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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
番外編・後日談

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若気の至り 4

 忙しすぎてお休みを頂いておりました、申し訳ない。

 まだちょっと忙しくなりそうです。

 「本当に申し訳ありません。 ウチの弟が、息子さんにお怪我を……」


 「あーいいのいいの、どうせコイツが焚きつけたんでしょ? いつもの事ですよ。 勝てば武勇伝の様に語ってくる癖に、負ければ慰謝料だなんだと騒ぐんですから。 全く、お恥ずかしいかぎりです。 こっちこそ本当に申し訳ない……」


 影山君のお母さんの印象を一言で表すなら、ギャルだ。

 間違いなくギャルだ、っていうか若っ!

 むしろ先生の方が歳とって見える。

 いくつの時に彼を生んだんだろう……いや、考えるのはよそう。

 ちょっと今までの”母親”というイメージとかけ離れすぎて、声を失ってしまった。

 だが私と対照的に先生はクックックと楽しそうに笑っている。

 もしかしてギャルの方が好きだったりするんだろうか?

 だとしたら不味い。

 オカ研にギャルはいない。

 雰囲気的に一番手っ取り早くギャルに変身できるのは……夏美だろうか?

 だとしたら私も日焼けサロンにこれから向かわなければ。


 「でも黒家君……だっけ? 今回はウチだったからいいけど、むしろもっとボコボコにしてくれても良かったけど。 ただ他の家だとモンペアとか居るからねぇ、気を付けた方がいいよ?」


 「はい。 大変申し訳ありませんでした」


 そう言って頭を下げる弟に彼女は、再び盛大に笑った。


 「お姉ちゃんも綺麗な顔してれば、弟も誠実そうでなによりだよ。 ほらバカ息子! お前も頭下げな!」


 「何で俺が——」


 「——何も悪くないと言えるのかい? 普段から行儀よくしてたのに、何もしてないのに、この子にぶっ飛ばされたとでもいうのかい? それなら私はこの子を殴るよ、このクソ野郎が、うちの子に何しやがるってね。 んで、どうなんだい?」


 正直、ちょっとビビッった。

 今時の親御さんとはかけ離れてる気がする、先生みたいなド直球主義だ。

 こういう女の人って周りに居ないから、反応に困るんだよな……

 その後影山君は何も言わず、悔しそうに奥歯を噛み締めながら俯いてしまった。

 これで少しは彼の普段の行いも柔らかくなってくれるといいんだけど……


 「それよりそっちの人は……お父さん? 随分凄い体してますね?」


 「あぁいや、俺は姉の方の教師で弟の方は弟子、みたいなもんですかね?」


 急に話を振られた先生が、私の頭ぽんぽんしながら説明していく。

 そういうボティタッチが世間ではセクハラと言われるんですよ?

 私は一向にかまわないが、いいぞもっとやれ。


 「へぇ……ちなみにご結婚は?」


 「独身ですけど?」


 一瞬、影山母の目が怪しく光った気がした。

 思わず先生に抱きついて、威嚇する様に彼女を睨む。


 「駄目です、これは私のです」


 「おいコラ、いつお前のモンになった」


 「失礼、私が先生のモノでしたね。 そういう約束でしたし」


 「お前はまだそんな事を……」


 なんてやり取りをしていると、影山母が盛大に笑いだした。

 隣で影山君もガックリと膝をついているが、ついに貧血でも起したのだろうか。

 だから鉄分を取れとあれほど……


 「そうかいそうかい、そりゃ悪かった。 それじゃ邪魔者はこれで退散するよ、担任の先生には問題にするつもりはないって言っておいて?」


 そう言って、息子さんの首根っこを掴んだ彼女が退室していく。

 残された私達は、彼女が消えた後もしばらく扉を見つめながら唖然とするしかなかった。


 「嵐のような人でしたね……」


 「今時だと珍しい感じの母親だな? あぁいうさっぱりした性格は嫌いじゃねぇ」


 「やっぱりギャルが好きなんですか? そうなんですか? 日焼けサロン行ってきましょうか?」


 「頼むからそんな眼で見るな……お前に色黒は似合わねぇよ」


 結局どっちなんだろう、頼むからそういう所ははっきりしてくれ。

 なんて抱きついたまま彼の事を睨んでいると、再び勢いよく扉が開いた。


 「黒家君に処分を下すなら代わりに私が請け負います! ですからどうか黒家君を責めないで下さ……って、え? あの……あれ? お邪魔……でしたか?」


 また濃いのが登場した。

 どうなっているんだこの学校は。

 っていうか不味い、抱きついたままだった。

 とりあえず離れた方がいいか、中学生には目の毒になるかもしれない。


 「ちょ、ちょっと……三月……そんなに走らなくても……」


 息も絶え絶えに、彼女の後ろから先程の教師が薄く登場した。

 弟の担任に対して失礼かもしれないが、この人本当に影薄いな。


 ————


 結局は双方頭を下げるという形で、何事もなく今回は事を終えた。


 「今回はラッキーだったと思いなさい、普通なら謹慎や停学。 もしくは相手方に賠償金なんて事態だって発生したかもしれないんですからね。 帰ってくるまでによく頭を冷やしておきなさい」


 厳しい表情のまま、姉さんは去って行った。


 「ま、その子を守ろうとした結果だ。 もっといいやり方を探して、今度は上手くやるんだな。 気持ち自体は間違っちゃいねぇよ」


 じゃあな、とだけ残して先生も姉さんの後を追った。


 二人から本気で怒られた、まず間違いなく人生最大の汚点だ。

 だというのに、ちょっとだけ僕の心はモヤモヤしていた。

 先生の意見だけを聞けば、意思は間違っていないが行動をもっと慎重にしろという。

 姉の言葉であれば、相手に手を出した事をとにかく反省しろと言われた。

 どちらも言っている事は分かるのだ。

 そして今回の僕の行動が軽率だったこと、調子に乗っていた事が身に染みて分かった。

 ”獣憑き”になったことで、無意識の内に気が大きくなっていたのだろうか?

 日常生活では全く意味のない能力だというのに。

 むしろ普通の日常生活では、本来の肉体能力だって弊害となってしまう。

 相手を簡単に傷つける力があるのだと、改めて実感させられた。


 そして僕は、そんな事も気づかぬまま借り物の力で調子に乗っていたのだ。

 姉の言う様に、問題になればこちらが圧倒的に不利な状況だっただろう。

 先生のいう様に、もう少し場に合わせた対応が出来れば姉さんを悲しませず済んだのかもしれない。

 そう思うとさっきまでの”僕は間違っていない”という感情は鳴りを潜め、今ではどん底に叩き落とされたようなショックを受けている自分がいる。

 情けなくて仕方がない。

 だというのに、モヤッとした感情が残るのだ。


 結局僕は、どうすれば良かったんだろう?

 誰も話を聞かない状況で、必死に声を上げれば良かったのか?

 三月さんを嘲笑うかの様な言葉を受けながら、それは良くない事ですと何度も唱えれば良かったのか?

 果たしてそれで彼等が僕たちの話を聞くだろうか?

 もちろん二人の言う通り、急に手を出したのは不味かったのだろう。

 それは反省している、思い出すのが恥ずかしくなるくらいに。

 影山君にも申し訳なく思う。

 だとしても、だ。

 あの状況で、どうすれば皆に話を通すことが出来た?

 口が上手ければどうにかなっただろうか、それとも友人を増やす努力でもしていれば、もう少し上手く行ったのだろうか。

 正直、答えが出ないのだ。


 今回僕は間違えた、それは分かる。

 でも正しい答えが出ない。

 結局直接的な答えを求めたから間違えたのか、それとも今まで”普通”というモノを遠ざけていたから分からないだけなのか。

 周りの”普通”を見ている限り、誰も正解に近い人間は思いつかなかった。

 僕の見て来た世界では常に、”異様”とも言える世界に踏み込む彼等だけが、圧倒的に輝いて見えたのだ。

 勇敢に立ち向かう姿に憧れた、傷ついても挫けない強さに心打たれた。

 そして何より、”怪異”をぶっ飛ばす先生は格好よかった。


 だというのに”普通”の世界では、それを真似した所で誰も良しとは言わない。

 むしろ悪だと罵られてしまう。

 僕の憧れた人たちですら、褒めてはくれなかった。

 理性では分かっている、今まで味わってきた”普段”の方が異常なのだ。

 ”普通”に身を置いている間は、”普通”に合わせなければ異分子なのだ。

 わかってる、わかっているのだが……


 「”普通”って、分からないな……」


 思わずぼやいてしまった。

 本当に情けない。

 ”普通の世界”と、皆と共に駆け巡る”異様な世界”を天秤に掛ける事自体が間違っているのだ。

 わかっている……未だ理解できない僕が幼いのだ。

 ”オカ研”の皆は”普通”に過ごすために戦っている、でも僕はどちらを求めているんだろう。

 姉を助ける為、力になる為に”異様”を求めた。

 ”そっち側”の人間でありたいと、常に思い続けて来た。

 だからこそ思う。

 どっち側の僕が、僕の望んだ姿なんだろう……


 「”普通”って、難しい……ですよね。 ちょっとわかります、私も普通じゃないって、よく言われるんで……」


 ふと背後から声が響いた。

 驚いて振り返れば、今にも泣きそうな顔の三月さんがついて来ていた。

 考えてみれば当然だよな、同じ教室に帰るんだから。


 「私に嫌な事いっぱいしてくる人たちに対して、黒家君が怒ってくれて。 当然言葉じゃ何を言っても聞いてくれないから、別の方法で守ってくれて。 だっていうのに、”普通”の感覚で言えば黒家君が悪いって言われるんです。 おかしいですよね」


 両目に涙を溜めた彼女は、自分のスカートを強く握りながら語り続けた。


 「なんですか”普通”って、意味わかんないです。 なんで黒家君が責められなきゃいけないんですか? 影山君だって先生達に見えない所じゃ、誰かを殴ったり蹴ったりしてるみたいです。 だというのに、なんでそんな人を叩きのめしたら、黒家君が悪く言われるんですか……? 私は”普通”なんて大っ嫌いです……」


 ついに両目から涙が零れ、鼻をすすりながらも彼女の言葉は止まらなかった。


 「先生も、皆も、わかってないんです。 黒家君が私を守ろうとしてくれた事も、助けてくれた事も、全然分かってないんです! だから、悔しいんです……私は、何も出来なかった……黒家君は悪くないって、自分から言えなかった……普通も私も、大っ嫌いです……」


 そう言って泣き出した彼女を見て、何となく分かった気がした。

 『間違ってはいない、でももっと上手くやれ』

 そう言った先生の言葉の意味が。


 「ごめんなさい三月さん、今回僕は間違ってました」


 「そんな事ないです!」


 「守ろうとした事自体は間違ってなかったと思います、でも他のやり方もあっただろうって、今思い知りました」


 最初から決めつけ過ぎて居たのかもしれない、もっと彼等に合わせればよかったのかもしれない。

 他にも取れる手段は色々あっただろう。

 僕自身だって綺麗事にしか思えない考えだが、今ならそう思える。


 「そんな事ないです! 黒家君があぁしてくれたからこそ皆協力してくれました。 そうじゃなきゃ話だってまともに聞いてくれませんよ! 黒家君だけが悪役になって苦しい思いして、それが悔しいんです! もし影山君の事を気にしてるなら——」


 「それもありますけど……結局僕は三月さんも泣かせてしまいました。 本当に申し訳ありません。 次はきっと、上手くやります。 もっと考えて、ちゃんとやります」


 多分、そう言う事なのだろう。

 先生が言っていた上手くやれっていうのは、世間体やら周囲の目の話だけじゃない。

 僕が軽率な行動をすれば、こうして傷つく人が居る。

 今回は姉さんや、そして三月さんみたいな子を泣かせる結果になったのだ。

 全く情けない、今まで僕は自分の事しか見て居なかったのだ。


 「だから、次は上手くやります。 なので、もう少しだけ僕に償う機会を貰えませんか?」


 自信過剰で自意識過剰、そんな僕を信じて一緒に行動してくれた子を、このまま放っておきたくない。

 身勝手で我儘な考えだが、それでも彼女と共に立ちたいと思えた。

 ”普通”へ踏み込む第一歩として、少しでも先生の様な立派な大人になる為に。

 僕の為に泣いてくれた彼女を、もう少しだけでも支えたいと、そう思えたのだ。


 「本当に、変な人だね黒家君は……」


 「えぇ、僕は結構変な人間なので。 多分これからも迷惑を掛けてしまうかもしれません

。 その時は注意してください、怒ってください。 気づいたことを、僕に教えてください」


 そう言って笑うと、泣き止んだ彼女も困った様に微笑んだ。

 上手いやり方は未だ分からないが、僕に出来る精一杯の事をしよう。

 考えろ、勝手に上限を決めるな。

 まだまだ物知らずな子供が、勝手に相手の全てを分かった気になるな。

 それを強く自分言い聞かせ、今後に役立てよう。

 これからもずっと、僕は”普通”の中で生きていくんだから——


 ——クアッ!


 などと思った矢先、”普通”じゃないモノが窓の隙間から僕目掛けて飛び込んできた。

 お前は少し空気読めよ……なんて思ったのもつかの間、”八咫烏”の異変に気付く。


 「何が起きた? 場所は?」


 ——クアッ!! クアッ!


 僕の肩の上で騒がしく翼を広げる”八咫烏”が、とある方向を必要に嘴で知らせていた。

 窓から見えるその方角、それは間違いなく僕の教室だった。


 「ごめん三月さん! ちょっと用事が出来たからまた後で!」


 そう言って走り出しそうになった僕を、彼女は抱き止める様にして僕の動きを止めた。


 何が起きた? 彼女は何をしている?

 ”普通”というものに向き合おうとした瞬間、とてもじゃないが理解の及ばない事態に立たされてしまった。


 「三月さん? すみませんがちょっと急いでいるので——」


 「ダメ!」


 彼女の叫び声が、廊下に響く。

 さっきとはまるで別人みたいだ、とてつもなく切羽詰まったような、恐怖に染まった声。

 一体どうしたというのだろう、何が彼女をここまで怯えさせているのか。

 いくら頭を絞っても、答えらしい答えが出てこない。


 ——クアァッ!


 「分かってる! 急かすなって!」


 待ちくたびれた様に声を上げる”八咫烏”が、嘴で人の頭を突いてくる。

 痛い、非常に痛い、普通に刺さる。


 「三月さん今は離してもらっていいかな? ごめんね、凄く急いでるんだ。 ちょっと説明とかは——」


 「死んじゃうよ! 黒家君が行ったら、3人だけじゃなくて黒家君まで死んじゃうよ!?」


 「え?」


 前髪の隙間から覗く彼女の瞳が、普段とは違う色に光っていた気がする。

 コレに似た色を、僕は何処かで見た覚えがある。


 「ごめんね、訳分からない事言って、気持ち悪いよね。 でも、今戻ったら黒家君も死んじゃうの……だからお願い、君だけでもここに居て……」


 そう言って力を込める彼女に、どこか違和感を覚えた。

 ”普通”じゃない何か、理解されない何か。

 そしてよく見て来た皆と似た気配を、微かに感じ取った。


 「三月さん、僕は今から君の言う事を全て信じる。 だから教えてくれないか? 君には、一体何が”見えて”いるの?」


 その言葉に顔を上げた彼女は、何処か怯えた様子で「本当に?」とだけ口にして黙ってしまう。

 無言で頷いて見せれば、彼女は少しの間悩んだ後、視線を反らしながら口を開く。


 「私はね……”少し先に起こる事”が、見えるの。 しかも……その、信じて貰えないかもしれないけど……幽霊が人を襲う未来が。 信じられないよね、でもその……見えた事は大体現実になって、だから……その」


 必死で言葉を紡ぐ彼女を、思わず見入ってしまった。

 どうしよう姉さん。

 新しい”異能”、見つけちゃったかもしれない。


 次で俊君番外編は終了になります。

 予定より長くなってしまった。

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