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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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望まぬ未来

 ちょっと胸糞注意です。



 ”烏天狗”が放った黒い霧に覆われて、一瞬全身が軽くなった気がした。

 宙に浮いたような感覚に見舞われ、少しだけ息苦しいと感じた次の瞬間、瞼の向こうから明るい光が差している事に気づいた。

 黒家先輩が道具を使ったわけでもない、だが”迷界”の空がこんなに明るい訳がない。

 だとしたら、この光は……


 「……え? あれ?」


 瞼を開ければ、私たちは山のふもとまで戻ってきていた。

 明るい陽射し、観光客と思われる人々。

 そして山を登り始めた時と同じ様に、周りのお店では笑顔の店員が特産物やら御土産を売りさばいている。

 何が起きた? 私達は、何故ここにいる?

 隣を見れば、同じ様な疑問を抱いているらしい早瀬先輩と天童先輩。

 そして俊君も居る。

 ただ浬先生と黒家先輩、そして椿先生の姿がない。

 その状況に、全員の顔が青ざめていく。


 「戻りましょう! 今ならまだ——」


 「——お待たせしました」


 「え?」


 登山口とは反対側から、黒家先輩の声がした。

 その顔はいつも通り無表情で、この事態になんら違和感を持った様子はない。

 本当に何がどうなっているんだ?

 訳が分からない。


 「えっと……巡、何が起きたの?」


 状況に付いて行けない私達の中で、早瀬先輩がいち早く口を開いた。

 その顔色は良くない、どう見たって不安しか感じていないのだろう。


 「え? 何って、本気で言ってるんですか? まぁ……現実を受け入れられないのも仕方ないですよね……あんなモノを見たんですから、仕方ない事です。 でも大丈夫ですよ、警察には今連絡してきましたから」


 「は? 警察? 巡、本当に何があったの? あんなモノって何? 何が起きたの?」


 全く事態が飲み込めない早瀬先輩は、黒家先輩に詰め寄るように声を掛けた。

 私や天童先輩、それに俊君だってそうだ。

 もう意味が分からない。

 まるで一部記憶が抜き取られたみたいに、状況が全くつかめないのだ。

 なんだこれ、凄く気持ち悪い。

 胸の中で何かがつかえている様な感覚と、大事な何か忘れてしまっているような焦燥感。

 吐きそうになるのを我慢しながら、私たちは黒家先輩の言葉を待った。

 しばらく無表情だった彼女は、視線を逸らしてから小さな声で呟いた。


 「私たちは負けたんです。 手も足も出ずに、あっさりと。 ”カレ”が私たちに興味を失ったお陰でなんとか生きながらえましたが……」


 「負けた? 私たちが? 何で……だって、あの時はまだ……」


 「いい加減現実を見てください早瀬さん、もういいんです。 だって一緒に見たじゃないですか、先生の死体が川に流れていく所を」


 「…………は?」


 黒家先輩は、とてもじゃないが信じられない内容を口にした。


 ————


 あれからどうやって帰ってきたのか覚えていない。

 ただただ胸にぽっかり穴が空いたような喪失感だけが残り、私は残りの夏休みをほとんど自室で過ごした。


 「夏美……今日から学校だけど、大丈夫? 辛いなら休んでいいのよ?」


 心配そうな表情の母に「平気」とだけ答えて、私は歩きなれた通学路を進んだ。

 随分と久しぶりな気がする。

 そりゃそうか、一ヶ月も休みがあったんだ。

 懐かしく感じるのも当然だ、しかも外に出たのが何日ぶりになる事か。

 もしかしたらあの登山の後、私は一度も外に出ていないかもしれない。

 なんだか凄く記憶が曖昧だ、それに頭痛が酷い。

 顔をしかめながら目の下にこびり付いたクマを擦り、私は学校へと向かった。


 そしてその日、巡が姿を見せる事は無かった。

 担任の先生が言うには、体調を崩しているらしい。

 あぁ、そういえば……巡のお姉さん、茜さんの命日っていつなんだろう?

 彼女はその日までしか生きられないと言っていた。

 何故そんな大事な事を忘れていたんだろう。

 あの日私たちから”烏天狗”は興味を失ったと聞いたが、彼女に掛った呪いはどうなったのだろうか?

 結局そのままなのか、はたまた興味を失ったついでに解いてくれたのか。

 今の今まで忘れていた自分に腹が立った……はずなんだが、その気持ちも蝋燭の火を消す様に、ふっと冷たいモノに変わった。


 ——だって仕方ないじゃないか。 私たちではどうすることも出来ないのだから。


 ——私たちは最後までよくやった、これは変えられない未来なんだ。


 どこからかそんな声が聞こえた気がして、私は再び教師の方へと向き直った。

 そうだ、これはどうしようもない事なんだ。

 私一人足掻いた所で何も変わらない。

 草加先生だって勝てなかった相手だ、私如きではどうしようも……あれ? 草加先生の最期ってどんなだっけ? 何が起きて命を落としたんだっけ?

 色んな思考が絡まっていく、視界が回っていく。

 そもそも何で巡が休んでいる事の話は出るのに、草加先生の話は出ないんだ?

 だって夏休みの間に命を落とした先生が居るなら、それこそ体調不良の生徒より先に言う筈なのに、なぜこの教師はその事を? それに椿先生は?


 グルグルグルグルと回り続ける思考が、ピタッと止まった。


 ——まぁ、仕方ないか。


 何がだ、何が仕方ないんだ。

 まるで二重人格にでもなった気分だった。

 思考を放棄して淡々と授業を受け続ける私と、違うと叫び続ける私。

 なんだこれは、何がどうなって——


 そこまで考えて、私の意識は”同化”した。

 順応する意識と反発する意識が混ざり合い、曖昧な感覚のまま目の前の世界を捉えていた。

 絡まる思考回路を隅に追いやり、私は一日普通に授業を受けた。

 授業が終れば帰宅し、食事を取ってお風呂に入って眠る。

 そうだ、コレが普通だ。

 普通の生活だ。

 昔私が望んでいた、”普通の女の子”だ。

 だと言うのに、違和感は常に付きまとった。


 翌日もその次の日も、巡が登校する事はなかった。

 相変わらず体調不良だと伝えられる日々、変わらない日常。

 それが何度続いた頃だろうか。

 ある日突然、私は巡の死を告げられた。


 ————


 黒い服を着た人達が、目の前を歩き回る。

 同じ学校の制服を来た人達も多い、皆何を思ってこの”式”に参加しているのだろう。

 そんな思いを抱きながら、目の前の光景を唖然と見つめていた。


 「早瀬先輩」


 ふと声を掛けられ隣を見れば、つるやんが立っていた。

 顔色がとんでもなく悪い。

 もしかしたらアレからあまり眠れていないのかもしれない。


 「今の現状、どう思いますか?」


 彼女は何を言ってるんだろうか?

 その意図があまり伝わってこない。


 「だっておかしいです。 タイミングを合わせた様に”浬先生の死体”も見つかるなんて、それでこんな……こんな。 ……あれ? すみません、変な事言って」


 急に表情が抜け落ちたかのように、無表情になった彼女は頭を下げて去って行った。

 確かに彼女の言う通りだ。

 聞いた話では、草加先生の遺体は最近件の山から流れる川の下流で発見されたらしい。

 ”迷界”の中に置いて来てしまった彼の遺体は、今更になって世間に晒される事となった。

 そして俊君の強い希望と、草加先生の両親が許可を出した事により、二人の葬儀は一緒に行われることになった。

 あれから俊君とは会ってない。

 というかつるやんとだって、久々に顔を合わせたくらいだ。

 毎日の様に顔を合わせていた筈の”オカルト研究部”は、もう無いんだ。


 私は順番に従い、二人の入った棺桶の前まで歩く。

 お葬式の手順通りにやる事を済ませ、いざこの後は席に戻るだけ……

 なんて思った瞬間だった。

 二人のモノクロの写真が、私を見ていた。


 「え? あれ? 私、なんでこんな事……」


 急に、視界に色がついた気がした。

 今まで見ていた光景がどれだけ”色”を持っていなかったのか、私は何故何も考えずにここ数日を生きてきたのか。

 それが思い出せるくらい、遺影の二人は……私を睨んでいた。


 「はっ……は、ぅ……」


 葬儀の最中だというのに、私は過呼吸を起してしまったらしい。

 慌てたつるやんと天童君が駆け寄ってきてくれ、その場を後にする。

 おかしい、絶対におかしいのだ。

 何かが違う、だと言うのに打開する”ナニか”が無い。

 その想いが強くなる度、胸は重く苦しくなる。

 結局私は控え室の席に座ったまま時間を過ごし、その後火葬場まで向かう事になった。

 おかしいよ、これは違う。

 絶対、なにか変だ。

 どうしようもない思いと共に、私は火葬場へと向かった。


 ————


 「では、しばらくお時間を頂きますので、その間皆さまには御食事をご用意——」


 司会の人が淡々とそんな言葉を口にすると、集まっていた人間はゾロゾロと指示された場所へ足を進めた。

 皆が移動する中、先生と巡が放り込まれた扉の前に佇む数人の姿があった。

 私と俊君、つるやんに天童君。

 この四人だけは、その場を動けずにいた。

 なんでこんな事になったんだろう?

 部員も増え、より活動の幅を広げていったオカルト研究部。

 そんな中、顧問の先生と部長が命を落とした。

 多分その時から皆の心は、”親しみ”から”もう一度会いたい”に変わっていったんだと思う。


 どこにだってある話だ。

 何でもない日常、これと言って何がある訳でもない何でもない日に……

 主人公が命の危機に晒される。

 ヒロインだっていい。

 彼ら、彼女らは、しばらくして目を覚ますんだ。

 何でもなかったように、「もう大丈夫」なんて言いながら抱き合うんだ。

 このイベントはその後に迎えるハッピーエンドに向けての布石にしか過ぎない。

 小説だって、映画だってそうだ。

 それくらいの”悲劇”は、お話であればそこら中に転がっている。

 だから、今起こっているコレだってそうだ。

 草加先生は死んでなんかいない。

 だって少し前まで笑っていたんだ。

 この前まで話していたんだ。

 巡だってそうだ。

 いつも一緒に居た。

 馬鹿みたいなことで喧嘩して、馬鹿みたいに笑い合って、馬鹿みたいに一緒に走り回った。

 だから、映画みたいに、小説みたいに。

 きっと先生だって、巡だって目を覚ます。


 まるで今までの事が嘘だったみたいに。

 夢でも見ていたみたいに。

 あ、もしかしたら記憶を失っている、なんてパターンもあるかもしれない。

 でも大丈夫だ、ここには私以外の皆だっている。

 記憶が戻るまで、ずっと皆で側に居ればいいんだ。

 もしも記憶が戻らなくても、これからたくさん楽しい思い出を作ればいいんだ。

 だからはやく目を覚ましてよ、二人とも。

 こんな事誰も望んでないよ?

 こんな状態、誰も喜ばないよ?

 こんなサプライズ、わたし嬉しくないよ?

 

 だから早く、目を開けてください。

 いつもみたいに、阿保みたいなオチを付けてくださいよ。

 早くしないと、手遅れになっちゃいます。

 だからはやく、早く。

 ホラ、部員だって集まって、これからじゃないですか。

 やっと正式な部活になって、これからみんなでやっていくんじゃないですか。

 最初は草加先生と巡だけで、その後私が入部して。

 その後だって一人増えて、二人増えて。

 今ではこうして皆で楽しくやってるんじゃないですか。

 顧問の先生が居なくなったら、部長が居なくなったら、わたし達……これからどうすればいいんですか?

 だから、はやく目を覚ましてください。

 悪い悪い、ちょっと寝てたって。

 いつもみたいに言ってくださいよ。

 いつもみたいに、苦笑いしながら目を擦ってくださいよ。

 あの癖、結構可愛かったんですよ?

 いつもより子供っぽい気がして、警戒心がまるで無いみたいな動き。

 わたしは好きでしたよ?

 だから、早く目を開けてください。

 そうじゃないと……先生、巡。


 ————燃やされちゃうよ?


 結局、望んだ結末は訪れなかった。

 数時間の後、開いた扉の向こうには白い骨だけが残っていた。

 しかも原型を留めていない。

 もうどれがどこの骨だったのかなんて分からない位に、それはもうごちゃごちゃしていた。

 あぁ、火葬ってこういうモノなんだって、初めて知った。

 焼かれた後には”彼は”、”彼女は”残っていない。

 ただただ白い何かが、引き出された台の上に転がっていた。

 その瞬間、私の中で何かが壊れた。

 情けない悲鳴にも似た鳴き声を上げながら、その場に座り込んでしまった。


 あの時、草加先生が落ちた時。

 私が一番最初に気づけていれば、きっと助けられた。

 ”烏天狗”と対面した時、自身を差し出して巡の呪いを解いてくれと懇願すれば、巡はまだ生きていたかもしれない。

 だというのに、図々しく私は生き延びて、二人はこうして灰になってしまった。

 今更後悔しても遅い、遅すぎる。

 だというのに、私の心には一つの言葉しか浮かんでこなかった。


 ”代わりに私が死ねばよかったのに”


 今の現実を、私はただただ呪うしか出来なかった。


 休むとか言いながら、書いてたら結構ストックが出来てしまいまして。

 えぇ、続き上げたくなっちゃいました。

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