若気の至り
「はいそれじゃぁ皆ー、さっき言った注意事項を忘れないようにぃ。 早く帰る様にねぇ、日直号令ー」
「きりーつ、れー」
緩いホームルームが終わり、クラスの皆が疎らになっていく。
そんな中、僕一人だけ大きなため息をつきながら自分の机に突っ伏した。
周囲からは「何してんだアイツ?」みたいな視線を向けられるが、まぁいつもの事だ。
別段気にすることもないだろう、ろくに友達いないし。
「おいおいクロイエー、なんだよ困ってますアピールかぁ?」
出た、絶対クラスには一人は居る鬱陶しいお馬鹿系ウザ絡みキャラ。
今はそう言う気分じゃないので、出来れば放っておいてほしい所だ。
この人は相手の苗字もちゃんと読めないのか?
まあクラスメイトですら大半名前を覚えていない僕が言えた義理ではないのだが。
「何々ー? 恋煩いとかー? あ、分かった隣のクラスの環さんだろ? 最近仲良さそうだもんなぁ?」
誰、タマキさんって誰?
こうしてイジってくる以上多分話した事があったり、挨拶くらいしたことがある人なんだろう。
だが残念ながら、僕の記憶にはそういう名前の人はいないのだ。
しかしここで誰ですかソレ? なんて言ってしまったら、件の環さんが「お前名前すら覚えられてねぇのぉ?」みたいにからかわれてしまうだろう。
なので黙ってお言葉を頂戴することにした。
「わかる、わかるよぉ? 環さん結構おっぱい大きいもんな、お前みたいな陰キャラが夢中になるのも分かる。 でもさぁ、もう少し考えた方がいいんじゃね? 皆敵にまわしちゃうよ?」
ツンツン頭の男子生徒が、いやらしい目をこちらに向けながら口元を釣り上げる。
へぇ、環さんってスタイルいいんだ。
ウチの姉さんより凄いのかな、いやそれだったら目に付くか。
スタイルって言えば夏美さんも凄い綺麗だし、鶴弥さんだって背は低いけど綺麗な見た目してるよな。
見た目に関しても普段会っている人たちを思い浮かべてしまうと、どうしても同級生で「綺麗だ」って思える人はかなり限られる。
更に言えば、彼女達はちゃんと”芯”があるのだ。
周りでちゃらちゃらと彼氏がぁとか、新しいスマホがぁとか言っている女の子に、どうして興味が持てようか。
苦手だ、とんでもなく苦手だ。
だというのにある意味同類である目の前の彼もまた、ネチネチと僕に声を掛けてくる。
あぁ、本当に……鬱陶しいなぁ……
「童貞のお前に、非童貞である俺からアドバイスしてやるならそうだなぁ……もう少し女を見る目を磨いたほうが良いな、分かるだろ? こう見た瞬間に胸が高鳴る様なさぁ」
それくらいなら何度も経験した。
初めて”狐憑き”の早瀬さんを見た時は、こんな美しい女性が居るのかと胸が締め付けられた。
”人魚”と戦っている時の鶴弥さんを見た時は、抗う女性の強さを思い知った。
水着姿を恥ずかしがっている可愛らしい彼女と比べ物ならないくらい、その時の鶴弥さんからは強い意思を感じた。
そして”烏天狗”と対面している姉さんを見て、圧倒的な程自分の未熟さを感じた。
僕はまだ、この人達の様にはなれていないんだと、心底思い知った。
彼女達は美しい、そしてそれどころか皆”格好良い”んだ。
「それからアレな、カッコいい男を見て勉強する事だよ。 ホラ、目の前見てみ?」
貧弱な体を恥ずかしげもなく晒す彼は、どんな価値観を持って自分自身が格好良いと思っているのだろうか?
僕の見て来た格好良い人達は、いつだって全力だった。
必死に目の前の脅威から仲間を救おうと、必死で抗っていたのだ。
男女問わず、皆格好良かった。
男だけで言うのなら、先生。
彼は反則だ、何をしても格好良い。
ピンチの時に現れ、誰もが苦しんだ”呪い”に立ち向かい、そして勝った。
何だアレ、マジでヒーローだ。
そして天童さん。
彼もまた、僕の目指すヒーローだ。
例え力及ばずとも絶対に諦めないし、皆と話す時は必ず笑顔を崩さない。
先生が敵をぶっ飛ばすヒーローなら、天童さんは最後まで笑顔で皆を救うヒーローだ。
あんな二人を前に、僕は何も出来ずに足掻くだけのただの子供だった。
ただ手に入れた力に溺れ、暴れた挙句力尽きて結局お荷物。
そんな失態を晒した上に、先日は天童さんの感情を逆撫でしてしまう様な出来事があったのだ。
無理やりにでも男の意地を通して笑いながら場をやり過ごしたが、怒ってないといいなぁ……いや怒ってるよなぁ……マジでどうしよう。
格好良いと思った男性二人が、余りにも極端に別方向に突き進んでいるのだ。
同級生の彼の言う通り、二人の姿を見て勉強するなら最終的にどうなるのだろう?
微笑み絶やさず周囲の”怪異”を殴ればいいのか?
それじゃとんでもない異常者だ。
どうしたらいい……先生の力強い格好良さと、天童さんみたいな頼れる格好良さを両立するには……
悩む、悩むどころじゃ無い。
天童さんに対する申し訳なさもあって、既に色々苦しい。
っていうかこんな事を悩む前にもっと強くなれよ僕、いつまで”八咫烏”に頼り切ってるんだ。
これじゃいつか見限られてしまうぞ。
「くっそ……僕はどうしたらいいんだ……」
呟く僕に対して、目の前の彼は取り巻き達と一緒に笑い声をあげた。
「どうもこうもさ、お前身体はデカい癖に臆病じゃん? だから情けないんだよなぁ、環さんの隣に立つなら、もっとこう男らしく——」
なるほど、一理あるかもしれない。
僕は怯えていたのか、ビビっていたのか。
中途半端な力、そして覚悟。
だからこそ不安になり、天童さんと鶴弥さんに愚痴を溢す様な格好悪い真似をしてしまった。
そうか、そうだったのか。
僕に足りない物は自信、そして……筋肉だ。
自信あれば天童さんの様に格好良く立ち向かえて、筋肉があれば先生のように格好良く叩き潰せる。
完璧じゃないか。
——クアァ……
呆れた様な鳴き声が窓の外から聞こえた気がしたが、今は放置しよう。
「ありがとう。 えっと……何とか君。 答えが分かった気がした」
「——ってな感じでさぁ……あ、え? どうした急に?」
どうやらまだ彼が話していた途中だったようだ。
こういう時天童さんなら上手くやるんだろうが、最初からそう目標には届く筈がない。
こんなこともあるさ。
「それじゃ僕は帰って筋トレするから、またね」
それだけ言って立ち去ろうとしたが、教室の出入口を塞ぐ様に”彼女”は立っていた。
目元まで前髪を降ろし、”おさげ”と言うんだったか? そんな風に髪を結んだクラスメイトが。
「えっと黒家君、まだ帰っちゃダメです。 文化祭委員のお仕事、まだ残ってます」
俯きながら、彼女はそんな言葉を発した。
すると背後からは盛大な笑い声が聞こえて来た。
箸を落としても面白いお年頃と言われる僕たちだが、正直こういう状況は理解出来ない。
橋を身体能力だけで落としてくれたら、少しは心も揺さぶられるのだが。
「陰キャラの”黒家”と、顔無しの”三月”とかお似合いじゃねぇ?」
ギャハハハと品の無い笑い声が聞こえ、思わず顔をしかめる。
なにがそんなに面白いんだろう?
別に僕自身どうこう言われようが、同級生くらいならコレと言って気に留めることは無い。
だが恐らく目の前の彼女、三月 日向<みつき ひなた>さんは別だろう。
くだらない冗談を言われただけでも顔を赤く染め、俯いてしまう。
きっと昔の僕みたいに、対人戦になれていないのだろう。
流石に組み手して慣れろとは言えないので、どうしてもこういう時には反応に困ってしまう。
「ご、ごめんなさい……今日はもういいので、帰って大丈夫です」
そう言って、彼女は走り去ってしまった。
しまった、一昨日あたりからこんな調子だ。
文化祭の委員になっておきながら、彼女に任せっぱなし。
コレは良くない。
「三月さん! 僕も手伝う——」
「——大丈夫ですから! 来ないで下さい!」
追いかけようと声をあげた所で、廊下の先に居る彼女から怒鳴られてしまった。
やってしまった……今日もまた怒らせてしまった……
「黒家さぁ、ほんとに駄目だなお前は。 あんな根暗女子にも相手にされないとか終ってるわぁー」
ポンッと肩に手を乗せられる。
そろそろイラッと来る事もあるが、我慢だ。
先生は言っていた、正当防衛が正義だと。
相手から手を出す前にこっちが殴ったら、自分が悪になるのだと教わった。
だからこそ、今は我慢だ。
「はぁ……僕は駄目だな……」
「だからさっきから言ってんじゃん、もっと男を磨いて——」
結局彼女の後を追う事も出来ず、大人しく帰路についた。
こう言う場合はどうしたら良かったんだろう?
彼女を追いかけて、無理矢理手伝った所で彼女を怖がらせるだけだろう。
でもこうして一人で大人しく帰るのが正解だとは思えない。
全く、他にも悩んでいる事があると言うのに……こういう時女の人は、どんな反応を求めているんだろう?
なんてパンクしそうな頭を抱えながらスマホを眺め、相談出来そうな人を探した結果。
とある人物の名前が目に付いた。
間違いない、この人ならきっと大丈夫だ。
自信を持って言えるその人に、僕は迷わず電話を掛けた。
「あ、もしもし? お忙しい所すみません、今大丈夫ですか? 実はですね……」
————
「俊君、”獣憑き”になってくれるかな?」
「え? あ、はい。 ”八咫烏”、おいで」
——クァ。
首を横に振られてしまった。
「じゃぁいくよ?」
「え、ちょ、ま——」
「ふんっっ!」
夜の公園で”九尾の狐”と化した夏美さんから、目で追えない程速度の乗った蹴りを顔面から受けてしまった。
”獣憑き”にさえなっていない僕の身体は、漫画か何かのように吹っ飛んだ。
これ、一般人にやったら絶対死ぬやつ……
「俊君! 反省しなさい! 君は現在進行形で一人の女の子を傷つけてるよ!」
ズビシッ! と人差し指を立てながら、街灯に照らされた夏美さんが険しい顔を向けてくる。
夏美さんにしては珍しく、本気で怒っているご様子だ。
「と言われましても、そう言う場合普通どうすればいいのか分からなくて……彼女を無理やり追った所で怖がられそうですし、何より明日から彼女が余計からかわれてしまいそうで……」
「何ビビッてるの?」
一瞬にして冷めた瞳を向ける”九尾”。
彼女の感情が周囲に溢れ出しているかのように、公園の空気は一瞬で冷たくなった。
ぶるっと背筋が冷たくなる、今の彼女からはまごう事なき敵意が向けられていた。
「今の私、怖いかな? どう? 俊君」
冷気が更に強くなる。
彼女が目を細める程、放つ”敵意”が”殺意”に変わっていく。
不味い、このままでは不味い。
間違いなく彼女は”本気”だ。
「”八咫烏”! 来い!」
——クアァッ!
鳴き声と共に僕の体に溶け込んだ”八咫烏”。
次の瞬間には拳を構え、目の前の”狐憑き”と対面する。
これで彼女と対等にやりあえる体勢になった訳だが……
「なんだ、ちゃんと立ち向かえるじゃない」
それだけいうと、彼女はいつもの姿に戻ってしまった。
どういう事だ?
さっきまでピリピリと肌で感じるような殺気はもう無い。
彼女が一体何をしたかったのか、ソレを理解する前に”八咫烏”は僕から離れ、頭を一度嘴で突いてから近くの木に飛び去って行った。
「俊君が怖がってた周りからの嫌がらせってさ、さっきの私より怖い?」
「いえ全く」
「じゃぁ俊君がその子を追いかけて、嫌われちゃうかもって事態は?」
「ベクトルが違う気がしますけど、ちょっと怖いです。 でもさっきの夏美さんの方がずっと怖いです」
「じゃぁ、俊君なら耐えられるでしょ? 守ってあげなよ」
「え?」
んふふーと、意味深に笑う夏美さんが普段の笑顔を浮かべて近づいて来た。
何かを言う前に「えいっ」と可愛らしい掛け声で、僕の左足にポスッと蹴りを放ってくる。
「つまりそういうことだよ、ビビんな俊君。 助けてやれよ、同級生の女の子くらい」
「えっと……」
未だ困惑する僕に、夏美さんはやれやれと困った様にため息をついてから、優しく笑った。
「草加先生なら、どうしたと思う?」
「え?」
ドクンッと胸が跳ねた。
きっと彼なら、あんな調子の女の子を一人で行かせたりしない。
嫌われようと怖がられようと、それでも彼女を助けようとするだろう。
そして誰に悪態をつかれても、他の誰かを敵に回しても、きっと彼なら彼女を救うだろう。
面倒くさそうに頭でも掻きながら、何だかんだ一人でも寄り添ってくれるのが”彼”だ。
そうやって、当時僕も救われたのだから。
「それが”ヒーロー”ってやつじゃないかにゃ? たまには誰かの為に”悪役”くらい演じられるヒーローになれよ? その方が格好良いぞ?」
それだけ言うと、夏美さんは力の入っていない拳を僕の胸に押し当てた。
なんだこの人めっちゃ可愛い。
……じゃなくて、今はそうじゃなくて。
「ありがとうございます、少しだけ答えが見えた気がします」
「なら良かった。 頑張りたまへー後輩君、私はこれから草加先生の家に遊びに行ってくるのだよ」
ちょっと恥ずかしそうに顔を染めた夏美さんは、再び”狐憑き”の状態になったかと思うと力強く跳躍した。
夜の街を駆ける銀色の狐。
その力強い軌跡を目に、僕は拳を握った。
「あんな人達に囲まれながら、僕はなんで”普通”を怖がっていたんだろうな……」
——クアァ……
呆れた様な烏の鳴き声が、夜の公園に響いた。
続きは後日UPします。
ちょっと最近忙しいので遅れそうです。





