近くて遠い距離
部室の机に頭を突っ伏して、ゴロゴロと頭を転がす。
だーれも来ない。
みんなどうしたんだろう?
いつもなら黒家先輩辺りが一番乗りで資料の一つでも読んで居そうなモノだが……今日はその姿が無い。
何か連絡とかあったっけ?
ここまで皆来ないのは珍しい。
そんな事を思いながら寝転がったままスマホを覗き込んでみれば、一件のメッセージ表記が。
あれ、気づかなかったか?
いつ来たんだこのメール。
なんて事を思いながらポチポチモニターを叩いてみれば、そこには早瀬先輩の名前が。
『今日はちょっと巡と一緒にバイト行ってくるね! なので部活はお休みです。 ちなみにお店はココだから、良かったら遊びに来てねー!』
という内容と共に、店のホームページだろうか? URLが記載されている。
あの二人が揃ってバイトできるお店……?
なんだろう、遊びに来いという程なのだから、多分接客系なんだろうが……
「黒家先輩が……接客?」
自分でも結構失礼な事を言っている自覚はあるが、どうしても言いたくなってしまう。
あ、もしかしてアレかな。
メイド喫茶とかで、クールメイドとかのキャラを作って働いてるとか。
うん、きっとそうだ。
早瀬先輩ならどこでも接客大丈夫そうではあるが、黒家先輩がその辺のファーストフード店とかで働いているようなイメージは全然できない。
レジに来てから注文を決めるお客さんなんかに、「時間の無駄ですので注文を決めてから並んで頂けませんか?」なんて言っちゃいそうなイメージがある。
しかもあの無表情で。
「だとすれば……やっぱり特殊な人が集まる店な気がする……」
なんて思いと共にURLを開けば、割と普通の喫茶店の写真が……うっそだぁ。
え、だって、え?
見る限り落ち着いた雰囲気のお店っぽい。
確かに黒家先輩のイメージには合うかもしれないが、あくまでお客さんとして、だ。
無表情の店員がいたら、流石に困るだろう。
っていうかむしろ、こんな落ち着いた雰囲気の店となると、今度は早瀬先輩が心配だ。
元気いっぱいで接客する雰囲気じゃないぞこの店……早瀬先輩のイメージならむしろ、焼肉屋とか居酒屋なんかの方が喜ばれそうだが……
「どうしたの? 一人でブツブツ言いながら」
「おわぁ!?」
いつの間にか部室にやってきていた天童先輩が、それこそいつの間にか隣に立っていた。
この人いつから居たの?
「ノックもしたし、声も掛けたよ?」
「それは何とも……失礼しました。 ちょっと考え事をしてまして」
「へぇ?」
そう言ってから隣の席に腰を下ろし、私のスマホを覗き込んでくる。
相手にも見えやすいように傾けてあげると、内容を確認した天童先輩がなるほどと頷いた。
「俺の方にも来たよ、ちょっと意外だよね。 あの二人がここでバイトっていうのは」
大体同じ様な感想を抱いている模様の天童先輩は、困った様な笑みを浮かべながら背もたれに身体を預けた。
っていうか今日休みという連絡を貰っていたなら、さっさと帰れば良かったのに。
何しに来たのこの人。
まぁ私も人の事は言えないが、メールに気づいたのが遅かった私は一応セーフという事にして頂きたい。
「折角だし、見に行ってみる? 二人のバイト先」
そう言いながら、天童先輩は立ち上がった。
なんだ最初から二人の様子を見に行く気満々だったんじゃないか。
それならそうと、はなから会話を切り出せばいいのに。
「折角ですから、行って見ますか。 あ、でも先生達どうしましょうか? もしかしたらこの後部室に来るかもしれませんし」
椿先生はまだしも、浬先生が来た時に誰も居なかったら大変だ。
明日から部活に来なくなるかもしれない。
「それなら大丈夫。 連絡したら、今日は二人で居酒屋に行くみたいだよ? 主に椿先生が押し切る形で」
「あぁーあー……それなら安心? ですかね」
この内容を先輩達に伝えるのは、バイトが終わった後にしよう。
下手に口を滑らせれば、仕事中だと言うのに二人の後を追いそうだ。
「そう言う事であれば行きましょうか、二人がどんな格好しているのかも気になりますし」
「だね、ついでに夕飯でも食べて帰る? 鶴弥ちゃん一人暮らしだし、奢るよ?」
「そう毎回奢って貰う訳にはいきません、今日は私が奢ります」
「おぉーそりゃ楽しみだ」
なんて会話を繰り広げながら二人して部室を出ていく。
まぁ実際の所人数が少なければ、というのと浬先生が居ないのであればお会計がとんでもない金額に上る事は無い。
多分天童先輩とは一番外食に行っている気がするが、そういう時は奢ったり奢られたりするので、コレと言って出費が厳しいと感じたことは少ない。
「んじゃまぁ行った事の無い店ですから、孤〇のグルメごっこでもしながら食べますか」
「二人の時点で孤独じゃない気がするけどねぇ」
などと下らない会話を繰り広げながら、件のお店へと向かったのであった。
————
「いらっしゃいませー! 二名様ですか? では奥の席へどうぞー」
丁寧なあいさつとは裏腹に、視界的には偉い事になってた。
ミイラだ、ミイラ男が立っていた。
「鶴弥ちゃん、イベントページ見てなかったでしょ? ホラ、音叉しまって」
やけに冷静な天童先輩に手を引かれながら、ミイラ男が案内する席へと腰を下ろした。
店内は薄暗い……とまでは言わないが、普通の店より幾分か照明を落としている様に見える。
窓際に置かれた骸骨やパンプキン。
最近多少涼しくなってきたとはいえ、暑苦しいとも思える真っ黒なカーテン。
なんだココは、私達は店を間違えたのか?
「すんごい混乱してますって顔してるね、鶴弥ちゃん」
対面にはケラケラと笑う天童先輩。
一人だけ余裕な表情しやがって、ちょっとイラッとくるぞ。
なんて事を考えていたら顔に出てしまったのか、天童先輩がよりいっそう笑う。
「ごめんごめん、怒らないでってば。 この店今はハロウィンイベントらしくて、その間だけ二人がバイトに入ったみたいだね。 給料も結構いいみたいだよ?」
やってみたら? みたいな顔で言ってくるが、御免被る。
私のハロウィンイベントはネットゲームの中で充分だ。
こんなリア充の巣窟で働けるか。
「知ってたなら言って下さいよ。 店を間違えたのかと思いました」
不満を胸にジロっと彼を睨めば、再びクスクスと笑っていやがる。
くそう、人の反応で楽しみやがって。
「はいはいおまたせー、メニューをお持ちしましたよお二人さん?」
そういってメイド服のスタッフが、机の上にメニューを広げると同時に水を置く。
手慣れた動作ではあったが、如何せんフレンドリーすぎる気が……
「お疲れ様、早瀬さん。 ご指名通り来てみたよ」
「やーやーいらっしゃい、好きな物頼んでいいよぉ? お金は取るけど」
そう言ってメイド服を着た見知った先輩が、ビシッとピースを決めながらウインクした。
「え、何やってるんですか早瀬先輩」
思わず唖然と彼女の姿を見つめてしまった。
メイド服結構似合う……じゃなくて、なにやってんのこの人。
「何って、バイトだよ?」
そういってスカートの端を摘まみ、どうどう? っとその場でクルクル回り始める。
店にも驚いたがこの人にも驚いた。
なんで一人だけメイド喫茶やってるんだろう。
対面に座る人は「凄い可愛いね、似合ってるよー」みたいな普通に返事を返してるし。
「えっと、さっきまでミイラが居た気がしますけど……早瀬先輩は普通にメイドさんですか? 確かに似合ってますけど」
確かに館のメイドさんって、ホラーとかで登場すればいるだけで怖いってのはあるが。
こういうイベントの時くらい血のりか何か付けたりするもんなんじゃ……
なんて、そんな事を考えた私が甘かった。
次の瞬間にはぶわっと九本の尻尾生やして、銀色に染まった彼女が怪しく笑う。
『これでどうじゃ? 狐妖怪風のメイドじゃ』
「出来れば着物の方がそれっぽかったんだけどねぇ」
同じ声だというのに、二人から返事を返されてしまった。
っていう待て、狐妖怪風ってなんだ。
風でも何でもなく、貴女本物でしょうが。
そして早瀬先輩に至ってはハロウィンがどこのお祭りか理解して頂きたい。
着物で狐でハロウィンです! って言われても説得力の欠片もないわ。
『まぁとにかく、好きな物を頼むがいい。 ここの飯はなかなか旨いぞ?』
そう言って、”九尾の狐”さんはそのままフロアを歩いて行った。
いいのか、それいいのか?
「と、とりあえず何か頼もうか」
流石に天童先輩も言葉に困った様子でメニューに視線を落とした。
大丈夫かなアレ……一応コスプレ的な何かとして受け入れられてるのかな?
色々と心配事を残しながら、私もメニューに視線を向ける。
書いてあるのはどれも割と普通……って言ったら失礼か。
喫茶店でチェーン店に負けないぐらいの品数なのだ、それこそ立派なモノだ言えるだろう。
どうしよっかな、普通にパスタでも食べようかな?
あ、でもドリアも結構おいしそう……
「決まった?」
早くも顔を上げた天童先輩が、にこやかな顔を向けてくる。
相変わらず早いなこの人。
いつもこうして、私が待たせてしまう結果になるのだ。
「パスタとドリアで悩んでまして……」
「ちなみにどれ?」
「このオススメ欄にあるパスタと、秋の野菜ドリアって奴ですね」
「んじゃ半分こしようよ、俺そのパスタにしようとしてたから」
「おぉ、それはありがたいです」
なんていつも通りの会話を交わして、ベルを鳴らす。
いやはや、この人と外食すると悩んだ時は楽でいい。
大体は悩んだ片方は天童先輩が選んでいる。
結構外食も共にしたからね、きっと食べたいモノが被るんだろう。
「お待たせしました、ご注文をお伺いします」
なんて事を考えていると、赤い染みが付いたナース服を来たスタッフが登場した。
凄いなここの人達、フロアはみんなこういう服来てるのか……にしてもこの人スタイルいいな、ナース服がなんとも窮屈そうだ。
「や、黒家さん。 様子見に来ちゃった」
「別に構いませんよ、こんな格好ですみません」
そう言ってから、”満面の笑み”を浮かべた黒家先輩が頭を下げた。
え? 誰この人。
「黒家先輩……? 本当に先輩ですよね?」
「どうしました鶴弥さん? あ、もしかしてメイクのせいで分かりにくいですかね?」
確かに普段よりもさらに白い。
口元から赤い何かが垂れちゃったりしている。
それでもだ、余りある美人オーラが化粧の隙間から垣間見えている。
なんだこの美人ナース、浬先生あたりだったら口元から血が垂れてようが構わずダイブするだろう。
しかも、しかもだ。
完全に”営業スマイル”を顔に張り付けておられる。
こんな黒家先輩見た事ない。
「黒家さん写真撮っていい? 草加ッちに送ってみたい。 あ、早瀬さんも撮り逃しちゃったから後でお願いしたいんだけど」
「そういうことでしたらどうぞ、出来れば綺麗に撮ってくださいね?」
おいコラカブト虫、貴様片思いの相手を前にして何故そこまで冷静にカメラを向けている。
もう少しほら、言う事とか口説き文句とかあるだろうが。
さっきの早瀬先輩の方が色々言ってただじゃないか、どうしたビビったか。
「黒家さんはホラーっぽい格好しても綺麗に映るね。 それじゃ草加ッちから感想来たら教えるから」
「ありがとうございます。 それだけの為にベルを鳴らしていただいても構いませんから、お気軽にお声掛け下さい。 では、ご注文をお伺いしますね?」
至って普段通りに会話を進める二人を唖然と見ている内に、天童先輩が注文を終え、黒家先輩はペコリと綺麗なお辞儀をしてから去って行った。
なんか、嵐が過ぎ去った気分だ。
あの黒家先輩が、すんごい笑顔だった……ってこれじゃ失礼にも程があるか。
「っていうか天童先輩何してるんですか! 好きな相手のナース服ですよ!? 褒めたり舐めまわす様に見たり、色々あるでしょうが!」
「いや舐めまわす様に見たら引かれるでしょうが……って、ちゃんと褒めたでしょ? 綺麗に映るって」
「いやいやいや、それならむしろ早瀬先輩の方が色々褒めてたじゃないですか! 可愛いとか似合ってるとか、そう言う事言ってたじゃないですか! なんで黒家先輩には言わないんですか?」
全くこいつは、もう少し先輩の好感度上げる言動くらいとればいいのに……
なんて大きなため息をついていると、天童先輩は小さく笑う。
「じゃぁこの後鶴弥ちゃんもそれっぽい服探しに行って見る? また違う感想が出てくるかもしれないよ?」
なんだそりゃ、私はどうでもいいだろうが。
っていうか私みたいなちんちくりんが何着たって変わらないだろうに。
とは言え……
「実は今やってるネトゲがとあるブランドとコラボしてまして……その服が可愛いなぁとは思うんですが、なんというかリア充オーラが強くて立ち入るのに勇気が……」
「了解、んじゃこの後その店に行こうか。 ちゃんと感想言うから試着してね?」
「だから私には感想なんていりませんて……」
なんともまぁ振り回されている感はあるが、こうしてお願いすれば必ず付いて来てくれるのは天童先輩のいい所だろう。
私だけじゃブランド付きの洋服ショップなんて、とてもじゃないが一人では入れない。
他の先輩に「ゲームのコラボ服買いに行きたいです」とか恥ずかしくて言えないし、浬先生に付いて来てもらえば別の意味で目立って恥ずかしいだろう。
こういう時、天童先輩はとても頼りになる。
なんともまぁ、リア充慣れとは凄い戦闘力だ……
「私は恵まれてますね、こうして天童先輩を引っ張りまわせるんですから」
主にリア充ガードとして。
「お役に立てた様なら何よりだよ、楽しみだね」
平然と答える天童先輩の表情が、さっきよりも目尻が下がって優しい顔に見えた。
多分薄暗い店内の影響だろう。
とはいえ、もっと普段からそう言う顔を皆に見せればいいのに。
なんて思ってしまった私は、今の”普通の生活”に慣れ始めているのだろか。
てんつるコンビの話がね、どうしても書きたかったんだ。
後日に後編を投稿します。
新しくお話を書き始めました。
『奴隷猫は、ご主人様を殴りたい。』
異世界物ですが、また先生と教え子物語です。
物理とか筋肉とか変身とか嫌いじゃなければ、是非読んでみてください!





