反撃
早瀬のコスプレはちょっと気になるが、今はまぁそれどころではないだろう。
振り返ってみれば地面の上で転がる爺さん。
結構本気でジャーマンをかましたというのに、相手は口元を歪めながら頭を抑えて転げまわっている。
仮面で表情は見えないが、なかなか頑丈な様だ。
随分と歳を取っている様に見えるが、未だ現役バリバリで鍛えていたりするんだろうか?
「さて変態ジジィ。 教えろ、コイツらに何のコスプレをさせようとした」
そうじゃねぇよ、なんて突っこみが後ろから聞こえたが無視だ無視。
俺にとっては重要事項だ。
『小僧……やってくれたな』
かなりご立腹なご様子で、奥歯を噛み締めながらこちらを睨んで立ち上がる。
というかこの歳で小僧呼ばわりされてしまった。
なんか凄い、何となく自分が若くなった錯覚にかられる。
いやないか。
「うん。 アラサーで小僧って、うん。 自分で考えてもアレだな」
ちょっとだけセンチメンタルになりながら、腕を組んで一人うんうんと首を振る。
やっぱりないな、例えそういう錯覚に陥ったとしても、背後では一回り以上も下の学生達に見られているのだ。
あまり下手な事を言えば明日から話のネタにされかねない。
『儂から見ればお前なんぞ小僧以外の何物でないわ』
そう言ってから、随分と長い杖……錫杖っていうんだっけか?
そんなモノで殴りかかってきた爺さんに、思わず手が出てしまった。
「あ……」
顔面に右ストレートを受けた御老体が吹っ飛び、山の斜面を転がっていく。
不味い、流石にやり過ぎたか?
さっきから背中に冷たい視線が突き刺さっている気がする。
後で老人虐待とか騒がれたら非常に困るが……でもほら、相手変態コスプレイヤーだし、攫ってくるとか犯罪だし、いいよね? ダメかな?
「これはだな……正当防衛であって……」
「先生! 後ろです!」
黒家の声が響いたかと思うと、後頭部にガツンと重い衝撃を受けた。
『小娘が用意した逸材だというからどれほどのモノかと思えば、ただの人間ではないか。 何の価値もない、力もない。 こんなものを連れてきて一体どうする——』
「——いってぇなコラァ! 驚くじゃねぇか止めろよそういうの!」
振り返りざまに拳を叩き込んで、ついでに股座を蹴り上げてから襟元を掴んで放り投げた。
やっぱりコイツ頑丈だわ、老人虐待? 馬鹿言うな、コイツ絶対そこらのチンピラよりタフだぞ。
だったら正当防衛として存分に殴らせていただこう。
なんせこっちは金属っぽい何かで後頭部ぶっ叩かれたのだ、本人だって文句は言うまい。
「とりあえず大人しくさせてから警察に突き出す事にしたわ、大人しく殴られとけ」
再び立ち上がった老人に、とりあえずもう一度拳を叩き込んだ。
————
窓から見える範囲から先生の姿が消えた瞬間、全員が彼の後を追った。
私は椿先生に支えられ、俊は天童さんに肩を借りながら。
夏美なんかもう窓の外に飛び出している。
「皆、まだ警戒を解かないで下さい! 先生が居るとは言え何が起こるかわかりません!」
警告を放ちながら何とか窓の外へと乗り出すと、いきなり最悪の事態が訪れていた。
先生と対面する”烏天狗”の周りに黒い霧が漂い、今にも彼を飲み込もうとしる。
羽を毟られた影響なのか先程より濃度は薄く見えるが、間違いなく”呪い”そのもの。
いくら先生でもあんなのを正面からくらえば、どうなるかわかったもんじゃない。
「先生! それに触れちゃ——」
「あらよっと」
『ぅがぁっ!?』
先生が霧に向かって飛び込んだかと思うと、見えない景色の向こうから鈍い悲鳴が響いた。
うん、何が起きたよ。
段々と霧が晴れ、やがて二人の姿も視界に映る。
”烏天狗”に馬乗りになって、ひたすら殴り続けている先生の姿が。
「お前は! ふんっ! 馬鹿か? ふんっ! 煙幕張っても本体が動かなきゃ意味ないだろうが、ふぅん!」
やけにふんふん言ってる彼の右手が、最後の一発だけ鈍い音を立てながら”ソイツ”の顔面にぶち込まれた。
いや、煙幕って。
何とも無さそうだからいいけど、普通飛び込むかね、真っ黒い霧の中に。
『小僧ぉぉぉ!』
叫びながら先生の下を抜け、どうにか立ち上がった”烏天狗”にすぐさま先生が駆け寄った。
「ぼくかいりさんじゅっさい、こっちはひだりすとれーと」
『がっ!?』
煽っておられる、非常に煽り倒しておられる。
そしてサバ読んでらっしゃる。
みるみる内に”烏天狗”は激高し、動きが大雑把になっていく。
対する先生はひたすらに拳を叩き込み、相手が何か行動を起せばカウンターで攻め込むという、かなり一方的な戦闘になっていた。
おかしいな、私はいったい何を心配していたんだろう。
もちろんね、皆の頑張りもあったから”烏天狗”が弱ってるのかもしれないよね。
だからこそこんなに先生が攻め込めてるんだろうね、きっとそうだ。
そう信じないとやってられない。
なんだよこれ、もうコイツだけでいいじゃん状態だよ。
まぁ、先生単体でここに来ても”カレ”が姿を表すとは思えないので結果オーライなのだが。
一方的に殴られ続けていたジジィが、流石に痺れを切らしたのか錫杖で地面を叩く。
すると足元から黒い霧が地面を伝い、先生の靴に絡みついた。
「あん?」
『ふはははは! これで貴様は——』
「なんか引っかかったか?」
ブチッと切ない音が響き、平然と足を上げる化け物教師。
せめてもうちょっとリアクションをしてあげろ、ジジィ固まっちゃったよ。
「がら空き!」
いつの間にか”烏天狗”の背後に回った夏美が、後頭部に飛び膝蹴りを叩き込んだかと思えば、正面で待機していた先生も飛んできた相手に対して容赦なく膝をブチ込んだ。
流石に効いたらしい”烏天狗”がふら付いた瞬間、前後から回し蹴りが叩き込まれた。
力負けした夏美が尻もちをついたのは見なかったことにしよう。
「ゲームみたいなコンビネーション技が決まった! しかもコスプレ早瀬と!」
「タイミングばっちりだったね先生! あとコレどうですかね!? 耳! 尻尾!」
「とても、いいです。 あ、でも髪はもうちっと大人しい色にしておけよ? 登校日に怒られるぞ?」
コイツらには緊張感ってモノはないのだろうか。
夏美も夏美で、先生が来てからもう調子乗ってるし。
ほら、そんな下らない事話してる間に相手立ち上がっちゃったじゃないですか。
『……お前は、なんだ?』
そこらに生えている木を背に立ち上がった”烏天狗”が、明らかに警戒した視線で先生を捉えている。
仮面に隠れてよく見えないが、恐らく今までの『上位種』と似たような瞳で彼の事を見ているのだろう。
驚愕、困惑、そして恐怖。
全く、どっちが”怪異”なのかわかったもんじゃない。
「僕も……行きます!」
天童さんに肩を借りて立っていた俊が、奥歯を噛み締めながら歩き出す。
当然まだ回復しきってない様子で、少しふら付きながらも真っすぐ彼等に向かって歩き出した。
「俊! まだダメです。 今行っても、足手まといにしかなりませんよ?」
「だとしても、そうだとしても……もう見てるだけは嫌なんだよ!」
私の声に振り返りもせず、俊は強い口調で言葉を放つ。
そんな弟を追いかけようとするが、体が動かない。
もう立っているのがやっとの状態だった。
しかしそれは弟だって似たような状態に陥ってる筈だ、ここで行かせてしまっては……
「んじゃ、俺等も行ってくるよ。 俊君のフォローはこっちでするから、黒家さんはまだ休んでてね?」
そう言って、弟の後を追って天童さんが走り出した。
「待って下さい! もう戦力としては充分じゃないですか、何で皆まで行くんですか!? もしもの事があったら……」
「もしもの事が無いために、動ける人は皆動くんじゃないですかね。 使えるものは何でも使う、ですよね? それに俊君の気持ち、私も天童先輩も痛い程知ってますから」
音叉を構えた鶴弥さんも、皆の元へと歩き出す。
そんな中、私だけがこうして立ち止まっている。
「さて、それじゃ私達は物陰にでも隠れてようか。 こっち狙われでもしたらヤバイし」
あえて明るく振る舞っているのだろう椿先生が、私に肩を貸しながら建物の陰へと移動し始めた。
動けない私に抵抗出来る筈もなく、大人しく二人して隠れる様にして座り込んだ。
「はは……何とも、今の私は足手まといですね」
乾いた笑いが漏れる。
一人だけ置いて行かれるという経験は前にもあった。
”蟲毒”の時、時間を稼ぐ為に飛び出した夏美の背中を見て、私は悔しいと思ったんだ。
抵抗できる力がある人達が羨ましいと、私にもっと力があればと、そう思った。
でもあの時はまだ、私にも出来る事があったのだ。
しかし今は、それがない。
ただただ見ている事しかできない。
皆が戦っていると言うのに、指を咥えてまっている事しかできないというのは、こんなにも辛いものだったのか。
俊は、いつもこんな気持ちで私の帰りを待っていたんだろうか。
「いいじゃん別に、たまには皆の足引っ張ったって」
「いや、良くないでしょうに」
思わず食い気味に返してしまった私を見て、椿先生が笑う。
「それくらいの事でお小言いう様な子達じゃないでしょ。 今は動けないんだから、仕方ないじゃない。 黒家さんだって、他の子が動けなくなったら足手まといだーなんて思う前に、助けようとするでしょ? それに私なんか、今回初参加で何の力も無くて、足引っ張りまくってるし」
「……椿先生が足引っ張ってるなんて、そんな事ないですよ。 今だってこうして助けてもらってるじゃないですか」
「なら、それでいいじゃん。 出来る時に出来る事をする、役割分担も大事だよ。 心配なのは分かるけどさ、信じてあげていいんじゃない? 皆黒家さんが育てた部員さん達なんだから。 草加君はまぁ……なんか心配するだけ無駄みたいだし」
あはは、とさっきまでボロボロだったのが嘘みたいに明るく笑う椿先生。
強いな、私の周りの人は皆強い。
置いて行かれないようにするだけで、精一杯だ。
なんて事を考えていたら、急にデコピンを貰ってしまった。
普段デコピンしてくる人達よりずっと優しいが、地味に痛い。
「そういう顔しないの。 さっき黒家さんが”影”みたいなの防いだ時の皆、同じ顔してたよ? なんで自分はこんなに弱いんだーみたいな。 皆若いのにさ、しっかりしすぎなんだよ。 もっと周りに頼っていいし、迷惑掛ければいいよ。 それは黒家さんも一緒、さっきまで凄い頑張ったんだから、少しは大人しく皆を頼って休みなさい。 コレ、副顧問命令」
ズビシッとおでこに人差し指を当てられて、ちょっとだけ怒った顔で言われてしまった。
何と言うか、椿先生にこう言う話をされると、あんまり反論出来なくなる。
というか反論する気が起きなくなると言った方がいいのか。
多分こういう所も、学校でこの人が人気の理由の一つなんだろう。
「わかり……ました」
「よろしい。 まぁ気になって仕方ないでしょうから、覗き見くらいはしましょうかね」
打って変わって子供っぽい笑みを浮かべながら、二人して建物の影から顔を出す。
すると……
「「 は? 」」
3~4メートルくらい高さ? から、”烏天狗”と先生が殴り合いながら落下している最中だった。
何が起きたらあんな空中戦が繰り広げられるんだろうか。
ドスンッと大きな音を立てて地面に激突したかと思えば、すぐさま二人は立ち上がり戦闘を再開する。
相変わらず、意味が分からない。
「全く……本当にとんでもない人ですね……」
「え、今の見てもその感想で終っちゃうの? ねぇ空飛んでたよ? 落ちたけど。 いつもこんな事してるの彼?」
困惑気味の椿先生をなだめながら、私達は彼等の戦闘を見守りつづけたのだった。
待たせたな! 私は帰ってきた!(本調子ではないのでまた時間が空くかもしれません)





