表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
番外編・後日談

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

137/251

謙虚な美徳 7


 「えっと、みんな何してんの?」


 三上さんは困惑しながら、動き回る私達に視線を送っていた。

 急に上がり込んだと思えば好き勝手動き回っている訳だから、当然の反応だろう。

 というか普通だったら、すぐさま全員部屋を追い出されてもおかしくない。

 呆れられている、という可能性も無くはないが……まあ致し方あるまい。


 「すみません、もう少しの間だけ待ってください。 後でちゃんと説明しますので」


 そう言いながらも、先生の顔面をバシバシ叩く。

 起きない、とにかく起きないこの人。

 先程も鳩尾に肘を突き刺したら「ウグッ!?」と声を上げてピクピクしていたが、先生は再び眠りについてしまったのだ。

 ちょっとやり過ぎたか? なんて思ったりもしたが、肘鉄の一発や二発で沈む人じゃない。

 なのできっと未だに酔いつぶれているだけだ、多分そうだ。

 さっさと起きて頂きたいのだが、こういう時って何が有効なんだろうか?

 口にタバスコとかカフェインとか、そんなのを映画で見た事もあるが。

 あれはちょっと窒息しそうだしなぁ……


 なんて困り果てていると——キィィン! と音叉の高い音が部屋の中に響き渡る。

 どうやら音の調整が終ったらしい、一瞬だけ部屋の中が歪んだように揺れ動いた。

 だがそれ以上の変化は訪れず、”迷界”に入れた様子はない。

 だとすれば頼みの綱は”獣憑き”コンビか……どうにか入り口を探し出してくれればいいのだが。


 『——”八咫烏”に捜させて、あの子は”導く”神様だから』


 どこからともなく、そんな小さな声が聞えた。

 聞き間違える筈もない、姉の声だったわけだが……あの人どこに隠れてるんだ?

 呼びかけそうになったが、三上さんを見て思いとどまる。

 ”上位種”っぽい何かになってしまった姉がこの場に出てくれば、彼女にもその姿が見えてしまうかもしれない。

 というか異能を失ってちょっと”見える人”になった私にだって、その姿がはっきりくっきり見えるのだ。

 多分三上さんにだって見えてしまうと考えた方がいいだろう。

 それは余りに宜しくない、本来なら姉はもう居ない人なのだから。


 「俊、戻って。 それから”獣憑き”を解いて」


 呼びかけると、すぐさま居間に戻ってきた弟。

 「え? なんで?」みたいな困惑顔を浮かべながらも、大人しく私の指示に従ってくれた。

 俊の肩に現れた”八咫烏”を見て、三上さんが小さな悲鳴を漏らしていたが今は放っておこう。


 「”八咫烏”、”迷界”の入り口が何処にあるかわかりますか? 私達を案内してください」


 居間に集まってきた面々が「そんな事できるの?」って顔で覗き込んでくるが、姉さんの言葉通りなら何とかなるはずだ。

 それに、昔私を”迷界”の外へ案内してくれたのだってこの子だったんだ。

 ならその逆だってもしかしたら。


 ”八咫烏”は部屋の中をグルッと見回してから、何かを見つけたかの様に俊の肩から飛び立った。

 よし、このまま”迷界”の入り口へ……


 ——クアッ


 先生の頭の上に降り立った。

 オイ待て、そこは絶対違うだろう。

 なんて事を思っている間に先生の頭から降り、押入れの方へとちょこちょこと歩いていく。


 「そこですか?」


 こちらを振り返った”八咫烏”に声を掛けてから、襖を引くと……


 「うっわ……一段と濃いし、何か赤い」


 夏美が心底嫌そうに顔を顰めた。

 私には押入れの中に”黒い霧”が渦巻いている様にしか見えないが、彼女の”眼”には違う様に見えた様だ。

 ということはまぁ、大当たりを引いたんだろう。


 「本来なら先生を起してから行きたかったんですけど……仕方ありませんね。 私達だけで行きますよ」


 先生達の居場所を捜し始めてから、もう随分と時間が経ってしまっている。

 その間椿先生が一人で”迷界”に連れ込まれているんだ、一刻も早く助けに向かうべきだろう。

 皆の方を振り返って確認を取れば、全員が黙って頷いた。


 「私が先に行くよ。 最初に巡が入って目の前に”上位種”居たら不味いし」


 そう言う夏美が、私の横を抜けて押入れの中へと姿を消した。

 ”迷界”に入る瞬間というのを、傍から見るのは初めてだ。

 黒い霧に包まれたかと思えば、次の瞬間には入った人の気配が消える。

 確かに神隠しなんて呼ばれるのも納得な光景だった。


 「さて、それじゃ私達も続きましょう。 久々の”迷界”ですから、周囲に警戒を忘れないで下さいね」


 最後警告を出した後、ゾロゾロと押入れの中へ潜っていく私達。

 傍から見たらとんでもない光景になっているんだろうな。

 なんてどうでもいい事を考えながら、私達は”黒い霧”に包まれた。


 ————


 一向が押入れに突入した後、部屋の中には酔いつぶれたおっさんと、やけにデカイ烏だけが残っていた。

 普段なら憑いている俊の後をすぐさま追いかけている所だが、本日の”八咫烏”は違っていた。

 ちょこちょことおっさんの方へ向かって歩き、再び辿り着いた中年の頭の上。

 そこで”八咫烏”は大きく翼を広げ、クアッ! と一度強く鳴いてから、彼の頭に勢いよく嘴を突き立てた。


 「——いっったぁ!?」


 ドスッっといい音を立てて嘴が突き刺さった瞬間、眠っていたおっさんが頭を抑えて飛び起きる。

 やる事はやったと言わんばかりに”八咫烏”はさっさと押入れの中へと姿を消し、部屋の中には頭を抑えてフラフラしているおっさんだけが取り残された。


 「痛ってぇ、何か体のあちこちが痛ぇ。 アイスピックで頭刺される夢見た影響か……? って、誰も居ねぇし」


 他人様の部屋で、急に一人ぼっちになってしまったおっさん。

 しばらく状況がわからずキョロキョロしていたが、いくら捜しても一緒に飲んでいた二人が見つからない。

 結局お一人様で寂しく飲み直す気にもなれず、彼は二人を捜してお風呂やらトイレを見て回る。

 しかし居ない。

 むしろどちらかにでも入っている所を発見してしまったら大問題なのだが、酔いの残ったおっさんはあまり深く考えず行動していた。

 コンビニにでも行ったのか? とボヤキながら居間に戻ってくるが、本格的にぼっちを確信した中年はちょっと切なくなりながらも手持無沙汰で落ち着かない。


 「煙草でも吸うか……」


 わざわざ言わなくてもいい独り言を呟いてしまうのは、きっと一人暮らしが長い影響なのだろう。

 携帯灰皿と煙草をジャケットから取り出し、おっさんは一人寂しく玄関の外へと向かって歩き始めたのであった。


 ————


 長い事引き摺られ、タイツもスカートもさぞかしボロボロにされてしまっただろう。

 とは言えもうそんな事どうでもいい。

 多分、私はもうすぐ終わるのだから。


 『オ前ハ、楽ニハ殺サナイ』


 もうどうでもいいよ、早く楽にしてくれ。

 そんな投げやりな気持ちで引き摺られていると、急にコンクリートの上に投げ捨てられた。

 見上げた赤い空から降り注ぐのは、大粒の雨。

 いつの間にか屋上まで連れて来られたらしい。

 視界に映る空に割り込むのは、もう見飽きたとも思える”あの女”の顔。

 ニヤケ面で、私のことを見下ろしている。

 さっきから殺す殺すと息まいているのだから、さっさと息の根を止めれば良いものを。

 彼女はわざわざこんな場所に私を連れてきて、いったいどうしようと言うのか。


 いつだったか黒家さんが言っていた。

 ”迷界”とは、それを作り出した者の記憶や空想だったり、その人物が支配する”世界”そのものなのだと。

 じゃあこの女は何を思って、この世界を作り上げたのだろう。

 童子を殺したいという欲望でもあったのか?

 だとすれば”タケシ君”を必死で探し回っていた事実に説明がつかない。

 もしも、もしも私の見た”両方の彼女”が、過去に起きた出来事だと考えるならどうだろう?

 自分の子供を無残に切り刻まれ、ひっそりとゴミ捨て場に捨てられてしまったら。

 それを見つけた彼女はきっと嘆き悲しんだ事だろう。

 そして怒り狂ったに違いない……だがその後がわからない。

 何故同じ顔の人物、というか多分同一人物なのだろうが。

 ”あの部屋”の惨状。

 彼女が子供達を集め、残虐な行為に及んだのか?

 我が子を殺した犯人。

 つまり大人を殺した情景を、こうして繰り返しているならまだ分かる。

 それだけ悔いても足りない程の憎しみが生まれてしまったのだろう。

 だが、あの子供達はなんだ?

 一人ひとり、みんな違う顔だった。

 もしも彼ら彼女らが皆同じ顔をしていたり、顔が一切見えないというのならば、この”迷界”のオブジェクトとして認識できただろう。

 だが、あの子達は違ったのだ。

 一人ひとりに特徴があり、そして何より自ら考えて行動しているように思えた。

 何かが引っかかる。

 コイツは自らの息子が殺されてから、犯人をこうして屋上で殺すまでの間に、一体何をやっていた?


 『何カ言イタイ事ハ有ル?』


 笑いながら、女は私はを覗き込んだ。

 ”黒い女”と違って、今の彼女は随分と薄汚れている。

 服も赤黒い染みでいっぱいだし、髪の毛だって何日も洗ってないかのようにボサボサだ。

 そんな彼女を見上げながら、私は無駄だと思いながらも口を開いた。


 「ねぇ、部屋に居たあの子達は一体何? なんであの部屋に集められたの? それにあれからどうなった? 死ぬ前に教えてよ」


 聞いた所で、答えが返ってくるとは思っていなかった。

 過去の再現だというなら、今まで通り的外れな言葉を紡がれて終るのだと覚悟していた。

 だと言うのに、彼女は顔を歪めながら私の質問に答え始めた。


 『アイツ等ハ、”タケシ”ト、ヨク遊ンデイタ子供達。 アノ日モ、一緒ニ居タ筈ナノニ……』


 女の表情が悲しみとも憎しみともつかない、歪んだ表情に変わる。

 今までノイズが混じった様に聞こえていた言葉も、感情的になるに連れて徐々に人のモノへと近づいていく。


 『あの子達ハ、”タケシ”を見捨てタ! 自分達ガ助カル為に、私ノ子供を”オ前に”差し出して、殺シタンダ! ダカラ、同じ様にシテやった!』


 泣き叫ぶように、彼女は言葉を紡いでいた。

 だがその言葉はとてもじゃないが同情できるモノには程遠い。

 自己中心的な、思い込みの激しいモノに聞えた。

 あの子達が”タケシ君”を見捨てた?

 当時の状況は知らないが、彼らは友達が死んでいる事にすら気付いていなかったのだ。

 そして子供達は”タケシ君”を捜す為に、皆私に協力してくれた。

 そんなあの子達を集め、コイツは命を奪ったというのだろうか?


 「あの子達は何も知らなかった。 今でも”タケシ君”が生きてると思って、私に色々教えてくれたよ? また会えるって信じて、私達”大人”に託したんじゃないの?」


 『黙レ……』


 私の言葉に、更に表情を歪めた彼女が鋸を構える。

 あぁ、ここで終わる。

 大雨の中、歪な光を放つ鋸が私に振り下ろされる光景が視界に映った。


 ”さっきまで”なら、多分ここで諦めただろう。

 振り下ろされる刃物に対して私は”手首”を構え、その刃を受け止めた。


 「いっったいなぁクソったれ!」


 鋸なんかで切られたのだ、普通ならもっと悲痛な反応を示すだろう。

 相手もそう言ったモノを予想していたのか、信じられないモノを見る目でこちらを睨んでくる。

 だが、相手の要望に答えてやるつもりなんか毛頭ないのだ。

 ”私に出来る事”を、やってやろうではないか。


 「過去の出来事だろうが知った事じゃない! アンタの思い込みなんて、周りからしたらはた迷惑でしかないのよ!」


 深々と刺さった鋸を払いのけ、出血した手首を相手の口元に押しつける。

 その瞬間ガリッ! と嫌な痛みが走った。

 恐らく噛みつかれたのだろう。

 だが、”それでいい”。

 私はそのまま立ち上がり、彼女を力の限り屋上の端まで押し続けた。


 「いくらでも”私”に憎しみをぶつけなさい! 我が子を殺される憎しみなんて、私には分からないけど! それでも殺したくなるくらい悔しいのは想像出来る! だから私だけを恨んで、私だけを殺す気で掛かってきなさい!」


 怒鳴りながら痛みに耐えて、零れる涙も拭わぬまま彼女をグイグイと押し続ける。

 もう手首の肉が千切れてしまうのではないかと思う程、強烈な痛みが全身に響く。

 だとしても、例えそうだとしても。

 ”離される”訳にはいかないのだ。


 「これ以上増やさないで! あの子達は悪くないし、”現代(いま)を生きる”他の皆も悪くない。 最後に私を連れて行っていいから! ……もう、恨まないで」


 私の勝手な要求を一方的に押し付け、彼女の体を抱いた。

 片腕を腰に回し、もう片方の腕にがっちりと噛みついている彼女を確認した後。

 腕に抱いたその人と共に、私は屋上の端から身を投げた。


 「ごめんね、皆……」


 私に出来るのは、これくらいだ。

 ”異能”もない、お婆ちゃんの言う”巫女”にもなり切れない。

 そんな私には、こうする事しか出来なかったのだ。


 「草加君……」


 最後にその名前が思い浮かんだのは、一体何故なのだろうか?

 呟きながら”私達”は重力に従って、頭からマンションの駐車場へと落下していった。



登場人物が増えるとお話が長くなる説

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

(1)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ