反撃 2
草加先生が殴りに行くタイミングに合わせて、”烏天狗”の背後を取る事だけに集中する。
二人が殴り合っている時に近づいても邪魔になるだけだ。
相手を殴り飛ばして、二人の距離が離れた時に追撃を掛ける。
私に出来るのはそれくらいだ。
『もはや訳が分からんのぉ……人の身で何故ここまで出来る……本当にもう、何と言うか。 一度”八咫烏”を喰ったとは言え、ここまで出来るもんかのぉ……』
「コンちゃんボヤくのはいいけど、草加先生に聞こえないようにね?」
さっきからブツブツと煩い相棒に相槌を打ちながら、私達は彼等の周りを走る。
隙を見つけようにも、ココだって思った時には次の瞬間に草加先生の拳が相手に突き刺さっていたりする。
ちょっと戦闘慣れしすぎなんじゃないですかね……なんて感想も出てこないではないが、頼もしい事この上ない。
やがて耐えきれなくなった”烏天狗”が大きく後方に飛んだ。
これはもう、行っていいやつだろう。
『小僧、調子に乗るのも——』
「そこだぁぁ!」
背後から後頭部に思いっきり蹴りを入れる。
これは綺麗にサポート出来たんじゃ……なんて思ったのもつかの間。
草加先生は私より早く顔面に拳を叩き込んでいたらしく、二人で相手の頭を潰したような状態になってしまった。
そして結果は当然。
「どわぁぁっ!」
勢いに負けて私が転倒する羽目になった。
草加先生のパンチ重すぎない?
”狐憑き”の状態で蹴りを入れたっていうのに、押し負けるんだけど。
「っとと! すまん早瀬、次からちゃんと合図するわ」
「お手数お掛けします……」
「ていうか離れてていいぞ? あぶねぇだろ」
「イ・ヤ・です。 私も参戦します」
そこだけは、断固として拒否させて頂く。
せっかくコンちゃん完全体? になったのだから役に立ちたいというのもあるが、彼の隣に立ちたいというのも私の本心だ。
ここで引いたら女が廃るってヤツなのですよ。
『足引っ張ってる時点で色々お察しな気がするがのぉ』
「黙れコンちゃん」
再び走りながら相棒に毒づいた瞬間、周囲に黒い霧が充満する。
「また煙幕か!」
多分煙幕ではないと思います。
『触れるなよ? お前の体では蝕まれるのがオチじゃ』
「わかってるけど……これは……」
草加先生と私を包み込むドームの様な形で広がった霧。
相手が見えないどころの話ではない。
草加先生も私も状況に困惑して、周囲を見回してしまった。
今では自分がどこから来たのかさえ分からない。
「これは……ちょっと不味いですね」
相手がどこに居るのかわからない、それを確かめる事さえできない。
今の状況で奇襲の一つでもあれば、相手が絶対的有利だ。
これは、ちょっとヤバイ。
「早瀬、背中を合わせろ。 後ろは任せた」
そう言って、草加先生体温が背中に伝わる。
え? あれ? これって、もしかして、信用されてる?
『小娘、発情している場合ではないぞ?』
「あん? 何か言ったか?」
「な、なんでもないです!」
コンちゃん煩い! マジで煩い! そして発情はしてない!
ドクンドクンと煩い心臓を無視して、なんとか視線を周りへと漂わせる。
任されている、草加先生から。
後ろの180度は私の守備範囲だ。
その信用を預けられているのだと思うと、胸が高まった。
今は、今だけは絶対失敗できない。
その興奮と緊張の間で、私は目尻を釣り上げながら口元も同時に吊り上がったのが分かった。
やばい、今凄く隣に立ってる感がある。
なんて思った瞬間、どこからかつるやんの音叉が響く。
鳴り響く音と共に霧は薄れ、視界が晴れていく。
そしてこちらに向かって走ってくる俊君の姿。
ある程度霧が残っていても無視して走ってきたのだろう。
その手足は黒い痣が広がり始めている。
「先生! 上です!」
いつか見た、踏み台姿勢を取りながらズサーっと滑り込んできた。
彼の声聞いて上空を見上げれば、足場もない筈の場所で佇みながら錫杖をこちらに向けている”烏天狗”。
そんな相手に、草加先生は叫ぶ。
「ワイヤーアクションか!」
絶対違うと思います。
『こやつ、本当に馬鹿なのか? それとも信じたくないという心が邪魔しておるのか?』
「コンちゃん……今まで見てたんでしょ? 察して」
そんなやり取りをしている内に、草加先生は俊君に向かって走り出した。
「飛ばす方向間違うんじゃねぇぞ! 4メートルはある! 全力で持ち上げろぉ!」
「了解です! どうぞ!」
なんだろう、コンビネーション的な意味で負けた気がする。
無駄に敗北感を味わっている内に草加先生は俊君の組んだ掌に足を掛け、上空に飛び上がった。
岩に上った時にも思ったが、これこそファンタジーだ。
人がここまで天高く飛び上がる光景を、私は他で見た事がない。
まるで映画やアニメの主人公の様に綺麗なフォームで飛び上がった草加先生は、空中で身体を回転させると”烏天狗”の更に上まで到達していた。
「つぅっかまーえたぁー」
『馬鹿な……』
その会話が済んだ瞬間、上空で二人は殴り合いながら地面に落下してくる。
ドスンッと大きな音を立てながらも、二人は地面に降りると共に距離を取って構えた。
あれ? これはもしかして私の出番終了?
『残念ながら、後は先程同様サポートするしかなさそうじゃな。 目立てる場面は何事もなく終了じゃ。 あと”八咫烏”に憑かれた小僧も限界のようじゃな、一旦あやつを下げるぞ』
コンちゃんの言葉通り、草加先生を持ち上げた俊君は力尽きたようにその場に倒れ込んでいた。
”電池切れ”の状態から考えれば、これだけ動けた方が不思議な訳だが。
「りょうかぃ……」
問題は起こらなかったが、同時にイベントも発生しなかった。
詰まる話、私は特に活躍せずに状況が進んでしまった訳だ。
いいんだけどさ、いいんだけどさ!
納得できない何かが、そこにはあった。
————
「困りましたね」
「というと?」
「効いてはいますが、どれも決定打になってません」
さっきから見ている限り、確かに効いている。
相手に苦痛も与えているし、そのダメージも蓄積されている。
しかしながら、決定的な”一発”が与えられていない。
今までには無かった現象だ。
先生が到着すれば、その”一発”を当てるかどうかで勝敗を決していた。
だというのに、今回は違う。
このままでは何時間どころか、何日かかって”祓う”事が出来るかどうか怪しい。
正直言ってジリ貧だ。
どう考えたって人間がそこまで休まず拳を振るう事は出来ない。
どうする、どうすればいい?
このまま優勢に見える戦闘を繰り広げていても、いつまで経っても”烏天狗”は倒れない。
それこそ、私の身体に残る”呪い”が弱まっている気配がまるでない。
この”呪い”はまだ生きている。
「どうにか状況を覆せる何か、というか後押しする何かが有ればいいんですけど……そんな都合よく転がっている訳もありませんしね。 優勢に見えてもこのままじゃ……」
目の前で行われている戦闘を目に、爪を噛みながら呟いたその時。
急に椿先生が顔を伏せながら口をひらいた。
「黒家さん、ナイフとか持ってる? こんな事想定してたなら武器の一つくらい持ってるよね? 小さい刃物とかでもいいんだけど」
「えぇっと? 一応ありますけど、どうしました?」
「貸してもらっていいかな? あ、あと出来ればハンカチとかも」
ニコッと笑う椿先生は、いつも通りの笑顔だ。
流石に刃物片手に突っこんで行ったりはしないだろうが、何に使うんだろうか?
疑問に思いながら「下手な事は考えないで下さいね?」なんて呟きと共に、椿先生に通販で買ったサバイバルナイフとハンカチを手渡し、チラリと視線を先生達に戻した。
すると……
「……ぅぐっ、やっぱ痛いね。 こりゃ効くわ」
「え?」
再び視線を戻した時、椿先生が自分の手首にナイフの刃を当てたまま、目尻に涙を浮かべている。
え? は? 何やってるのこの人。
「ちょっと! 意味わからないですよ!? このタイミングで何リストカットしてるんですか!?」
そう叫ぶ間にも椿先生は手首にハンカチを当て、血を吸ったハンカチが見る見るうちに赤く染まっていく。
出血量が馬鹿にならない、すぐにでも止血しないと……
「このハンカチ、どうにか草加君に渡せないかな?」
「はい?」
未だに手首を押さえているハンカチに視線をやりながら、椿先生は真剣な表情で呟いた。
「さっき”アイツ”が言ってたけど、”巫女の血”はアイツ等にとって毒なんでしょ? なら、私の血でどうにか出来ないかな? 私が出来る事ってこれくらいしか無さそうだし。 あっ、でももう一回やれって言われても私貧血起しかねないから、出来れば一発で決めて欲しいな」
あははっと笑いながら、椿先生はたっぷりと血がついたハンカチをこちらに差し出し青い顔で微笑んだ。
なるほど、なんて思うと同時にこの人にまで傷を負わせてしまった自分が情けなくなる。
「いちいち迷わないの、とりあえず試してみればいいじゃない。 もしも効かなくてこの先誰かが死ぬなら、先ずは大人が先だからね。 子供を殺してまで私は生き残ろうなんて思ってない訳よ。 だから、使える物は全部使う。 私や草加君を、全部使ってから絶望しなさいな」
恐らく表情にまた出てしまっていたのだろう。
椿先生は今までにないくらい優しい顔を浮かべて、私を静かに叱りつけた。
全く、本当にこの人達は、どこまで気高くあるんだろうか。
「夏美ぃ! 一度戻りなさい!」
そう叫んだ次の瞬間には、目の前に夏美が到着していた。
ズサーッと足を滑らせながら、私達の目の前にケモミミを生やした夏美が息を切らして滑り込んできた。
「なに!? 今忙しいんだけど!」
『お前はさほど忙しい訳ではあるまい』
セルフでボケとツッコミを交わす万能少女に、真っ赤に染まったハンカチを差し出すと、流石にギョッとした目で「何してんのコイツ」と視線で言われた気がした。
まぁ気持ちは分かる。
分かるが黙って受け取るがいいさ。
「”巫女の血”です。 先生の拳にどうにか巻いてください」
それだけいうと本人もある程度その名称から理解したのか、ハンカチを受け取って走り出した。
何故か片手に持っていた俊をその場に残して。
恐らく本当に限界が訪れた弟を、ここまで運んできてくれたんだろう。
ありがたい限りだ。
こういう時の判断の速さは、私も見習うべきなんだろう。
そんな事を思いながら背後を振り返れば、まだ手首から血を流した椿先生が座り込んでいた。
彼女の顔色は、さっきよりずっと悪い。
「深く切り過ぎです! なに考えてるんですか!」
一応叱りつけてから、彼女の手首をタオルで固く縛る。
致死量に達するほどじゃないが、普通だったら速攻救急車を呼ぶレベルの出血量だ。
それくらいにダバダバと血が流れている。
「もしさっきのハンカチでダメだったら、こっちのタオルも使ってね?」
「そんな事言ってる場合ですか! とにかく止血しますから、なるべく動かないで下さいね!?」
そう叫んだ所で、椿先生は緩やかに笑うだけで聞き流した。
大人しく手首を縛られ壁に背を預けたと思うと、彼女は青い顔で微笑みを溢した。
「これでも副顧問ですから。 顧問の草加君が頑張ってるのに、私だけ休んでられないでしょ」
ニシシッと子供っぽく笑う彼女に、どこか呆れた感情を抱きながら応急処置を済ませる。
これですぐすぐ命に関わる事は無いと思うが、前回の様に数日もこの場所にいればどうなるかわからない。
だからこそ、いち早く終わらせないと。
「椿先生、ちょっとここで待ってて下さい。 俊の事、お願いしますね」
「ちょっと、黒家さんだって歩けるような状態じゃないんだから、ここで一緒に——」
「——こんな格好良い姿見せられたら、私だってジッとしてられませんよ。 それに充分休みました」
そういって立ち上がる私に椿先生が手を伸ばすが、僅かに届かない。
すみません、副顧問命令とやら、無視させて頂きます。
ズキズキと痛む体に鞭を打ち、足を引きずる様に”彼”の元へと歩き出した。
「待ちなさい! 黒家さん!」
ごめんなさい、今だけは聞けません。
背後から聞こえてくる声に心の中で謝りながら、私は歩き続けた。
ただただ、目の前で戦う彼らに追い付きたい一心で。
「あと一回くらい……『感覚』が使えますからね、舐めないで下さい……」





