謙虚な美徳 6
”何故か”私達より先に目的の場所へ辿り着いていた夏美が、インターフォンを連打していた。
おいお前、何してやがる。
時間が時間なのだ、もう少し考えて行動を……とは思うものの、窓やドアを蹴破るなんて言ったのは私だったか。
それに比べれば大人しい行動をしていただけ、褒めてあげるべきなのだろう。
「夏美、貴女は後で説教です」
「なんで!?」
お前、こんな人目がありそうな場所で”狐”使っただろう。
独断先行してなかったから、お説教だけで済ませてやるとしよう。
まぁコイツはいいとして、本当にどうしたものか。
肝心の先生は寝落ちしてるし、椿先生は行方不明?
この部屋を借りている人物だって私達は知らないのだ。
最終手段として強行突破も考えてはいるが……
なんて思った所で玄関が開き、顔色の悪い女性が出て来た。
「……おいガキ、今何時だと思ってんだ」
「あ、いえ。 その……なんていうか、えっと」
「もしただの悪戯だってんなら、ちょっと警察呼んで親御さんと一緒に——」
本人もまさか相手が出てくるとは思っていなかったのだろう。
ガラの悪そうな女性に後ずさりながら、夏美が必死でこちらに視線を投げかけて来た。
全く、後先考えないからこう言う事に……って、あれ?
「もしかして、三上さんですか?」
「あ? ん、あれ? 巡ちゃん?」
いつも見る彼女とは随分雰囲気が違ったので気付くのが遅れたが、間違いなく私の知り合いだった。
いや、正確には姉の友人だと言うべきだろうが。
「えと、あの……お知り合い、ですか?」
今にも泣きそうになっている夏美が、プルプルしながら涙目でこっちを見てくる。
怪異相手ではあんなにも堂々と立ちまわっているというのに、全く……困ったものだ。
「彼女は三上唯さん、姉の同級生です。 それから、命日には必ず顔を出してくれる数少ない姉さんの親友の一人です」
「数少ないって……巡ちゃんも中々言うねぇ」
「事実ですから」
とりあえず険悪な雰囲気は無くなり、ホッと息を吐く。
っていうか待て、何で三上さんと先生達が一緒に居るんだ。
訳が分からないんですけど。
「とりあえず三上さん、中にウチの顧問が居ますよね? 草加と椿っていう男女が居る筈ですよね? ちょっと上がってもいいですか?」
「お、おう? 今日の巡ちゃんはグイグイ来るね。 二人とも知り合い? 中に居るよ、全然上がってくれて構わない……って多いな、若人がいっぱいだよ」
改めて私達を見回した三上さんが、今更ながらのリアクションをかます。
本当に申し訳ない、こんな時間に大所帯で押し寄せて。
後ろに居たメンツも、今更ながら申し訳なさそうに三上さんに頭を下げていた。
「まぁいいや、とにかく上がりなよ。 大したおもてなしは出来ないけど」
そう言って三上さん部屋の中に引っ込んだ。
閉まる扉を慌てて止めた夏美が、入っていいんだろうか? みたいな目でこちら見ているが今は無視しよう。
私が先頭で入れば、きっとなんとかなる。
なんて事を考えながら「お邪魔します」とだけ呟いて靴を脱ごうとした矢先、奥の部屋から三上さん声が聞えた。
「あれ? 椿さんどこいったろ? トイレ……って訳でも無さそうだし、コンビニにでも行ったかな? 草加さん起きてー、椿さん知らない?」
あ、コレ不味いやつだ。
多分予想している中で、一番悪い事態が起きている気がする。
「鶴屋さん音叉! この空間で一番響く”音”を捜して下さい。 天童さんは椿先生に呼びかけて! 貴方の”声”なら聞こえるかもしれません」
私の声に、後ろに居た2人がすぐさま行動に移る。
急に大声を出したことに驚いたのか、三上さんが慌ててこちらに顔を出したが……申し訳ないが構っている時間がない。
「夏美は”眼”を使って周辺を探ってください、少しの”違和感”も見逃さない様に! 俊は夏美のサポート、”迷界”を見つけた瞬間戦闘が始まってもおかしくありません。 彼女の後ろで常に構えてなさい!」
「え、何々。 どうしたの君ら」
困惑顔の三上さんを置き去りにしたまま、事態は進んでいく。
鶴弥さんは音叉を叩きつつ調整し、天童さんはここに居ない人物に向かって呼びかける。
そして”狐憑き”の状態になった夏美は鋭い目線で周囲を確認し、弟の俊は彼女の後ろについて臨戦態勢だ。
一般人から見たら、そりゃもう訳が分からないだろう。
「騒がしくして申し訳ありません三上さん。 ちょっとお邪魔しますね」
そう言ってから靴を脱ぎ、ズカズカと居間に向かって歩いていく。
彼女の横を通り過ぎ、その先に見えた光景に私は絶望した。
「本当に……なんで」
フルフルと拳を震わせながら思わず俯いてしまう。
その間に何か異変を感じたのか、夏美が私の後ろを走り抜けていった。
まぁいい、今はいいや。
皆にはやるべき仕事を与えた、後は私が私の仕事をするだけだ。
「貴方は何で……」
混乱する三上さんを無視して、私は居間に入り込んでいく。
フラフラと”ソレ”に近づき、射程内に入ったソイツを睨んだ。
「こんな状況で気持ちよさそうに寝てますかぁぁぁ!!」
私の全体重を掛けた肘鉄が、顧問の先生の鳩尾に深く、そりゃもう深く突き刺さった。
————
”黒い女”から逃げ回りながら、結局元の4階まで戻ってきてしまった。
未だに逃げ場を捜してガチャガチャとノブを回してみるものの、一向に開く扉は見つからない。
そして怪異の方も相変らずだ。
まるで私が行動を起すのを待っているかのように、ゆっくりゆっくりと階段を登ってくる。
こちらがあんまりのんびりしていると階段から顔を出し、ブツブツと呟きながら迫ってくるので精神的には優しくないが。
「このままじゃ、あの部屋に戻るしかなくなっちゃうんだけど……」
今確認したドアは405号室。
次の扉が開かなければ、元居たあの部屋に戻る事になる。
いっその事407をとばして、次の階に行ってしまおうか……なんて事も考えるが、もしも5階で開く扉が無かった場合、本格的に詰みだ。
この建物は五階建て、両サイドに階段がある作りなので逃げられない事は無いが……結局この敷地内から逃げることは出来ない。
生憎といつまでも追いかけっこ出来るほど体力には自信がないし、早い所何かきっかけの一つでも掴みたい所なのだが。
「やっぱ、入るしかないのかなぁ……」
406号室が閉まっている事を確認した。
もうね、諦めて入るしかないのかな。
「でもなぁ……アレが居るし。 子供の幽霊めっちゃ居たし……」
407号室の前に立ち、腕を組んで考えて居ると。
「……オ前ガ、殺シタノカ?」
視界の端に例の女が映り込む。
”黒い霧”を纏いながら、片手にタケシ君が入ったゴミ袋を持って。
今までと同じなら、彼女はゆっくりとしたペースでこちらに歩いてくるはずだ。
ゆらゆらとその身を揺らしながら、私に同じ言葉で問いかけ続け、歩いてくる筈だった。
だが……
「——オ前カァァ」
走って来た、めっちゃ走って来た。
早い早い早い! なに、急にどうしたの貴女は! この部屋になんか思い入れでもあるの!?
このドアの前に立った瞬間めっちゃ襲い掛かってきてるんですけど。
「ちょちょちょ、ちょっと待とうか!! お願いちょっと待ってよ! お願いだから、こっち来ないで! いや、うん。 あぁもう、止まらないですよねぇぇ!」
もう諦めた。
無理だ、この状態で次の階なんて探索出来る訳もない。
入るしかないのだ、この部屋に。
正直言って入りたくはない、というか色々と生理的に受け付けない。
むしろすんなり受け入れられる人が居るなら見てみたいくらいだ。
鋸を持った女が居る部屋、そしてその女に群がる子供達。
とてもじゃないが普通じゃない。
出来る事なら二度と入りたくない。
だとしても、これは……他の選択肢がないのだろう。
「あぁもう入りますよ! 入ればいいんでしょう!?」
予想はしていたが、407号室は鍵が掛かっていなかった。
でしょうね、なんて感想と共に扉を開き、それと同時に室内に身を投げ込んだ。
後ろ手で乱暴に扉を閉めれば、扉の向こうからはドンドンと激しいノックの音が聞えて来た。
状況は全くと言っていい程好転してないが、とりあえず”黒い女”からは逃げ切った……のだろうか?
とはいえまたこの部屋に来てしまったのだ、早くどこかに隠れなければ——
「って暗! 真っ暗だし!」
視線をどこに送っても暗い、とにかく暗い。
わずかに室内の輪郭が見える程度の明るさ、と言ったら良いのか。
それもまだ明るい時の記憶があるから何とかなる程度のモノで、初見だったらまず歩く事さえ難しいだろう。
「っていうか……皆どこいったのよ。 あれだけ居た子供達も居なくなってるし」
ボヤきながらスマホのライトを当て、室内を見渡してみる。
玄関からでは通路とその奥にある浴室の扉くらいしか見えない。
いきなり浴室に突入する気はもちろんないが、その扉を見るだけで思わず背筋に寒気が走った。
「と、とりあえず……おじゃましまーす」
一応小声で呟いてみたものの、聞えたら聞こえたで不味いよねコレ。
なんて事を考えながら靴を脱いで、脱いで……って、そもそも靴履いてないじゃん私。
そりゃそうだ、急に部屋を飛び出してきた訳だし。
よく今まで気が付かなかったな、タイツとかボロボロじゃん。
むしろ破けた上に、血とか滲んじゃってるし。
いざ確認すると不思議と痛みを感じ始めるんだから、人間って不思議だ。
はぁ……と一度ため息を溢してから、諦めてそのまま玄関を上がる。
「この部屋に”何か”があるってのは分かるんだけど、出口っぽくはないよねぇ。 暗いし」
一人でブツブツと呟きながら、最初いた居間まで戻ってきた。
先ほどまでは子供が遊びまわっていた筈だが、今はその影もない。
ただただ暗闇が広がり、カーテンを開けても段ボールで遮光されている。
この部屋で過去に何があったのか、外の”黒い女”とどう繋がりがあるのか。
考えるだけでも恐ろしい。
子供を捜す”黒い女”、ゴミ捨て場にあった子供の死体。
そして小さな子達ばかり集めたと見られるこの部屋、オマケに浴室からは血まみれの女が出て来たのだ。
「あぁもう、考えるだけで嫌になる」
再びため息を溢しそうになったその時、微かに物音が聞えた。
まさかまたあの女が浴室から出て来たのか?
そう思った瞬間、慌てて押入れの中へと身を投げる。
襖を閉めようと振り返った先映るのは、私が付けたであろう足跡が残っていた。
コレは不味い、ここに隠れている事が一目瞭然なんじゃ……
——カツンッ!
また聞えた、今度はかなり近い。
私は思わず襖を閉じた。
失敗した失敗した。
こんなんじゃすぐ見つかってしまう。
足跡がつかない様に、玄関でもう少し考えるべきだった。
今襖を開けられれば、私はすぐにでも見つかってしまうだろう。
その先はどうなる? やはり私も浴室に連れていかれるのだろうか?
それともこの場で殺されてしまうのか?
どちらにしても怖い、ていうか怖いなんてもんじゃない。
もう意味が分からなかった。
手足はずっと震えているし、奥歯はガチガチと鬱陶しい音を立てている。
少しでも静かにしなければ、なんて思う程に呼吸も乱れていく。
あぁもう、本当に駄目かも……そう思った時、聞きなれた声が聞えた。
『——先生! ……ますか!? ——、——椿……!』
随分と小さな声だったが、間違いなく天童君の声だった。
そうか、”声”の異能の彼だからこそ”こっち側”にも呼びかけられるのか。
更に、彼が居るって事は鶴弥さんだって居る可能性が高い。
彼女の”耳”なら、こっちで私が助けを呼べば聞えるんじゃ……?
僅かな希望が見えた。
そう思った瞬間、私は襖を開けて大声で叫んだ。
「天童君! 鶴弥さん! 私ここに——」
『ミツケタ』
目の前には、ニタッと気持ちの悪い笑顔を浮かべる”鋸を持った女”が立っていた。
部屋の中を見回しても、他に人の姿はない。
『殺シテヤル』
そう呟く彼女に手首を捕まれ、押入れから無理矢理引き摺り出される。
とんでもなく強い力に、抗う事すら出来なかった。
これは、本格的に終わったかも。
絶望しすぎて何処か冷静になった頭で、私を引きずる女の顔を見た。
血管が浮き出そうな程青白くて、濡れたぼさぼさの髪が肌に張り付いている。
そして……
『オ前ガ、殺シタンダロウ?』
そう言ってこちらを見下ろすその顔は、”黒い女”と同じ顔をしていた。
「もう……訳わかんない。 何なのアンタら」
当然私の疑問にど答えてくれる筈もなく、彼女はブツブツと同じ言葉を繰り返しながら私を玄関の外へと引き摺って行った。
三上さん誰やねんって思った方は、別途番外編で上げてる『廃病院の久川さんは諦めない』を読んでみてください。
ちょっとこのお話長くなりそうな気がしてきました。





