お化け屋敷 2
やっとだ、やっと順番が回ってきた。
なんて感想も出るが、皆と話していたらあっという間だったような気もする。
周りのみんなも色々と文句はいうモノの、何だかんだで楽しそうだ。
草加先生だけは未だに縦揺れを起しているが。
「さって、次は私達の番だけど、どうする? 皆一緒に入る感じでいいのかな?」
そう今私達は6人グループなのだ。
探索する系お化け屋敷に潜入するには、如何せん人数が多い。
もし別れるなら、何としてでも草加先生と一緒のグループに……
「先行は私、夏美、鶴弥さん。 そして次に先生、天童さん、椿先生のグループの二手に分かれましょう」
おやまたこれは意外。
っていうかなんでその別れ方、椿先生が羨ましい。
こんなにビビってる草加先生が、更にビクビクする姿を是非とも隣で見てみたい。
だというのに、何故私は先行組なのか。
是非とも説明を求む!
「はいはい、器用に表情で訴えないで下さい……」
なんて事を言いながら、巡はため息を漏らした。
「まず第一に私達がココに来た理由は、怪異の調査です。 それは忘れてませんよね?」
「もちろんです、でなきゃ誰がこんな人の多い場所に……あぁいえ、違います! 私だって興味あったんです! 悲しそうな顔しないでくさい! 無理とかしてませんから!」
つるやんの一言で膝から崩れ落ちそうになった巡を、言った本人が何とか小さい体で支えている。
わーなにこれー、巡が感情豊かだぁ。
しかし表情には出ない。
「と、とにかく……私は既に”異能者”でもありませんし、夏美は”狐憑き”にならない限りは”眼”がいいだけであり、そして鶴弥さんは”音叉”を使わない限りは”耳”がいいだけの一般人。 しかし”カレら”はその僅かな違いを察知して近寄ってきます、ここまでは皆経験から理解出来ますね?」
確かに”異能”が揃っていたからこそ気にしなかったが、私達の行く先々には必ず”怪異”が現れた。
巡の持っていた”呪い”の影響もあったのだろうが、それだけでは説明のつかない場面も実際にいくつもあったのだ。
詰まる話『雑魚』ですら、”私達の様な”人間に寄ってきてしまうという事なのだろう。
全く、迷惑極まりない話だ。
「というわけで、私達が先行して”囮”になります。 何を”見えても”、何が”聞こえても”絶対に反応しないで下さい。 普通にアトラクションを突破します。 そして散々集めた所で、駆除は後衛班に任せますので」
そう言って後ろに並ぶ三人を見る。
天童君、椿先生、そして我らが怪異キラー草加先生だ。
この三人を見て、あぁなるほどと思わず納得してしまう。
天童君に関しては言うまでもない、不用意な発言でも”声”の異能によって祓ったり散らしてしまう事だろう。
そして椿先生。
”巫女の血”を引く彼女は、自然と”怪異”そのものを遠ざけてしまう。
『上位種』ならまだしも、雑魚くらいなら平気で逃げていくのだ。
これは”あの一件”以来、色々と試してみて分かった重要事項だった。
言わば歩く厄除けだ、ありがたやと拝む他あるまい。
そして草加先生。
もはや何も言うまい、この人は”怪異”からしても怖いのだ。
脅威なのだ、圧倒的な暴力なのだ。
当の本人は縦揺れしているが、バイブレーションしながらも怪異をビビらせる最終兵器なのだ。
もしもここに俊君が加わったら、もはや鉄壁だ。
祓う上に自然と遠ざける、そしてもしも近づいてきたらぶっ潰す。
一つ二つ取り逃がしても、もう一人が潰しにかかる。
なんだこれ、殲滅兵器かな?
とはいえ今は俊君は居ないので、取り逃がす事はあるかも……いや無いか、うん無いや。
「ご理解いただけたようで何よりです」
そう言って、巡はお化け屋敷の正面玄関を睨んだ。
あぁ、次か。
改めて考えると、私もお化け屋敷なんて入るのはどれくらいぶりだろう?
……あれ? 本当にいつぶりだ? 最後の入ったのはいつだ?
「早瀬先輩? 大丈夫ですか?」
心配そうにつるやんが私の袖を掴む。
可愛い、いやそうじゃなくて、それどころじゃ無くて。
最後? 最後っていつだ? 高校……はまず遊園地なんて来てないから、中学生?
行事か何かで遊園地に来た覚えはあるが、確か断固としてお化け屋敷には入らなかった筈だ。
だって”見える”し、遠目から見てもめっちゃ”居た”し。
あ、あれ?
じゃぁ小学生……の時は、お母さんに「入ってみる?」なんて言われて、めっちゃ大泣きして入り口寸前で撤退したような気がする。
お、おい待て、マジか? もしかしてさ、私。
これが初めてのお化け屋敷体験?
いやいやいや、だってほら、普段もっとヤバいモノ見てる訳だしさ? 蹴っ飛ばしてる訳だしさ?
あ、今回は蹴っちゃまずいんだっけ。
え、あれ? これダイジョブかな? ホントにダイジョブかな?
徐々に、嫌な汗が流れて来た。
「あ、あの早瀬先輩? 本当に大丈夫ですか? なんだか浬先生みたいな顔色してますよ?」
「だ、大丈夫……ホラーゲームなら、草加先生の家でやったし。 アレに比べたら、ホラ。 大した事無いヨネ……」
「あーえっと……ホラゲと普段を足して2で割った様な感じですかね? 抵抗は出来ませんけど」
「それって怖いだけが残らない!? 大丈夫なの!?」
「まぁ、そういうアトラクションなので……」
つるやんが諦めた様に視線を反らし、ため息をついた。
あ、これ、ちょっと不味いかも。
「では、次の方どうぞぉー」
修道女みたいな格好をしたスタッフが、冷たい笑いを浮かべながら入り口に誘う。
ちょっと、何か……凄く嫌な感じがするんですけど。
なんて涙目を浮かべて天を仰げば、廃病院を模した建物の屋上から無数の影がこちらを覗いていた。
あれはアトラクションの催しなのか、それとも”本物”なのか。
見え過ぎる”眼”を持った私には、とてもじゃないが判断できなかった。
————
「ねぇ巡、コンちゃん出していい?」
「駄目です」
「こう何て言うか、暗いステージを目の前にすると、端から端まで敵を探したくなりますよね」
「なりません、クリアリングしないで下さい」
だいぶ温度差のある二人を左右に抱えて、お化け屋敷の中を歩いていく。
明かりは極めて少ない、各所に設置された最低限の照明以外は、手持ちの光量の弱い懐中電灯が一つ。
普段使っている軍用フラッシュライトが恋しくなってくる、勝手に手持ちを使ったら怒られるかな?
なんて感想を抱きながら、暗い室内を歩いていく。
確かに薄気味が悪い、各所に不快感を煽る様な人形や代物が設置されている。
うん、たしかに怖い。
でも作り物の怖さという感じがひしひしと伝わってきて、急に奇声を上げながら走ってくるスタッフの方々には、とてもじゃないが哀れみの感情すら抱くほどだ。
とはいえそれでも夏美は事ある事に叫ぶし、鶴弥さんは何か音が聞こえると同時に音叉を構える。
なんだこれ、絶対何かが違うと言い切れるんだが。
「夏美……貴女何をそんなに怖がっているんですか? ”本物”を散々見てるんですから、そこまで怖がることでもないでしょうに……」
腕に引っ付いている彼女に呆れた声で問いかければ、夏美は両目に涙を溜めたまま顔を上げた。
「だって……反撃しちゃ駄目なんだよ……?」
「え、あ、はい。 そうですね」
「でもいっぱい居るんだよ?」
「はい?」
「こんな暗い中特殊メイクとか、設備とか、そう言うのがあるとね……本物と見分けがつかないんだよ。 めっちゃ怖いわこんなの! 早く行こうよ!」
泣き叫ぶ様に私の袖をグイグイ引っ張る彼女。
だが、彼女は”今何て言った”?
「鶴弥さん、音叉の準備を」
「え? いいんですか?」
困惑した様子でこちらを振り返る小さな影。
そう、近くにいる彼女でさえ、正確に姿を捉えれない状況なのだ。
もしも今の私と鶴弥さんの眼に暗闇にしか映らないこの光景が、夏美には違って見えていたら?
「夏美、ちょっと聞いていいですか? 今目の前の通路、どんな様子ですか?」
あえて冷静を装って彼女に問いかければ、鼻をすすりながら涙目で夏美は答えた。
「ちょっと! 怖い事言わないでよ! どう見たって四方八方に大量の顔がある光景にしか見えないでしょ! これが私だけ見えてるとか言ったらマジで泣くからね!? お化け屋敷ってこんなにエグいの!?」
あぁ、なるほど。
夏美の言葉を聞いた鶴弥さんも、ゾッとした様に身震いした。
それはそうだろう。
目の前には、普通の病院の廊下が広がっているのだから。
もしもコレがとんでもなく暗いだけではなく、”黒い霧”の集合体だったら?
「走ります! 鶴弥さん音叉!」
「りょ、了解!」
キィィン! と響き渡る音が聞こえるとともに、出口に向かって走り始めた。
くそったれが、こういう時こそ『感覚』があればどうにでもなっただろうに。
とはいえ無いモノねだりをしても致し方ない。
ただただ、私達は走るしかなかった。
聞いた話によれば、こういうお化け屋敷で全力疾走するとアナウンスで怒られるという噂を聞いたことがあったが……今の所何も言われない。
むしろ天井に設置されたスピーカーからは「ザザ、ガリッ……」というようなノイズが響き渡っている。
コレが演出なのか、それとも『迷界』にでも入ったのか、今の私では判断できない。
まったく、ここまで分からなくなっているモノなのか。
今までどれ程『感覚』に頼っていたのか、この身を持って実感した。
現状の私は、私と部員達のおける状況も把握できなければ、この先に何が待ち受けてるのかも感じることが出来ない。
今まであった能力が無くなるというのは、ここまで不便に感じるものなのか……
奥歯を噛み締めて、”出口”と書かれた角を曲がったその先に、”ソイツ”は立っていた。
「んばぁぁぁ!」
「ちょ、ちょっ! んなぁぁ!」
「きゃああぁぁぁ!」
意味の分からない叫び声を上げた白衣の男性が、両手を上げて襲い掛かってきた。
それにビクッと思わず反応してしまった鶴弥さんの声と、遅れて私の悲鳴が通路に木霊する。
あ、終わった。
そんな風に感じた時だった。
『おい、小童。 いい度胸じゃな……』
「え、あ、え?」
背後から怒りを押し殺した様な声が聞こえたかと思うと、目の前の白衣の男性が妙な声を漏らしながら後ずさる。
『最後の最後、もう終ると思った瞬間に登場するとは、なかなか面白い。 だがな、貴様は我を驚かせ……怒らせた』
「あ、あの……お客様? 当館内では火気厳禁とさせて頂いておりまして……その、その……その炎は、一体何なんでしょうか?」
怯えた彼の視線を追えば、背後にいる夏美……だった筈のものが、真っ白に輝きながら九本の尻尾を生やしていた。
そして彼女の周りには、いつか見た”狐火”が舞っている。
『我だって急に出てこられたらビックリするのじゃ! 貴様! 覚悟は良いだろうなぁ!?』
普段の倍くらい尻尾を太くした”九尾の狐”様が、びっくりして警戒態勢丸出しだった。
もはやどうこう言って誤魔化せる状況ではないのだが、マジでどうしよう。
何て思った矢先、白衣の彼は出口に向かって走り始めた。
「で、でたぁぁぁ! マジもんの”妖怪”だぁぁぁぁぁ!」
そんな叫び声を上げながら、彼は私たちより早く”出口”に向かって走り去っていった。
その光景をしばらく放心しながら眺めていると、背後の”狐”がフンっ! と鼻を鳴らした。
『べ、別に大した事なかったな! 所詮は作り物だ!』
この馬鹿狐、とっとと戻れ。
何してやがる、一般人の前に姿を晒すんじゃない。
「何と言うか……最後の最後でいつも通りの空気になって、毒気を抜かれました……」
そんな事を言いながら腰が抜けてしまったらしい鶴弥さんが、フラフラと壁伝いに立ち上がる。
生まれたての小鹿の様に膝が震えているが、果たして大丈夫なのだろうか?
「あ、あはは……最後のはちょっと、マジで漏らすかと思った……」
背後から震える声で、夏美が這ってくる。
どうやらお狐様は引っ込んだようだ。
今頃夏美の中で羞恥に震えているだろう、存分に悶えるがいい。
お前はそれくらい不味い事をしてくれたのだ、というわけでさっさと離れよう。
「行きますよ、下手に問題を起す訳にもいきません。 さっさとこの場を離れて……」
おかしい。
口は動くのに、いくら力を込めても立てない。
なんだこれ、背骨に異常でも起きたのだろうか?
プルプルと動くばかりで、足に力が入らない。
え、なにこれ。
「いやはや、最近のお化け屋敷とは凄いモノですね。 ”本物”に慣れている私達ですらここまでコテンパンにされるんですから」
そう言って鶴弥さんが私の右側に周り、私の腕を肩に回す。
「あ、あははは……私も人の事言えないけど、巡がこんなになるくらいだしねぇ……」
苦笑いを浮かべながら、夏美が左腕を肩に回したと思うと、そのまま持ち上げられてしまった。
「えっと、黒家先輩。 すみません、羞恥に耐えて下さい」
「ごめんねぇ、巡。 脱出ポイントってたしか、待ち列の真ん前くらいからよく見える位置だった気がする」
そんな事を言いながら二人は歩きだした。
腰の抜けてしまった、私を抱えたまま。
そして……
「いっそ殺してください……」
出口を抜けた先には、数多くの人でごった返すお化け屋敷の待ち列が広がっていた。
そこに並んだ彼等彼女らが、様々な目で担がれた私の奇異の眼を向けてくる。
「え、なに? そんなに怖いの? 大丈夫? 私最後まで行ける自信なくなってきた……」
「そんなに怖かったのかのかな? でも、何か可愛いね。 友達に支えられて出口から何とか脱出って、ちょっと泣いてるし」
「ヤバイ、何あの子。 めっちゃ可愛いじゃん、俺声掛けてこようかな? ちょっと泣きそうな表情とかヤバいわ」
どいつもこいつも、好き勝手言いやがって。
オラ”影”! いけ! 全部食っちまえ!
もう出ないけど! むしろ未だに残ってたら困るけど!
「黒家先輩……気持ちは分かりますが、もう”異能”はありませんよぉー? 諦めて退散しましょうねぇ?」
ちくしょう! 鶴弥さんでさえ、困った様な笑いを漏らしながら諭す様に喋ってくる。
「ほ、ほら巡。 目立つ前に退散しよぉ?」
もう充分目立っとるわ!
って、私が不甲斐ないからこういう事になった訳だが……なんか納得いかない。
なんてやっている間に、お化け屋敷の建物内から悲鳴が聞こえてくる。
そりゃもう、色んな人の悲鳴が。
「なんでしょうか?」
「なんだろうね? あれ、でも私達の後ろって……」
多分鶴弥さん辺りなら、私たちよりもっと多くの悲鳴が聞こえたんじゃないだろうか?
何たってあれだけ集めた”怪異”の中を、”彼”が走ってきたのだから。
ちなみにスタッフらしき悲鳴も聞こえているが、迷惑かけてないといいなぁ……
「とりあえず、これで今回の依頼は完遂ですかね……」
なんて台詞を吐いたと共に、両肩に天童さんと椿先生を抱えた先生が息を切らして出口から飛び出してきた。
よくもまぁ、怒られなかったものだ。
多分二人を抱えた後は常に全力疾走だったのだろう。
抱えられた二人は、何がどうなった? みたいな顔でキョトンとしている。
まず間違いない。
スタッフの皆さまもタイミングが掴めず、数多くは彼が通り過ぎた後に慌てて姿を現したのだろう。
元より待機してたスタッフなんかは、鬼の形相を浮かべた人攫いの様な男が迫ってくる恐怖体験をしてしまったに違いない。
なんという営業妨害、とてつもないアトラクションの本質無視。
とはいえ彼が通った後は『雑魚』一匹残っては居ないのだろうが。
「お疲れ様です先生」
声を掛けると、先生は息を切らしたまま首を傾げた。
「よく分からんが、俺が黒家を担いだほうが良いか?」
余計なお世話だよお馬鹿! どうせお米様抱っこだろうが!
そんな言葉がお化け屋敷の前で鳴り響いてしまったのは、生涯私の汚点として記憶に残る事だろう。
お化け屋敷、完





