新入部員 2
「ここが……オカルト研究部」
思わずそう呟いてしまったのは、果たして私達の内どちらだっただろうか。
使用されている雰囲気の無い旧校舎、その一番奥と言っても過言ではないほど奥まった位置に、その部屋はあった。
扉にぶら下がった看板は古ぼけていて、まさに歴史のある部活って雰囲気だ。
即席で書かれたとしか思えないその看板をずっと使ってるのも、なんというか非公式の部活って感じがする。
「三月さん、環さん。 準備はいい?」
そう言って笑う椿先生の笑顔が、何となくいつもと違う気がして背筋に冷たいモノが走る。
いつもと違う、なんて言っても入学してから2日間しか顔を合わせていないのだが……それでも笑顔の質が変わったというか、クラスで見せている笑顔とは別のモノに感じられた。
「は、はい! 大丈夫です」
環一花。
私と一緒にこの学校へ入り、そして一緒にこの部活に入ろうと決めていた友人。
傍から見てもありありと伝わってくる緊張感が、私にも伝染してくるようだった。
「三月さんは? 大丈夫かしら?」
三月日向、私の名前。
日向なんて名前とは裏腹に、人間関係が苦手で笑顔を作るのだって不得意だ。
つまり暗いのだ、中学の頃なんて俯いて顔を前髪で隠していたから、“顔無し”なんて呼ばれている事もあった。
そんな私が部活動なんて……とは思うが、どうしてもここに入りたい理由が私達にはある。
もしもここが普通の運動部とかだったら絶対無理だったけど、この『オカルト研究部』なら、もしかしたら私を受け入れてくれるかもしれない。
そんな思いもあって入学式から2日目、先を急ぐようにこの場所にやって来た訳なのだが……なんか雰囲気が怖い。
使われていない旧校舎だけあって人の気配はないし、目の前の椿先生もなんだがいつもと感じが違うし。
本当に踏み込んでしまっていいのか? もしかしたらもう戻れないかもしれない。
そんな不安な気持ちが込み上げてくる。
それでも、私は……
「大丈夫です、行きましょう」
深呼吸をしてから、しっかりと言葉にした。
大丈夫、なんとかなる。
だってこの部には、“彼”も入っている筈なのだから……
祈るような気持ちで、その瞬間を待つ。
ゆっくり、ゆっくりと椿先生によって開かれる扉。
そしてその先にあったのは……
「え?」
異様だった。
会議用の長テーブルが二枚並べてあり、こちら側と向こう側を区切っている。
そしてそのテーブルの向こうに5人の人間が座っており、全員顔の前で手を組んだ状態でこちらを睨んでいた。
一見集団面接の会場。
ただ審査側の集団が、ちょっと異様な空気を出している。
「ひっ!?」
思わず口から悲鳴が漏れた。
やはり踏み込んではいけない空間だったのだろうか。
そんな後悔が漏れる中、唯一椿先生だけが室内に踏み込み……一人の男性の頭を引っ叩いた。
「何してんのアンタ達は! ネ〇フか!? ゲン〇ウさんの物真似なのソレ!? この前皆で映画見たからって、今やる事!?」
「くそっ……やはりサングラスとフユ〇キが足りなかったか……」
「そこじゃないよ! ゲ〇ドウさん5人も要らないでしょ!」
「それもそうか……おい上島、お前フ〇ツキやれ」
「ではちょっと後ろ失礼して……15年振りだね」
「あぁ……間違いない、新入部員だ」
「やかましいわ、この部活15年もないよ!」
一体何がどうなっているんだろう。
状況が呑み込めず、私たちは入り口前でポカンと口を開けたまま停止してしまった。
おかしいな、さっきまで本格的なオカルトに携わる部活なんだと緊張していたはずなのだが。
私たちは漫才研究部とか、そういったものに連れてこられてしまったのだろうか?
「とりあえず、入部希望のお二人が固まっているのでこの辺にしません? ネタが伝わらなければ寒いだけですよ、浬先生」
「俺の予想だと、『僕が乗ります!』的に返してくれるかと思ったんだが……」
「ちょっとハードルが高いですって、僕ならやりますけど」
「俊君、ステイ」
「はい、すみません鶴弥さん」
「ぶちょー、もう動いていいー?」
各々好き放題喋ると、今しがた部屋を区切っていた机の向きを変え、椅子を並べなおしていく。
なんなんだここは、私たちはどこへ連れてこられてしまったのだ。
呆然としたまま彼らの姿を視線に収めていると、ある程度室内が元に戻ったのか、一人の女子生徒がこちらに歩み寄って来た。
私達よりも小さくて可愛らしい、それでいて美しいとも思える笑みを浮かべる少女。
その彼女が口を開き、これまた可愛らしい声で言葉を紡いだ。
「お騒がせしました。 初めまして、ようこそオカルト研究部へ。 部長の鶴弥麗子です」
そう言って目の前の小さな少女は、私たちに右手を差し出したのであった。
――――
「それでは改めまして、部長の鶴弥です。 これでも一応三年生です、よろしく」
浬先生の思い付きで、良く分からないお出迎えをしてしまった私たちは、入部希望の二人にすっかり怯えられてしまっていた。
まぁある意味正常な反応だとは思うが……とりあえず全員座ってもらい、改めて自己紹介から始めようとしている訳だ。
「いちいちアピールする所がまた、流石部長です」
「黙りなさい息を止めなさい、そしてその状態で自己紹介をしなさい」
「えらい無茶振りですね……ですが部長のご命令とあれば、ひと呼吸で自己紹介いたしましょう」
こいつはいちいちネタを挟まないと死ぬ病気なのだろうか、なんて本気で思えてくる。
一見真面目そうな優男風の眼鏡君。
私の後にオカ研に入ったのは彼な訳だが、如何せん慣れ親しみ“過ぎている”感が常に漂っている。
そんな彼が立ち上がり、ご自慢の眼鏡をクイッと上げながら綺麗なお辞儀を披露した。
その姿はまるで執事の様で、見るもの全てがおぉ……と声を漏らす程完璧な動きなのだが……
「初めまして上島徹と申します趣味はアニメラノベゲームその他諸々もちろん三次元の女性も好きですがちょっとギャルは苦手意識がありますので出来ればお二人はそういった方向には走らず――」
「呼吸する事を許しますから普通に挨拶してください。 この上なく聞きにくい上に頭に入ってきません」
「ご配慮感謝します、部長」
何キャラだよお前は、なんて言いたくなるがコイツは突っ込んだらダメなのだ。
そういう人種なのだ。
「では改めまして、上島徹と申します。 お茶やお菓子作り、料理なども得意です。 何か食べたい物、飲みたい物などございましたらなんなりとお申し付けください」
「ちょっと眼鏡君さ。 さっきと色々内容が違う上に、ギャルがどうとかって話、明らかにウチの事だよね?」
「気のせいですよ?」
「あーっそ。 べーっだ」
やけに綺麗なお辞儀をかます男子生徒に、嫌悪感むき出しに舌を突き出すギャル。
なんともまぁ、“濃い”面子が集まったものだと今更ながらにため息が漏れる。
そんなこんなしている内に、舌を出していたギャルが立ち上がって頭を下げた。
「えっと、ウチは渋谷優愛。 フルネームだとちょっと言いづらくてごめんね? 気軽に名前で読んでくれると嬉しいなって思います。 これからよろしくねー?」
ニカッと人懐っこい笑みを浮かべた彼女に対して、新入部員がそれぞれ反応を示す。
一方は馴染めような人を見つけたって感じで、もう一方はこういう人種に慣れてないって感じだが……まぁその内慣れるだろう。
なんたって私が慣れたくらいだし、何とかなるって。
「えっと、部員としては最後になりますが黒家俊です。 二人は同じ中学だったので、むしろ先輩達に改めて自己紹介する形になると思いますが、趣味は運動全般で好きなものは特撮です。 よろしくお願いします」
「ほぉ、特撮とな。 オレンジとレモンとくれば?」
「エナジーですね、まさにジンバーです」
「そこの二人、長くなりそうなので後にしてください」
馬鹿と俊君にひと声かけながら、改めて新しい二人に目をやる。
なんというか、一見二人とも普通だ。
こう言うと違う意味に捕らわれてしまいそうだが、私たちにとって“普通”の人と思えるという意味で。
どちらも顔色はいいし、雰囲気としても“怪異”に困っている様には見えない。
とはいえ、椿先生が理由も無しにここへ連れてくるとは思えないのだが……
などと考えている間に、新入生の一人が立ち上がった。
「えっと、環一花です。 趣味は……その、あんまり無いんですけど。 上島先輩が言ったようなアニメとか、そういうのも勧められれば結構見ます! 後は普通に街中とか遊びに行くのが好きです! それからえっと、その……幽霊とかは見えませんが、よろしくお願いします!」
彼女の言葉に、一瞬室内に冷たい空気が流れた。
幽霊が見えない、それは当たり前のことだ。
当然この部活だって、“見える人”じゃないと入部禁止なんて決まりはない。
だがしかし色々問題が残る上に、この場にはそういう言葉がタブーな人間が一人……
「環ってのか、面白い事言うなお前。 幽霊なんている訳ない……って言ったらこんな部活の顧問失格か。 まぁ見えるとか言ってる奴なんて大概ペテンだから安心しろ、俺が保証する」
わっはっはと楽しそうに笑いながら、我らの顧問が声を上げた。
良かった、変な風に興味を持たれなくて。
この人はこれでいいのだ、むしろこうでないと困る。
下手に本物の幽霊と関わっていますなんて事実を知ったら、多分明日から引きこもりになる。
和風ホラーをやらせたり、そういう映画を見せた結果、彼が真顔になって冷や汗を流し続けていた光景は記憶に新しい。
この人の前に登場していいオカルトは、ゾンビか化け物だけなのだ。
“上位種”も、その化け物に含まれていたりするわけだが……とにかく幽霊はダメだ。
あれは本人の中で、物理攻撃が効かない絶対強者として認識されているらしい。
などと考えていると、私たちの発した空気を察したのか、環さんはオロオロと視線を彷徨わせながら困り顔を浮かべている。
「浬先生、そういえば飲み物の一つも用意していませんでした。 なので買ってきて頂いてもいいですか? できれば普通の飲み物の売っている自販機まで走って」
「え、でもまだもう一人自己紹介残ってるんだけど……」
それもそうだ。
流石に無理やり過ぎたか……なんて後悔しながら、もう一人の新入生にどうぞとばかりに掌を向けた。
「とりあえず名前と趣味くらいで結構ですので、どうぞ」
そう声を掛けられたもう一人の女の子は、どうやら空気を読んだらしく簡潔に自己紹介をしてくれた。
「えっと、三月日向です。 趣味は……ゲームとか好きです、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる彼女たちに拍手を送りながら、浬先生にアイコンタクトを送る。
早く、飲み物、買ってきて。
「分かった、分かったから……拍手をモールス信号みたいにするな」
おっと、これは失礼した。
ペコリと頭を下げれば、やれやれと溜息をついた浬先生が部室を後にする。
その際「全く、何か似て来たなぁ……」なんてセリフを吐いていた気がするが、まぁ気のせいだろう。
さて、ここからが本番だ。
改めて目の前に座る二人に視線を送り、ニコリと一つ微笑みを浮かべる。
「さて、お二人にはまず重要な決まりを守っていただく必要があります。 それをお伝えした後、改めて“詳しく”自己紹介していただこうかと思いまして。 よろしいですね?」
そう言うと、何故か二人は青ざめた顔で何度も頷いて見せた。
何故だ、私なりにフレンドリーな笑顔を浮かべたつもりだったのだが。
何か怖がらせてしまう事があっただろうか?
そんな疑問を抱いた私に、上島君が耳打ちしてくる。
「部長……ヤンデレ、ロリ、狂気。 エンター」
うっさいわボケ。





