狐の嫁入り
「あの、モデルやりませんか?」
「はい?」
とある休日、草加先生と一緒に歩いている時に声を掛けられた。
もしもこれが男性のスカウトマンに声を掛けられたのであれば、草加先生もガッツリ警戒しただろう。
でも声を掛けて来たのは若い女性、何故か胸元に白いバラのブローチとかついてる。
なんだろう、なんかよく状況が理解出来ない。
「すみません、説明も無しに声を掛けてしまって。 私こういう者でして、一度でもいいので是非モデルをお願いしたいなと」
そう言って差し出された名刺を受け取ると、ちょっと予想外な会社名が。
あぁ、モデルってそういう……
「もちろんバイト代も弾みますし、そちらの男性も是非ご一緒に」
やけにガツガツ来る女性に草加先生がちょっと引き気味な反応を見せるが、はてさてどうしたものか。
短期バイトでお給料が高いのはちょっと魅力的だ。
そしてなにより、モデルといっても別に水着になったり、よく分からない流行りの服を着たりする必要もないっぽいのが、これまた魅力的。
そして何より……
「草加先生が一緒なら、私はいいですよ」
「え、ちょ、コラ早瀬……」
「やった! それじゃ連絡先教えてもらっていいですかね? 式場はホラ、そこから見える白い教会っぽい建物ですから。 来週辺りでも大丈夫ですか? 急ぎで申し訳ないですが、イベント期間が迫ってまして……」
まさに飛びつく勢いで、女性は私の手を掴んだ。
いちいち距離感が近いなこの人……なんて事を思いながら、困ったように苦笑いを浮かべた。
となりでオイオイ……なんて困った声も聞えて来たが、今回ばかりはこの人と一緒でないと意味が無い。
「予定、空けておいて下さいね? 草加先生っ」
ニカッと笑いながら、名刺に書かれた”ブライダル”の文字を指でなぞった。
————
「という訳で、今週末は部活お休みするね! ちょっと草加先生と一緒に結婚式場に行ってくるよ!」
「おいこら待てやケモミミ娘、本気で待て」
私の肩を掴んでガックンガックン揺らす巡が、物凄く怖い顔で睨んでくる。
ふふふ、羨ましいのであろう? そうであろう?
だが今回スカウトされたのは私だ、タイミングの勝利なのだよ。
「しかし、ウエディングモデルですか……早瀬先輩なら確かに似合いそうですね、浬先生はタキシードがパッツンパッツンになりそうですけど」
そんな事をぼやきながら、つるやんが名刺をプラプラと揺らしている。
その隣の天童君は、名刺に書かれた会社名で必死にネット検索している訳だが。
「うん、特に問題無さそうだね、普通の結婚式場みたい。 しかも過去にモデルやった子のレビューだと、こんなにもらっていいの? ってくらいお給料貰えるみたいだね、その代わりモデルはすんごい厳選してるみたい」
そうだったのか。
っていうかそんな所にスカウト頂くって、結構凄いことなんじゃないか?
やったぜ、高給取りな上ウエディングドレスも着ることが出来る。
一石二鳥じゃないか。
しかもとなりには草加先生がいる、と。
素晴らしい、こんな素晴らしいバイトが世の中に存在するなんて……
「ああぁぁぁぁ、うああぁぁぁぁ」
まずい、巡が壊れ始めた。
涙目で未だにガクガクと私の肩を揺らしている。
そしていい加減首が痛い。
「く、黒家先輩ちょっと落ち着いて……ほ、ほら! ホームページには友達も参加できるって書いてありますから! 外野としてですけど……」
「うわぁぁぁぁ!」
揺さぶる力が、より一層増した気がする。
フォローに失敗したつるやんが、困った様にアワアワし始めるが巡は止まらない。
さて、本気でどうしたものかと頭を悩ませ始めた頃、天童君のスマホからピコンッと気の抜けた音が響き渡る。
「おっ、返事はっや」
「何呑気にスマホいじってるんですか! 天童先輩もこの状況どうにかしてくださいよ!」
いつもの二人のコントが始まりそうな雰囲気だったが、天童君は柔らかい笑みを浮かべながら私達の方へスマホを向けた。
「黒家さん、おめでとう。 これで君も花嫁だよ」
差し出された画面には、相手方の返事と思われるメールの文章が表示されていた。
そして……
『黒家 巡様。 この度はウエディングモデルのお申込み誠にありがとうございます。
付属されていた写真拝見させて頂きました。 早速本題に入らせていただきますが、今週末の撮影でも問題ありませんでしょうか? 是非会場にお越しくださいませ、スタッフ一同心よりお待ちしております。 なおパートナーをお連れ頂ければご一緒に撮影する流れとなりますが、個人での参加ももちろん可能ですので、どうぞお気軽に——』
おや? これはどういう事だ?
何が起きてこうなった? ちょっと天童君、私に詳しい説明を……
「天童さん、今度何か奢りますね。 何が良いですか? 高級焼肉ですか? それとも回らないお寿司ですか? なんでもいいですよ?」
「あーいや、勝手に申し込んだ事を許してもらえればそれでいいよ。 モデルの仕事、二人とも頑張ってね」
「いつ写真とったんですかカブト虫先輩……」
「いや、前に撮ったコスプレ写真を送ってみた」
「よく血みどろナースで通りましたね……」
なんて事をしてくれたのでしょう。
私のボーナスステージが、通常ステージになってしまった。
半分死んだ様な瞳で天童君を眺めて居ると、彼は困った様に笑いながら諭す様な言葉を私に投げかけて来た。
「こういうのはホラ、フェアーじゃないと」
「天童君のせいで……新郎争奪戦が勃発したよ……覚悟しておくといいよ」
「なにそれ怖い」
そんなこんなで、”私達”は週末に戦争に行く事になってしまった。
負けない、というか今回は負けられない。
何たってウエディングなのだ、一生に一度着るかどうかの大勝負なのだ。
だとすれば、引くわけにはいかないだろう。
「巡……絶対負けないからね」
「上等です、同じ土俵に立ったからには……こちらも容赦しません」
額をくっ付けるレベルで睨みあう私達。
その隣で天童君とつるやんが、優雅に紅茶なんぞを口にする。
「いやはや、面白い事になってきたねぇ」
「いいですかソレで……まぁいいですけど。 しかし二人のウエディング姿ですか……外野も写真とか撮っていいんですかね」
などと好き勝手語る二人を視線の隅に収めながら、私達はバチバチと視線で火花を散らしたのであった。
————
「はぁぁぁ……」
大きなため息が、待合室に響き渡る。
なぜこうなった、というかこれからどうなる。
「なんで俺まで……モデルなら天童とか黒家弟の方が適任だろうに」
ぼやいてはみるが、コレと言って誰の耳にも届くわけもないので効果はない。
現在の俺はタキシード姿。
何度鏡を見ても、とんでもなく違和感がある上にぱっつんぱっつんだ。
モデルのメインは女性ですから! なんて言われたが、本当にこれでいいのだろうか?
ふんっ! とか力を入れたらボタンがはじけ飛びそうな感じなんだが、本当にいいんだろうか?
今日は胸筋と肩には力を入れない様にしよう。
などという誓いを自らに立てて更衣室の外へ踏み出すと、そこには純白の衣装を着た……
「あ、お疲れ様草加ッち」
天童がいた。
野郎がいましたよ、普通ここはおなご用意する場面でしょうに。
しかも真っ白タキシードが、多分俺の数倍は似合っておられる。
ちくしょう、これが体格と顔の差か。
「お願いだからその服着ながら鬼みたいな顔しないで? 服装と表情のギャップで死にそう、てか殺されそう、物理的に」
何を訳の分からない事を言っているのか、俺はただ貴様のイケメンフェイスにちょっとだけ嫉妬してしまっただけだと言うのに。
「怖い怖い、更に鬼っぽくなった。 これから皆をお迎えに行くんだからもう少し笑顔で、ね? ほら、スマーイル…………ごめん草加ッち、謝るから真顔に戻って? 邪悪な笑みにしか見えない、もはや魔王だよ」
妙な称号を頂いてしまったが、とりあえず両頬を引っ叩いて顔を戻す。
大丈夫、普通にすればきっとそれっぽく映る。
問題ない、一番いい装備を身に着けているのだから。
「こりゃまた……実は結構緊張してるね草加ッち。 カメラ向けられるのとか苦手な人?」
「大丈夫ダ、問題ナイ」
「あ、駄目な奴だ」
むしろ得意な奴がいるなら見てみたいものだ。
なんだモデルって、どんな顔して映ればいいんだ。
さっきまでは衣装のパツパツ具合の方が気になっていたが、天童を見た瞬間に思いっきりモデルだということを思い出してしまった。
マジでどうしようコレ、緊張のあまりお腹痛くなってきた。
これで腹筋に力でも入れてみろ、ボタンがはじけ飛んでしまう。
「あーもうホラホラ、表情筋が真顔保ててる間に皆の所にいこ? 第一印象が鬼とか魔王とか嫌っしょ草加ッちだって」
「待て天童、もうちょっと落ち着こう。 そうだ話をしよう、あれは今から……」
「あ、そういうボケいいから。 ソレ流行ったの結構前だから」
人の言葉も聞かず、天童は俺の腕をグイグイ引っ張りながら”女性専用衣装室”と書かれた扉を平然とノックした。
おい嘘だろお前。
イケメンは何をやってもいいのか? 更衣室さえ平気で侵入しちゃうのか?
理不尽すぎる現状を目の当たりにして、目の前が真っ白になりそうな勢いのなか天童は平然と声を上げた。
「こっちは準備出来ましたー。 開けても大丈夫ですか?」
「どうぞー、こっちも準備万端です」
中からスタッフの女性らしき声が聞えた瞬間、彼は戸惑いもせず扉を開け放った。
なるほど、これがリア充という生き物か。
コイツらの前には、男女の壁というものは存在しないらしい。
羨ましい、実に羨ましい。
最近の若者は、なんて言いながらもこうして血の涙を飲み込む御老体達は、多分一定数いるのだろう。
とんでもない悔しさを胸に刻みながら、俺達は”女性”専用の”更衣室”に侵入した。
そこには……
「キャーエッチー」
「鶴弥ちゃん、そこで棒読みは止めようか……いろいろ台無しだよ……あと、凄い似合ってる」
「うっさいです、一言余計です」
何故かウエディングドレスを着た鶴弥が立っていた。
っていうかオイ、何いちゃいちゃしとんねんお前ら。
羨ましいなこの野郎、お祝いするぞ?
「って、まてまてまて。 鶴弥もなんでその格好?」
「外野として参加するつもり出来たら、会場でスカウトされました。 これでバイト代ゲットです」
「そうか……うん、なんていうか。 幼妻ってこういう感じ——」
「それ以上喋ったら昨日の先生の使ってたキャラのスクショ先輩達に公開しますからね?」
「すみません、ごめんなさい。 とてもお似合いです」
「よろしい」
会話のデッドボールを繰り広げた後、俺は大人しく頭を下げた。
え、なにそれ? なんて軽々しく聞いてくる天童は無視だ無視。
あんなもの公開されたら羞恥で死ねる。
というかコイツらだけには見られたくない。
「全く、こんな所に来てまで普段通りのやりとりをしなくてもいいのに」
「草加先生どうどう? 似合ってるー?」
なんて、テンションが対照的な二人が奥から登場した。
まごうこと無き黒家と早瀬……なのだが。
「なんか、随分と雰囲気が違うな」
鶴弥はベーシックと呼べる様なウエディングドレスだった。
それもまぁ非常に良かったが、二人に関しては雰囲気からして違う。
黒家に関しては随分とレースをあしらった様な作りになっており、一言で言うなれば派手だ。
だが見比べない限りは、ソレが正装だと言わんばかりにまとまりのある花嫁衣裳。
ロングスカートで分からないが、ガーターとかしてたらヤバイって感じの見た目である。
そして早瀬、こっちは打って変わって活発的だ。
ミニスカ? と聞きたくなる程前面は短く、後方に向けて長くなるスカート。
そして他に比べれば露出の多い衣装だが、ソレをいやらしく感じさせない清潔感が、そこにはあった。
多分衣装を逆にしたらドえらい事になった気がしないでもないが、そこはスタッフさんグッジョブである。
「これがプロの仕事かぁ……」
「「 おいコラ感想 」」
「え、あぁうん。 似合ってる似合ってる、すげぇ綺麗だぞ?」
「なんか水着といい、ドレスといい……何故肝心なところでいつも私達は鶴弥さんに持っていかれるんでしょうか……」
「分かる、ソレ凄い分かる」
「これまでにない風評被害で心が痛いんですが、浬先生この状況どうにかしてください」
どうせぇちゅうねん。
ファイナルベントの件がやっと落ち着いたと思ったら、その他問題が浮上したりしてあひゃひゃひゃって感じです。
皆さんも交通事故とか気を付けて下さい。
番外編はこの話プラス2くらいでサクッと終わる予定ではいるんですが、こういうの欲しい! とかあったら今の内に教えてくださいまし。
その後は2期オカ研部員の話に入っちゃう予定なので。
要望が多かったり、「あ、書こうと思って忘れてたわ!」って話は追加するかもしれません。
詰まる話、感想貰えると嬉しいです。
評価とかブクマとかも、ポチッてくれると嬉しです。
多分明日も更新できると思います。





