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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
番外編・後日談

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謙虚な美徳 5


 何度も躓きながら、階段を駆け下りて何とか一階まで辿り着いた。

 パニック状態では通常の何倍も体力を使うって聞いたことがあったけど、この身をもって体感することになるとは思わなかった。

 手足が震えるどころか肺までもが痙攣している様に感じて、上手く息が吸い込めない。

 ゼェゼェと大袈裟な呼吸を繰り返しながら、どうにか霞んだ視界を整える。


 「おかしいって、絶対。 気持ち悪い、気持ち悪いよ」


 訳も分からずボロボロと涙を溢しながら、未だ整わない呼吸をどうにか繰り返す。

 さっき見た光景が脳裏に過り、その場で吐きそうになる。

 アレが”過去”の出来事なのか、それとも怪異が生み出した”架空”の状況なのかは分からない。

 それでも、どっちにしたって。


 ——人間とは、あれだけ狂った空間を作り出せるものなのだろうか?


 狂人とも呼べる血まみれの女の元へ、子供達は笑顔で集まっていた。

 子供だからこそ何も分からず”彼女”に依存しているのか、それとも”そうするしか無かったのか”はわからない。

 それでも私は、あの子供達の笑顔とあの女の顔を思い出すと、今にも膝をついてしまいそうな程恐怖を感じている。

 なんだ、なんなんだココは。

 ”烏天狗”の時も酷かったが、あの時は皆が居たんだ。

 いくら怖くても、恐ろしくても……必死で抗うあの子達の前で膝を折る事は、自分自身が許せなかった。

 ある種の興奮状態で感覚が麻痺していたのかもしれない。

 今もう一度あの空間に行ったら、どうなるかわかったもんじゃないだろう。


 でも今回は私一人。

 前回の様に”圧倒的な敵”が居て、グロテスクな見た目の”取り巻き”が居る訳でもない。

 それだけでも随分前より楽なのかもしれないが……

 だというのに、私の体は前回以上の恐怖を感じていた。


 「う……おぇ……子供の笑顔が怖いなんて、生れて初めて感じたよ……」


 ”黒い女”も”鋸の女”も、そりゃもう怖い。

 だけど何より、この環境が私には一番怖いのだ。

 小さな子供達を巻き込み、その子達さえも狂気に染めているこの環境が。

 

 ——狂っている。


 そうとしか思えなかった。


 「これが……”迷界”、死者の都って事なのかねぇ……おぇ」


 私は前回の一件でしか”迷界”を知らない。

 もしもオカ研の子達が、毎度こんな所に足を踏み入れてるのだとしたら。

 そう考えると、ゾッと背筋が冷たくなった。


 普通ならこんな状況を目の当たりにすれば、正常では居られないだろう。

 逃げ出したい、見たくない。

 そう思うのが普通だ。

 それでもあの子達は抗っている。

 こんな狂った世界を毎日の様にその身で感じてしまうあの子達は、それ以外に生きる道がないのだ。

 あくまで”普通”に生きるために、皆戦っているのだ。


 「皆、強いなぁ……びっくりするぐらい強いわ。 私もいつまでもヘバってらんないよね……教師ですから、自分」


 あんなにも強い子達の”先生”になると決めたのだ。

 草加君程とまではいかなくても、情けない姿ばかり見せてはいられないだろう。

 これでも、あの子達の副顧問ですからね。


 「よっし、とにかく情報収集! さっさと脱出して、皆に情報共有しないと」


 正直、私一人でこの件を解決できるだなんて思ってない。

 私は所詮”異能”を持たない一般人だ。

 それに皆みたいな強さもない、なら私に出来る範囲で役に立ってやろうじゃないか。

 頬とふとももに平手を打ち込んでから、今一度気合を入れる。

 こんな所で泣き喚いた所で助けが来る訳じゃない。

 なら自力で抜け出すしかないのだ。

 この”迷界”、攻略してやろうじゃないの。

 ここ最近草加君の家でホラゲやってきた私を、舐めるなよ怪異共!


 「とはいえ、どうしたものか。 思わず一階まで降りてきちゃったけど、セオリー通りなら一部屋ずつ調べるか……いや、駐車場からか? むしろ敷地外に出たらクリアだったりしませんかね」


 一人でブツブツ呟きながら駐車場を抜け、マンションの入り口まで辿り着いた。

 目の前に広がるのは外の景色、一歩踏み出せばこのマンションからおさらば出来る。

 いざ行かん、生者の国へぇぇ!

 なんて踏み出した足が、アスファルトの中に埋まった。

 まるで水の中に足を突っこんだ時みたいに、ドプンッってコンクリートに沈み込んだ。

 まぁ、そうですよね。

 そう簡単に逃がしちゃくれませんよね。

 何たって”神隠し”だし、生きて帰れる確率の方が圧倒的に少ないですよね。


 「ま、まぁ気を取り直して駐車場から調べ……って車古っいなぁ、草加君が見たら喜びそう」


 もはや雑誌とかでしか見たこと無い形をしている車が、そこら中に並んでいる。

 詳しい訳ではないのでアレがどーだとか、いつ頃の物かとはわからないが。

 やっぱり過去の出来事の再現なのだろうか?

 あの一室の事を考えると、そうでない事を祈るばかりだが。


 「流石にこの状況で車をどうこうしても仕方ないし……いや待って、もしかして怪異を車で轢き殺すっていう選択肢も……」


 いつか草加君の家でやったホラゲに、そんなシチュエーションがあった気がする。

 いやでも怖い話の特番とかだと、いつの間にか後部座席に乗ってるってのが鉄板だし……

 なんて事を考えながら車を調べたが、生憎このマンションには不用心な人は居ない様だ。

 どれもこれも鍵が閉まっている、まぁ当たり前だよね。


 「そうなると残りはやっぱり部屋を捜すしか……ん?」


 敷地内に設置されたごみ置き場。

 鳥よけのネットが張られたその奥に、黒いビニール袋が一つだけ転がっている。

 たまに見る、指定ゴミじゃなかったから回収されなかったゴミ、みたいな雰囲気を醸し出しているソレが、やけに存在感を放っていた。

 しかもゴミ捨て場の角。

 パッと見目立たなそうに捨てられているのに、何故か視線に残る。


 「ゴミの中から重要な手掛かりがーとか、そういうのだったりする?」


 はっきり言って触りたくはない。

 でも今の所それ以外に選択肢はない様に思えて、思わず私は手を伸ばしてしまった。

 きつく結ばれたゴミ袋。

 本来こんな事をやっていたら、周りから変な目でみられてしまうだろう。

 だとしても藁にもすがる思いで、ゴミ袋の口を解いていく。

 固い結び目に爪を立て、爪が剥がれるんじゃないかと思う程の痛みに耐えた末、やっと結び目が解けた。


 そして。


 「うっ……何この匂い」


 鼻がおかしくなるんじゃないかと思う程の異臭が、周囲に漂った。

 嗅いだ事の無い匂い。

 生ゴミにも似ているが、もっと臭い。

 その匂いの影響か、すぐさま小さな虫が寄ってきて袋の中に入っていく。

 うわぁ……なんて声を漏らしながら、思い切って袋を開けた。


 「……え?」


 袋の中には、柔らかい何かが詰まっていた。

 びちゃっと音を立て、黒い液体が足元まで流れてくる。

 次に目に入ったのは、青いフード。

 かなり黒い染みが広がっているが、元は青い服だったのだろう。

 成人の物よりずっと小さい服が、膨らんだ状態で袋の中に詰まっている。

 まるで、中身が詰まっているかのように。

 でもそれは有り得ない、有り得ない筈だ。

 だってフードの……首元から先は見る限り存在していないのだから。


 私が動かした影響か、袋の中でその青い背中がズルリと動く。

 その奥、ゴミ袋の奥底に埋まる、黒いモノに塗れた何者かと目が合った。


 「タケシ……君?」


 そう問いかけた自分に後悔した。

 返ってくる事の無い返事、ジッとこちらを見つめる眼差し。

 そしてなにより、非現実的な空間でありながら、目の前で起こっている現実としか思えないこの光景を見てしまった事に、私は後悔した。


 「——あ、ぁっ……はっ、ぁ!」


 思わず後ずさりながら、声にならない声が喉から漏れる。

 ドラマや映画なら悲鳴でも上げる所なんだろうが、生憎と声の一つもまともに出てくれない。

 ただただ喉の奥から息が漏れるような音だけを上げ、私は尻もちをついたままゴミ袋から離れた。

 あり得ない、なんだこれ?

 ゴミ袋に死体が、子供の死体が!

 パニックに陥りながら、ズルズルと後退していくと、やがて背中に何かがぶつかった。

 慌てて振り返れば、そこには白い足があった。

 青白いといってもいいかもしれない。

 青い血管が浮き出る程真っ白な足が、私のすぐ後ろに立っていた。

 ゆっくり、ゆっくりとその先を見上げれば、そこにはいつか見た”黒い女”が私を見下ろしている。


 「オ前ガ、殺シタノカ?」


 違う、そう言いたかった。

 でも恐怖に屈した私の喉は、その短い言葉さえ紡いでくれなかった。


 「オ前ガ、奪ッタノカ?」


 ガチガチと奥歯が鳴る。

 怖い、ひたすらに怖い。

 目の前のゴミ袋も、後ろに立つ女も、そしてこの空間そのものが怖い。

 全てが狂気に満ちている。


 「殺シテヤル」


 女の顔が、今にも泣き叫びそうな程酷く歪んだ。

 そして同時に”狂気”に満ちた瞳が、私の事を真っすぐ見つめて来た。

 不味い、ヤバい、死ぬ。

 もう、思考が滅茶苦茶だった。


 「あああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 気づいた時には、奇声を上げながら走り出していた。

 こんなにも走れる力が残っていたのかと関心してしまうくらい、私は走った。

 彼女とは反対方向、建物の方へ向かって。

 手当たり次第にドアノブを回す。

 ガチャガチャと耳障りな音を立てながら、次から次へとノブを回していくが、どこも鍵が掛かっていて入れない。

 これじゃ私は逃げられない、捕まってしまう。

 言いようの無い焦りに突き動かされるまま、ひたすらに動き回った。

 徐々に近づいてくる黒い気配を、肌にピリピリと感じながら。


 「嫌だ! 私は何にもしてない! 悪くない! なのに何で!」


 叫び声を上げながら階段を登り、次の階でも同じ様に端からドアノブを回していく。

 それでも一向に開いてくれるドアは見つからない。

 やがて階段から”あの女”の気配が漂ってきた。

 これはもう、本当に駄目かもしれない。


 「お願い……助けて、草加君……」


 泣き言と同時に両目から大粒の涙を垂れ流して、私は片っ端からドアノブを回し続けた。


 ————


 「異常ですね、なんですかコレ……」


 合流したつるやんが、ヘルメットを取った瞬間に顔を顰めた。

 私には”黒い霧”が集まっている様にしか見えないのだが、彼女には何か違う様に”聞えている”のだろうか。


 「というと?」


 この場で一番冷静そうに見える巡が、落ち着いた声で続きを促す。

 いくら草加先生が近くに居るとは言え、異常事態が発生しているのだ。

 すぐにでも飛び込みたい気持ちはあるが、さっき試して駄目だったからには彼女の指示を待つほかあるまい。

 この時間が、あまりにも長く感じてもどかしくなる。


 「間違いなく”上位種”です。 でも、普通じゃない。 二体居ます、でもおかしいんですよ。 二つとも全く同じ声……の様に感じます。 雰囲気は違いますけど」


 自分で言った事が信じられないみたいに、つるやんは首を傾げながら険しい顔でマンションを睨む。

 どういうことだ? 同じ存在の”上位種”が二体?

 ”迷界”の中なら不思議な事が起こっても、確かにおかしくはない……と思う。

 でも”上位種”って巡の話だと縄張り争いというか、同じ空間に共存する事はないんじゃなかった?

 だとすると、ここでは一体何が起きていると言うのか。


 「魂の分裂……なんて比喩的な表現をしても、自分自身理解出来ませんね。 だとすると多重人格? もしくは一度人格が壊れて別人みたいになったりとか? ……うーん、よくわかりませんね」


 早くも結論を出す事を諦めた巡が、スマホを耳に当てた。

 さっきから何度も繰り返してる行為だが、この状況でどこに電話をかけているのか。

 いつまで経っても動かない巡に、段々とイライラが募ってくる。


 「早くいかなきゃ! 椿先生が巻き込まれてるかもしれないんでしょ!?」


 思わず声を荒げてしまった私に、巡は何でもない風に掌をこちらに向ける。


 「だからこそ、正確な情報が必要なんです。 少し落ち着きなさい」


 反論したい気持ちをグッと抑えて、巡を睨んでいるとつるやんが顎に手をやりながらボソッと呟いた。


 「そもそも”迷界”ってどういうモノなんでしょうか? 神隠しの類って事は確かだと思うんですけど、今までは土地やエリアと言ったらいいのか……その場所が”迷界”になるってイメージがありましたけど。 ここは違いますよね? だって普通に人の声しますし」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 『死刑囚の居た廃墟』、『蟲毒の住まう城』、『烏天狗の樹海』など。

 それら全てが、その場所に踏み入ったら勝手に誘い込まれるような形で遭遇している。

 考えたことも無かったが、”神隠し”と呼ばれる現象の全てが、私達の様に踏み込んだ者に災いを齎す様な言い伝えであっただろうか?

 真偽はともかく、それはありない。

 隣に居た人間が消えた、さっきまで一緒に居たはずなのに。

 そういう話だって、耳にした事があるのは確かだ。


 「正確な答えは分かりませんが、”迷界”は場所だけに囚われないと思いますよ。 個人や物、下手すればそれ以外にだって関わってくるかもしれません。 私と俊が初めて”上位種”と会った時がいい例ですね。 公園には多くの人が居たにも関わらず、私たちだけが”迷界”に迷い込みましたから」


 相変らずスマホを耳に当てた巡が、平然とつるやんの疑問に答える。


 「だとしたら余計椿先生が危ないじゃん! はやく——」


 言いかけた所で、再びこちらに掌を向けられてしまった。


 「あ、もしもし? やっと繋がった。 今どこに……え? ちょっと、寝ないで下さい。 おいコラ、起きろぉ! せめて部屋番を……あぁはい、わかりました。 それでその部屋に椿先生は……っておい、ちょっと。 ねぇってば、あぁもう!」


 急に口調を荒げた巡が、スマホを握りつぶさんとする勢いでギリギリと握りしめながら眉をピクピクさせていた。

 本当に何があったし。


 「場所は407号室、そこに先生が居ます。 そして多分、そこが”迷界”の入り口です。  ちなみにアイツ寝てました! そしてまた寝ました! 全員引っ叩く準備はしておくように! 今から407号室に向かいます、最悪窓か扉を蹴破ってでも中に入りますよ!」


 鬼の形相を浮かべた巡が、ダッシュで階段へと向かっていく。

 その後に続いて皆ゾロゾロ階段を上っていく訳だが……一足先に上の階に向かっちゃってもいいかな?

 いいよね? 人目もないし。


 『そういう事するから、お前はいつも怒られるんじゃぞ?』


 「そういうコンちゃんだって、止めないくせに」


 『その方が、我は面白いからの』


 相談が終った所で、私は一気に4階の通路へと飛び上がった。

 椿先生も心配だし、草加先生も居るって言うし、仕方ないよね。

 そんないい訳と共に目的の階まで辿り着き、通路の端にある手すりに着地した。

 銀色の尻尾を音もなく仕舞いこんでから、目の前の407号室を睨んだ。


 「返してもらうからね。 その人達は私達の大事な人だよ」




 もうちょっと続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本編が序章。変態じじいなど、子供達が生きる力を身につける踏み台に過ぎんのです。老害にはそれが分からんのですよ。先生達がとても良い先生で好き。
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