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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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反撃 3


 一人だけ室内に残りながら、戦闘を眺めていた。

 ちょっと予想よりも悪い事態だ。

 ”あの先生”にぶつければ、”烏天狗”だってすぐさま祓ってくれるだろうと予想していたのだが……


 「まさか総力戦になっちゃうとはなぁ……巡まで出ちゃうとは思わなかった……」


 予想以上にしぶとい、そして不味い。

 これ以上巡に”呪い”を使わせれば、無事に帰れる保証はない。

 だからこそ、今の状況は宜しくない。

 親指の爪を噛みながら、状況を眺める。


 「よくない、よくないなぁ……どうする? 私が出た所で状況は変わらないし……巡を止める? でも今更私が何を言った所で……」


 なんてやっている間に、私の近くに”八咫烏”が帰ってきた。

 

 ——クアッ!

 

 翼を広げながら、威嚇する様に鳴き声を上げた。


 「手を出すなっていうの? こんな状況で? ”導く”だけの存在の貴方からすれば、どうなろうと関係ないのかもしれないけど、私には違うんだよ? 私はあの子達を生きて返したい。 それでも止めろって?」


 ——クアッ……


 短い鳴き声を上げると同時に”八咫烏”は飛び去り、再び俊の元へと戻っていった。

 どうやら”今回限り”ではなかったらしい。

 なんともまぁ、気に入られたものだ。

 姉としては嬉しいが、今この状況で弟に戻られても打つ手が一つ少なくなるだけなんだが。

 さて、どうする。


 「でも、”八咫烏”が信じろって言うんだから、従うしかないのかなぁ……」


 ため息を溢しながら、足を引きずる様にして先生達に近づいていく巡に視線を向ける。

 もう何が出来る訳でもないだろうに、むしろ私としてはもう何もしないで欲しい。

 そう思うと同時に、絶対そんな大人しい子ではないという事だって分かっている。

 だからこそ、心配が尽きないのだ。


 「あんまり無理しないでね……巡も、先生も」


 所詮”亡者”でしかない私には、祈る事しか出来なかったのである。


 ————


 「”数秒間だけ人間だった時の腰痛を思い出せ!”」


 『ああぁぁぁ! 本当に鬱陶しい!』


 天童君と”烏天狗”のやり取りに首を傾げた草加先生が、まぁいいか……みたいな表情を浮かべながら再び相手を蹴り飛ばした。

 いくら戦闘中とはいえ、彼の適当な判断にはとても助かる。

 いろんな意味で。


 「つるやん音叉! 天童君しばらく相手してて! 草加先生、これ手に巻いて!」


 接近すると同時に、巡から受け取ったハンカチを彼の拳に巻き付ける。

 あからさまに嫌そうな顔をした草加先生が、腕に鳥肌を立てながら大人しくなる。


 「え、ちょっと、え……待ってくれ早瀬。 これってアレよな? 生暖かいし、赤いし。 ちょっとこういうアプローチは嬉しくないなぁ……ヤンデレあるあるなのかもしれないけど、ちょっと俺こういうのは、なぁ?」


 盛大に勘違いされているご様子の草加先生が、右手に巻かれた赤い布を凝視しながら青くなった。


 「違います! 私のじゃありません!」


 「じゃぁ誰のだよ! 余計怖ぇよ!」


 なんてやりとりで時間を無駄にしている内に、”烏天狗”は起き上がり再びこちらに向かって接近してくる。

 相変わらず溢れ出る黒い霧のほとんどはつるやんが散らしてくれているみたいだが、本体の方は止まる気配がない。


 「……ふんっ!」


 そんな”烏天狗”に対して、草加先生は右足を突き出した。

 猪の様に突撃してきた相手に、その場に立ったまま体勢を変えるだけで制圧してみせた。

 だがしかし。


 「なんで右手使わないんですか!」


 「まてまてまて! 今はアイツよりお前が怖い! 何このハンカチ! 誰の血!?」


 どうやらファーストコンタクトで失敗してしまったらしい。

 草加先生が警戒心マックスだ。

 これどうしたらいいんだろう、巡……ヘールプ……


 「早瀬さん何してんの!? 次が来るよ!?」


 「そろそろ”音”が切れます! 注意してください!」


 つるやんの声が響いたと同時ぐらいに音叉は途切れ、周囲に黒い霧が広がっていく。

 不味い! なんて思った時には既に遅かった。

 全身が霧に揉まれた瞬間、強い力で後方へと引っ張られ先生から引きはがされてしまった。


 「早瀬さん!」


 「早瀬先輩!」


 二人の声が近くから聞こえると同時に、四肢から鈍い痛みが広がっていく。

 視線を落とせば、薄く黒い蚯蚓腫れが広がっている。

 間違いない、私も”呪われた”のだ。


 「ほんっとめんどくさい……って、草加先生は!? もしかしてまだ中!?」


 目の前に広がるのはドーム状の黒い霧。

 弾き出された私の近くに彼の姿が無いという事は、多分そういう事なのだろう。

 コレは……ちょっと、いよいよ不味いかも。


 「つるやん、音叉! 天童君、声!」


 「駄目です! 全然”調整”が合いません!」


 「”止まれ! 止まれよ!”」


 二人がいくら頑張ってくれても、状況に変化は訪れない。

 ならばとばかりに霧の中に腕を突っこめば、今にも腐り落ちそうなほど自分の右腕が真っ黒に染まるだけだった。


 『馬鹿者! これは人が触れていい類のモノではない! あの腐れ爺ぃ、後先考えず”呪い”を行使しておるぞ!』


 コンちゃんから解説と共に叱咤され、余計に焦る気持ちが増していく。

 どうすればいい? 草加先生ならこの霧さえも効かないかもしれない。

 でももしこの霧が晴れた時、草加先生が横たわっていたら?

 ピクリとも動かず、そのまま目を覚まさなかったとしたら?

 ”悪夢”で見た光景が目の前を過る。


 「行かなきゃ……」


 そう呟いた瞬間、つるやんと天童君に後ろから押さえつけられた。


 「放して! 私が行かなきゃ! 草加先生は今一人なんだよ!?」


 暴れまわる私の身体を、二人が押さえつけたまま放してくれない。

 おかしい。

 ”狐憑き”の状態であれば、容易に二人を振り払えるはずなのに、全然動かない。


 「馬鹿言わないで下さい! 自分の右腕が見えてないんですか!? 本当に死んじゃいますよ!?」


 叫ぶつるやんが、悔しそうに奥歯を噛み締めているのが視界に映る。

 本当なら自分だって行きたい筈だ。

 でも無駄だと分かっているからこそ、飛び込んだりしない。

 現実的な思考と、己の欲望の間で苦しんでいる彼女の表情は、今にも泣きそうな程歪んでいた。


 「ごめん、ごめんね。 ここで早瀬さんを行かせたら、皆を泣かせることになるから……」


 天童君だって似たような表情だった。

 私が行こうとしなければ、多分彼が突っこんでいたのだろう。

 そう思えるくらい、苦しみを噛み潰している顔がそこにはあった。


 『あやつに賭ける他あるまい。 今お前が行っても、ただただ無意味に死ぬだけじゃ。 大人しく待っておれ』


 その声は、私の”内側”から聞こえた。

 違和感を覚えて頭を触ってみれば、そこにあるはずの狐の耳が生えてない。

 どうりでこの二人に取り押さえられる訳だ。

 今のは私は”狐憑き”ですらない。

 ただ”眼”の異能を持った、何の力もない私でしかない。

 コンちゃんは自ら、私に力を貸す事を止めたのだ。

 なんだこれ、なんなんだ。


 「やだ、やだよ! これじゃ”夢”で見たのと同じになっちゃう! こんなの……絶対嫌だよ!」


 叫んだ、ただ叫んだ。

 あんな思いは二度としたくない。

 誰かを見送る苦しみなんて、もう二度と味わいたくない。

 だからこそ、私が行かなきゃ——


 「——本当に落ち着きのない人ですね、貴方は」


 やけに落ち着いた声が、私の耳に残った。


 「私が行きます。 一応これでも同じ”呪い”を持っている訳ですし、夏美が行くよりマシでしょう」


 ここにいる筈の無い人の声が聞こえる。

 さっきまで椿先生と共に、後ろに置いてきた筈の人の声が。

 だって、彼女はもう動けるような状況じゃないのだから、聞こえたらおかしいのだ。


 「”霧”が晴れたらまた出番があるでしょうから、それまで待っていて下さい。 それではちょっと、行ってきますね」


 そういって、彼女は目の前の”霧”に躊躇なく足を踏み入れた。


 「待って! ダメだよ、それ以上は無茶だってば! 巡!」


 声を上げた時には、彼女の姿は完全に”霧”の中に飲まれていた。

 予想外過ぎる出来事に、私を取り押さえている二人もろくに反応できなかったらしい。

 三人揃って間抜け面を晒しながら、彼女の消えた先に視線を向けていた。

 今はもう巡が通った痕跡さえ残っていない。

 吹きすさぶ”黒い霧”の壁を、私達は唖然と見つめる事しか出来なかったのだ。


 「駄目だよ……巡が行ったら駄目なんだよ……ばかぁ……」


 悔しさを噛み締めたその言葉は、当人の耳に届く事は無かった。


 感想がついに100件到達しました!

 皆さま本当にありがとうございます。

 途中お見舞いコメントも結構頂いたので、単純に100コメントかと言われると微妙かもしれませんが、それでも到達は到達です。

 今後共お気軽にご感想残していただければ嬉しいです。

 完結まで残りわずかとなりましたが、どうか最後までお付き合いのほどよろしくお願い致します。

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