準備する。
「これは失礼。 私の言う“忌み子”というのは、ちょっと世間一般と違うモノでして。 そちらの若いお二人は、そういう“モノ”に見えましてね? お二人は、“呪い”などに興味はありませんか? 憎い相手、消えてほしいと思った相手など、いらっしゃいますでしょうか?」
まるで何かの勧誘の様な口調で男は語り始めた。
マジでヤバイ人だ、言っている内容が普通じゃない。
これはもう通報事案でしょ。
先輩と彼が喋っている間に110番通報しようと指を掛けた、が。
「貴方達、見えているんでしょう? 普通ではない“モノ”が」
その言葉に、思わず反応してしまう。
ほんの些細な反応だったと思うのだが、彼はそれを見逃さなかったらしい。
「ははっ、そう怯えないで下さい。 私も貴方達と“似た様なモノ”ですから。 とはいえ、そちらの女性は部外者の様ですね。 たしか椿と、そう呼ばれていましたか?」
急にそんな事を言い始めた彼は、仮面の奥に光る冷たい眼差しを先生に向ける。
嘘でしょ? まさかこの人も“異能持ち”?
私のイメージというか、経験では“異能持ち”は皆“怪異”に対して抗っていた。
でもこの人は違う。
とてもじゃないが、先輩達や黒家君の様な気配が微塵も感じられない。
むしろ、“あっち側”に近いというか……
「貴方方二人なら歓迎ですが、ちょっとそちらの女性は……もしも私の知っている“椿”の人間なら、邪魔にしかなりませんねぇ……」
そう言い放ち、一歩こちらに歩み寄る。
「それ以上近寄らないでもらえますか? こちらも公的手段に出る他なくなりますが」
威嚇する様に言い放った先輩の言葉に、彼は今まで以上に口元を吊り上げる。
そして警告が聞こえなかったのか、彼はそのまま歩み寄って来た。
その手を、抱えた壺の蓋に置きながら。
「公的手段? そんなものが何の役にも立たない事、貴方方が一番ご存じなのでは? 私はね、“人を見る眼”だけは、昔から自慢なんですよ」
「はっ、それはそれは。 お眼鏡に適ったようで何よりですが、生憎と貴方に興味も何もありませんので、ご遠慮願いたい所なんですがね」
準備しろ、そう言っている様なハンドサインを後ろ手に出され、私は先生の手を握って走る準備を始める。
当初話していた最悪の事態だ。
ドクドクと心臓がうるさく脈打っていた。
予想されていたというのに、心のどこかで「そこまで酷い事態にはならないだろう」なんて、甘い考えを持っていた事を実感する。
覚悟も自覚も、全然足りなかった。
部長やあの“茜さん”の話からすれば、命に関わるような事例はいくつもあったと理解できただろうに。
今まで“そういうモノ”から目を逸らしながら生きて来た私には、二人の話はどこかファンタジーの様に感じていた。
気づくのが決定的に遅すぎた。
馬鹿な自分に舌打ちを溢しながら、ジリジリと元来た道を後退していく。
「一つ、面白いモノをお見せしましょう。 これで興味を持っていただければ良いのですが。 本来ならもっと“寝かせる”べきなんですがね、まぁ試しに作ってみた代物ですから構わないでしょう。 しっかりと言いつけを守ってくれるといいのですが……」
まるで新しい玩具に触れている子供の様な笑みを浮かべながら、彼は手に持った壺の蓋を取り去った。
「なっ!?」
中からあふれ出したのはドス黒い霧の数々。
一目で“ヤバイ物”だと理解できる程、全神経が早鐘を打っている。
不味い不味い不味い、アレは使わせちゃいけない代物だ。
しかも一花は言っていたじゃないか、“人とたくさんの幽霊が居る”と。
だが今の所“怪異”らしい姿は一つも見ていない。
どういうことなのだろうか?
もはやあの壺の中に、彼女の言っていた“多くの幽霊”が凝縮されている様な錯覚さえ感じる。
とにかく、逃げないと――
「なんだっ!?」
急に眼の前の仮面の男が悲鳴じみた声を上げた。
何かから逃れるように、体を左右に動かしている。
その彼にしがみ付いているのは、一匹の黒猫。
「優愛先輩?」
「今の内だ! 走れ!」
先輩は私と先生の手を引き、無理やり走らせる。
もはやウダウダ言っている場合ではない、それが分かるくらいにあの“壺”からは嫌な感じがする。
「とにかくこの場から離れましょう! 椿先生、キーを用意しておいてください!」
「……う、うん。 わかった」
どこか力なく答えた先生が走りながらバッグの中に手を突っ込んだ。
上手く逃げられればいいんだけど……
なんて不安に駆られながら後ろ振り返ると、そこには。
「なんだったんだ……まぁいい。 “忌み子”以外を殺せ」
はっきりとした声で告げる男性が、壺を地面に向かって叩きつけていた。
そしてその足元には、何故か別の場所に向かって威嚇している黒猫の姿。
「え? なんで? さっきまであんなに……」
今では全く足止めする気配のない黒猫に違和感を覚えながら走っていると、ポケットに入れていたスマホが振動する。
正面を向き直り、画面を確認してみれば一花の名前が。
このタイミングで連絡を入れて来たという事は、やはり何かが起こったという事なんだろうか?
「一花!? 優愛先輩どうしたの!?」
走りながら少しでも情報を集めようと叫ぶと、向こうからはノイズ交じりの音声が聞こえて来た。
『――見える!? 優愛先輩――っと変なの、何か居たり――!?」
「え? よく聞こえない……どうしたの!? 何かあった!?」
叫んだところで、相変わらず向こうからはノイズが聞こえてくるばかり。
「日向ちゃん!!」
「あ、はい! すみません、すぐいきます!」
通話に意識を向けてしまい歩調が遅くなった私のせいで、最初より走る速度が落ちている。
とにかく今は走らないと。
いつの間にか通話が終わってしまったスマホをポケットに押し込み、ひたすらに両足を動かした。
こんな事なら、普段からもっと体力付けておくんだった!
何度目かの今更過ぎる後悔というやつを噛みしめながら、私は懸命に膝を上げたのだった。





