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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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烏天狗 3


 急に黒家さんの弟君が復活したかと思うと、これまた急に暴れ始めた。

 見た目的に普通じゃない相手と戦っている訳だが、それでもだ。

 女性相手でも容赦なく拳をぶち込んでいく彼に、若干背筋に冷たいモノが走り始める。

 あの子、”敵”だと判断したら誰が相手でも容赦なさそう……

 しかし相手も相手でなかなかしぶとく、一回や二回殴られたくらいじゃ諦めないご様子だ。

 吹っ飛ばされては立ち上がり、再び彼に向かって突進していく。

 まるで操られている人形の様に、ボロボロになっても俊君に向かっていくのだ。


 「一発で駄目なら十発、十発で駄目なら百発! すぐ楽にしてあげますからね!」


 それはすぐ楽になってないんじゃないかな。

 百発殴られてから消滅する子達は、果たして成仏など出来るんだろうか?

 って、こっちもこっちで眺めている場合ではなかった。


 「ほら皆ぁ……起きてぇ……」


 いくら声を掛けても揺すっても起きない部員達。

 黒家さんの指示で、皆の近くで音叉を鳴らし続ける。

 しかし一向に効果が現れず、もはや泣きそうになっていた。

 っていうか何この音叉。

 今でこそちょっとだけ響く音になってきたけど、最初の方なんかホントに酷かった。

 いくら叩いても調整しても、音すら鳴らないのだ。

 コッコッコッと金属で床を叩く音だけが残り、音からしても寂しいし傍から見た私の姿を想像すると更に悲しくなる。

 黒家姉弟が頑張っているのに、私は木魚の如く音叉を叩いているだけなのだ。

 私全然役に立ってない、虚しい。


 「起きてぇ……お願いだから起きてぇ」


 半泣き状態で再度糸巻を回し音を調整していく。

 多分さっきよりも響いてる……のかなぁ?

 正直曖昧だ。

 鶴弥さんの時みたいに綺麗な音が出ない。

 相変わらず情けない音しか響かず、いざ音が出てもすぐ止まってしまう。


 「どうすればいいのコレぇ……草加くーん……早く戻ってきてぇ……」


 弱音をボロボロと溢しながら、それでも音叉を調整し続ける。

 コツーン、コオォーン……イィィーン、なんて中途半端な音を奏でながら、少しずつ少しずつ糸巻を回していた時だった。


 ——キィィーン!


 「え?」


 今までとはまるで違う、鼓膜に響く美しい音が音叉から響いた。

 鶴弥さんの時より劣っている様に感じるが、それでも今までで一番響く音が立てられた気がする。


 「そこです椿先生! そのまま鳴らし続けてください!」


 黒い影を伸ばしていた黒家さんが振り返り、叫ぶようにして指示を出してきた。

 周りの『上位種』と呼ばれる女性達も、僅かながら動きがゆっくりになり、苦しそうに顔を歪めている。


 「ふんっ!」


 俊君がここぞとばかりに暴れまわる。

 室内を駆け巡り、そこらじゅうの『上位種』に対して拳を振るう。


 「もう、これだけで勝てるんじゃ……」


 なんて呟いた時に、ガッと手を掴まれた。

 思わず悲鳴を上げそうになるが、掴まれた手の先を見れば……


 「酷い音ですね……返してください、それは私の武器です。 それがないと、戦えませんので」


 鶴弥さんが苦しそうにしながらも、微かに微笑んでいた。

 その隣で天童君も目を覚まし、忌々しそうに舌打ちをしながら”烏天狗”を睨む。


 「椿先生、ありがとうございます。 聞こえましたよ、貴女の”音”」


 同世代だったら一発でホレそうな笑顔を一瞬だけこちらに向けてから、再び”烏天狗”に視線を戻す。

 目の前で繰り広げられる攻防戦に目を細めると、覚悟の決まった”漢の顔”で彼は言い放った。


 「いくよ、鶴弥ちゃん」


 「えぇ、サポートしか出来ないかもしれませんけど……それでも、私達にしか出来ない事もありますから」


 二人は不敵な笑みを浮かべながら頷き合い、皆と同じように”烏天狗”に向かって走り出した。

 本当に、いいコンビだ。

 そんな事を思い浮かべながら、私は残る一人を起しにかかったのだった。


 ————


 火葬が終わった。

 だというのに、俺達にはまるで実感がない。

 あの草加ッちが死んだ? あの黒家さんが死んだ?

 意味が分からない。

 俺はオカ研の中で最も彼ら、彼女らと交流が短い。

 だというのに、まるで今の現状がしっくりこない。

 なんだこれ、本当に気持ち悪い。


 「意味わかんねぇ……」


 思わずそんな言葉を漏らせば、隣に立つ鶴弥ちゃんが俺の袖を掴んだ。

 その手は可哀想な程震え、今にも崩れ落ちてしまいそうな程弱々しいものだった。


 「天童先輩……私達は、これからどうしたらいいんでしょう?」


 下を向いたまま不安を漏らす鶴弥ちゃんは、今までとはまるで別人なのではないかというほど幼く見える。

 信じていた物を失い、そしてこの先に待ち受けているだろう未来に恐れている。

 そんな彼女に、俺は言葉を返してあげる事が出来ないでいた。


 「大丈夫ですよ鶴弥さん、何とかなります」


 理解に苦しむ言葉と共に、黒家さんの弟、俊君が鶴弥さんの肩に手を置く。

 こいつは何を言っているんだろう。

 そもそもお前が一番堪えている筈だろうが。

 尊敬する師匠を失って、残った最後の姉さんまで失って、何でそんなに笑っていられる。

 うすら笑いを浮かべた俊君に、何故かブチ切れた。

 いつの間にか、彼の顔面を殴っていた。

 こんな事初めてだ、というか人を殴ったのだって初めてなんだ。

 加減なしに殴り飛ばした右の拳がジンジンと痛む。


 「え、ちょっと! 何してるんですか天童先輩!」


 鶴弥さんは慌てて倒れ込んだ俊君に駆け寄り、助け起こす。

 なんだかその光景が、凄く気に食わない。


 「痛いじゃないですか……急に何を——」


 「——お前は誰だ?」


 思わず言葉を遮ってしまった。

 だっておかしいだろ。

 なんでコイツは平然としてるんだ? 身近な人を二人も亡くしてるんだぞ?

 だというのにいつも通りというか、平然としているコイツが、あの黒家さんの弟だとはとても思えない。


 俺は知ってるんだ。

 姉の事になると普段とは別人になるみたいに、冷静さを失うコイツの姿を。

 じゃなきゃ怪異とか意味わからないモノと対面してまで、そして海の中まで黒家さんを追いかけたりしないだろう。


 俺は知っている。

 草加ッちに絶対的信頼を置いているこいつは、彼の死に対してここまで薄情になれない事を。

 俺達に気を使っているのかもしれない、無理して笑っているのかもしれない。

 それでも、俺達の中で一番の激情家だ。

 そんな彼が、こうして普通に振る舞っている事自体がありえないんだ。

 だからこそ”今の世界”に気味の悪さを感じ、”違和感”を感じる。


 「気味が悪いな……行こう鶴弥ちゃん、早瀬さん」


 「え、ちょっと天童先輩!」


 「……」


 それぞれ違う反応ではあるが、二人とも手を引けば大人しく付いて来てくれた。

 この二人には違和感は感じない。

 こんな状況になれば、きっとこうなってしまうだろうという感想くらいしか持てない。

 それくらいに、自然体だ。

 だから多分、この二人は大丈夫だ。

 

 「どうするんですか……これから」 


 不安そうな声を上げる鶴弥ちゃん。

 はっきり言ってしまえば、俺にだってそんな事分からない。

 俺は黒家さんの様に賢くはない、だからこれから何をすれば最善かなんて、分かる訳がない。


 「今日もいつも通り”日課”を熟そう、少し気になる事がある」


 確信はない、でもそう言い切れるだけの違和感が揃っていた。

 というか、最初からおかしかったんだ。

 自分の命が掛かっているというのに、随分とあっさり諦めた黒家さん。

 彼女が、果たしてそう簡単に諦めるだろうか?

 草加ッちが死んだというのに、彼女はあんな風に笑えるだろうか?

 そして何より、あの日、”烏天狗”に敗北したと聞いた時。

 彼女は俺の後ろに居る彼女、誰よりも黒家さんの隣に居たこの子の事を、”早瀬さん”と呼んだのだ。

 あの時から、俺の違和感はずっと続いていた。

 いつもの彼女なら、早瀬さんの事を”夏美”と呼ぶはずだ。

 ならば先程、俺達の目の前で焼かれた”あの子”は、本当に”黒家巡”その人だったのだろうか?

 考えれば考えるほど、おかしな点が見つかってくる。

 だからこそ俺は結論付けた。

 ”この世界は違う”

 普通に考えれば夢物語だ、今生きている”現在”を疑うなんて。

 それでも、どうしても俺にはこの世界がおかしく感じてしまうのだ。


 「私はいいですけど……早瀬先輩は、どうしますか?」


 泣き顔のまま隣を歩く早瀬さん。

 俯いたまま、さっきから返事の一つも返さない彼女は、随分と参っている様子だ。

 無理やりにでも連れ出したい、この”夢”からいち早く覚めて欲しい。

 そう考える一方、もしも俺の考えが妄想で全てが現実なんだとしたらと考えると、彼女の意思を無視して行動を起す気にはなれなかった。


 「ごめん……今は少しだけ、一人にして」


 それだけ言うと、早瀬さんは俺の手を離し、一人帰路についた。


 ————


 「早瀬先輩、大丈夫ですかねぇ……」


 「大丈夫……って言えれば良かったんだけど、一番効いてるの早瀬さんだろうからなぁ」


 バイクに跨りながら、後ろに乗った鶴弥ちゃんが心配そうな声を上げる。

 いつも通りの時間に集まった訳だが、今日の所は成果なし。

 オマケに鶴弥ちゃんも完全に集中を切らしていた。

 こんな状態では、いくらやっても意味がない。


 「ところで、”気になる事”ってなんなんですか? 昼間言ってましたよね?」


 「あぁ、うん。 それなんだけど……どう確かめたらいいかなって悩んでてさ」


 「どういうことですか?」


 正直説明しにくい事この上ない。

 どう話したらいいのやら。


 「例えば、例えばだよ? 今のこの世界が”嘘”だったとしたら、鶴弥ちゃんならどう確かめる?」


 「何ですか厨二病ですか本当に勘弁してください。 マトリッ〇スじゃないんですから」


 「俺らの世代でそのタイトルが出てくる辺りどうかと思うよ……」


 ただまぁ、彼女の言う通りである。

 言ってしまえば妄想の産物、良く言えば現実逃避。

 そう言われても仕方ないモノを、俺は今から確かめようとしている。


 「なんていうか……気持ちは分かりますけど、流石にそこまで行くと…………」


 「ん? どうした鶴弥ちゃん。 急に黙って」


 「うるさいです。 少し静かにして下さい」


 振り返ればメットを外し、耳の後ろに手を当てたまま鶴弥ちゃんが目を閉じていた。

 もしかして何か聞こえたんだろうか?

 ココの所全くと言っていい程出くわさなかった怪異。

 その片鱗でも掴んだとすれば、彼女がここまで集中しているのも分かる。


 「聞こえませんか?」


 「いや、俺異能の”耳”持ってないし」


 「聞こえる筈です、コレだったら。 だってこの音、私の次に天童先輩が一番聞いているはずですから」


 やけに力強い言葉に思わず息を飲み、耳を澄ませる。

 街の雑音。

 車の音、人の声、そしてありとあらゆる物から響き渡る街のノイズ。

 いつも通りだ。

 俺たちが暮らしている街の、いつも通りの”音”。

 だというのに彼女は一体何を聞いたというのか——


 コツンッ……カツッ……


 微かに、本当に小さい音だったが、聞きなれた音がこの耳に届いた。


 「鶴弥ちゃん! 今のって!」


 「おかしいですね……聞き間違える筈なんかないと思うんですけど、どう聞いてもこの音叉……あれ?」


 ついさっきまで握っていた筈の音叉が、彼女の手から無くなっている。

 落としたり、無くしたりするはずがない。

 彼女のたった一つの武器。

 ソレをいつだって大事そうに握りしめていたのを俺は知っている。


 「鶴弥ちゃん、バイク出すよ。 メット被って」


 「あ、え、はい。 でもどこに?」


 「ナビは鶴弥ちゃんの役目でしょ? 音叉の音を追う、絶対逃がさないで」


 それだけ言って、アクセルを捻る。

 ——コツーン、コオォーン……イィィーン、と未だに音叉の音は聞こえる。

 どれも鶴弥ちゃんが叩く時の音と違って、不格好で情けない音が響いているが。

 それでも諦めず調整を続けているのが分かる。


 「全く、酷い音ですね。 後で使い方を教えてあげないと」


 後ろに座る彼女も調子が戻ってきたのか、いつも通りの声が聞こえてきた。


 「いや、流石に無理じゃないかな。 ”耳”がないと、失敗した時の音ってマジでただの金属音にしか聞こえないし」


 呆れた笑い声を漏らし、鶴弥ちゃんの指示通りにバイクを走らせる。

 ただただ、音のする方向へ。


 多分、俺の感じた違和感は間違っていなかったんだろう。

 その証拠に、さっきから道路に一台も他の車が居ないのだ。

 対向車も、同じ車線にも。

 普通だったらこんな事あり得ない。

 ただただ街灯だけが道を照らし、誰も居ない道を俺達は突き進んだ。

 音のする方向へ進めば進むほど人も車も数を減らし、今ではこんな状態になってしまった。

 やっぱり、この”世界”はおかしい。


 このままでは隣町まで入ってしまう、そんな事を考えた時だった。

 

 「っっ!?」


 真っすぐ伸びる国道のど真ん中で、バイクを急停車した。


 「ちょ、ぅわっと! 何してるんですか天童先輩!? ちょっと今浮きましたよ!? 私を吹っ飛ばす気ですか!?」


 「あぁうん、ごめん。 でもさ、ちょっとこれ以上は進めないかなって」


 「はぁ?」


 肩越しに目の前の景色を覗き込んだ鶴弥ちゃんが、ビクッと振るえたのが分かった。

 仕方ない事だろう。

 だって、目の前には”何もない”んだから。


 「え、なんですかこれ?」


 「さっきまでは普通に道が繋がってたんだけどね、近づいたらこれだよ」


 工事中の繋がっていない橋の先端まで来たみたいに、数メートル先の道路が綺麗さっぱり無くなっている。

 本当に馬鹿らしい、コレが現実だっていうなら今の状況を説明して欲しい。

 でもそのお陰で、俺の推測は正しいと証明されたのだ。

 後は、ここからどうやって脱出するか……


 ——キィィーン!


 途切れた道路の向こうから、その音は聞こえた。

 聞きなれた音とはちょっと違うけど、間違いなく鶴弥ちゃんの持っていた音叉の奏でる音色。

 その音が、俺達を呼ぶように鳴り響いている。


 「罠、ですかね……?」


 不安そうな声が、後ろから聞こえる。

 それに答える様に、俺はアクセルを思いっきり捻った。


 「え、ちょっと待ってください。 まさかとは思いますけど、嘘ですよね? やる気じゃないですよね?」


 ブォンブォン! とけたたましい音が、周囲に響き渡る。

 いつもの”世界”でこんな事すれば、すぐさま騒音を立てている馬鹿が居ると通報されてしまうだろう。

 だからこそ、”大丈夫”だ。


 「本気ですか!? 何か後輪がとんでもない音しながら回ってるんですけど、煙凄いんですけど! 私ちょっと過去の経験からこういうの苦手なんですけど!」


 「鶴弥ちゃん、舌噛まないようにね?」


 「お前ホントちょっと待って——」


 言葉の途中で、強く握っていた前輪のブレーキを放した。

 その瞬間、爆発的な勢いでバイクは加速し始める。


 「ちょっと! ほんとに! 待って——」


 「——おらぁ!! さっさと”現実”に戻しやがれぇぇぇ!」


 ——キィィーン!


 暗闇に向かって飛び込んだ俺達の耳に、再びその音が響き渡った。


 ブクマ、評価等など、どうぞよろしくお願い致します。


 そして今日は日曜日。

 何かが二倍のハッピーデイ。

 午後にもう一話更新します。

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