若気の至り 5
大変遅くなりました、すまねぇ……そしてまだ忙しさから抜けきれない、すまねぇ。
「はーい、それじゃ次私ね。 エンゼル様エンゼル様、影山君が環にホレてる上に、そのせいで黒家君にちょっかい出してるって本当ですか?」
「ちょっと……そういうの勘弁してよ……」
隣のクラスの友達に、暇つぶしだと誘われて始まったこの遊び。
海外版こっくりさんみたいなモノだ、と言われたが雰囲気的にこっちの方が怖い。
こういうのに詳しい友人が用意したウィジャ板と呼ばれる物々しい板に、プラン……シェット? って言ってたかな? 真ん中に穴の開いたハート形の物体に皆で手を置いていた。
「こんなの本当に何か起こる訳ないじゃん……」
なんて言った矢先プランシェットが動き始め、YESの位置に真ん中の穴が収まる。
さっきからこんな調子だ。
多分誰かが怖がらせるために動かしているんだろうが、あんまりこういうのは好きではない。
昔から女子の間ではこっくりさんとかの降霊術は流行っていたが、やる度に嫌な雰囲気が訪れるのだ。
怖い事をしてるのだから当然なのかもしれない、そして断れない私にも原因があるのは分かっている。
なのだが……こういう付き合いを断ってしまえば、明日から自分の扱いがどうなるかと考えると、そっちの方が怖くて誘いを受けてしまう。
本当に、女子って面倒臭い……
「ホラ環、イエスだってよ! 環自身はどうなの? 影山君と黒家君、どっちが好み?」
「だから別にそういうのは無いってばぁ」
軽い様子でそんな言葉放つ友人に対して、苦笑いを浮かべる。
正直この手の話は苦手だ。
彼氏彼女がどうとか、どこまでいったとか、どんな事を”やった”だとか。
よく皆羞恥心の欠片もなくベラベラ喋れるモノだと思う。
恋人同士想い合っているのなら、二人だけの秘密にしておけばいいのに。
なんて事を言えば、乙女だなんだとからかわれるのだろう。
でも仕方ない事なのだ、私……環 一花<たまき いちか>は交際経験など皆無なのだ。
中学生になった頃から、皆より身体的成長が早く……っていうか胸がおっきくなって、その頃から男子と話している時には余り視線が合わなくなった。
皆少し下を向きながら喋るのだ。
少ししてからどこを見ているのか気づき、その頃から男子と話すのが苦手になった記憶がある。
両親に相談すれば「思春期の男子なのだから」と言われ、友達に言えば「嫌味か?」とばかりに顔を顰められる。
その代表格と言ってもいい影山君は、正直男子の中で一番苦手だった。
多分彼は私と話す時、私という個人とは喋っていない。
きっと彼はおっぱいと喋っている。
なんて馬鹿な事を考えてしまうくらい、だらしない顔で視線を胸元に固定するのだ。
話す度にどこへ遊びに行こうだとか、家に来ないかとか色々誘われるが……正直背筋が冷える思いだった。
そんな事もあり、多分皆に言ったら笑われるくらい……私は少女趣味を引きずっている。
こんな現代において白馬の王子とは言わないが、格好良く守ってくれる存在とかに憧れちゃったりしている訳だ。
「でもさぁ、最近黒家君と結構仲良さそうに話してるじゃん?」
友人の一人が、やけにねちっこい視線を向けてくる。
もしかしたら彼女は黒家君狙いなのだろうか?
だとしたら、飛んだ見当違いなので勘弁してほしい。
「同じ文化祭の実行委員ってだけだよ。 たまにこっちのクラスどんな感じ? とか聞いてるだけ」
そう言って無理矢理視線を反らすが、どうにも納得はしてないご様子だ。
参ったな……本当にそういうつもりはないんだが。
彼、黒家君は……そうだ、話していて”楽だ”とは感じる。
あの人は視線を反らさない、真っすぐこちらの瞳の視線を向けてくる。
しかしいつだって”無感情”な瞳だった。
こちらに興味が無さそうな、その場を適当にやり過ごそうとしているかのような感情の無い瞳。
それが向けられるのは私だけじゃなかった。
他の人に対しても、彼は同じ様な瞳を向けていた。
何を考えているのか、何を思って作り笑いを浮かべて居るのか。
それが気にならない訳ではない。
彼の瞳に何が映っているのか、それが気になって声を掛けていた。
でも、それだけだった。
だからこそ、私にとっての”王子様”にはなり得ない。
「環ってさぁ、いつもそうだよねぇ。 なんか周りに合わせてるだけって言うかさぁ……」
ため息交じりに、一人の友人が蔑んだ瞳をこちらに向ける。
あれ? おかしいな、こんな事になる筈じゃなかったのに。
「私はモテるから別に焦ってませんーみたいな? 結構イラっとくるよね」
「あーわかるわかるー」
なんだこれ、二人ともこんな事を言う人達じゃ無かった筈なのに。
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた二人の友人が、普段とは別人のように笑っている。
「じゃあ次、私ねー? 環は私達を馬鹿にしてますかー? 自分は私達と違って、有能だとか綺麗だとか思ってますかぁー?」
「え、いや。 そんな事思ってる訳……」
プランシェットがスッと素早く動き、イエスを指し示す。
なんだ、これ……?
「やっぱりそうなんじゃん。 ウケる!」
「コイツ最悪だわぁ、マジ友達なんだと思ってんの?」
あははははっと狂った様に笑い始める二人の友人に違和感を覚え始め、ゾッと背筋が冷たくなった。
これは二人の意思なのだろうか? それとも別の何か?
別段霊的な何かが起こった訳でもない、二人とも……普段と違う感じの笑顔でこちらを見つめているだけだ。
でも、異常に怖い。
二人の笑顔が、とてつもなく怖い。
「ね、ねぇ二人ともどうしたの? なんか変だよ?」
その言葉に答えることなく、二人はこちらを見ながら微笑んでいる。
三日月の様に歪めた唇から、笑いをこらえた様な言葉が漏れる。
「ホラ、次ハ環ノ番ダヨ?」
その言葉は、友人の声にも聞えたが……幾重にも重なった異様な音にも聞えた。
「え、エンゼル様エンゼル様……わたしは……助かりますか?」
——NO
それこそ聞いてる途中でプランシェットは動き、無情にもそんな答えを返してきた。
次の瞬間には二人の友人から影の様なモノが吹きあがり、視界を黒に染める。
あぁ、だからこんな降霊術紛いな事嫌だったのに。
今更過ぎる愚痴を溢しながら、私に牙を向く黒い影を眺めて居た。
————
「教えてくれ三月さん。 君はどんな未来がどれくらい見える? それがどれくらい先の事か正確にわかるかい?」
「信じて……くれるの?」
予想外の事態だった。
きっとこんな事を言えば、黒家君だって離れて行ってしまうと思っていた。
だと言うのに彼は食い気味に私に質問をして、私の”見た”モノを正確に聞き出そうとしていた。
「信じる。 言っただろ? 君の言う事を全て信じるって。 だから教えてくれ、なるべく早く」
急に飛び込んできた烏を肩に留めたまま、彼は真剣な眼差しを私に向けてくる。
こんな人は今まで居なかった。
誰もがこの事を話せば私から遠ざかって行った、それこそ両親だって。
もうおかしな事は二度と言うなと釘を刺されていた。
だというのにこの人は……
「教えてくれ、まだ”助けられる”かもしれないんだ」
今までに見た事もないほど、真剣な眼差しを私に向けている。
もしかして、この人なら。
そう思える程、目の前に居る彼が頼もしく思えた。
「す、数分後に起きる出来事……です。 5分とか、多分それくらい。 見ようとすればもっと先も見れるけど……でもその、”幽霊”に関わる事しか見えなくて」
「それはどこまで見えるの? 遭遇するところまで? それとも結果まで見える?」
「時と場合によります……最後まで見える事もあれば、襲われる瞬間までっていう事も……でも経験上襲われた人で助かった人って居ないし……」
ボソボソと返事を返すと、黒家君は真剣な表情のまま肩にとまった烏に視線を送る。
——クアッ。
視線に答える様に、ちょっと間の抜けた声を上げる烏。
その声を聴くと同時に黒家君は頷くと、彼は振り返った。
「今回見えたのは、多分襲われる所まで……だよね?」
「そう……だけど」
「なら、大丈夫だ」
彼の声が、誰も居ない廊下に響き渡る。
聞いたこともないような明るい声で、彼は言葉を続けた。
「僕が助けるから」
少しだけ振り返った彼の顔は、いつも以上に力強く見えた。
本来彼は、”そっち側”の人間だと言わんばかりに。
「行くぞ”八咫烏”。 出番だ!」
——クアッ!
それだけ言って駆けだした彼の背中は、いつも以上に頼もしい。
もしも、もしも彼が私と同じ様な人間なら、この苦しみさえ分かち合える人物だとしたら。
私はもう、彼から離れる事は出来ないかもしれない。
————
「お、お願い……助けて……」
「何言ってルノ? こんナの遊びじゃん、ビビッって無いで早く続けヨウよ? アハハ」
「環ってサァ、変な所デ臆病ダヨね? そう言うの直した方がイイよぉー?」
おかしい、絶対におかしい。
二人とも正常には見えないし、さっきからウィジャ板の様子が変だ。
アンティークの様な見た目だった板は黒く染まり、プランシェットは色んな場所に動き回っている。
二人がふざけて動かしている……というなら良かったのだが、どう見ても手が張り付いた状態でプランシェットに振り回されている様にしか見えない。
私はソレから手を離さない様にするのが必死だと言うのに、二人はこちらに笑顔を向けながら、振り回される片手を意にも留めない様子なのだ。
気持ち悪い。
視覚的な意味だけではなく、空気が重い。
今まで味わった事のない環境が、ここで成り立とうとしている。
そんな気配をひしひしと肌で感じながら、必死でプランシェットに手を添える。
だがその思いも虚しく、数分振り回された後に振り払われるように私の手はソレから離れてしまった。
「あーぁ、離しチャったネ?」
「もう戻れなイヨ? ルールを破ったんダカラ」
二人が楽しそうに笑う。
その背後から黒い霧が立ち上り、いくつもの顔が笑う。
「ま、待って……お願い。 今度は……今度はちゃんとやるから……」
縋る様に見つめる中、二人が狂ったように笑い始める。
怖い、ここに居る事自体が怖い。
こんな事”普通”じゃない。
思わず後ずされば、私の足首に黒い霧が絡みついた。
「なっ!?」
振り払おうとしても触れる事の出来ない”黒い霧”。
それはウィジャ板から溢れ出している。
「ネェ環、死ンデヨ? オ前ガ居ナクナレバ……」
友人だった片方の黒い塊から声が漏れる。
もうこの世のモノとは思えない程、歪んで擦れた声が教室内に響いた。
「ウザイヨォ……イイ子ブッテサァ……」
もう片方の黒い塊も、ノイズの様な声を上げる。
あ、ダメだ……なんて直感が告げる。
私はもう助からない、ここから生きて帰ることは出来ない。
友人二人は訳の分からない物体に染まり、いつの間にか教室内だって蠢く何かに汚染されている。
そしてなにより、ウィジャ板から大量に……真っ黒な赤子がこちらに向かって這ってきているのだ。
しかも一人じゃなく、何人も。
まるでミミズの様な形に集まり、ひとつの集合体みたいに。
非現実的な光景に思わず乾いた笑いを漏らしながら後づ去り、尻もちをついた。
「もう、駄目じゃん。 こんなの、生きて帰れるわけ……ないよ」
涙やら尿やらを垂れ流し、迫りくる異様なモノを直視した。
幾重にも重なった赤子が私に笑いながら手を伸ばし、頬に触れたその瞬間……
ドゴンッ! というとんでもない衝撃音と共に教室の扉が吹っ飛んだ。
「ぜぇい!」
なんていう掛け声と共に、教室に飛び込んできた人影は私に迫った黒い影に蹴りを入れ、真っ二つに切り裂いた。
余りある反動を逃がし切れなかったらしい”影”は、分断されながら教室の端まで吹っ飛んでいく。
「手加減、加減、傷つけない程度に……そして祓う!」
よく分からない発言を溢しながら、彼は友人二人に対してペチンッ! と間抜けなを音を立てながらデコピンを放った。
一体何の意味があるのか。
そんな風に思ったのもつかの間、二人から”黒い影”は引きはがされ、友人二人はその場に倒れ込んだ。
「怪我した様子は……なし! よし、出来た!」
やけに嬉しそうな彼の横顔。
その横顔に、私は見覚えがあった。
というか見間違う筈もない、最近ちょくちょく声を掛けていたその人だったのだから。
「えっと……黒家君……だよね?」
私の声に反応した彼はこちらを振り向き、そして……首を傾げた。
「すみません。 どちら様でしょう? 顔は見覚えがあるんですが……」
緊張とか恐怖とか、色々あったが……彼の一言には妙に頭にきた。
あれだけ声を掛けたのに、言葉を交わしたのに。
彼は私の名前すら覚えていてくれなかったのか。
「環だよ! 環一花! 何度も話したでしょう!?」
「あぁ、貴方が環さんでしたか。 お名前だけは何度もお聞きしましたが、まさか貴女だったとは。 僕は黒家俊と申します、どうぞよろし——」
「今更自己紹介されなくても知ってるよ!? 黒家君の事は知ってるよ!? そうじゃなきゃ何度も声掛けないよね!?」
あぁ、確かに……なんて表情で彼は頷くと、「今後共宜しくお願いします」なんて頭を下げて来た。
なんか凄い負けた気分なんですけど、とても腹立たしいんですけど。
などとやっている内に”黒い影”は一つに固まり、こちらを威嚇する様にノイズの様な声を上げた。
「話は後です、環さんは僕の後ろに居てください。 お友達共々、絶対守ります。 なので、少しだけ待っていてください」
そう言って笑う彼の瞳は、血の様に真っ赤に染まっていた。
普通じゃない環境、意味の分からない事態。
そして命の危機に晒された瞬間、助けに来てくれた同級生。
色々思う所が無い訳ではない、だとしてもだ。
こんな色々空気をぶち壊す王子様、私は望んでいなかった気がする。
前回ラストだと言っておりましたが、長くなったのでぶった切りました。
次回こそ俊君編ラストです。





