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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
番外編・後日談

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狐の嫁入り 3


 いやいや意味が分からない。

 今まで『雑魚』達がやってくる事といえば、弱った人に憑りついたり、自殺を促すくらいなモノだった筈だ。

 確かに心霊スポットでは物が動く、勝手に扉が閉まるなんて事は何度もあったが……

 なんだこれ、今回のこいつはクロスの固定具をぶっ壊しやがりましたよ。


 「っていうか不味い! 皆逃げ——」


 言葉の途中で、とんでもない音を立てながら教会の十字架が会場に倒れた。

 下部もしっかりと固定されていたなら、こんなにもすぐ倒れる事態にならなかった気がするが、今はそれどころじゃ無い。

 間違いなくあの場に居た神父さんと先生、そして夏美が下敷きに……


 「ふんっ!」


 あっ……という言葉が思わず漏れてしまった。

 そこには両手で巨大な十字架を支える先生の姿。

 流石に重かったのか、プルプルしている。

 しかしそんな状態をいつまでも保つ彼ではなく、一瞬に力を出し切るかのようにクロスの先端を横に放り投げた。


 「建築ミスか、格安物件か……だが俺を殺すなら金属製にするべきだったなぁ!」


 もはや突っこむ気力さえ起きない。

 お前絶対相手が鉄骨だろうと同じ事をするだろうに。

 普通はそこで倒れてくる重量物にいかないんだよ、咄嗟に逃げようとするんだよ。

 とはいえまぁ今回は先生だったから良かったものを、他の人だったら潰れたカエル状態になっていただろう。

 ちょっと今回ばかりは『雑魚』だからと甘く見過ぎたか、それに私が気づくのが遅れたのも原因だろう。

 やはり”感覚”がないのは、どうしても後手に回ってしまう。

 なんて思いながら原因の『雑魚』に視線を向けた時、私の口からは再び間抜けな声が上がった。


 「マジで許すまじ」


 『極刑じゃな』


 ケモミミの生えた花嫁が、鬼の形相を浮かべながら宙を舞っていた。

 しっかりスカートを邪魔にならない様に持って、空中で半回転しながら”黒い霧”と同じくらいまでの高さに飛び上がっていた。

 あの、うん。

 気持ちは分かるけど、カメラの事わすれてませんかね?


 「早瀬ぇ! どこ行ったぁ!? 無事かぁ!?」


 大声を上げている彼を、カメラが必死で追いかけている姿が視線の端に映る。

 まぁうん、大丈夫かな。

 そんな感想を思い浮かべたと同時に、二階から鶴弥さんの音叉の音が響き渡った。

 彼女の”音”に包まれた雑魚はその場で動けなくなったかの様に停止し、徐々に霧が分散していく。

 だがまぁそのまま消えてなくなるのは、”彼女達”が許してはくれないのだろう。


 『狐の嫁入りを邪魔するとどうなるか、その身で味わうが良いわ』


 「思いっきり行くからね……」


 不穏な台詞をそれぞれ残し、銀色の彼女は相手に向かって”空中”で加速した。

 いや、今何した? 足場とか無かったよね? ジャンプした後自由落下してただけだったよね?

 まるで見えない足場でも蹴ったかのように、”黒い霧”に向かって一直線に飛び出した夏美が、大きく足を振りかぶる。

 そりゃもう、スカート履いてるんだって事を忘れてるくらいな勢いで。


 『「 逝ってしまえ 」』


 地上の混乱に掻き消されてしまう程の声量だったが、それでも私の耳にはハッキリと届いた。

 聞いたこと無い程冷めきった二人の声が。

 そしていつか見た、大蛇にキックをかましたどこかの筋肉の様な綺麗な回し蹴りを、彼女達は”黒い霧”に向かって解き放った。

 私の目では相手の姿を正確に捉えることは出来ないが、おそらく決まったのだろう。

 だって”黒い霧”爆散してたし。


 そして静かに会場の端に着地した彼女は、鋭い目で消えていく霧を睨んだ。


 「好きな人が居たなら、振り向いてもらう努力をしなきゃ。 相手を羨む資格すらないよ」


 『醜いのぉ。 嫉妬に塗れるばかり、己を磨く努力が足りんからこうなるのじゃ』


 キメ台詞っぽい事言ってるが、さっさと戻りなさい。

 周りから見たらアンタら一瞬で消えた様に映ってるんだから。


 「はやせぇぇ! どこだぁぁぁ!」


 あぁホラ、先生がさっき放り投げた十字架の下とか確認し始めちゃった。

 他のスタッフさんも慌てふためきながら、参列席の下とか探し始めちゃってるし。

 神父さんとかもはや神様に祈り始めちゃってるし。

 大丈夫生きてる生きてる、むしろピンピンしてる。


 「先生、ご安心を。 夏美ならここに——」


 「草加せんせー! とうぉ!」


 人が喋っている途中で、ケモミミを引っ込めた夏美が先生に向かってダイブした。

 ちょっと普通の人がワンダイブで飛べる距離じゃない気がするんだが、幸いソレに気付いている人はいなそうだった。


 「おっ前! どこにいたんだよ、マジで潰れたのかと思ったぞ!」


 「あはは、すみません。 ちょっと回避を大げさにしすぎまして」


 おかしい、その会話ちょっとおかしい。

 とはいえ、今回これだけの事があっても怪我人を出さずに済んだのだ。

 まぁ、良しとしよう。


 二階に居る鶴弥さんと、近くに居た天童さんにアイコンタクトを取ってから頷き合う。

 私の呪いが解けたとはいえ、まだまだ怪異は存在するのだ。

 これからも気を引き締めて——


 『これだけの事があって、お互い無事なのだ。 少しくらいあってもいいだろう?』


 「ん? 早瀬、お前今なんて——」


 『役得、というアレじゃな』


 どっかの馬鹿狐がそれだけ言ってから、おもむろに唇を奪った。

 誰のかと言われれば、言わずもがな。


 「な? は?」


 困惑する先生と、顔を真っ赤にして俯く夏美。

 なんかグッと拳を握りしめている気がするが、気のせいだろうか。

 そして小さな声で「コンちゃんナイス!」なんて言っているのも聞き逃さなかったぞ?


 「夏美? 夏美さーん? 貴女は何をしてるんでしょうか?」


 自然に話しかけながら近寄ると、こちらを振り返った夏美が「ひっ」と短い悲鳴を上げた。

 なんて失礼なやつだ。

 しかし彼女も負けじと眉を吊り上げ、先生に抱き着いて声を上げた。


 「巡だけいい思いが出来ると思ったら大間違いなんだからね! 今回は私の勝ちだよ! 特権だよ! 勝利報酬だよ! っていうか巡はもっとしてるんだからいいじゃん!」


 訳の分からない事を叫びながら、夏美は先生に更にひっついた。


 「とりあえず、離れましょうか。 ね? こんな状況ですし、ホラ。 いつまでもいちゃこらくっ付いてないで……」


 「だが断る!」


 「おま、離れろこのケモミミー!」


 こうして、周りに多大な被害を被りながら私達の撮影は終ったのであった。


 ————


 『それではご覧ください、こちらはとある結婚式場で撮影されていた映像です。 愛を誓いあう夫婦に突如として訪れた悲劇……そしてこの事故が起こった次の瞬間、画面端に移る謎の白い影が……お判りいただけただろうか?』


 『あーはい、これは間違いないでしょうね。 この映像に映っている新郎の方に憑いている女性の怨霊でしょう。 恐らく昔交際関係にあった女性の霊かと——』


 あれから数ヶ月後、あの撮影会の様子がテレビで放映されていた。

 なぜこうなった。

 まぁ本当に画面端っこに”狐付き”になった夏美がブレブレで映っているだけだし、これといって問題にはならないだろうけど。


 「ホラ言われてますよ夏美、怨霊ですって怨霊。 プークスクス」


 「誰が怨霊か! ちゃんと生きてますわ!」


 そんな会話をしながら、私達は夏美の部屋でゴロゴロしていた。

 テレビを眺めて居る私達の他に、鶴弥さんと天童君も居る訳だが……何故か二人してパソコンとスマホを食い入る様に見つめていた。

 せっかくなら一緒に見ればいいのに、私達が関わった事なんだし。

 なんて事を思っていたが、その理由はすぐさま判明した。


 「んー、ネットの方でも早瀬さんの事がバレそうな雰囲気は無さそうだね。 まぁ別の所で盛り上がってるから、多分そっちに夢中なんだろうけど」


 「別の所、といいますと?」


 質問に対して、二人がそれぞれパソコンのモニターとスマホをこちらに向ける。

 鶴弥さんに至ってはもはや笑いを押し殺すのに必死という雰囲気で、さっきからプルプルしているが……何かあったのだろうか?


 「あぁーうん、なるほど。 確かに一瞬映った白い人影より、こっちの方が断然面白いよね普通」


 「一瞬画面端に映る早瀬先輩よりも、画面中央にこれでもかと映り込む浬先生の怪力の方が世間は求めている、と」


 「なんか悲しくなるから止めてつるやん」


 そんな二人の会話を聞きながら、天童さんに差し出されたスマホを受け取り、視聴者のコメントを読み上げてみた。


 『いやいや、心霊現象より正面の新郎を取材しろよ。やべぇやつじゃん』


 『いくら木製だとしてもこんなの受け止められるもんか? 合成じゃねぇの?』


 『ちょっと前にモデルの仕事した時に同じ様な事あったけど、意外といけたぞ』


 『にわかおつww』


 『嘘乙ww こんな事頻繁にあってたまるかw』


 『モデルww  鏡見てから言えやw』


 『つか新婦の方クロス落ちて来た瞬間消えてね? カメラアングルのせいで見づらいけど、カメラマン仕事しろや』


 『鍛えろ、全てはそこからだぞお前ら』


 なんともまぁ大盛り上がりであった。

 若干一名知り合いのコメントが混じっていそうな気がするが、まぁ気のせいだろう。

 しかしまぁ後ろ姿しか映っていないとはいえ、今にも特定班が動き出しそうな勢いでお祭りが起きていた。

 大丈夫……だよね? 先生のプライベート。


 「これを見る限り、先生はちょっとアレですが……まぁ”狐憑き”が表沙汰になる事はないんじゃないですかね。 空中を飛び回る謎の花嫁! ってのもちょっと面白いかもしれませんが。 まぁ結局ホラー特番ですし、そこまで広がる事はないでしょう」


 言った側からちょっと噴き出している鶴弥さんの背後では、謎の掛け声と共に十字架を受け止める先生がリピート再生されていた。

 信じられるだろうか? これがホラー特集なのだ。

 決して危機一髪! 的な番組ではないのだ、絶対に投稿する放送局を間違えたとしか思えない。


 「まぁ何はともあれ、怪我人が出なくて良かったと言っておくべきでしょうかね」


 「お陰で手当まで貰えたしね。 ネットに拡散するなって条件でその他ボーナスも出たし、万々歳じゃない? 支払った側には申し訳ない気もするけど」


 そういってから、天童さんが笑いながらテーブルの上の財布を叩く。

 別に私達が起したトラブルじゃないから、気にする事は無いんだろうが。

 なんとも、引け目を感じてしまう出来事だった。


 「まぁいいです、何事もなく終わったんですから。 天童さんと鶴弥さんのコンビなんて特に、今後共下手に目立つような真似は控えてくださいね? 普段の”活動”とやらが、こんな番組に取り上げられない様に注意してください」


 ブフッ! と二人して噴き出したが、何か面白い事でも言っただろうか?

 あぁ確かに、全員で挑んだバイトでこんな失態を晒せば笑われてもおかしくはないのかもしれないが。


 「ちょ、待ってください黒家先輩。 私達が”活動”を続けてるってなんで知ってるんですか!?」


 「え、そりゃ見てれば分かると言うか……」


 なはは、と困った様に笑った夏美が口を挟む。


 「もうなんていうか、雰囲気で分かるよね。 今日行くんだなぁって。 あ、別に責めてる訳じゃないよ?」


 「早瀬さんそれフォローになってない……」


 そんなこんな、他愛ない話をしながら時間は過ぎていく。

 かつての様に制限時間がある訳でもなく、目的がある訳でもない日常。

 ある意味、これは私が望んでいた”ソレ”なのかもしれない。


 「でも、やっぱり邪魔されたのは納得いかない。 許すまじ」


 「でも結局キスしたじゃないですか。 爆ぜればいいのに」


 「巡はもっとしてるよね? 文句言われる筋合いはありませーん」


 「は?」


 「なにさ?」


 こうして、私達の日常は続いていく。

 いや、続けていく事が出来る。

 そう言ったほうが正しいのだろう。


 ————


 「くーさかぁくーん? これはなにかなー? 校長とか、教育委員会とかに提出していい映像なのかにゃー?」


 「お願いしますマジで止めて下さいクビになってしまいます。 というかそろそろお酒も控えて頂けると有難いです、目が据わっておられます椿先生」


 最近テレビ買いました。

 うん、どうでもいいねごめんね?


 「なんでさぁ、生徒と一緒にチャペルに居るのかなぁ? 説明してもらっていいぃ?」


 「あ、いや。 早瀬がスカウトされてな? そのオマケっつぅか、なんというか。 臨時のバイトみたいなもんで……」


 「ウチの学校、副業ってOKされてたっけぇ?」


 「マジで、ホントに、勘弁してください。 どうか黙っておいてください、今は反省してます」


 どこかのアパートの一室で、気楽に宅飲みをしていた筈が、何故か修羅場の様な空気になってしまった。

 もう絶対臨時収入なんて求めない。

 だからどうか、今この時だけは無事に過ぎ去ってくれと、アラサーのおっさんは天に願った。

 二人の横には、十字架を受け止める見慣れた背中が映し出されてる。


 「てぇい!」


 掛け声と共に右ストレート放った彼女、そして着崩れた衣服の間に見えた赤い何かを見逃さなかったおっさんの夜は、今日もまた始まったばかりなのであった。


 狐の嫁入り 完


 もちっと番外編を書きます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ↪︎ 掛け声と共に右ストレート放った彼女、そして着崩れた衣服の間に見えた赤い何かを見逃さなかったおっさんの夜は、今日もまた始まったばかりなのであった。 椿先生は赤か……
[一言] 鍛えろ、全てはそこからだ。wwwww盛大に吹きましたwww
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