表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

108/251

烏天狗 4


 最近少しだけ涼しくなって来た気がするが、ほとんど外に出ていないので確信はもてない。

 まぁ今となってはどうでもいいけど。


 「夏美……今日はどうする? 無理はしなくていいのよ? お休みする?」


 ドアを少しだけ開けて、お母さんが顔を出した。

 ここの所毎朝の出来事になっている。

 あの日、草加先生と巡のお葬式の後、私はまともに外に出てない。


 「うん……ごめん」


 「ううん、無理はしないでね? 朝ごはんくらいは、ちゃんと食べなさいね?」


 それだけ言って、母は扉を閉めた。

 申し訳ないとは思っている。

 でも変える事も、変わることも出来なかった。


 「なんで、こうなっちゃったかな……」


 小さく呟くと、再びベッドに横になる。

 私は何をしてるんだろう……というか、何をすればいいんだろう?

 はぁ……と大きなため息を溢しながら目を瞑る。

 どうすればいいのか、残された私達にはどんな道が残されているのか。

 そんな事ばかり考えながら、何日も無駄に過ごしてしまった。


 「後どれだけこんな事してれば……」


 『このままいけば死ぬだけじゃろうなぁ』


 ふいに”アイツ”の声が部屋の中に響いた。


 「”烏天狗”!?」


 慌てて身体を起せば、部屋に置いてある姿見の中に”あの老人の姿”があった。


 『まだわからんか? あの場に居た全員に、かつての小娘の様に”呪い”を掛けておる』


 「はぁ? そんな話、誰が信じると——」


 『他の子供達に連絡を取ってみれば分かる事よ。 現代には便利な道具があるのだろう?』


 ニヤニヤと気持ち悪く笑う”カレ”の言葉に従うのは癪だが、目の前を睨んだままスマホを操作して、俊君に電話をかける。


 だがスピーカーからはコール音が聞こえてくるだけで、一向に相手が電話に出る気配がない。

 やがてその音も途切れ、電子音がスピーカーから響いてくる。


 ——お留守番サービスに接続します。 ピーという発信音の後に……


 最後までその声を聞くことなく、次の人物へと電話を掛けた。


 ——お留守番サービスに接続します。 ピーという発信音の後に……


 なんで、なんでだ。

 皆何で電話に出てくれない?

 この時間なら登校している頃だろうに、電話に出られない状況という事はないはずだ。

 諦めずに最後の一人に連絡を取る。


 ——お留守番サービスに……


 「なんでよ!? 何で誰とも連絡がつかないの!?」


 思わずスマホを投げ捨ててしまった。

 ガツンッ! と鈍い音を立てて壁にぶつかり、そのまま床に落ちる。


 『居ない人間にいくら連絡を取ろうとしたところで、無駄な努力だとは思わんか?』


 鏡の中の”ソイツ”は、笑いをこらえる様に肩を震わせている。

 嘘だ、そんな事ありえない。

 だってちょっと前に皆と会ったばかりだ。

 あの時はそんな話しなかったし、皆元気そうだった。

 だというのに、こんな事……ありえる訳が無い。

 なんて思ったその時だった。


 ——トゥルルル……


 気の抜けるような音を立てて、私のスマホが床の上で振動していた。

 もしかしたらさっきまでは本当にタイミングが悪かっただけで、誰かが掛け直してくれたのだろうか。

 そんな淡い期待を胸に、私は飛びつくようにスマホを手に取った。

 しかし、画面に表示されていた名前を見て、私は固まってしまった。


 『ほら、早く声を掛けてやると良い。 話したかったんだろう? 誰かと繋がりたかったんだろう?』


 ”烏天狗”の煽るような言葉が聞こえてくるが、もはやそんなものどうでも良くなってしまった。

 ”カレ”から警戒を解き、ただただスマホに表示された名前を見つめる。

 そこに表示された名前、”黒家巡”。

 ありえない、ありえる筈がない。

 だって彼女は、この前私達の目の前で……


 震える指で画面をタップして、スマホを耳に当てた。


 『お前が死ねば良かったんだ』


 ただそれだけ。

 その一言だけ言うと、電話は切れてしまった。

 そして再び着信を告げるスマホ。

 今度は草加先生の名前が表示されている。

 なんだこれ、本当にどうなっているんだ。


 『なんで俺を見殺しにした?』


 ツーツーという通話が終わったと告げる電子音が、やけに耳に残る。

 なにこれ? どうすればいいの?

 私は、どうすれば良かったの?

 スマホを耳に当てながら、指先一つ動かせない。

 そんな私の瞳から、止めどなく涙が溢れてくる。


 私が望んだ訳じゃない。

 こんな事になるなんて思ってなかったんだ。

 いい訳ばかりが心に浮かぶ中、”烏天狗”が楽しそうに笑う。


 『そうだ、それでいい! 苦しめ! 泣き叫べ! お前は良いぞ、もしかしたらあの小娘よりもずっと! いいぞ、このまま——』


 ——リィィン、とどこかで風鈴の音のような、透き通る鈴の音が聞こえた。

 

 どこかで聞いたことのある音。

 随分懐かしく思えるが、私の近くでずっと鳴っていたその音色に、思わず視線を向けた。


 『またか、またお前らなのか』


 忌々しいと言わんばかりに舌打ちする”烏天狗”、彼もまた私と同じ方向に視線を向ける。

 そしてその先にいたのは……


 ——ワンッ!


 ベッドの上に、やけに尻尾の多い金色の狐が座っていた。

 今ワンッって言ったけど。


 『理解に苦しむ、何故お前たちの様な存在が人の子を助ける? お前たちにとっては相容れない存在だろうに。 何故そこまでこの小娘に拘る?』


 依然として質問を続ける”烏天狗”に対して、”狐”は不機嫌そうにワンッ! と答えた。

 またワンッって言った、狐ってコーンって鳴くんじゃないの?

 なんて場違いな感想を思い浮かべている内に、狐が動いた。

 急に走り出したかと思うと、1.5メートルくらいありそうな姿見を口に咥え、そのまま窓の外へと放り投げたのだ。

 窓ガラスとか諸々をぶち抜いて。


 「え、いやちょっと!? 何してるの!?」


 慌ててベランダに出てみれば、地面に激突して粉々に砕け散る鏡。

 幸い下に人は居なかったようで、怪我人はいない模様。

 というか、あれ? 人の姿が全然ないんだけど。

 アパートの前の道にも、向かいのマンションにも。

 そして視線が届く限りの範囲には、人っ子一人居ないのだ。

 なんだこれ……静かすぎて、ちょっと気持ち悪い。


 ——ワンッ!


 再び部屋の中からコンちゃん……だと思う、その声が聞こえたかと思うと彼? 彼女? は私の服の裾を咥えて、力強く引っ張り始めてた。


 「え、ちょっと、コンちゃん? どうしたの?」


 私の言葉が通じているのかどうなのか、”狐”は無視してグイグイと私を引っ張り、部屋の外へと連れ出した。

 どこへ行こうというのか、などと思っている内に私達は洗面所の鏡の前に到達した。

 ここまで連れてきて満足したのか、コンちゃんは金色の霧の様に分散し、再び私の体へと戻っていく。

 え、なに?

 私にどうしろと?

 なんて思っている、鏡に映っている私が勝手に口を開いた。


 『おい小娘、何をしておるか(うつ)け者が』


 「はい?」


 鏡の中の私は金色の髪をなびかせ、狐の耳を携えていた。


 『えーっと、こういうのを何と言うんじゃったか……あ、そうじゃ”草も生えん”わ!』


 「うんと……草? 室内だから草は生えないよ?」


 結構訳が分からない。

 何言ってるんだろうこの人。

 っていうか私だけど、”狐憑き”の状態の私だけど。

 その私が、鏡の中で大変怒っておられる。


 『馬鹿者! 大バカ者! 本当にお前は現代っ子か!? それとも世間知らずか!? 貴様の状況が笑えんと言っておるのだ!』


 「え、あ、はい。 ごめんなさい」


 随分と気性が荒い。

 これがコンちゃんなのだろうか?

 だとしたら、私は知らずの内にずっと罵倒されていた気がする。


 『まぁ良い。 それより、とっととこの胸糞悪い場所から抜け出すぞ? ここまで助言をすれば、間抜けなお前でも分かるであろう?』


 「何が?」


 『き・さ・まぁぁぁ! 我の宿主ならもう少し頭を使わんか! 巫女の名が泣くぞ!?』


 「巫女じゃないし」


 『あぁそうであったな! だたのJKというヤツじゃったな! もう良い、我の言う通りにせい!』


 何だか現代用語が度々出てくる胡散臭いケモミミ娘が、怒った顔で私目掛けて指さした。

 いや、見た目が私だけに、ちょっと微妙な感覚だが。

 私がこんな風に喋ったら、多分皆ドン引きするだろうなぁって感想しか出てこない。

 多分、巡辺りはすんごい眉を顰めながら額に手とか当ててきそう。

 それはそれで嫌だな、何か凄い馬鹿にされているような気分だ。


 「みんな、みんなかぁ……」


 口にして、改めて現実を直視した。

 ”烏天狗”の言う通りなら、巡や草加先生だけじゃない。

 他の皆も”呪い”によって死んでしまったらしい。

 この状況で、今更私に出来る事なんか……


 『そんなんだからあんな雑魚にいいようにされるんじゃ馬鹿者が! シャキっとせいシャキっと!』


 なんかめっちゃ怒られたんですけど。


 『もう説明するのも面倒くさいが……いいか、そんな辛気臭い顔を浮かべて居る間にも、お前の仲間は苦しんでおる。 それでいいのか? お前は不貞腐れた子供の様に寝転がっておるだけで、皆の足を引っ張っておる。 もう一度聞く、それでいいのか? お前は何の為に力を欲した? あの時の意思は、もうお前には残っておらんのか?』


 強い口調で、私を問いただしてくるコンちゃん。

 でもその言葉、どこか憂いに満ちたモノであった。


 「助けたいよ、失いたくない。 でも、もう皆は……」


 『だから、まだ間に合うと言ってるんじゃ。 いい加減言葉の意図を読み取らんか空け者が』


 「は?」


 どこか呆れた顔を浮かべながら、コンちゃんは盛大にため息を漏らした。

 ついでにヤレヤレと言わんばかりに両手と首を振って、最大限の呆れ顔を晒している。

 自分の顔でもちょっとイラッときてしまうのは何故だろうか。


 「だって草加先生も巡も死んじゃったし、他の皆だって……」


 『貴様は”疑う”という事を知らな過ぎる。 見える者を疑え、聞こえる事を疑え。 貴様の信じたい”モノ”のだけを信じれば良い。 貴様にとって、”この世界”は信じるに値するかの? 恋焦がれた相手も、親友と呼べる存在も居ない世界を、貴様は肯定するのか? いつまでもウジウジ悩んで居るからこそ、今の惨状に陥ったんじゃぞ?』


 その言葉に、目の前が真っ暗になった気がした。

 だってそうだろう。

 事実草加先生と巡は目の前で焼かれ、他の皆も死に絶えた。

 この現実を前に、私は全ての目標を奪われた気分になったのだ。

 事実どうしようもない、現実はそう甘くない。

 だからこそ私は——


 『だからこそ抗え、そう言っておるのだ。 認めるな、全てを否定してみせろ。 元々”亡者”共の相手をしてるくらいじゃ、”眼”を凝らせば見えてくるじゃろう? ここがどういうモノなのか』


 促される様に視線を周りに向ければ、今さっき通ってきた筈の廊下が、黒い霧に包まれていた。

 なんだ、これは。


 『目を反らすな、しっかりとその”眼”で確かめろ。 お前にとってこれは”現実”か?』


 黒い霧が、すぐ足元まで迫ってくる。

 もう逃げ場がない。

 このままではきっと、私も皆みたいに……


 『ホンッとうに辛気臭い娘じゃなお前は! 何をビクビクしておる! 捨てられた犬っころの様な顔をしてないで、とっととこっちに飛び込まんか!』


 険しい声を上げながら、鏡の中の私が手を差し伸べてくる。

 飛び込むって……え? 鏡に?


 「あのねコンちゃん。 人間っていうのは鏡にぶつかったらとっても痛いんだよ?」


 『その訳の分からん名前も頭に来るが、可哀想な子見る感じで我を見るのを止めよ! 非常に腹立たしいわ! いいからとっと来んか馬鹿者!』


 鏡の中の私が消えると同時に、再びどこからともなく”狐”が現れる。

 今回は最初に見た時の様なビッグサイズで。

 そして私の襟に噛みつくと、有無を言わさずとんでもない力で持ち上げられてしまった。


 ——ワンッ!


 「ちょ、ちょっと待って! 私壁抜けとか出来ないから! 絶対痛いから!」


 いくら叫ぼうと聞き入れては頂けないご様子で、ペイッと鏡に向かって放り投げられた。

 そりゃもう、荷物の様に。


 「ちょっとぉぉぉ!」


 ニッと憎たらしく笑う狐を視界に抑えながら、背後でガラスの割れる音がする。

 それと同時に、私の目の前が真っ暗に染まって意識が遠くなっていく。

 やっぱ……割れたじゃん……ぶつかったじゃん……

 薄れていく意識の中で恨み言を漏らしながら、私は完全に意識を手放した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

(1)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ