新入部員 5
「ただの見回りです!」
なんて大声を上げた部長が、真っ赤な顔で部室を飛び出していった。
ちょっと事態が急過ぎて付いていけない私と日向は、呆然と口を開いたまま部長の背中を見送った。
そんな中先輩達は微笑ましいモノでも見るかのように、走り去っていく部長に手を振っていたが。
なんというか、この部の人たちは部長を無駄にイジるよね。
なんだかんだで部長も楽しそうだから、これと言って問題はないんだろうけど。
「天童……先輩? って、OBの方ですか? あと見回りって一体……」
デートって言うからまぁ、そういう関係なのだろう。
意外って言ったら失礼なんだろうが、そうか……部長って彼氏居るのか。
まぁ確かに可愛いし、居ても全然不思議じゃないんだけど。
とはいえこの部内ではマスコット的な扱いを受けている気がして、何とも変な感じだ。
むしろ上島先輩とか、彼氏さんに怒られちゃいそうな程絡んでるけど……いいのかな?
なんて事を思いながら先輩達に視線を向ければ、あきれ顔でやれやれと首を振っている。
「さっき話した『声』の“異能”を持っている人ですね、お察しの通り我々の先輩に当たる人です。 部長とコンビを組んで、定期的に街中に居る幽霊を祓っているんですよ」
「え、それって私たちは行かなくていいんですか? 少しでも“異能”が多い方が安全なんじゃ」
不安そうな声を上げる日向。
でも意見としてはその通りだ、さっき部長自ら危ない事はするなって言っていたばかりだし。
それなのに二人だけに任せてしまっていいのだろうか?
「気持ちはわかりますが、あの二人は“アイツら”が集まっている場所に踏み込むわけではありませんから。 街中に数体居る幽霊だとか、誰かに憑いている霊を見つけて殲滅しているみたいです。 基本バイクで移動しているみたいですので、むしろ人数が多いと邪魔になってしまうんですよ」
そう言って、先輩たちは少し寂しそうに笑う。
部長ばかり働かせてしまっていいのか、とか。
それなら私たちは私達で動かないと、なんて色々思ったりする訳だが、多分そんな事は言わなくても二人ともわかっているのだろう。
「とはいえ僕たちが同じように行動しても、部長は怒ったりしませんよ? 先程はちょっと厳しい言い方をしていましたが、要は何かあった時に傷つくのは日向さん自身だろうから、焦らず一緒に少しずつ練習しようって事だと思いますから」
「え、あれ? そうなんですか? てっきり責任が取れない内は、部活動以外では使用を控えろって言われたのかと……そうじゃないと誰かを殺すことになるかもしれないって警告されたのかと思ってましたけど」
確かに、私にもそれっぽく聞こえた。
頑張ろうとするのはいい、けど無理をすれば失敗するから止めておけ、みたいな。
そんな事を考えていれば、部長の代わりにソファーに寝転がった渋谷先輩がクスクスと笑い声を上げ始めた。
「確かにぶちょーの言い方ってちょっと分かりづらいよね。 結局どっちなんだーって、たまにウチも思うもん。 でも単純に二人の事を心配してるだけだと思うよ? あんまり前のめりだと失敗するよーみたいな。 だからまぁ気楽にやりましょうって事だよ」
にっしっしと笑いながら、渋谷先輩はさっきまで部長が包まっていたブランケットを頭から被る。
なんというか、凄い信頼関係だと思う。
中学の頃も部活動なんかはしていたが、ここまで仲のいい部活というのは見たことがない。
皆が皆を信頼しあって、お互いに支えあっている。
今までの経験、というか私の見て来た人間関係はもっと汚れていた気がする。
誰かを陥れたり、蔑んだ様な態度を取る人間なんていっぱい居た。
だというのに、ここの人たちはそんな様子が欠片もないのだ。
そんな光景を、私は素直に羨ましいと思ってしまう。
「さて、それでは環さんのお話でしたね。 まずは何か役に立ちたい、そして仲良くしたい、と」
「え、あ! はい!」
急に話を振られて、変な声が出てしまった。
自分で言っておいて忘れていた、まだ日向しかアドバイス貰ってなかったよね。
「まずは後者から行きましょうか。 どうやらお二人は名前で呼び合う様になったご様子ですし、この際僕たちの事も名前で呼んでみてはいかがでしょう?」
「……はい?」
「さぁ、どうぞ。 お二人とも気軽に呼んでくれて構いませんよ? そして僕の方からも呼ばせて頂きます、一花ちゃん、日向ちゃんと!」
「単純にメガネ君がそう呼びたかっただけじゃないの……?」
呆れた様な声を上げる渋谷先輩の視線を物ともせず、上島先輩はカモン! とばかりに両腕を広げて待機している。
長めの前髪を揺らしながらメガネを光らせ、体を奇妙にくねらせるおかしな物体が爆誕してしまった。
私は別に名前呼びって抵抗ないからいいんだけど……これ絶対日向にも要求してるよね?
「えーっと、徹先輩?」
「よし来た! さぁ次は日向ちゃんだ!」
「メガネ君キモイぞー」
「……と、徹先輩」
皆の視線が集まる中、隣に座っている日向が赤くなりながらも小さな声を上げた。
その言葉に満足したのか、彼は両手を頭上に掲げ、「完全勝利」なんて渋谷先輩に勝ち誇った顔を向けている。
一方の渋谷先輩と言えば、あきれ顔でヒラヒラと手を振ってあしらっている訳だが。
「えっと、これからもよろしくお願いします。 徹先輩、それから……優愛先輩」
「よ、よろしくお願いします」
二人して頭を下げれば、徹先輩はとてもいい笑顔で迎えてくれて、優愛先輩は困った様に笑いながら頬を掻いていた。
「アハハ、いきなり名前で呼ばれると照れるもんがあるね。 そうだなぁ……ひなちゃんにいっちゃん、こっちこそよろしくね」
流れに任せて名前呼びしてみれば、何故かあだ名をつけられてしまった。
まぁ全然構わないが。
ひとしきり皆して恥ずかしそうに笑いながら雑談していると、徹先輩が手を鳴らし全員の注目を集めた。
「ではでは、呼び名も決まったところでもう一つの相談内容に入りますか。 そう、お仕事の話です」
そういえばそうだった。
さっきから話が脱線しすぎて、肝心なその話題に触れていなかった。
とはいえ何の“異能”も持っていない私に出来る事なんて、かなり限られてくるとは思うが……
なんて、この時は思っていました。
「非常に助かります。 えぇそりゃもう、貴女みたいな人を待っていたと言っても過言ではありません」
「へ?」
徹先輩が私の手をがっしりと握りながら、とんでもなく前のめりになって怒涛の勢いでしゃべり始めた。
「まず今日の様な予定がない日、そういう時は基本的に僕の仕事を手伝ってください。 付近のスポットの情報調査から、備品の管理。 依頼があれば正確な場所を調べたり、現地での駐車場の有無。 そして時間によっては周囲に食事をする所があるかどうかなどなど。 もちろん予約を入れるのも忘れずに」
「え、あ、はい」
「その他にもいろいろありますよ? 知っての通り私の“異能”は“指”。 その力を発揮する為には各所のお札の画像や、どんな効果があるのかまで知っておかなければなりません。 そしてモノによっては実際に購入しに行ったりと様々です。 そういった調査、物資調達にも協力していただけると、とても助かります」
「は、はい!」
なんだろう、思っていた以上に色々出てくる。
マネージャーっぽい事とか出来ればなぁ、なんて思っていたが……下手な運動部より忙しそうな気がしてきたぞ?
そして“指”の異能っていうと、昨日のアレだろうか?
お札を投げて、紫色に燃えてたやつ。
傍から見るとマジックか何かに見えるが、それは私から見ればの話だろう。
昨日の話を聞いていた限りだと、あのお札で私たちの後ろに居た幽霊を祓っていたようだし。
そのお手伝いも出来るのか、“異能”には関われないと思っていたのに、いきなりチャンスが降って湧いてしまった。
そして……
「更に現場に入ってからは椿先生と渋谷のフォロー、後は草加先生がたまに居眠りするので、その度に起こしたりとか……」
「い、居眠り……はいいとして、椿先生と優愛先輩のフォローって具体的に何をすればいいんですか?」
他の事は追々聞きながら覚える事が出来そうだが、その点に関してはいまいちパッと思いつかない。
昨日の自己紹介でも、名前と“異能”の名称くらいしか聞いてなかったし。
具体的な事が何も分からないのだ。
特に今名前の挙がった二人は、未だに直接“異能”を見ていない気がする。
優愛先輩に関しては、あの猫? とは思うが、実際に何をしているのかは分からない。
「あぁーごめんね? ウチの“異能”って分かりづらいもんね。 ちょっと待っててね」
そう言いながら優愛先輩は窓を開け、チチチッと舌を鳴らし始めた。
何をやっているんだろうか? なんて疑問を浮かべている内に、答えが窓の外から現れた。
窓から現れたのは一匹の白猫。
やけに懐いている様で、ごろごろと喉を鳴らしながら先輩の腕に頭をこすりつけていた。
その猫を室内に招き入れ、膝の上に乗せたかと思えば、先輩は目を閉じて動かなくなってしまった。
「あの、優愛先輩?」
声を掛けても反応は無い。
ただ膝の上で座っていた猫が私の元へと歩み寄って来たかと思えば、座っている椅子に手を付き、ズボッ! とスカートの中に頭を突っ込んだ。
「ちょ、コラコラ何してるの。 ほら、先輩の所に戻って?」
なんて声を掛けた瞬間、優愛先輩がニヤッと笑う。
「ほほぉ、今日は緑ですか。 なかなか大人っぽいの履いてるじゃないかいっちゃん」
「はぁ!?」
一瞬何を言っているのかと思ったが、何の色を言い当てているのかを理解した瞬間に猫を追い払い、スカートを強く押さえつける。
ハッと気が付き、徹先輩に視線を向けてみれば、非常に気まずそうに視線を逸らしている。
「えっと、つまり?」
ジトッと優愛先輩を睨みつけてみれば、彼女は目を瞑ったまま私に笑いかけた。
その膝の上で先程の白猫が、ジッとこちらを見つめている訳だが。
「改めまして、ウチの異能は“共感”。 こうやって動物たちの視覚なんかを借りる事が出来るの。 それにウチが見たい、そっちに行きたいって思えば、それなりに言う事は聞いてくれる訳さ。 使うのは猫が一番多いかな。 ほら、猫って元々幽霊が見えるとか言うじゃない? だからウチが猫の眼を使いながら、皆の“眼”になってるって訳。 今オカ研には正確に見れる“眼”がないからねぇ」
そう言いながら、膝の上に居る猫が移動し始める。
詰まる話、今この猫が見ている光景が先輩には見えているという事なのだろうか。
今度は日向の方に寄って行ったので、スカートに頭を突っ込む前に捕獲して再び膝に乗せる。
「つまり、“共感”を使ってる間の優愛先輩を守ればいい、という事ですかね? とはいえ私“見え”ませんよ?」
「まぁそればっかりは仕方ないよね。 でもホラ、昨日だって寒気がしたり、妙な威圧感を感じたでしょ? そういうちょっとした異変を感じたら、私たちに教えてくれるってだけでも十分ありがたいのよ。 ツバッキーはうん、なんというか鈍いから」
そう言いながら首を振る優愛先輩。
ツバッキー……って、椿先生の事でいいのかな?
鈍い、とかあるのか。
私には“見える”感覚そのものが分からないので何とも言えないが、やはり個人差とかあるみたいだ。
そんな事を考えていた私に気づいたらしい徹先輩が、説明を補佐する様に口を開く。
「僕たちは“異能”以外の“見る”力も、個人によってそれぞれなんですよ。 僕や部長は、幽霊本体が黒い霧が漂っている様に見えますし、渋谷や椿先生は全く見えませんから。 それに草加先生と俊君も同様です」
「え? でも優愛先輩はさっき皆の“眼”だって。 それに草加先生は昨日あんなに強い力を発揮していましたし、黒家君だって……椿先生も、ああいうモノに関わっていますよね?」
日向が思わず口にした疑問も最もだろう。
もはや一般人の私には、理解の範疇を超えているが。
どういうことだ? 見えてないけど皆の“眼”だったり、見えてないけど幽霊を殴ったりと、もう訳が分からない。
「それは“異能”ありきの話ですね。 渋谷は“共感”を使えば僕らよりも見えますが、使わない限りはいたって普通の人間です。 そして草加先生と俊君、あの二人に関しては色々と別の説明が必要なんですが……椿先生に関しては、遺伝と言っていいでしょう、あの人の“血”はちょっと特殊でしてね。 本人は一般人ですが、彼女の血は“巫女の血”と呼ばれ、怪異にとっては毒になるそうです」
もうね、意味が分からない。
今の説明で全部理解できる人間がいたら、ちょっと見てみたい。
なんかゲームとかで出てきそうな名称とかも出てきちゃってるし、なによ“巫女の血”って。
どういうこと? というか椿先生巫女さんだったのか。
なんて疑問を浮かべながら日向一緒に首を傾げていると、先輩は笑いながら話を続けた。
「まぁいきなり言っても分からない事だらけでしょうから、追々説明していきましょう。 とにかく現場では、椿先生と渋谷。 部室では僕のお手伝いをお願いします。 結構忙しいですから、覚悟しておいてくださいね?」
「了解でっす!」
思わず立ち上がりながら、ビシッと敬礼して見せれば先輩二人から笑われてしまった。
とはいえ、今さっきまで悩んでいた不安の種はあっさりと解消された。
私もこの部活に居ていいんだ、一緒に居てもいいんだ。
そう思えるだけで、随分と気が楽なった気がする。
「そういえば草加先生と黒家君、なかなか帰ってきませんね。 椿先生の方は遅くなると連絡を受けていましたが……」
「え? 黒家君もう来てたんですか?」
ふと思い出したように呟いた先輩の言葉に、日向がすぐさま反応した。
とはいえ私も同じことを思った訳で、彼女と同じように上島先輩に視線を向ける。
「えぇ、僕たちより早く来ていたくらいで。 今日は予定がないと分かったら、草加先生を一緒に組み手をするとか何とか。 多分校庭か柔道場だとは思うんですけど」
「「 組み手? 」」
何を言い出しているんだろうこの人は。
普通教師と生徒でそんな事をし始めたら、周囲の目とかその他諸々で偉い事になりそうだが……
というか組手って、何してるのあの人たち。
「あっ、そうそう先生といえば。 さっき話に上がった椿先生の“巫女の血”、私達も実際使う所は見たことないんだけど、視覚的に優しくないから覚悟しておいた方がいいらしいよ?」
悩んでいる私達に、新たな情報が優愛先輩からもたらされる。
え、なに? 視覚的って優しくないってどういうこと?
今までの“異能”の数々の感想、というか皆を見ての印象は……音叉を鳴らす、札を投げる、猫になる、未来を見る、幽霊に物理で攻めるのが二人。
それだけでもとんでも超人が揃っている気がするのだが、あえて警告してくるという事はそれ以上?
血……巫女の血。
なんだろう、こうブワッと体から何か出てきたりとか?
どっかのゲームみたいに、血の力がぁなんて言いながら色んな技を繰り出したりとか?
どれも非現実的だが、なんかこの部活ならありそうな気がする……
「ふっふっふ、色々と妄想しているみたいだけど、多分外れだよ」
「と、いいますと?」
ゴクリと唾を飲み込みながら、優愛先輩を二人して覗き込む。
すると先輩は左腕を立て、その手首に指をスッと横に引く動作を見せた。
「スパッとやって、自分の血を相手の口に叩き込むらしいよ」
「「 リストカット!? 」」
まさかの使用方法に二人して突っ込んでしまった瞬間、部室の扉が開き話題のその人が姿を現した。
「ごめんねぇ、クラス担任の会議で遅れちゃった。 今日は何か活動ある?」
いつもの笑顔で登場した椿先生。
だがよく見れば、その左手首には包帯が巻かれていた。
「あ、来た。 リストカッター椿」
「おかしな名前付けないでもらえるかな!?」
来て早々分かりやすくも不名誉な呼び名で声を掛けられた先生は、今まで以上に全力で突っ込みを入れていた。
そして私たちの視線に気づき、慌てながら左手の袖をまくり上げる。
「違うからね!? 昨日グネッちゃって、普通に湿布張ってあるだけだから! ホラ、よく見て! 切ってないから、最近は全く切ってないから!」
「さ、最近は……」
「あ、いや違くて。 そうだけどそうじゃないっていうか……あぁもう渋谷さん! なんて事言うの!」
自分の失言に気づいた先生は、頭を抱えながら優愛先輩に詰め寄った。
対する先輩は、爆笑しながら先生を宥めていたりするが。
なんというか、知れば知る程謎が増えてくる。
本当に大丈夫かな、この部活……なんて不安も生まれた訳だが、本日は何もなく時間が過ぎていく。
私としてはちょっと不満だが、本来ならこれが先輩達や黒家君、そして日向が望む世界なのだろう。
本当に何もなく、そして当たり前の“普通”。
そんな“普通”を当然の様に生きている私は、まだ少し皆と距離があるのだろう。
でもいつか、ちゃんと理解できる日が来るといいな。
なんて事を思いながら、今日の部活動は終了したのであった。
次回から旧メンバーが登場します。





